第97話 15-3.
コリンズは通信終了後、カードスロットに再びIDカードを入れ、端末とリモート接続した情報部サーバの通信ログを含む全情報のクレンジング用ソフトを起動させて痕跡を消し、再び背広を着込みながらスコットランドヤードに詰めている応援の情報部エージェントを携帯端末で呼び出した。
「私だ。……ああ。……そうか、そっちはそれでいい。……うん。今日、そっちへ届けた犯行予告状二種類の現物だが、今、鑑識か? ……引き渡してはいないな? ……ああ。鑑定、調査、分析は継続して
通信を切り、コリンズはネクタイを結び終えると今度は、インターフォンのハンドセットを取り上げて、館内内線番号をプッシュした。主要メンバーの宿泊室やデスクの内線番号は把握済だ。
「ショートランド三佐? 情報部のコリンズだ。……もう寝ていたか? ……そうか、すまんな。着の身着のままで構わない。すまないがすぐに、武官室へ集合してくれ。緊急事態だ。……そう。……そうだ。後任副官も一緒にだ。ああ、それと、石動室長代行には気取られないように。……訳は、後で話す。じゃあ、頼んだぞ」
コリンズがコートを抱えて部屋を出ると、フロアの奥、通路の隅にリザの姿を見つけた。
寝ていたのだろう、眼を擦りながらドアから顔を出している銀環と話をしていたが、二人ともコリンズに気付いてこちらに顔を向けた。
顎でエレベーターホールの方をしゃくると、二人は部屋履きのスリッパのまま、小走りで走る。
二人とも部屋備え付けのバスローブを羽織っているのは一緒だが、銀環がUNDASNの人間なら御馴染み、国連ブルーのジャージ上下なのに比べ、リザは裾も袖もぶかぶかの、漫画チックなカエルのキャラクターが飛んだり跳ねたり走ったり笑ったり泣いたり怒ったりしているプリント柄の赤いパジャマを着ているのが、普段の彼女とのギャップもあって微笑ましく、リザ自身も少し照れているのか、前を通り過ぎるとき、ほんのり頬が赤いのが印象的だった。
それでも二人とも、手に携帯端末と手帳を持っているのは、さすがエリート副官らしかった。
二人の乗ったエレベーターが3階で停止したのをランプで確認して、コリンズは徐に振り返り、隣の部屋に向かう。
SP2名が不寝番をしている、涼子の部屋だ。
二人のうち若い女性の方は、確か、昨夜聖ジョーンズ病院で涼子を救出した二曹だ。
「二曹、ちょっと」
呼び寄せて、小声で訊ねる。
「室長代行は? もう寝てらっしゃるか? 」
「ノー、サー。20分ほど前より軍務局長後任秘書官が来室中です。たぶん、プライベートなお話をされているかと」
確か、アンヌ・キャバリエとか言う、プライベートでは涼子の友人だった、と脳内ファイルを繰ってオーケーを自分に出す。
「取り次いでくれ。5分ほどで済むから、と」
「イエッサー」
「ああ、それと貴様等。さっき、副官二人が下へ降りて行ったことは、情報部権限で欧州室長代理には内密に」
「……エッサ」
警務部の人間だ、例え不審でも、『情報部権限』を提示すれば素直に従うだろう。
暫くしてドアが開くと、金髪の女性が現れた。
「ああ、申し訳ないですな、ミズ・キャバリエ。私の方はすぐに済みますから」
アンヌはニコリと笑う。
「いえ、いいんですのよ、ミスター。私の用はもう、済みましたので」
アンヌは振り返って、背後で立っていた涼子に手を軽く振った。
「じゃあね、涼子。明日の朝、また来るわ」
「うん、ごめんね、アンヌ。面倒なことお願いしちゃって」
「いいのよ、私も楽しみにしてるから。おやすみ」
「おやすみなさい」
目礼するアンヌと入れ違いにコリンズは涼子の部屋に入る。
「ごめんなさいね、コリンズ。……あら? 今から外出? 」
「ええ、例のフォックス派の英国内シンパの件で、ちょっとした情報が入りましてね。ちょっと裏を取りに……。ところで室長代行、少しだけ質問させて下さい」
「ええ。どうぞ、座って」
涼子は、惚けた表情の魚~マンボウだろうか? ~の絵がプリントされた、こちらはサイズの丁度いい感じのパジャマを着たまま、手で部屋の奥を指し示す。
どうぞと言われても、この姿の涼子と同じ部屋で二人きりになるのは遠慮しておいた方が良さそうだ。
