第83話 13-7.


 マクラガンや新谷達が、艦内の士官食堂でゆっくりビールでも、と立ち上がり退席するのを見送り、自分も待たせっ放しのマヤと銀環のテーブルに戻ろうと踵を返したところへ、小野寺が声を掛けてきた。

「おい、涼子」

 名前で呼ばれるのが、だんだん快感になっていくな、と少し熱の篭った頬を押さえながら振り向く。

「ボディーガードとか言われてたけど、大丈夫か? 」

 彼の無表情ポーカーフェイスに、本気の心配を読み取ることが出来て、涼子はもう、それだけで胸が一杯になる。

「うん! 大丈夫だよ。それより艦長」

 言葉尻が思わず湿っぽくなってしまって、涼子は照れ隠しに話題転換を試みた。

「なかなか戻ってこなかったの、何してたの? 」

「ああ、すまん」

 彼は少し困ったような表情で答える。

「煙草に火をつけた途端、ヒューストンから連絡が入った。セイン=ヨー星系とイースト=モズン星系で同時に敵が動き出した気配があるらしい。今のとこ、護衛艦隊数個と輸送艦隊が数個に中規模打撃部隊が数個、って程度なんだが」

第一作戦域セイン=ヨー第三作戦域イースト=モズン? 同時に? 」

 涼子の問い掛けに彼は口をへの字にして頷いた。

「動き自体は、単なる補給活動にしか見えないんだが、同時、ってのが気になると言えば気になる、って程度だが。大袈裟に考えると何らかの大規模な行動を前提とした戦力移動か、敵さん、どちらかに軸足を移す気になったか」

「第一作戦域のツキッス奪回かな、あるとしたら。第一作戦域の方が敵にとってはヤバげだもの。あの方面フロント・ラインで地球側がこれ以上優勢になると、第二作戦域と第八作戦域の維持が困難になるんだし。第三作戦域は、第七作戦域の敵さん優勢状態さえ維持できれば、いつでもちょっかいだせるものね」

「いいセンだ。統幕作戦部長のモーガン三将、外幕軍務局長のグスタフ二将の読みも、ほぼ同じだった」

 小野寺が驚いた表情を浮かべて言った。

「ただ、時期的にそれが今か? ってのは、俺は疑問なんだが」

 それは小野寺の言う通りだ、とすれば、今回の敵の動きの真意っていったい……。

 そこまで考えたところで、小野寺の声が思考を中断させた。

「ま、そっちは軍務局俺達の仕事だ。『まずは自分の頭の上のハエを追え』ってな」

 小野寺の引用は、UNDASNではデューティの概念を生徒に叩き込む際によく使われる言葉で、20世紀の各国海軍の教育以来の伝統的な考え方だ。

「……そうだね」

 涼子はうんと頷いて、微笑んで見せた。

「私も前線ドンパチ離れて1年だものね。弁士暮らし~政務局関連幕僚勤務の部内限り俗称だ、ちなみに総務局畑はソロバン屋と呼ばれている~じゃ、勘も鈍る、か」

 つい淋しげな口調になってしまったことに気付いて、慌てて口調を変えた。

「じゃ、じゃあ、今夜は状況監視? 」

 彼は自分の心の動きに気付いただろうか?

 上目遣いで表情を盗み見ると、小野寺は少し淋しそうに見えた。

 ウィンザーの後部艦橋での話を思い出す。

 実施部隊へ戻りたいと洩らした自分に、優しく、軍服ドレスブルーを脱げと諭してくれた彼の真摯な思いに泥をぬったような気がして、哀しくなった。

 私の馬鹿、と自分で自分を引っ叩きたくなったところへ、彼が明るい口調で言った。

「そうだな。今夜はグローリアスのCDCを借りて、徹夜になりそうだ。ボールドウィンさんも道連れで、ポーカーでもやるかな。あのひと、自分では強いって言ってるが、俺はあのひとに20,000UNクレジットは勝ってるからな。いいカモだ」

