星界手記 ー無形の剣士ー

 この世界は退屈だ。いや、この世界で俺が知る限りの剣士、その全てが退屈な存在だ。


 誰も俺を楽しませてくれない。誰も俺の脅威足りえない。


 切磋琢磨できるようなライバルも、今では誰もいない。


 剣士として、俺と並びたてるような者は、もういないのだろうか。


 もはや、俺の相手足りえる存在は『一刀双体』と呼ばれしあの『導師』しかいないのだろうか。


 今日も俺は探し続ける。


 自らの好敵手となりえる者を。


 己の剣を高みへと昇らせてくれる、そんな存在を探し求めて。





◆――◆――◆






 ここは『星界』でも南方の辺境にある大陸。


 星界:第三階層『イストニア大陸』



 人が住めるような場所もなく、一定以上の実力者しか生き残れない魔境。


 それが、イストニア大陸である。


 過酷な環境に、強大な魔物がごろごろと棲んでいる。そんな魔境に、一人の剣士が舞い降りた。


 大陸の端、大地の裏側まで緑に覆われた大陸。そこに、一匹の怪鳥が飛んできた。


「グアー!」


 全身を鱗のように連なった甲殻に覆われた怪鳥。その背から、一人の影が飛び降りた。


 その剣士は、黒髪に黒目、全身をローブに包んでいて、口元まで布を巻いて顔を隠している。


 体付きからして、男性と思われる剣士だ。背には鞘に納められた、異様に柄の長い剣を背負っている。


「ごくろうさま、もう帰って良いぞ」


 黒髪の剣士は、ローブの内側から腕を出す。その手には、とてもローブの内側に収納できるとは思えない程の人間の子供くらいの肉塊を握っていた。


「これはここまで乗せてくれた駄賃だ。好きに食べてくれ」


 黒髪の剣士は肉塊を怪鳥に向けて放り投げる。怪鳥は放り投げられた肉塊を、器用に足で掴み取った。


「グアー♪」


 機嫌良さそうに一声鳴いて、怪鳥は飛び去って行った。


 怪鳥が飛び去って行くのを見送り、黒髪の剣士はローブを脱ぎ捨てる。

 ローブは風に煽られて、大陸の下の空中へと飛んで行った。


 露わになった黒髪の剣士の姿。


 肩まで伸びた髪、猛禽類を彷彿とさせる鋭い目つき、髪と同色の瞳。

 端正に整えられた顔には、頬から首にかけて抉られたような傷跡が残っている。


 背には異様な長さの柄の剣が一本。それ以外は持ち合わせが無いように見える。


 どこかの民族衣装か、袖がゆったりとしたデザインなのが特徴の、青色に染められた衣服を纏っている。


「さて、行くとするか。願わくば、俺の求める者がいますように」


 黒髪の青年は、昼間なのに奥まで薄暗い闇が広がる自然に向けて、その一歩を踏み出す。その瞬間、彼の頭上から異形の魔物が強襲する。


 両手に三本しかない指の一本から、大剣の如く鋭い爪を伸ばし、振りかぶる。声は出さない。声を出しては自分の場所をばらしてしまう。それでは奇襲にならない。

 狙い、仕留めるなら確実に――――――猿の姿をした魔物は、片方の腕を振り下ろし、


「温い」


 その身体を、一瞬の内に細切れにされた。


「ギ、ギャギャギャー!?」


 唯一残った頭、その口から断末魔の叫び声を上げる。


「煩い」


 その声を聞いて、黒髪の剣士は不快そうに眉を寄せる。猿の魔物は黒髪の剣士によって更に細かく切り刻まれる。もちろん、魔物は絶命した。


「ふん」


 右手に握った剣を振るう。刀身についた血糊が一振りで飛ばされる。

 血糊は地面に転がる、どくどくと血潮を流す猿の魔物に残骸と混じり、地面を赤く汚した。


 地面に赤い染みが広がる事も、自分の足元まで血潮が流れている事も気にせず、黒髪の剣士は刀身を顔の前に翳した。


 その刀身は、剣と言うには異様、異常とさえ言える形状だった。


 漆喰に塗られたか如く、光を吸い込む黒い刀身。


 その剣に、刃と言えるものはなく、むしろ棍棒と言った方がしっくりくる形状をしている。


 六角形の漆黒の刀身。


 もう一度、その剣を振るい、背中の鞘に納める。


 チキンッ、と小気味良い音を鳴らして、剣が鞘に納められる。


 たった今、自分が殺した魔物の事など、黒髪の剣士の頭にはなく。


 ピチャピチャと流れ出た血潮を踏む足音を立てて、真っ赤な足跡を刻み、自然の中へと、黒髪の剣士は足を踏み入れた。




………彼の黒髪の剣士、その名を『カイ・リンリュウ』といった。


 幼き頃から剣に対する天賦の才を持ち、無双無敗と呼ばれた男。


 しかし、強すぎるが故に彼は孤立し、自らの剣を高みへと昇らせる相手を失った。