「いえ、すぐに済みますから、ここで」
コリンズは、その場で用意していた質問を口にした。
「妙な質問で申し訳ないんですが、室長代行。英国滞在中、誰かに監視されたとか、尾行された、と言うような感覚に襲われた覚えはありませんか? 」
涼子は首を捻り、腕を組む。
組まれた腕の下で柔らかく潰れている豊かな膨らみに視線を奪われかけて、コリンズは慌ててそっぽを向き、言わずもがなの台詞を口走ってしまう。
「別に、主観的な感覚とか、漠然とした不安感とか、そんなことで良いんですが」
やはり室内に入らなくて正解だった、と自分を誉めていると、涼子が腕組みを解いて口を開いた。
「そう言えば」
「はい」
いろんな理由でほっとしつつ、コリンズはメモを広げる~実際に情報部員はメモなど採らない、何処で敵の手に渡るか分からないからだ、けれど今は涼子の不安と不審を和らげるために振りだけをする~。
「えと、あれはヒルトンホテルを出発する時だったから、
涼子の顔が、微かに強張る。その感覚を思い出したのかもしれない。
「どんな感じでした? ……や、漠とした質問で申し訳ないですが」
涼子は首を横に振り、今もまだその感覚を覚えているかのような儚げな微笑を浮かべる。
「その、身体を嘗め回すような、睨み付けるみたい……、いえ、それよりも、なんか、部屋の中を覗かれてるみたいな薄気味悪い……、そんな、感じ……、か、な? 」
だんだん声が小さくなる涼子に、申し訳なく思いつつも、コリンズは問い重ねる。
「その時、その場にいたのは? 」
涼子は救われたようにほっと息を吐き、少し声を明るくした。
「えと、部屋の立哨が、モンラン三曹とラマノフ士長、だった。後、リザと銀環、彼女達と一緒に来てロビーで出会ったSPは、スーとメニショフ。運転手は総務班のサラバン三曹。顔を覚えているのはそれだけ」
SPの顔と名前を覚えている涼子の記憶力に驚きながらメモを取っていると、ポツン、と彼女は呟いた。
「そうだ、スタックヒル補佐官にも出会ったっけ」
「出会った? 」
言葉に引っ掛かり反応したコリンズに、涼子はうんと頷いた。
「警備体制の変更とその宿割りの件でホテルと交渉しに来たって言ってたわ。ロビーで出会って、少しだけ話して直ぐに別れた。私達は直ぐにホテルを出たの。彼はそのままホテル側と打合せがあるから残るって言ってたけれど」
ふん、とコリンズは頷き、メモを閉じて笑顔を浮かべた。
「いや、ありがとうございました。助かりました」
「えと、もういいの? 」
「ええ。充分です。それでは室長代行、良い夢を」
涼子と話すようになったここ数日で、俺は結構笑顔が上手くなったんじゃないかな、とコリンズはそんなことを考えながらドアを閉めようとした。
「あ、待って」
驚いて、顔を上げると、涼子がドアを手で押さえていた。
「どうしました? 」
出来るだけ優しい声を出す。
自分で気持ち悪くなるくらい。
「もうひとつ、思い出したんだけど」
涼子は少し恥ずかしそうに、小首を傾げた。
「でも、さっきよりも、もっと、曖昧っていうか、漠然とし過ぎているって、いうのか」
「構いませんよ。どうぞ」
コリンズは再び、笑顔を浮かべる。
涼子が安心したような表情を見せたので、コリンズは自分の表情作りが成功した事に安堵する。
「
涼子がコリンズに話したのは、”謎の記者質問”の事だった。
そのエピソードは、確かにホプキンスが送ってきた特命通信の参考情報に記載されていたな、とコリンズは思い出す。
読んだ時は意味不明なエピソードにしか思えなかったが、改めて監視という意味から考えると、引っ掛かるものがある。
「……だから、監視って言うのとは違うんだけど、その質問を受けた時の感覚が、ホテルのロビーでの視線と同じような、悪意とか、いやらしさが感じられるって言うか」
涼子は、そこで言葉を区切り、俯いて、チラ、と上目遣いでコリンズを見上げた。
「なんて、自己顕示欲強すぎかな? ……ごめんなさいね、見当外れだったかも」
誰だ、彼女にこんな弱々しい表情をさせるのは、と腹立ちさえ覚えるコリンズだったが、その元凶が自分であることを思い出し、再び笑顔を浮かべる。
