第115話 17-5.


「なんだか涼子様、お疲れのようだったわ……。大丈夫かしら? 」

 舞踏会冒頭第1クォーター、3曲ほど連続で、マクドナルド国連事務総長、ドイツ首相、フランス大統領とダンスの相手をして、漸く休憩しようと壁際まで退いたマヤは、会場を見渡しながら呟いた。

 マヤとて、涼子に負けぬほどダンスの申し込みを受け、しかも涼子と違いその殆どを受けて踊り、額にうっすら汗が滲むほどだったのだ。

 彼女も立場的には、外交官とニアリー・イコールであり、断るわけにもいかないのが実情だった。

「慣れてる私でも参っちゃうくらいだから、涼子様、きっとヘトヘトね」

 4年前のUN本部でも涼子様、へろへろになってらしたっけ、とその姿を思い出し、一人クスクスと笑っていると、当の涼子が、まるで4年前の再現ビデオでも見ているかのようなへろへろの姿でエントランスを廊下へ出て行くところ~ご丁寧にも、出口でスカートの裾を踏んづけ、蹈鞴を踏みながら~が視界に飛び込んできた。

「涼子様だわ! 」

 お手洗いかしら。

 自分の姿を探してきょろきょろしている侍従長じいや、ダンスの申し込みに近付いてくるイタリア首相を視界の隅に捉えつつ、マヤは何気ない風を装って、そっと廊下に出る。

 廊下に出て、涼子の姿を求めて周囲を見渡し、驚いた。

 あちこちで、昨夜のお忍びデートの時に見たUNDASNのSP達が血相を変えて話し込んだり、イヤホンを手で押さえながら右往左往したりと、騒然とした雰囲気だ。

”いやだ……。また、何かあったのかしら? 涼子様、最後まで舞踏会にいらっしゃる事ができるのかしら? ”

 一抹の不安を覚え立ち竦むマヤの視界の端に、見覚えのある後姿が映った。

 トレーンを引き摺る、初めて見たときにはまるで騎士のようにも見えた、白いロングの巻きスカート。

 涼子だ。

 後姿はすぐに見えなくなる。

 慌てて追いかけると、そこはお手洗いだった。

 出て来るまでは、座って待っていようと、マヤは少し離れた、柱の影のソファに腰を下ろす。

 きっと、働き過ぎなのだ、と思う。

 嫋やかな指、儚ささえ感じさせる細い腕や首、哀しいほどに薄い肩、生き物のように風に揺れる艶やかな黒髪、銀河を圧縮したような煌めく瞳、瑞々しい果物のようなつやつやの唇、そしてそれらを詰め込んだ、まるで自然界の奇跡を全て使い尽くして造形された見事な肢体、正しく美の女神アフロディーテの降臨を思わせる、あの女性が。

 そんな彼女が、軍隊UNDASNという、今の人類にとっては確かに必要ではあるけれど、しかし身体も心も徹底的に傷つかなければならない職に就き、遥か何百、何千光年の宇宙の涯で異星人と命の遣り取りを強いられている事実に、マヤは思わず涙ぐんでしまう。

 今にも折れてしまいそうな、あの美しい女性が、それでも日々を涙と共に渡り続け、その上周囲の人々に向ける、目が眩むほどのあの優しさは、いったい何処から湧き出るのだろうか?

 けれどそれは、マヤには判らない。

 判らないけれどしかし、そんな涙の川を渡るような苦しく哀しい日々を乗り越えてきた涼子だからこそ、それはそれは美しい笑顔を浮かべ、僅かにしか知らぬ人の為に泣き、そして溢れるほどの優しさを、まるでハレーションのように全周に惜しみなく振り撒けるのだろう、それだけは薄っすらと想像できるようになった、そう思う。

 この、数日で。

 あれほど求め追い続け、遂に手が届かずに唯、待ち続ける事しか出来なかった4年間、そして漸く追いつき、哀しい事実を知らされつつも、それでも彼女の隣に並び立つ事を赦されたこの数日。