 流れ流れに渡り歩き、辿り着いたのはここ『イストニア大陸』。


 風の噂に聞いた〝星獣斬り〟の剣士。その剣士が、ここにいるという。


 稀に『深界』から出てくるという怪物、『星獣』を斬り殺したという剣士に希望を見出したカイは、とうとうここまで辿り着いた。


 果たして、今度こそ彼は、己の望む者に出会う事ができるのだろうか。


 人外の巣窟が数多ある『星界』において、魔境と名を広める『イストニア大陸』に、一人の剣士が来訪した。





◆――◆――◆







 森の中は鬱屈としていて、どこか薄ら寒さを感じさせる。


 森の全体の空気は重い。


 殺気、戦意、高揚…………種類は様々と言えど、戦場に似た空気がこの『イストニア大陸』を包み込んでいるようだった。


 そんな森の中を、まるで散歩でもするように歩いている青年が一人。


「ここなら、きっと……………」


 黒髪の剣士、カイは背中の剣も抜かず、当てもなく森の中を彷徨う。


 カイは静かに周囲に向けて殺気を送る。ピリピリとした痺れが、カイのうなじを走った。


 気配を感じて、カイは背中の剣の柄を握る。


 人の気配ではない。カイの鼻を、殺意に満ちた匂いが漂う。


 わざと当てているのか、それとも単なる阿呆か。


 確かめるために、カイは抑えていたものを解放した。


 『廻廊』を開く。周囲に満ちるエネルギーを、一気に体内へと取り込み、血液の如く循環させる。



――――――――『鍊術:震身躍動』



 カイの体内に灼熱と見紛うほどの力の奔流が巡る。


 星界に満ちる『星樹』のエネルギー。それを体内に取り込み、自らの身体能力を向上させる為に用いる『術』の一種。


 カイの身体が燃え上がるようなオーラに包まれる。黒髪と相まって、まるで熱を持った鉄の如く様相は、さながら鍛えられた刀身。


 僅かに振動する身体を制御し、カイは殺意の主の下へと跳躍する。


 放たれた殺意の源は――――――カイの頭上、そこから右にずれた樹の上。


 鞘の中の刀身を走らせ、勢いのまま抜刀する。両手で鞘を握り締め、刀身までオーラを巡らせる。


 力の奔流、それを鋭く研ぎ澄まし、カイは刀身を振るって『術』を放った。



――――――――『鍊術:剣魂流入』



――――――――『剣術:風心流・風切り』



 刀身から、赤いオーラを纏った斬撃が放たれる。三日月を象った斬撃は、殺意の源へとその命を喰らわんと迫る。



 ガサリ、枝葉が揺れる。一陣の風が吹く。


 咄嗟にカイは空中で身体をひねり、刀身を構えて身を守った。


 ギャリギャリと金属を擦り合わせたような音を立てて、カイの握る刀身を何かが通る。


 質量を感じさせる、何か水色の硬い塊。


 カイは腕をひねって奇襲をしかけた何者かの攻撃を捌き、受け流す。


 カイの身体が回転する。運動エネルギーを利用して、カイは回転したまま水色の塊へと『術』を放つ。



――――――――『剣術:風心流・鎌鼬・乱』



 複数の赤い三日月の斬撃が放たれる。何個かは外れたが、殆どの斬撃が正体不明の水色の塊に当たる。



 しかし、放たれた斬撃の悉くが弾かれた。



 水色の塊――――――――それは、水色の羽のような羽毛のある鱗に覆われた、アルマジロに似た魔物だった。


 木々の一つに激突し、水色の魔物は回転して地面を抉る。

 丸みが解けて、魔物の姿が露わになる。


 ネズミのように丸い耳、尖った鼻先の顔。紅玉ルビーの如く真紅の目。

 羽のような羽毛のある鱗に全身を覆う四足獣の姿。


 その魔物の正体は――――――


「災害指定絶滅危惧種……………紅玉鱗獣【メネルフ】」


  地面に着地し、魔物の姿を見てカイは一言呟く。


――――――――紅玉鱗獣【メネルフ】、別名〝青き弾頭〟


 古代の言葉で〝大粒の宝涙〟の意味を冠する名前を持つ魔物。単独で防衛戦力の整った村一つ、容易に滅ぼす獣だ。


 アルマジロのように身体を丸めて、自前の身体強化で強度を増した鱗で強襲し、ただ転がるか突進するという単純な攻撃手段しか持たない魔物だが。

 それだけで大地を抉り、木々を薙ぎ倒し、岩を砕く。


 突進する時の速度が尋常ではなく、まるで弾丸のようだと呼ばれた事から、ついた異名が〝青き弾頭〟。


 群れになると、その規模は国に対し痛烈なダメージを与える事から、様々な大陸で狩られていたが……………十年くらい前に、生きたまま眼球を抉り出すと、鋼を越える硬度を持った宝石に変異する事が判明してからは、積極的に狩られるようになった。