 そう言って笑う彼の、どこまでも優しい気遣いが、嬉しく、そしてそれ以上に自分の我侭さに腹が立った。

 しかし、ここで気分に従い落ち込むのは、余計に彼の思いを踏み躙る結果になる。

「そっか。じゃあ、勝ったら、そのお金で明日の演奏会の後、何かご馳走してくれる? 」

「前祝でもいいぞ? 」

 彼もホッとしたようにノッてくれた。

「何なら今夜、ここの士官食堂で一番高いディナー・コース、奢ろうか? 」

「あははっ! 一番高いってもしれてるもの。明日の晩、ピカデリー辺りのレストランの方がお味もお値段も、奢ってもらい甲斐がありそう。それに私、今夜は先約があるし」

 なんとか場の空気を元に戻せたかな、と安堵したのも束の間、少し離れて控えていたリザに今度は飛び火してしまった。

「今夜? ……なんです、室長代行、自分はお聞きしておりませんが? それともB副官には伝えられたんでしょうか? あぁ、マズア武官に? 」

 ありゃ、これはとんだ伏兵が、と後悔しても始まらない。

 リザは本当に口から火を吐きそうな剣幕で、鼻先15cmまで顔を寄せて詰問してくる。

「ちょ、ちょ、リザ、リザ。ち、近いよ、近い」

 嫌なのではなくて、彼女の得も知れぬ甘い香りが悩ましくて恥ずかしくて。

 ドキドキしてしまう自分を、驚いて眺めているもう一人の自分がいる。

「誤魔化されませんよ、室長代行? どんな予定です? どなたと? どこへ? 何のために? ちゃんと5W1Hでお答えください! 」

「ふぇえー」

 思わず情けない声が洩れてしまう。

「予定ってなんだ? 」

 助け舟のつもりだったのだろうが、小野寺の問いに、今度はコリンズとマズアが食い付いて来た。

「どうしたんです? 」

「1課長、外出予定ですか? 」

 4人に囲まれて、遂に涼子は観念した。

「えと……。今夜、マヤ殿下のお忍びにお付き合いして、ピカデリー・サーカスへ遊びに行くことに」

「駄目です! 」

 涼子の言葉が終わる前に、リザが叫んだ。

「リ、リザァア……」

「ご自分のお立場をよくお考え下さい! 昨夜の二の舞を踏むおつもりですかっ? 」

「A副官の言う通りですよ、1課長。さっきのブリーフィングでも言っていたでしょう。最低でもテログループはあと2人残っているんですから」

 マズアがリザを執り成すように割って入るが、内容はリザ全面支援だ。

「だいたい、マヤ殿下って、誰だ? 」

 小野寺が首を傾げながら問う。

「えと、イブーキ王国の皇女で、今回訪英中に知り合って」

 チラ、とマヤと銀環が談笑しているテーブルに目をやると、コリンズが口を開いた。

「あの方が、マヤ殿下? 」

 うんと頷く横で、リザが叫ぶ。

「誰であろうと駄目です! 」

 今度は鼻先5cmだった。さすがに唾がかかる。

「イブーキ王国って言うと、あの、ドイツとオーストリアに挟まれてる」

「何処の誰であろうと駄目ったら駄目! 」

 マズアの言葉を遮って叫ぶリザを手で抑え、小野寺が顔を向けた。

「まあ、しかし、お前も狙われる可能性も皆無ではなし、万が一の時に、そのナントカ王国のお姫さんが巻き添え喰らって怪我でもされたら、それこそ国際問題だろう? 」

「う! 」

 正論に、涼子は言葉が詰まる。

 浅はかだった、と涼子は項垂れる。

”だけど、昨日、約束した時点でまさかこんなことになるなんて思わなかったしなぁ”

 誰も聞いていない言い訳を自分に試みるが、それでも罪悪感は消えず、そして彼女の身の安全を考えるならば、更に”約束を破る”という罪悪をこれから重ねなければならないのだ。

