第28話 ドリーワンワンスモア・ドロップアウツⅣ 笹木舎聡の消失 ①

 笹木舎聡(ささきささとし)はミクシィ探偵である。


 ミクシィ探偵とはソーシャルネットワーキングサイト「ミクシィ」のミクシィニュースから、その日発生した事件のニュース、ならびにそれについて書かれた多くの人々の名探偵ごっこの日記を読み漁り、彼ら同様に探偵を気取る、依頼人不在の探偵である。

 もちろん彼に報酬が支払われることなどない。


 彼はもう丸十年、自室に閉じこもったままのひきこもりであり、パソコンのモニター越しに見る世界が彼のすべてである。

 食事は年老いた母親が一日に三度彼の部屋のドアに彼が作った小窓から差し入れられ、それ以外のものはすべてファイル共有ソフトで手に入れる。彼の排泄したものもまた同じ小窓から一日に数回母親へと渡される。


 彼はミクシィニュースをじっくりと吟味して、事件をひとつ選んではそのニュースについて書かれたすべての日記に目を通す。

 そして、名探偵ごっこの日記からいくつかの日記を、パソコンのモニターに開かれたメモ帳にコピー&ペーストして、それらの日記からパズルのように推理を組み立てる。


 丸一日かけて事件を推理し、事件の真相はどうあれ犯人の名前を最後に書き記し、睡眠薬を飲んで眠る。

 翌朝目を覚ました彼は再びミクシィニュースから事件を吟味しはじめる。

 彼にはそうすることでしか、有り余る時間を消費できない。



 福岡小1殺害、背後からいきなり、争った跡なく、そのニュースを彼が目にしたのは9月20日午前8時21分のことである。


「福岡市西区の小戸(おど)公園で、同市立内浜小1年、富石弘輝(こうき)君(6)が殺害された事件で、現場周辺に争った形跡や、遺体に抵抗した際にできる傷などがないことが分かった。

 犯行時間とされる18日午後3時半から約30分間に、男児の叫び声などを聞いた人も確認されていないという。

 こうした状況から弘輝君は背後からいきなり、首をひも状の物で絞められた可能性が高いとみて、福岡県警西署捜査本部は19日、司法解剖を実施し遺体の状況を詳しく調べる」


 彼は、ニュースを読む際に音読する癖があり、それは十年間誰とも会話らしい会話をしてこなかった彼が言語を忘れてしまわないためのリハビリのようなものだ。


「調べによると、弘輝君の首には、ひも状の物で絞められた際にできる細い圧迫痕があった。

 死因は窒息死とみられ、県警は凶器はひものような物とみて、現場周辺の捜索を続けている。

 また遺体発見現場となった公園内のトイレ周辺には、争った形跡がない上、叫び声なども確認されていない」


 弘輝君は18日午後2時半に小学校から帰宅。母親(35)と一緒に、同3時15分ごろ、自宅近くの公園を訪れた。アスレチックコーナーの大型遊具で遊んでいた弘輝君を残して、母親が十数メートル離れたトイレに向かったのは同3時半ごろ。

 2~3分後に戻ったときには、弘輝君の姿はなかったという。

 母親は通りがかりの人に「男の子を見ませんでしたか」などと尋ね、近くに居合わせた人たちと一緒に弘輝君を捜索。

 午後3時57分に母親が「子供がいなくなった」と110番し、間もなくトイレの外壁と柱の間で、外壁にもたれかかるように、ひざを曲げ座り込んだ状態で弘輝君が見つかった。

 発見時は心肺停止状態で搬送先の病院で死亡が確認された。


「弘輝君が所持していたGPS(全地球測位システム)機能付きの携帯電話がみつかっておらず、県警は19日朝から捜査員200人態勢で捜索や聞き込みに全力を挙げている」


 ニュースを読み終えた笹木舎聡はにやりと笑い、


「今日はこの事件にしよう」


 ひとりそう呟くと、そのニュースについて書かれた日記に目を通しはじめた。

 ニュースは多くの人々に読まれ、既に457件も日記が書かれていた。


 一番過去の日記から読み進めるのが彼の推理方法である。


 一件目の日記は「魔王」というハンドルネームの、スポーツ観戦と音楽鑑賞とインターネットが趣味の男によって書かれていた。

 物まねと替え歌とオーランドも好きらしい。

 オーランドはアメリカ合衆国にある世界最大のリゾート・タウンだ。

 1983年にウォルト・ディズニー・ワールドが開園して以来、ユニバーサル・スタジオ・エスケープを始め20以上のアミューズメント・パーク、数え切れないほどのホテル、ショッピング・センター、125以上のゴルフコース、植物園や公園ができあがった。一年中太陽の降り注ぐこの街には、大人から子供まで休日を楽しめる施設がぎっしりつまっている。

