第39話 ドリーワン・レベル2 第8話

1.ドリーワンによって現実世界に持ち帰ったものが、現実世界において何かを創作した場合、その所有権は契約者には与えられない。これを二次創作と呼ぶ。


2.契約者にとってどれほど大切なものであっても契約者以外の者に所有権がある場合、それを失うことはない。しかし、所有権を持つ者が何らかの事由により所有権を手放したとき、所有権は契約者に移るため、夢を見なければそれを失う。


3.ドリーワンにより、第三者に生命を与えたり、生命を奪ったりすることはない。


4.契約者はドリーワンによって持ち帰ったすべてのものを損壊することはできないが、持ち帰ったものが別のそれを損壊することはできる。


5.ドリーワンとの契約は、与えられるべき資質を秘めた者が、その者にとって最も大切な者を守ると約束したときにのみ行われる。が、例外もある。


6.契約満了時まで契約者が正気を保てなかったり、死んでしまった場合脱落となるが、その場合契約者が持ち帰ったすべてのものは未来永劫現実世界に存在し続ける。


7.契約者が、契約満了時にドリーワンと再契約した場合、夢を見る見ないに関わらず、あらゆるものを持ち帰る力と、あらゆるものを失わせる力を手に入れることができる。


8.契約者が、契約満了時にドリーワンを放棄した場合、失ったすべてを取り戻せる代わりに、持ち帰ったすべてを失う。


9.ドリーワンは、・ケ、・鬢・ハ、、、ェ、ッ、熙筅ホ。である。





「おかえりなさい、お兄ちゃん。聞いて聞いて今日ね、土曜日にジャンプ売ってるとこ見つけ」


 帰宅したぼくを見て、エプロン姿の妹は絶句した。

 ぼくの制服が血に濡れていたから、ではなく、


「麻衣が、いる……?」


 妹にそっくりな女の子と、ぼくがいっしょに帰宅したからだった。


 妹は夕食の準備のために何かをかき混ぜていたボールを床に落とした。

 混ざり合った数個の生卵が、玄関のカーペットに染み込んでいく。

 オムライスだ、とぼくにはすぐにわかった。

 妹の作るオムライスが、その中の鶏肉のたくさんはいったチキンライスが、ぼくの大好物だ。


「…あれ、でも麻衣はわたしでここにいて、だけど麻衣がお兄ちゃんといっしょに帰ってきてて、じゃあ、ここにいるわたしは麻衣じゃないの、ううん、わたしは麻衣だわ、でもそこにいるのも麻衣? あれ?」


 妹は頭をかかえて独り言をつぶやいた。こぼした卵を気にするそぶりさえなかった。

 そして閃いたという顔をして、


「あなた、わたしの偽者ね」


 と、ドリーを指差して言い切った。


 言い切った直後に、


「偽者って何だー」


 また頭を抱え始めた。


 ドリーがためいきをついた。


「麻衣ちゃんてこういう子だっけ?」


「こういう子だよ」


 イレギュラーな出来事にぼくら兄妹は弱かった。この弱さは、進研ゼミで育ったベネッセチルドレン特有のものだ。


 とはいえ、妹の混乱はもっともだ。偽ライダーとか偽マジンガーとか漫画にはよくあることだけれど、現実ではそうそう自分の偽者に出会えるものじゃない。


 ぼくも事情を知らなかったら、同じような反応をしたかもしれない。


「普段はしっかりしてるんだけどね」


 ぼくは兄として妹をフォローしておいた。


「はじめまして。麻衣ちゃん。わたし、伴野千鳥っていいます」


 ドリーは頭を抱える妹をつかまえて、そう自己紹介した。


「チドリ?」


 ぼくはその耳元に訊ねた。


「ドリーじゃ外国人みたいでおかしいでしょ?」


 ドリーはささやくようにこたえた。


 伴野千鳥は棗がつけた名前だ。棗は彼女に名前をつけたときから、彼女をひとりの人間として、日本人の女の子として扱ったのだ。だからこそ彼女は棗によくなついて、慕っているのだ。棗がつけた名前を妹に名乗るのだ。ぼくは少し棗に嫉妬した。