「いえ、とんでもありません。……で、その時のシチュエーションなんですが、記者団の顔ぶれに見覚えは? 後、ウチの連中の動向とか、英国側の動きとかはどうでした? 」
涼子が再び腕を組んだのを見て、コリンズは、慌てて視線をメモに落とす。
自分が上手く笑えるのは、ひょっとしたら涼子の前だけかも知れない、と、ふと思った。
「宮殿内のUNDASNの随員控え室にいたメンバーは……、私とリザ、銀環。それにコルシチョフ国際部長、ブレクセン国連部長にボスコフ国際条約部長、皆さんの副官秘書官、SP3……、いや4名。名前は」
「ああ、副官やSPの氏名は結構です」
涼子は頷いて、ゆっくりと続けた。
「統幕本部長や軍務政務両局長は、マズアの案内で国王に拝謁してたのね、その時。で、スタックヒルは最初部屋にいたんだけど、私が車や警備の手配を頼んだから直ぐに部屋を出ていったわ。そしたら、プレスが部屋に押し入ってきて……。プレスは顔見知りの外務省記者クラブや内閣記者クラブの人達じゃなかったから、たぶん全員初対面。……んで、私一人で彼等を追い出して廊下で対応してたら、その質問が飛んできて」
だんだんと声がか細くなっていく。
余程、恐ろしかったのだろう。
思わず、助け舟を出す。
「で、相手は何処にいるのか判らない、声にも聞き覚えがない。そうするうちに、警備がプレスを排除しにかかった、と」
涼子は少しだけ微笑んで頷いた。
「あんまり変な質問だったから、私、戸惑って、言葉に詰まっちゃったの。どうしよう、って思ってたら、マズアが大声をあげてこっちに走って来てくれて」
「駐英武官だけ? 」
涼子は、少しだけ眉根を寄せたが、すぐに口を開いた。
「ええと、そう。スタックヒルもその後、駈け付けてくれた」
「武官と武官補佐官の二人、一緒に? 」
今度は即答だった。
「今気付いたけれど、違うわ。マズアは、ドアの右手……、公式諸間の方向から走ってきた。スタックヒルは、気付いたときには、その反対側、東門の方から来てくれた。そう、東門が来賓の車寄せになってたから。……だから、多分、別々だと思う」
そろそろ、潮時だ、とコリンズはメモを閉じた。
「ありがとうございました、室長代行。今度こそ、良い夢を」
涼子はニコリと柔らかく微笑み、コリンズの二の腕の辺りをゆっくりと撫でながら言った。
「寒いから。コリンズ、風邪ひかないように、暖かくしていくのよ? 」
「ありがとうございます。……あ」
コリンズは背広のポケットからキツネのアクセサリーを取り出して、涼子の手に握らせた。
「もう一晩、お貸ししますよ。効き目抜群だったでしょう? 」
涼子は嬉しそうに幼げな笑顔を見せて、両手でアクセサリーを握り締めた。
「ありがとう、コリンズ。ポケットに入れて寝るね? 」
自分が渡したアクセサリーなのに、コリンズは嫉妬を覚えた。
3階でエレベーターのドアが開くと、オフィス前の通路で、草臥れたクラスメイトがボンヤリと背中を見せて立っていた。
「おう。貴様、今帰りか? 」
コリンズが声を掛けると、マズアは驚いた表情で振り返り、直ぐに怒ったような顔つきになった。
「おい、ジャック! 貴様いったい」
眼で、声を落とせと訴えると、マズアは一瞬はっとした顔になり、直ぐに素直に声量を落とす。
義理堅いというか真面目と言うか、と半ば呆れているコリンズを、マズアは無声音で詰問し始めた。
「1課長の副官コンビが、俺の部屋でこんな時間に無言のパジャマ・パーティを開いてる。貴様の差し金だろう? 」
リザの、意外と子供っぽいパジャマを思い出し、笑みを浮かべると、コリンズは眼の前の怒れるクラスメイトに宣言した。
「俺は、情報部……、いや、統幕本部長特命の、新しいミッションにつく」
「新しい、ミッション? 」
毒気を抜かれたようなマズアの脇を抜け、コリンズはオフィスへ向かって歩き始めた。
「部屋で、話そう。ダークスーツとドレス・ブルーでも、パジャマ・パーティには入れてくれるだろう」
「なんなんだよ、おい」
愚痴のようにぼそ、と呟き、後は溜息ひとつで後をついてくるマズアを引き連れ、オフィスの奥、武官室のドアを開くと、パジャマ姿の二人が心細げな表情を浮かべて振り向いた。