 気は進まないけれど、このままにしておいて良いわけはなかった。

 確かに、マヤにまで、危険を背負わせる訳にはいかない。

「……そうだね。うん、判った」

「ああ、なるほど、そうか」

 これから殿下にお断りしてくるわ、という涼子の言葉の続きは、コリンズの唐突な呟きで~呟きにしては大きな声だったが~遂に発せられることはなかった。

 涼子は思わずコリンズを見る。他のメンバーも何事かと注目している。

 8つの視線をものともせず、コリンズは、薄っすらと微笑んで、真っ直ぐ涼子をみつめて言った。

「イブーキ王国のマヤ第一王女殿下、現国王のゲンドー陛下の第一子にして王位継承権第一位、今は摂政殿下でもある、マヤ殿下ですか」

 涼子が驚きのあまりコクンと頷くと、コリンズも頷いて見せた。

「仕方ありませんな、室長代行。よろしいでしょう。今夜は楽しんでいらっしゃい」

 涼子以外の全員が色めきだった。

「おい、貴様、何を言い出すんだ? 」

「コ、コリンズ二佐! 」

 今度はリザ達が驚いて、コリンズに向き直る。

 小野寺までもが驚いた様子を隠しもせずに言った。

「二佐、しかしだな」

「まあ、ここらで室長代行に羽根を伸ばしてもらっても良いんじゃないでしょうかね」

 コリンズは落ち着いた様子で、皆の顔を順番に見渡した。

「まあ、さっき私が言ったとおり、まだテログループが残っているのも確かだが、その残りが本当に襲撃を実行するかどうか判らないと言うのもまた、確かですし」

「むう」

 ”抵抗勢力”3人中、階級の一番高い小野寺が口を閉ざした為に、マズア、リザも渋々、右に倣えである。

「それに、38号議案もプレス・リリースされた事ですし。一部の新聞は号外まで出してましたよ。電波媒体も軒並み速報を流してましたしね。この状況じゃ、奴等フォックス派も代役の新谷内幕部長のスケジュールを押さえることすらできないでしょうから」

「ほ、ほんと? ほんにいいの、コリンズ」

 涼子が恐る恐る問い返すと、コリンズは大きく頷くと、表情をデフォルトの無表情に戻した。

「但し、SPを6名つけます。これは何があろうとも撒いたり騙したりしない様に。昨夜の様な事があれば、理由はどうであれそのSPは全員降格左遷させます。そうなれば室長代行のせいですからね。それと、イブーキ側にも相当数のSPをつけさせる事。加えて、貴女は必ずコンバットロードでハンドガン携帯。これが条件です。いいですね、室長代行。これが守れなければ許可できません」