 この、短い日々こそ、私の本当の宝物だ。

 心の底から、そう思う。

「あ、いけない……」

 思わず溢れそうになる涙を、手袋を嵌めた指で押さえて漸く堰き止め、大きく息を吸った途端、涼子がトイレから出てきたことに気付いた。

 一体、あれから何分経ったのかしら、こんなとき腕時計がないと不便だわねと思いつつ、声を掛けようと口を開いた刹那、誰かが先に涼子に声を掛けた。

 赤い服を着た、バッキンガムの近衛兵だった。メモを手渡しながら、なにやら話をしている。

「やっぱり、何かあったのかしらね」

 ソファから立ち上がり柱の影から様子を見ていると、やがて二人は敬礼を交わし、互いに踵を返してそれぞれ反対方向に歩き始めた。

 追いかけようとして、再びマヤは柱の影に身を潜める。

 今度はUNDASNのSPらしかった。お忍びデートの時に見かけた記憶がある。

「まさか、このまま、退席されるのではないかしら? 」

 不安が過る。

 多忙な身で、任務に追われているのは知っている。

 だから、涼子の負担になるような自分ではいたくない。

 うるさい女になるつもりなどないのだけれど、しかし。

「! 」

 声をかけるタイミングを逸し続けていると、最後に最悪のジョーカーが現れた。

 ニューヨークの、涼子の官舎で見た、写真の男。

 ヒースローで彼女を、まるで何もかも判ったような顔をして助けた男。

 グローリアスの艦上、これまで見たこともなかったような向日葵のような笑顔で笑う涼子を、独り占めしていた、憎い、あの男。

 SPが立ち去り、一言二言言葉を交わす二人を見ているうちに、デジャヴのような違和感をマヤは覚える。

 涼子の表情。

 マヤの位置は涼子の斜め後、はっきりとした表情が見える訳ではない。

 だけど。

 それでも、判った。

 背中をみつめるだけで。

 涼子の表情が、やっぱり、これまで見たことのないほどに輝いていることが。

 涼子がその表情を見せるのは、その男の前だけだということが。

 やがて涼子は、男に抱きつき、胸に顔を埋める。

 男もまた、涼子の背を叩き、髪を撫で、その表情はマヤが抱いていた男のイメージと違って、別人かと錯覚するほどに、柔らかい。

 負けた、と思った。

 次の瞬間、そんなことを考えた自分に、罰を与えたくなった。

 負けてない。

 あんな男に、負けるわけにはいかない。

 だって、涼子様は。

 泣いているじゃないか。曲解しているのかも知れないけれど。

 やがて涼子は、男から身体を離し、ハンカチで顔を押さえながら、玄関の方へ走り去った。

 追わなければ。

 一歩踏み出しかけて、憎いあの男がこちらへ歩いてくるのに気づいて、足が止まる。

 柱の影に身を隠す。

 通り過ぎていった男の背中を、睨みつける。

 睨めば、男が涼子の前から永遠に去ると信じて。

 やがて男は立ち止まり、ゆっくりと振り返った。

 視線が絡み合った瞬間、マヤは理解した。

 私が。

 私が、涼子様と彼の間に入る隙間など、ない。

 無表情な彼の眼が、そして彼にしか見せない涼子の笑顔が。

 そう、言っていた。

 そうだ、判っていたことじゃないか。

 観艦式の日、あの涼子の先輩だという美しい女性と話をして。

 自分は、理解した筈だった。

 ただ、その後の夜のロンドン、あの数時間が眩しすぎて。

 私は、目を逸らしていただけにすぎなかったのだ。

 思わず涙が溢れそうになる。

 けれど、思い留まる。

 せめて。

 せめて、この男の前でだけは、泣くものか。

 最低限の礼カーテシーだけで、マヤは彼に背を向け、涼子を追って駈ける。

 昨日、サザンプトンで、涼子の先輩だと言う艦長が、その美しい瞳に涙を溜めながら言った言葉が、表情が、脳裏を過った。

 ああ。

 判っている。