「ばんの、ちどり……?あなた、麻衣じゃないの?」


 そうよ、とドリーが応える。


 妹はようやく落ち着きを取り戻した。


「でもびっくりしちゃった。学くんから聞いてたけど、本当にわたしとそっくりなのね」


 ドリーはそんな作り話を妹にした。学くん、とはじめて呼ばれて、少しだけ恥ずかしかった。


「あなた、お兄ちゃんの何?」


「わたし?わたしは学くんの恋人だよ」


 ドリーは、伴野千鳥は、ぼくの腕をからめとり、腕に胸をおしつけた。


「今日からこの家でお世話になるから、よろしくね」


 妹は卒倒した。




――保育園の車の中で園児が置き去りにされ死亡した事件の続報です


――ドラム缶の中でコンクリート詰めにされた遺体は女性と断定されました


――日本列島へ向かって進行中の台風五号は、


――参議院選挙での自民党の惨敗をうけて、金児陽三内閣総理大


 ミートパイを手づかみで食べながら、空いた手でドリーがテレビのチャンネルを変える。


 その横で、ぼくはさっきアマゾンから届いたばかりの昔はやったアニメのDVDボックスの封を開けていた。

 ボックスというわりには思っていたよりも小さくて少し拍子抜けしていたところで、


――たてこもり事件の起きた愛知県の古戦場跡町で新たな惨劇が起きました。


「おっ、やってるやってる」


 宮沢渉の死を報じるニュースに、ドリーが声をあげた。口から飛び出したミートパイがアマゾンの梱包用の箱を汚した。ぼくはそれを指ですくってドリーの口に運んだ。


――たてこもり事件の佐野容疑者の家から徒歩八分の場所にある公園の、遊具のひとつであった廃バスの中で、同町在住の宮沢渉さん18歳高校三年生の、胴体が切断された遺体が、通りかかった同町在住の高校生と中学生の兄妹によって発見され、110番通報された事件で、


「わたしたちのことだよ?写真とか出ないかな。もうワキワキだぞ」


「何それ?」


「知らないの?今やってる戦隊モノの主人公がわくわくしたときに言うんだよ」


「知るかよ。何見てんだよ」


――本日は元警視庁捜査一課長の戸田春夫さんにお越しいただき、事件の今後の捜査や犯人像についてご意見をお伺いしたいと思います。


「戸田?」


――戸田です


「あー、わたしが殺した二人組の刑事のキャリアの方と同じ苗字だね」


 だけど、あれはぼくが夢から持ち帰った刑事だ。


――早速ですが戸田さん、被害者は胴体を切断されて、隣り合わせの座席にそれぞれ座らされていた、ということなんですが、


―― 遺体は獣の爪のようなものでひきちぎられていた、ということでしたね、遺体が発見された廃バスは小さく、被害者の胴体を切断するには適しませんし、出血の量から見てもおそらく殺人は別の場所で行われたのでしょう、そして殺人を行った者と遺体を遺棄したのはおそらく別人です


――と、言いますと?


―― 殺人そのものにはまさしく獣のような獰猛さが感じられます、しかし遺棄に関しては被害者に対する礼儀のようなものを感じます、ユーモアと言い換えてもいいかもしれませんね、殺人はあまり学歴の高くない、感情的な者の犯行です、遺棄は高学歴で教養のある者の犯行といったところでしょうか


――ところで被害者の宮沢渉さんは、たてこもり事件の最中に起こった連続行方不明事件でただひとりまだ帰らない宮沢理佳さんのお兄さん、だということなんですが、今回の事件と連続行方不明事件との関連を指摘する声があがっています、その件につきましては、


「つまんない」


――だてにあの世は見てねえぜ


 ドリーがまたチャンネルを変えて、アニメの再放送になった。

 いつのまにかリモコンはミートパイでべたべたになった手に握られていて、ぼくはため息をついた。テーブルの上に広げられたミートパイには、見慣れた縁取りとモザイクがあった。


「ねー、麻衣ちゃんは?」


 妹は昨夜から部屋から出てこない。


「じゃ、麻衣ちゃんのを食べちゃおうかな」


 ドリーはミートパイで口のまわりをべたべたにしていた。


「そのミートパイ、誰にもらったんだ」


「知らない人」


――さらに奇妙な点がありまして、この第一発見者というのが理佳さんの中学時代の同級生で、かなり親しい間柄の人物なんです。そしてこの人物は、たてこもり事件で民間人唯一の犠牲になった女性のこどもなんですね。


 カーテンがあいたままになっていた。

 窓の外に、見知らぬ縁取りとモザイクの男が立っていた。




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