飽和蒸気圧

変なアキラ

第1話

確かに、密閉されたエレベーターの中でそれらは言葉を交わしていた。

「する事もなく退屈だ」

「心に現れる様々な事でも書き留めていたいものだ」

ドアで無音が開いた。事象Xが怪訝な足取りで侵入してくる。

「君たちは日々研鑽し輝く可能性を持った戦士だ」

事象Xはその黒い雛鳥のような身体を曲げると、重力に抗うことを諦めたのか、内部からエネルギーを流出させ始める。

「つまり常に己が愚かさに注意と養育費を払っていないと、私のようになってしまう」

そう言って高笑いをすると、事象Xは、スローモーションのように溶解し、不純物を含まない水になってしまった。

エレベーターは動いていなかった。

事象Xの笑い声の残響が可笑しかったので、それらはまた些細な会話を始めた。僅かにその牢獄は広くなっているようだった。それぞれが投げた言語に、片方はクスッと、もう片方はアハッと頰を緩ませた。

それらも水になった。

液状化しても意識は存在した。しかし、個々と事象の境界が不明瞭になっていくのを止められない。

時間が蒸発を促した。エレベーターは密閉されていたが、飽和蒸気圧には逆らえず、ついに気体分子になった後、程なくして消滅した。

エレベーターの扉がまた開いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

飽和蒸気圧 変なアキラ @kawattakira

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