「わ、判った。判りました、了解しましたアイアイ、コリンズ」

 涼子も釣られて真面目な表情を浮かべる。

「それと、私と貴女の副官二名も、私服で尾けていきます」

 コリンズは、再び微笑んだ。

「ですから、安心してロンドンの夜を楽しんでいらっしゃい」

 約束を破らずに済む、切なそうな瞳をした、豪華絢爛な孤独に耐えて頑張っている可愛いお姫様を悲しませなくても済む。

 そう思うと、自然と笑顔が零れる。

 なんとなく小野寺の顔を見ると、ヤレヤレ、とでも言いたそうな表情で、小さな吐息をひとつ零して見せた。

 ごめんなさい、と心の中で謝った。


 スキップでもしかねない足取りでマヤの待つ席へ戻っていく涼子の背中と、肩を窄めながら後を追うリザの背中を見送りながら、小野寺は問い掛けた。

「一体、何を企んでる? 」

 振り返ると、コリンズは肩を窄めて見せた。

「軍務部長、人聞きの悪い言い方ですな」

「だが、当たりだろ? 」

 コリンズは苦笑を浮かべた。

「まあ、マヤ殿下へのご褒美、といったとこですかね」

「ご褒美? なんの? 」

 マズアが訊ねる。

「駐英武官、覚えているかね? ヒースロー襲撃の後の”謎のタクシー”を」

「あ」

 コリンズの言葉に小野寺は思わず声を上げた。

「あのタクシーの客がマヤ殿下だった、ってのか? 」

 コリンズは微笑みを消して、元の無表情に戻って話しはじめる。

「あの夜、軍務部長と室長代行にデコイに出て頂きましたよね? あれで、タクシーが室長代行狙いだと判った。で、タクシーは客を降ろして入庫、客はそのままグロブナーハウスへ消えて、そこで失尾、だったでしょう? あのタクシーの客がマヤ殿下ですよ。グロブナーハウスはイブーキ王国の定宿です。今回の訪英もあそこへ宿泊されてる筈ですよ。それに」

 コリンズは携帯端末を取り出し、統幕から送られてきた粒子の粗い画像をディスプレイに映し出して皆に披露した。

「……これが、マヤ殿下か? そう言われればそう見えん事もないが」

 小野寺は涼子達と同じテーブルに座る私服の女性を遠目に確認するが、果たして同一人物なのか、はっきりとした確信を持つには至らなかった。

「駐英武官事務所前で張り込みしていたタクシーを偵察した時に撮ったノクトビジョン画像です。ヒューストンでディジタル解析してもらってたんですが、ついさっき送られてきました」

 コリンズはディスプレイに視線を落としながら呟いた。

「解析してもこれが精一杯だったらしいですが、まあ、本人がいないと特定できなかったかも知れませんな」

「よくそれで判ったな」

 マズアが感心したように呟く。

 が、小野寺はそれで納得できた訳ではない。

「これが殿下だとして、だ。だいたい、何故マヤ殿下が石動を尾行するんだ? 」

 コリンズは彼とマズアを交互に見て答える。

「グロブナーハウス、と聞いた時点で関連性に思いあたるべきだったんですが、ね。実は、マヤ殿下は大学生時代ニューヨークに留学してまして、その関連で一時期国連特使だった事があります。その時のUNDASN国連駐在首席武官が室長代行だったんです」

「4年前か。……あいつが土佐の艦長に転出する直前だな」

 小野寺は記憶を辿る。

 アイツは、あの頃からこれぽっちも変わってはいない、いや、それどころか。

「その時、どうやらマヤ殿下が室長代行を見初めたらしくてね。マクドナルド事務総長主催のパーティの席上で、マヤ殿下と1課長がワルツを踊る写真が闇で流通してるんですよ。当時はマスコミにリリースはされなかったんですが、今回のR.I.シンドロームの調査の過程で偶然、浮かび上がりました。その写真がマニアの間では、数万ドルで取引されているとかで」

「数万ドルッ? 」

 マズアが信じられないと言う表情で叫ぶ。

「それが出逢いで、殿下は涼子に一目惚れって訳か? 」

 コリンズが薄く笑って首を縦に振る。

 マズアが言い難そうに言った。

「それで、ストーカーまがいの行為を? 一国の皇女が、同性愛者? ……その、ま、まさか」

 ある意味想像力豊かなマズアの疑問に、さすがの小野寺も苦笑する。

 コリンズも小野寺と同じ感想を抱いたようで、やはり苦笑しながら首を横に振った。

「室長代行はヘテロだよ、貴様。マヤ殿下にしても、同性愛というのとは少し違うんじゃないかな? まあ、あくまで私見だが。ほら、あるだろう? 女子高生が同性の先輩に憧れる、とか……。疑似恋愛とでも言うのか、まあ、その類だろうね。一国の王女で次期女王という、ある種閉鎖的な環境で育ったんだ、色々とあるんじゃないか? ……そして、幸か不幸か、彼女には権力と金があった。パーティの後、かなり探りを入れたみたいだな。丁度その時期、情報7課~防諜専門部隊だ~の連中が、首を捻ってた。『最近、イブーキの内務省や国防省の情報関係が国連部や石動国連本部駐在武官の周辺を嗅ぎ回っている』ってね。しかもそのターゲットってのが、室長代行の趣味や嗜好、過去の経歴、生い立ちだってんで、ますます混乱したようだ。勿論、イブーキの情報機関なんぞ、俺達にとっちゃあ、赤子の手を捻るようなもんだからね。殆ど完璧に防諜し切れた筈だが」