 判っていたつもりなのです、須崎様。

 だけど、やっぱり、辛いのです。

 痛いのです。

 胸が、こんなにも。

 だから、ごめんなさい。

 今だけは、どうぞ、堪忍して下さい。

 今はただ、涼子に逢いたかった。


 綺麗、と確かに彼は言ってくれた。

 嬉しい。

 嬉しい。

 死ぬほど、嬉しい。

 けれど、今死ぬのは絶対、厭。

 だって。

 だって、こんなに嬉しくて、楽しくて、幸せなんだもの。

 なのに、どうしてこんなに涙が出るんだろう?

 通用玄関エントランスの、正面よりは少しだけ狭い階段が近付き、守衛や近衛兵の姿が見えてきて、涼子は漸く速度を緩める。

 涙を拭い、思い切り洟を啜り上げながら、涼子はアンヌの言葉を思い出す。

 幸せ下手。

 掴んだ幸せを、手放すのが怖いから。

 だけど。

 これが幸せというものなのかどうか、自信がない。

 自信がないくせに、心はどうしようもない程、素直に反応する。

 私の人生って、もうこのまま幸せばっかりしかない、とまで思ってしまう、自分の脳天気さに自分で呆れてしまう程だ。

 呆れて笑ってしまいそうになる刹那、何かが心に引っ掛かり、笑いが止まった。

「でも……。そうかな? ……ほんとに、私は、このままで良いのかな? 」

 何故、今ここで否定的な考えが浮かぶのだろう。

 判らない。

 判らないまま、それでも何かに胸を突かれた痛みを覚え、思わずその場で立ち竦む。

 心の底の闇に沈む、腐敗した『何か』から不気味に湧き立つ泡が、ゆっくりと、ゆっくりと表面に浮かび上がってきた様な気がした。

 ああ。

 いけない。

 これは、いつもの頭痛の前兆のように思える。

 涼子は固く瞼を閉じ、首を左右にブンブンと振る。

「なんだよ私。なんでこんな、情緒不安定なの? 」

 自分で自分を叱り飛ばし、大きく数度深呼吸をして瞳を開くと、そこは玄関エントランスだった。

 怪訝そうな表情を浮かべている守衛達の視線から逃れるように、階段下を見ると、ゲートの外側、車寄せの柱の影に、見慣れたドレス・ブルーを見つけた。

 『日常』へ回帰できたような気がして、ホッとする。

 仕事だ、仕事。

 もう一度ゆっくりと深呼吸をして、涼子はスカートを両手で摘み上げた。

 階段をゆっくりと下り~ピンヒールだから階段は特に怖い、おまけにこの足に絡みつく長いスカートは、もう! ~、声をかける。

「ヒギンズ、ごめんなさいね。待たせちゃって」

 泣いていたのと、不安を誤魔化す為に、普段よりも明るい調子で声を掛けると、ヒギンズは振り返って笑い、敬礼した。

「申し訳ありません、1課長。お楽しみのところを」

 敬礼を解いて、少し声を低くした。

「……メモにも書いたんですが、少しご相談したい事が。まったく、申し訳ありません」

「内務省の件、だったわね」

 訊ね返しながら、涼子は小首を傾げる。

 そう言えば、マズアは、首席駐英武官はどうしたのだ。

 彼は今朝、宮殿で合流すると言っていて、けれど、少なくとも自分がここへ向かった時には未だ到着していなかった。

 自分は外交会談、音楽会、レセプションと移動時間以外は殆ど携帯端末の使用禁止ゾーンにいた、だから武官補佐官は直接メッセージを届けに来たのだろう。

 ならばマズアは? 彼も確かに朝から多忙そうだったけれど、携帯端末使用を抑制しなければならないような案件タスクはなかった筈だ、せいぜい事務レベル協議ばかりの筈だし、それにしたってメインスピーカーはコルシチョフ部長だったのではないか、それならばいくらでも携帯端末での通信は可能だったはずだ。

 何より、それ以前に彼の上官は、マズアだ。

 軍隊組織で一番嫌われる『席次無視ショート・サーキットのエスカレーション』をしてまで、そしてわざわざ車を飛ばして駈けつけてまで、私に何を相談したいのだろう?