 その透き通った真紅の輝きは多くの人々を魅了し、災害指定されておきながら絶滅寸前になるまで数が減った、今では希少種に数えられる魔物だ。


 それが、こんな辺境の大陸で生きていたとは…………。


 密かにカイは驚きに目を見開き、思わず更なる追撃の手を緩めてしまった。



 目の前のメネルフは、特に戦意は萎えておらず、それどころか仕留めそこなったと、その真紅の瞳を一層輝かせて、殺意を高める。



 どうするか。カイは内心、悩んでいた。


 このまま討伐するか、それとも逃がすか……………カイ自身、宝石とかに興味の欠片も無い。しかし、自分を育ててくれた師は、大の宝石好きだ。


 旅の途中、立ち寄った時にお土産として渡すのも悪くない。悪くないのだが………。



 ちらりと、メネルフの腹を見る。


 鱗が剥がれて露わになった肉。腹に刻まれた一本の線。


 それは、カイに会う以前から何者かに手傷を負わされていたという証拠。



 少し、傷口の方に集中して目を向けると、それは何か鋭利な爪か何かで引き裂かれたようで……………更に、どこか嗅ぎ覚えのある匂い。


 見間違いでなければ、あれは森に入る直前にカイを襲った猿の魔物の仕業ではないか。


 そして、何かに思い至り、自分の靴を見る。


「(あー……………)」


 靴には、べったりと猿の魔物の返り血がついていた。


 確か、メネルフは色で視界を判断しているのではなく、空気中のエネルギーを感じ取って判断しているのだったか。


 師の所有する魔物辞典には、そういう記述があったのをカイは思い出す。


 そういえば、カイはこの両手に握る剣で、あの猿の魔物を細切れにしたんだったか。それにこの剣の長さ、柄も含めればあの猿の爪と同じくらいの長さだったような~………。



 数分、カイは逡巡して、戦意と殺気を収めた。


 メネルフが戸惑いの混じった警戒の眼差しを向けてくる。


 しかし、それを無視してカイは浄化の『術』を行使する。



――――――――『癒術:身体洗浄』



 カイの身体、身に着けているものの全てが、どこか清廉としたオーラに包まれる。碧いオーラは汚れた箇所に重点的に集まり、浄化していく。


 やがてオーラが晴れた時には、カイの身体から返り血や匂いを含めた全ての汚れが消えていた。


 オーラが晴れた時、明らかにカイを見るメネルフの視線が変わった。


 カイは剣を背中の鞘に納めて、無防備な姿で傷を負ったメネルフの下まで近づいていく。

 メネルフはビクリッと身体を震わせるが、もう指一本も動かせないようだった。


 カイは傷口に両手を当てて、『術』を行使する。



――――――――『癒術:万象治癒』



 基本的な癒しの術だが、術者の腕によっては様々な傷を癒す事ができる。例えば、肉が見える程の重傷であっても。


 先ほどよりも白っぽい碧いオーラがメネルフの腹の傷口を包む。


 まるで時間が巻き戻るように、メネルフの腹の傷口が癒えていった。


 やがて、傷一つない身体に完治し、メネルフは自分の身体が今まで以上に快調である事を感じ取っていた。



 不思議そうな眼差しを、メネルフはカイに送る。


 カイはどこか照れ臭そうに顎をかき、その場を離れた。


 自分とは反対方向に去っていくカイの姿を、メネルフはその姿が見えなくなるまで見つめ続けた。






◆――◆――◆






 カイは歩きながら、なぜメネルフを―――――魔物を治療したのかを疑問に思っていた。


「(あいつは一度だけとはいえ俺に攻撃した。特に負傷を負ったわけでも、呪いを浴びせられたわけでもない…………)」


 カイは、あのメネルフの顔を思い出す。もう指一本も動かせないほど疲労していて、あの重傷で勘違いとはいえ自分に挑んだ。

 その姿が、どこかの誰かと重なる。


 なんの『術』も覚えておらず、ただ生きる為に獣のような暮らしをしていた、小さな少年。一人の女性に拾われるまで、何も知らずに生きて、そしてどこぞで野垂れ死んでいただろう少年。


 死にかけたとしても、生きるための闘志を失わないあの目付きは、カイは好ましく思っていた。


「(例え死にかけたとしても、生きる為に足掻く。まるで―――――)」


 思考を止めて、その場から横に飛び退く。鞘から剣を抜き、片手で構えていつでも『術』を放てるようにする。


 さっきまでカイがいた場所が爆発する。薬品に似た匂いが鼻孔をくすぐるが、それにしては人間が作ったとは思えない、まるで体液のような匂いだ。


 爆発。つまりは攻撃だ。カイは気配を探って、爆発を放った者の存在を発見し、『術』を放つ構えを取る。


 腰だめになって、持ち手を少し刀身から離すように握る。突きの構えを取り、『鍊術』で取り込んだエネルギーを切っ先に集中させる。


 まるで槍のような構えを取って、カイは片手で突きを放った。



――――――――『槍術:フェルリス流雷槍・トルエーノ・エスパダ』



 漆黒の刀身の切っ先に、青白い雷が槍の形を象る。それがカイの突きに合わせて、まるで砲撃のようにして放たれた。


 青白い電撃の光線が、爆発を放った者へと放たれる。


 ジッ、何かが『術』の攻撃を掠ったような音が耳に届く。ズシンッと重いものが落ちたような音が響き渡る。

 『術』を放った箇所から少しずれた場所に何かが着地していた。


「グルルルル………!」


 それの見た目はまるで恐竜、ティラノサウルスを彷彿とさせる姿をしていた。しかし、前足の部分が丸みを帯びた外殻で覆われている。それに、背中の部分にも不自然に膨らんだ外殻で覆われており、その魔物はどこか異形じみた姿をしていた。



