第29話 ドリーワンワンスモア・ドロップアウツⅣ 笹木舎聡の消失 ②

 2006年5月18日、秋田県山本郡藤里町で17日から行方不明となっていた小学校1年生の男児が、能代市で他殺体となって発見された事件である。

 2006年4月、死亡した男子児童の2軒隣の小学校4年生の女子児童が、自宅から10キロ離れた川で水死体となって発見され、秋田県警では当初事故と判断していたが、1ヶ月の間に二人も亡くなっていることに疑問を抱き再捜査を始めたところ、事故ではなく事件だと断定され、女子児童の母親が容疑者として逮捕された。


 これにより秋田県警の初動捜査ミスがマスコミから指摘された。


 秋田県警は、初動捜査の不手際を完全に否定していたが、容疑者のウソをうのみにし、当初は80人体制だった捜査員を20人にまで減らしていた。

 これについては漆間巌警察庁長官も7月20日の定例会見の中で、「聞き込みなどが本当に十分だったのか、もう1度検証する必要がある」と秋田県警に苦言を呈している。


 また、この事件では、容疑者は当初「長女を事故だと断定した警察に不信感がある」などとしており、自らで長女の消息を求めるビラなどを付近に配布するなどの行動を起こしている。

 ビラを配るなどの容疑者の行動はいささか不可解だという見解が、ニュースやワイドショーなどで大きく取り上げられることになった。


 一方、「容疑者が事故ではなく事件にしたがったのは、犯罪被害者給付金目当てでは?」ともささやかれている。

 容疑者は、供述内容をコロコロと変えたり、明らかに不自然な供述を繰り返しなどしている。


 2008年3月19日、被告の判決公判が秋田地裁であり、藤井俊郎裁判長は被告に無期懲役の判決を言い渡した。

 判決要旨としては、「2人の殺害は殺意を持って行われたが、計画性はない」「男児殺害時の刑事責任能力は認められる」というものだった。

 弁護側は控訴し、検察側も控訴する方針を固めている。



「コメント有難うございます。

 今朝のニュースですと携帯電話が見つかったようですね。

 だんだん謎の解明に進んでいるようですが。

 そうですね、母親の証言を信じてあげたい所ですが謎が多すぎて。

 携帯電話が見つかったので今日一日で何かが分かるかもしれませんね」



 事件後見つからなかったGPS機能つきの携帯電話が見つかった、という情報も手に入った。


 笹木舎聡はテレビを見ない。

 ミクシィニュースとそれにまつわる日記だけから推理を展開する。

 必要に迫られればグーグルなどで検索をかけることや、ストリートビュー機能などを使って現地にモニター上で足を運ぶこともあるが、あくまで必要に迫られたらのことである。


 さて次の日記である。日記のタイトルは「犯人像」。

 まったく不謹慎な輩が多いものである。


「犯人はずっとこの親子を長い間見ていたのだろう。

 たまたまトイレに居合わせてそのついでにってことでできるものでもないだろうし、母親はトイレに行くと言って子供はアスレチックで遊んでるわけで、おそらく子供が親を追ってトイレに行く、それをまた犯人が見ていてその子を追って死角に行ってからいっきに絞め殺す。

 こんな感じじゃないと犯行が成り立たないんじゃない?


 しばらく公園をうろつき、遠くから子供たちが遊んでるところを眺めていたに違いない。

 しかも子供に手を出すやつってのは、気の弱いやつとか女性でしょ?

 犯人自身が自分より弱い=小学生などの子供。


 秋田県の剛憲君だったっけ?

 母親が隣の子供と自分の子供殺したヤツ。

 あんなのと同じ類かもしれないしね。


 もし男性だったら、公園にいるとかなり目立つと思うよ。

 母親連中が少しは警戒しないかなぁ?

 たいてい子供の遊びに一緒に来てるのは母親でしょ。


 子供が遊ぶ公園に男性がいるとするとやっぱり子供の親。

 一緒に子供と遊んでるお父さんってことになるから。


 犯人って女性って可能性もあるよね~」



 容疑者を母親に特定してしまうのはいささか唐突である。

 確かに母親は怪しいが、まずこのように犯人像をプロファイリングすることが重要だ。



「警察の聞き込み捜査がどこまで進んでるかだよ。

 防犯カメラなんて近くにないのかな?