 例え、タイミング的にマズアが宮殿内に入り、携帯端末での応答を控えていたのだとしても。

 ここへやって来たからには、マズアを呼び出すべきなのだ。

「すいません、大声では少し話し難いので」

 ヒギンズが一歩、近寄る。

 涼子は、動けない。

 視界の隅に捉えた守衛は、明後日の方向を見ている。

「柱の影まで、お願い出来ませんか? 」

 駄目。

 なんだか判らないけれど、駄目。

 知らぬうちに、喉がからからに乾いて、声が上手く出せない。

 漸く出た声は、掠れて、自分でも聞き取り難いほどだった。

「……ヒギンズ? どうしたの、おかしいよ? 」

 それまで俯き加減だったヒギンズが、涼子の言葉が合図だったかのように、真っ直ぐに涼子を見た。

 両目が妖しく輝き、唇の端が捲れ上がる。

「……そんなに、おかしいですか? 」

 笑っている。

 まるで、よく知る彼の声とは思えない声で。

 涼子は身体中の血が、一斉に足へ下りていく音を聞いた。

 逃げなきゃ。

 この視線、この声。

 知ってる。

 私、知ってる。

 あの。

 身体中を嘗め回し、撫で回し、犯ししゃぶりつくす、悪意とどす黒い欲望の塊。

 逃げなきゃ。

 でないと。

 でないと、私。

 『あの日のように』、犯され辱められる。

 身体も心も焦っているのに、何故か冷静な頭の隅で、疑問がぽつん、と降って来た。

「あの日、ってなに? 」

「おかしい……、ですか? ……ねえ、1課長? 」

 耳元で不気味な、そして不快な忍び笑いの混じった、声が突然聞こえて、涼子は我に帰る。

 顔を歪めて笑うヒギンズが、眼の前にいた。

 生暖かい息が顔に吹きかかり、涼子は思わずよろめき、いつの間にか追い詰められていた柱にとすんと背中を預けてしまう。

 犯される。

 『あの日のように』、辱められてしまう。

「私がおかしいとすれば、それは貴女のせいですよ。謝罪代わりと言ってはなんですが、私と付き合って頂きましょう、1課長? 」

 スッと、ヒギンズの右手が顔に向かって伸びて来た。

 身体中の力を振り絞り、漸く手を避けて顔を背ける。

 背けた途端、首筋に鋭い痛みが走った。

「痛っ! 」

 艦長。

 助けて。

 私を、守って。

 けれど、視界は急速にぼやけ、曇る。

 地面がまるで消え失せたようだ。

 いや、足に力が入っていないのか。

 折角。

 せっかく、手を繋げたのに。

”また、放しちゃう……、のかな”

 アンヌ。

 やっぱり私、幸せ下手だったみたいだよ。

 艦長。

 ごめんね。

 ごめんなさい。

 刹那、涼子は、意識を手放した。

 訪れたのは、完全な闇。

 それもすぐ、判らなくなった。


”涼子様、涼子様っ! ”

 懸命に涙を堪えつつエントランスまで来ると、階段下の柱の影で、UNDASNの制服を着た男と話をしている涼子の姿が見えた。

 このまま階段を駆け下り、胸に飛び込みたくなる衝動を漸く堪え、踏み止まる。

 そこで初めて、マヤは波立つ感情がすっと収まっていくのに気付いた。

 悲しみの感情は消えないけれど、だからと言って今ここで涼子に抱きついたとして、彼女は一体、どう思うだろうか?