――――――――害獣指定魔物、爆疫獣竜【デネモイ】


 背中に背負った外殻内に、可燃性の体液を生成し、その体液を前足の外殻に送り込んで、固めて武装する。

 体液は口内の涎に反応して硬化する性質を持っており、強い衝撃を受けるか、エネルギーを送り込む事で爆発する。


 厄介な事に、知恵を持ったデネモイは前足の外殻を取り外し、口に咥えて投げるような攻撃手段を備えているため、迂闊に近づく事も逃げる事も難しい魔物だ。



 こいつの体液はある種の毒性を備えており、水に濡れるとタールのような性質の液体へと変化し、エネルギーを感じ取ったら液体に触れた箇所を無差別に燃やしてしまう。


 そして、こいつの最大の厄介な点は硬化して外殻となった体液にある。この外殻は使いようによっては爆弾としてではなく鎧として優れた点を持つ。

 それは、デネモイから送られる特殊な性質を持ったエネルギーを流されると、爆発せずに瞬間的に強靭な鎧と化すのだ。


 その厄介な特性から、様々な国家から積極的に討伐するように推奨されており、更に国家に属さない武力保有組織【組合ギルド】から害獣指定までされた魔物だ。


 カイにとって、戦いたくない魔物ランキングでも上位に位置する。


 こんな魔物までいるのかと、カイは内心で驚愕した。


「(さすがに魔境すぎるだろ…………)」


 既に攻撃を当ててしまっているし、向こうは逃がすつもりは無いみたいだ。カイは覚悟を決めて、剣を槍のように構える。


 幸い、デネモイの特性を無効化でき、有効な攻撃手段を持っている。さっきの雷を帯びた『術』だ。

 デネモイは電撃を浴びると、生成した体液の効果を失う。単なる少し硬いだけの外殻になるのだ。


 電撃が掠った所は外殻ではなく、鱗の部分だが―――――それだけでも十分だ。

 デネモイは警戒して外殻を投げて来ない。動かずにカイの様子を慎重に窺っている。


 それは、カイとって好都合であった。


 カイ『鍊術』で身体能力を強化し、再び剣を槍のように構える。


「(一撃で倒すのは無理でも――――これならどうだ?)」



――――――――『槍術:フェルリス流雷槍・トルエーノ・バラ・エスパダ』



 刀身に槍の形状を象った青白い雷が纏う。

 その切っ先の周囲に、複数の青白い雷球が出現した。


 カイが剣を振るう。その動作で、複数の雷球から、雷球と同数の電撃の光線が放たれた。


 それは正に雷の弾丸。青白い雷弾が、獲物デネモイに向けて飛んでいく。


 デネモイはギョッとしたように目を見開き、咄嗟に前足を隠して尻尾を雷弾に向けて振るう。


 尻尾の方にも纏わせた外殻が、デネモイによって硬化し、複数の雷弾を薙ぎ払う。多少のダメージとして、痺れと衝撃を受けたが、それだけだ。

 デネモイには、何の痛痒も感じられない。


 尻尾を振るった勢いのまま身体を回転させ、カイに攻撃しようとデネモイが振り向く。

 しかし、そこにカイの姿は無かった。


 デネモイはカイを探そうと、頭を振る。