 凶悪犯罪者には見えない、多少弱い(肉体的・精神的にも)、公園でもそんなに違和感が無い者しかできない犯行だろうと思う。


 公園でもデパートでもそうだけど、1歳~4歳の子供は本当に目が離せない。

 でも、小学生にもなると親は目が離せる。

 だからこればっかりはどうしようもないだろうね。


 ただ、一緒に遊びに来てるなら、周りにどういう人がいて、どういう危険があるのかくらいはちゃんと観察して、遊具なんかもね、最悪を想定して最善を尽くしていくってのができないとダメなんだなぁ~って思った。


 とにかく全国の親御さんがこの一件で子供を危険から守るとの認識を高めて事故、事件を最小限に防いでいかないといけない。


 いずれにしても、この親御さんの心境を察すれば心が痛む・・本当にかわいそうだね」



 最後だけは事件に心を痛めてはいるように締めているが、結局のところこの者も事件を楽しんでいる。

 それが笹木舎聡には心地良かった。

 これが人間の本質だとさえ彼は思う。


 だが、素人ながらこのプロファイリングには目を見張るものがあった。


 犯人は、凶悪犯罪者には見えない、肉体的にも精神的にも多少弱い、公園でもそんなに違和感が無い者。そしておそらく女性。もちろんこの中には被害者の母親も含まれる。



 笹木舎聡は日記を読み進めていく。150件ほど読み進めていくと興味深い日記が書かれていた。


「三つの可能性」という日記である。


「まず考えるのは第三者による犯行。

 母親の証言によると、

『アスレチック広場で遊んでいたので【ここで待つように伝えた】』

 その姿を遠くから見ていて母親の行動からどこかに行くことは容易に見とれた。

 そして子供を連れ母親のあとを追いながらトイレに入るのを確認した後、殺害に及んだ」


 続いて、


「母親による犯行。

 こう睨んでいる人が多いのではないかと思います。

 なぜそう言う心理になってしまうのか母親の行動がおかしいわけです。

 小学校一年生の子供がアスレチックで遊んでいて、その場に置いていくと言う行為自体がおかしい。

 誘拐や事件に巻き込まれることを想定するのは難しいかもしれないけれど、そもそもアスレチック広場であるわけだから怪我をする可能性がある。

 それなのに目を離すというのは考えにくいんじゃないだろうか?

 もし本当に子供を大事に思っているんであったらトイレに一緒に連れて行ったり、近くにいる別の子の親に『少しの間見ていてもらえますか?』とでも頼むのではないでしょうか?」


 そして、


「第三の可能性。

 自殺。

 と言ってもこの年齢の子供が命というものを理解していると考えるのはおかしい。


 なので正確に言うと事故。


 この子の性格という物が一切解らないので憶測でしかないのですけれど、例えば母親をビックリさせてやろうとこっそり母親のあとを付けて行った。

 しかし普通にビックリさせるだけじゃ面白くない。


 そこでこの子がひらめいたのが、いつもやると怒られることをしながら登場するという方法。

 外をはだしで歩くと怒られる。

 首に何かを巻いて「しんだふり」って言うブラックジョークも怒られる。

 ただそれらを母親が全部知っているか怪しいのですけれど、学校で誰かに聞いた遊びをちょっと実践してみたかった、と言う衝動だったかもしれない」


 日記は、


「とはいえ司法解剖の結果と携帯電話の存在で全て覆る可能性はありますけれど」


 という文章で結ばれていた。


 まったくおもしろいことを考える者がいるものだ。

 名探偵ごっこもここまでしてくれると笹木舎聡の好奇心を存分に満たしてくれる。


 第三者による犯行や母親による犯行を示唆する日記はいくらでもあったが、自殺を示唆する日記はなかった。


 笹木舎聡はモニターの前でひとり笑った。


 ひとしきり笑い終えた後で、再び日記を読み進めていく。


 読み進めていくうちに、彼はミクシィニュースだけではわからない情報を手に入れた。


 被害者は障害者、という情報である。

 どんな障害の持ち主であったかとか、情報の出所までは記されてはいなかったが、おそらくテレビのニュースで見聞きしたのだろう。


 その日記を書いた者は、被害者が障害者であったことから母親犯人説を唱えていた。


 このニュースを読み、名探偵ごっこをする多くの者たちは容疑者は母親であると日記に記している。

 彼らは事件後の母親の不可解な行動などから例の秋田の事件を連想し、そういう推理に至っている。


 秋田の事件と今回の事件はまったくの別物である。

 浅はかと言わざるを得ない。

 彼らは香川の事件から何も学んではいないのだ。


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