「コリンズ二佐」
カエルのプリント柄の赤パジャマが立ち上がり言葉を発するのをコリンズは手で制し、武官室のドアを閉めてから、言った。
「今から話すのは、統幕本部長特命、軍務局情報部の主管する正式作戦だ。在英の高級士官でこのミッションの存在、発動を知り、参加しているのは、ここにいる4名だけである事、そして爾後、我々以外には決して情報を漏洩する事のないよう、まず厳命しておく」
コリンズの脇を抜け、何かを悟ったような表情でマズアはソファに座り、ついでに立ち尽くすリザを座らせて、頷いて見せた。
「さあ、聞こう」
コリンズは口調を普段通りに和らげて、言った。
「ミッション・コードは『デザート・ローズ・レスキュー』だ。このコードネームで、君達には作戦内容自体がほぼ理解できると思う」
銀環が震える声で、答えた。
「
コリンズは、涼子で成功した笑顔を、銀環で試してみる。
「そうだ。2月14日の晩、君達も軍務部長から聞いただろう? 軍務局機密。……その内容を覚えているかね? 」
「……覚えています」
リザが蒼白の顔を気丈にも真っ直ぐコリンズに向けてくる。
「あの、内部情報漏洩、部内にストーカーがいる、と言う」
「あの晩の、タクシーの尾行? 」
銀環が小さく叫ぶのに、マズアが小声で答えた。
「ああ、あれは、違う。あれは実は、マヤ殿下だったんだ」
「えっ? 」
銀環とリザの驚きの声が奇麗に重なった。
が、今はそれどころではないとすぐに気付いたらしく、続けて質問を繰り出してきた。
「じゃあ、別にストーカーがいて、そいつが直接涼子様に手を出そうとしている? 」
「テロリストの残り一人とはまた別に、ですか? 」
コリンズは、二人の副官に、それぞれ一度づつ頷いて見せた。
「テロリストの件は、多分、終わりだろう。38号議案がプレス・リリースされた時点でな。リスクは完全に消えた訳じゃないが、その
「今は室長代行の方が危険だ、と? 」
リザの問い掛けに頷きながら、コリンズはチラ、と向かいに座るマズアに視線を向ける。
口をへの字に曲げて無言のまま腕組みしている見慣れたクラスメイトの顔が、今までとは違うように見えた。
”……俺とは別口で、なにか情報を握っている? ”
すぐに思い当たる。
昨夜の秘密会議。
順当に考えると、そうだろう。
トリガーは、フォックス派の立て続けの襲撃だ。
それに突き上げられるようにして、涼子へ迫る危機がクローズ・アップされる。
そこで、昨夜の秘密会議。
統幕本部長がその会議に一枚咬んでいるのは、マズアに掛けたブラフで明白だ。
その結果、具体的な作戦が立案され、その実行任務が在英エージェントの自分に回ってきた。
”となると、後でマズアに吐かせる必要があるな”
情報は可能な限り速やかに、詳細まで開示されるべきであり、その取捨選択は実行部隊に任されなければならない筈だが、そうはなっていない現実がコリンズに嫌な予感を押し付ける。
気に食わない、けれど今は横に置いておく。
「具体的には、どんな危険が? それはいつ? 」
身を乗り出して、今にも涙が溢れそうな瞳を向ける銀環をソファに引き戻しつつ、リザが冷静を装った~まさに、装っているとしか思えないような~口調で言った。
「私達は、何をすればいいんでしょう? どうぞ、ご指示を。二佐」
コリンズは、ふっ、と溜息を落とた。
そう。
まず、やるべきことを、速やかに。
「室長代行に迫っている危機、それは内部情報漏洩者による室長代行拉致計画だ。室長代行が拉致されれば、任務達成、成功を目の前にしてこの戴冠ウィークは頓挫しかねず、そうなれば中長期的に見てUN及びUNDA、そして我々の対ミクニー戦略は苦境に陥ることになる。目の前で起きている内部情報漏洩など霞むほどのインパクトとなる事は想像に難くない。よって隠密裏にこの作戦は遂行され、隠密裏のうちにコンプリートされねばならない」
リザ、そして銀環の握り締めた拳が、白くなる。
気持ちは判る、だが、邪魔だからしまっておけ。
胸の内で呟き、機先を制した。