 ふと、頭上からパチパチという、雷特有の弾けるような音が聞こえて、デネモイは空を見上げた。


 そこには――――――



「もう、遅い」



 青白い雷槍を纏う剣を、振りかぶる、カイの姿があった。


 咄嗟に避けようと、デネモイが身体を揺らせる。しかし、カイが宣言した通り、もう遅い。



――――――――『槍術:フェルリス流雷槍・トルエーノ・フォルチ・グレンデ・エスパダ』



 カイの握る剣には、極大の青白い雷槍が纏っており、その切っ先がデネモイの無防備な背中に向けられていた。


 避けようと、逃げようとするデネモイに追い打ちをかけるように、カイはもう一つの『術』を行使する。



――――――――『理術:風爆』



 足元に圧縮させた空気の塊を生成し、それを爆発させて一気に加速する。


 一つの弾丸、否―――――雷撃と化したカイは、爆発の勢いのままデネモイの背中に雷槍を放つ。


 極大の雷槍がデネモイの背中を貫通して地面にまで激突した瞬間、雷が落ちたかのような電撃と衝撃がデネモイを襲う。


 体内を電撃で焼かれて、更に衝撃に襲われてデネモイの体内は破裂した。


 強靭な鱗と、強固な外殻によって身体が弾ける事はなかったが、しかし………デネモイを絶命させるには、十分すぎる程に十分であった。


 デネモイが口からぐちゃぐちゃになった内臓の混じった血を吐く。


 デネモイの身体がプスプスと煙を上げて、カイは元に戻った剣を引き抜き、跳躍する。

 カイが跳躍した時の衝撃と、自重を支える力が失われた事で、デネモイの身体はゆっくりと地面に倒れた。


 重いものが落ちたような音と揺れが地面に響く。


 背中から腹にかけて大きな風穴の空いたデネモイの死体を見て、カイは一度だけ剣を振って、鞘に納める。

 首と肩を回して、雷槍の衝撃で固まった筋肉をほぐす。


「さて、と」


 討伐したデネモイの死体に目を向ける。別段、欲しいものがある訳でもない。


 どうしようかと迷った末に、カイは取り敢えず鱗と外殻だけ剥ぎ取って、後は地面に埋めるなりして捨てる事にした。


 さっそくデネモイの死体を剥ぎ取り作業をして、剥ぎ取った鱗と外殻を収納鞄にしまう。『術』によって見た目以上の収納量を誇るこの鞄があるからこそ、カイは手持ちが楽でいられるのだ。


 作業を終えて、『術』で残ったデネモイの死体を燃やし、そのまま地面に埋める。


 一応、埋めた所を『術』で浄化をしておく。死霊化して蘇るのを防ぐためだ。


 諸々の作業を終えて、カイは一休みしてから立ち上がる。


 己の望む者を探すために。自らの剣を高みへと昇らせるために。


 カイは、『イストニア大陸』の旅路を続けるのだった。





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星界手記 ー子等の紙片ー にゃ者丸 @Nyashamaru2

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