 いや、涼子のことだ。

 きっと、困惑しながらも、優しく包んでくれるだろう。

 だけど。

 やはり、胸の底で渦巻くこの敗北感は。

 きっと、もっと大きく、そして醜く膨らむような気がしてならないのだ。

 やっぱり、逢わずに、このまま戻ろう。

 ここでこのまま戻ったとしても、きっとダンスを踊る時には心がざわめき、涼子を困らせてしまうだろう。

 だけど、せめて。

 涼子に教えられた通り、最後の最後まで、王族としての矜持を保ち、誇り高い女性だと、彼女に認めて欲しい。

 つまらない、見栄だけど。

 今の自分には、そんな見栄しか縋るものがないのも、また確かなのだから。

 未練を残しつつも、会場に戻ろうと踵を返しかけた刹那、視界の隅で、突然涼子がふらりとよろめき、柱に凭れかかった。

「? 」

 続いて男の手が、素早く涼子の首辺りへ伸びる。

 すると、まるで魔法にかかったように、涼子はフラフラと男の足元へ崩れ落ち始めた。

「! 」

 パニックに陥りつつ、それでもマヤは助けを求めなければと周囲を見渡す。

 階段上、入場者ゲート付近にいる守衛や、近衛兵達は気付いていない様子だ。

 彼等の位置からは、柱で死角になっているのかも知れない。

 どうしよう!

 泣きそうになりながら、再び階段下へ視線を向けると、男が意識を失ったらしい涼子を両手で抱きかかえて、車の後部シートへ押し込もうとしていた。

 もう、駄目だ。

 後先考えず、マヤはその場で叫び声を上げていた。

「きゃあっ! 涼子さまっ! 」

 叫び声に驚いたのか、男は涼子を乱暴にリアシートへ投げ込む。

「どうされました! 」

 振り向くと、守衛達が血相を変えてマヤ目掛けて駈けてくるシーンが飛び込んできた。

 裏目に出てしまった。

 マヤは慌てて手を振り回し、叫ぶ。

「ち、違うのです! 涼子様が! あの、あの車! 」

 刹那、タイヤが石畳の地面を空転する耳障りな音が宮殿内に響く。

 マヤが視線を車寄せに向けたときには、今時珍しいガソリン車らしいエンジン音を響かせて、一瞬のうちに車は視界から消え去った。

 守衛達は、漸くその音でマヤから車寄せに顔を向けたところだ。

「な、なんだ? 」

 間の抜けた守衛の言葉に、マヤは怒りを爆発させた。

「なんだ、ではありませんっ! 早く! 早くあの車を止めなさい! 誘拐です! 」

「ゆ、誘拐? 」

 驚愕の表情を浮かべた守衛に、マヤは首を千切れんばかりに振る。

「そう! りょ、涼子様が! ゆ、誘拐」

「マヤ殿下! どうなさいましたっ? 」

 聞き覚えのある声に振り返ると、コリンズ達UNDASNの面々だった。

 助かった、と思った。

「ああっ! コリンズ様! 涼子様が、UNDASNの制服を着た男に、ゆ、誘拐されて! 」

「涼子様がっ? 」

 銀環の悲鳴のような声に、マヤは頷き、外を指差す。

「あの黒のデイムラーですね? 」

 リザが指差す方を見ると、黒い車は車寄せから続く庭園の外周を廻る道路を既に殆ど回り終え、小さく見えるゲートを強行突破したところだった。

「くそっ、スタックヒル! 」

 リザは悔しそうに呟くと、コリンズを振り返って叫んだ。

「二佐! あれは武官事務所の3号車です、早く手配を! 」

「よし……、あ、軍務部長! 」

 コリンズが叫ぶ。

 マヤが声に釣られて首を巡らせると、あの憎い男が、自分の横を摺り抜け、階段を殆ど踏まずに下まで飛び降りていた。

 今度こそ負けてなるものか、マヤは思った。

 蹴るようにして、靴を脱いだ。

 豪華にラメが貼り付けられたバックベルトの9cmハイヒールが陽光に煌めいて、思いの外遠くへと飛んで行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る