「もちろん、拉致された場合の室長代行の生命も危機である事は理解している。その点で室長代行ご本人にすら、この迫りくる危機を伝えていない事実に君達は反発を覚えるだろうが、先に言っておく、理由はこうだ。犯人は内部の人間だ。少しでもおかしな動きを探知されれば犯人はすぐにその身を隠し闇に、日常に紛れこむだろう。そうなれば、室長代行へ伸びる魔の手を探し出すことは一層困難となり、そしてその危険度は時間を経るにつれて今以上に膨れ上がるだろう。勿論、その間にも流出し続けるであろう内部情報が齎す危機も看過できない事は言うまでもない」
そこでコリンズは言葉を区切り、目を伏せた。
「判るな? 」
二人が苦しげな表情を隠すように、ゆっくり、深く頷いた。
コリンズは内心胸を撫で下ろしつつ、先を急ぐことにした。
「実は、室長代行宛に、ここ数日で脅迫状もしくは拉致犯行予告状らしき書状が二通届いている。フォックス派のテロに紛れて、あたかもターゲットが統幕本部長に見せかけた文面で、な」
リザも銀環も、口を「あ」の字に開いている。
が、マズアだけは表情が動かない。
”やはり、なにか知っている”
が、マズアは後回しだ。
「まず、君達には、室長代行宛の郵便や小包、宅配便等をチェックしてもらう。主にシャバから来たものが怪しい。そこに三通目が隠れている可能性がある。それらのプロファイリングで、これから室長代行を襲うかもしれない危険の内容と時期、そして犯人の人物像を推理する」
リザが、立ち上がった。
「室長代行が就寝している間にやれ、と言う事ですね。仰るとおり、一昨日のバレンタインデーのギフトが、シャバから大量に届いています。それに紛れている、と」
「いや、しかし」
銀環が戸惑ったような表情でリザを見上げた。
「シャバからの涼子様宛のギフトや封書、郵便物については防諜規定に基づいてチェック済の筈ですが? 」
リザがコリンズから視線を外さず銀環に答えた。
「確かにそうだけど、危険物感知装置を通した上で危険物や不審物がないかを確認するだけだったでしょう? 危険物ではないけれど、例えばチョコの他にメッセージカードが入っていたとしてもその文面まで確認しているわけではないわ」
「じゃあ、我々が文面を読んでも問題ないんですか? 」
「問題はない。情報部
コリンズの説明に、銀環は口を「あ」の形に開いた。リザもまた、銀環同様、何かに思い当たったような表情を浮かべていた。
「そうだ。さっきも言った通り、これは内部情報漏洩者が密接に絡んでいる事案だ」
コリンズはリザの続けたかった言葉を代わりに吐き出し、副官達の顔を見渡した。
「部内からの郵便物も開封チェックしろ、と? 」
「確かに、部内郵便物は危険物感知装置すら通してませんものね」
リザと銀環の掠れた声に頷いて、コリンズは指示を出した。
「外交関係以外の郵便物を全て、チェックしろ。未発見の脅迫状または犯行予告状が紛れている可能性が高い。発見したらすぐに私の携帯端末までポジティブ・レポートを」
リザに並んで銀環も立ち上がり、ジャージの袖でグイ、と涙を横殴りに拭った。
「アイアイサ」
唇を噛み締め、それでも瞳に決心を漲らせつつ退室した二人のパジャマ姿を見送り、コリンズはゆっくりと立ち上がった。
「さあ、行こうか」
マズアは無言のまま立ち上がる。
「アーネスト。貴様は俺とはまた違う情報を持っているようだ」
マズアは、ゆっくりと制帽を被りながら、低い声でコリンズの投げ掛けに応えた。
「ああ、持っているとも。聞かせてやる。嫌だと言っても聞かせてやるさ。貴様、後悔するな」
実直な友人には似合わないその言葉に少なからず驚いて振り返ると、彼の表情にもまた、決意が漲っている。
ただし、その決意は、先に出て行ったリザ達とはまた別の、どちらかと言えば負の感情を感じさせるもののように思えた。
コリンズの戸惑いを察したかのように、マズアは、ニヤ、と意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「ジャック。たまには貴様にも苦渋を舐めさせてやる。少々、お釣りがもらえそうだけど、な」
コリンズは、少し後悔を覚え始めていた。
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