 レジャー産業以外には、オレンジやハイテク産業も急成長している。

 しかし笹木舎聡にとって日記を書いた者がどういった人物であるかなどどうでもいいことだ。


「勝手に犯人像を考えてみた。

 まず、背後からいきなりということは、計画性がある。

 殺害後に逃走に成功しているということは、かなり土地勘がある。

 それと、恐らく短時間に抵抗もされずに犯行を行っていることは被害者と何らかの面識がある可能性も高い。

 それ以外には、やはり何らかの物象を残している可能性も高いから、それを丹念に調べればおのずと犯人は割れる。

 犯行に使われた凶器がかなり大きなウェイトを持つな」


 魔王の日記を読み上げた彼は、早速名探偵きどりの日記を見つけ微笑んだ。

 いい推理ができそうである。



 2件目の日記は「Ian」というハンドルネームの男性であった。


「通りすがりに殺してみました...というわけではなさそう。

 たった5分ほど目を離したすきに、手際よく絞首する辺りなどは、彼を狙って準備しての犯行と考えるほうが自然な気がします。

 それとも。。。」


 なるほど。

 2件の日記に共通しているのは、通りすがりの犯行ではなく、計画性がある、ということだ。



「同じ福岡県。

 子供は長男のひとつ年上、母親は私と同い年。。。

 つい先日の日曜、公園で下の子をトイレに連れて行くため

『あそんでていいよ。トイレから戻ったら家に帰ろうね。』

 といってトイレに行った記憶がよみがえり、怖くなって震えがきた…。

 朝起きてきた長男にこのニュースを話して。

 今度からトイレのドアに背中をつけて待っててもらわないとね…と話した。

 とんでもないこと…子供から2,3分も離れられない世界になるなんて…」


 3件目の日記は被害者の児童と同じ年の子を持つ女性であった。

 こういった事件のニュースは大きく二通りに分けられる。


 1件目や2件目のような名探偵ごっこの日記と、痛ましい事件が発生したことに心を痛める三件目のような日記である。

 どちらがまともであるかといえば後者の日記であり、前者は不謹慎極まりない。


 前者はミクシィという今や公共の場になりつつある場所で、自分の書いた日記を読んで心を痛める者がいるということも知らず、名探偵を気取っているのだ。

 不謹慎極まりなく不愉快極まりないが、しかし笹木舎聡も前者の、それも最前線に位置する人間である。

 後者のような日記を彼は好まない。

 むしろつまらないと、不愉快に感じる。


 彼はブラウザとして使っているファイアーフォックスの前のページに戻るボタンを早々に押して、四件目の日記を開いた。



「謎が多い」


 日記のタイトルにそう記された四件目は、どうやら彼好みの日記らしい。


「いったい誰が・・・

 アリバイ工作? とは思いたくないが。。。

 背後から? 土地勘あり? 抵抗無し? 悲鳴も聞こえず一気に?

 警察犬とかは即手配できなかったのだろうか?

 謎が多いですね」


 しかしその日記は期待はずれと言わざるを得なかった。

 だがその日記に寄せられたコメントが彼の期待に答えてくれるものであった。


「ニュースから失礼いたします。

 初めまして!

 私が疑問に思ってるのは

・GPSの携帯を息子さんに持たせてるのは親でどうしてそれを始めに使わなかった?

・15:30頃にトイレに行き遅くても5分後に戻ってきたとして子供が居ない事を確認をして16時前後25分の空白の時間

 この二つです。

 福岡市内なので管理体制はしっかりしてる方だと思います。

 通報を直ぐにすれば警察犬などを手配する事は出来た可能性も、「不審者に名前を聞かれた」と母親が証言をしてたり、本当だと願いたいですが…。

 秋田の事件の事もありどうしても母親を疑ってしまいます」



 日本語が少しおかしいコメントではあるが、ようやく容疑者のお出ましである。


 秋田の事件というのは2006年5月に発生した秋田小1男児殺害事件のことだろう。


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