 コリンズの説明を聞くうちに、小野寺は心に引っ掛かりを感じながらも、忘れていた疑問に突き当たる。

「てことは、あの夜、ヒースローで襲撃直前に警告を叫んだのは」

 コリンズは、ニヤリと笑って頷いた。

「軍務部長も耳にされましたか。……ええ、たぶんそうでしょう」

「あの銃撃の直前、”銃が”とかなんとか叫んで警告した声の主が、マヤ殿下? 」

 マズアが涼子とマヤの座るテーブルをチラ、と見ながら、声を顰めた。

「結局、1課長は国連のパーティの後、外幕艦総に転出しちまって想いはますます募り……、ってことか? で、4年振りの再会を果たすべく、あの夜ヒースローヘ来ていて襲撃事件に巻き込まれた、と」

 コリンズは、これで種明かしは終わった、とでも言うように両手を広げて見せた。

「その意味では、UNDASNにとっても、殿下は本部長達の命を救った大恩人って訳です。憧れの石動室長代行との一夜のデートくらい許してやったってバチはあたらんか、と思いましてね」

「それはそうだが、それにしても、とんだお転婆姫だな、彼女は。本来なら勲章でも進呈したいところだが、多分マヤ殿下も事が公になるとかえってマズイだろうから」

 やむを得まい、と小野寺は肩を竦めて、冗談めかしてそう言ったが、マズアは未だ諦めきれないようだった。

「それは確かに貴様の言うとおりだが」

 心配性なやつだ、と少々マズアに同情してしまう。

「やはり、テロリストの襲撃の可能性はフィフティ・フィフティだろう? 大丈夫だろうか? 」

 マズアが難しい顔をして腕を組み、唸るように言った。

「さっきの報告ではコリンズ、貴様、R.I.シンドロームの予防線を張る為に英国在住のシンパを1名サバ読んだだろう? それも含めて、やはり1課長を夜の街に解き放つのはヤバいんじゃないか? 」

 尤もな指摘だったが、ドレスブルー姿の妙に似合わない情報部エージェントは、さらりと言ってのけた。

「それは判らん」

 コリンズは無表情に戻って首を振る。

「しかし、まあ、フォックス派シンパの方、リュックソンについては、実はだいたい見当はついているんだ」

「なんだって? 」

 マズアが目を剥くのを横目で見ながら、小野寺は無言で眺める。

 だいたい、想像はついていた。

 功労者への褒美などという、そんな情動だけで動く人間ではない、と言うのが、小野寺の、コリンズへの評価だ。

 無論、高評価のつもりである。

「英国、アイルランドが拠点で、偽造や裏ルート調達のプロといえば、そうそう数がいるわけじゃないんだ。22世紀初頭に北部アイルランドやイングランドの独立運動が落ち着いて、続いて英国が1世紀ぶりにEUに復帰した時点でブリテンの治安は急速に安定、以来プロのテロ組織相手の商売のマーケットは大陸へ移ったからな」

 コリンズは、言った。

「逆に、フォックス派はそこらへん、不器用だな。信仰心頼りの、自爆テロカミカゼ・アタック上等と言った歪んだ正攻法が中心だからだろうが。それだけに今回の手口は、奴等らしくないし、その分、プロが絡んでいる可能性は高い」

 確かに、コリンズの観測は的を得ている、と小野寺には思えた。

 38号議案リリースにより、フォックス派最大の標的である統幕本部長は手の届かないところへ帰っていく。

 その代役はロンドンに残るが、それにしたって彼等には代役の行動や今後のスケジュールは、今この時点で知られてはいないのだ。

 ましてや残敵は、その戦意すら不確かで、それこそ信者のような自爆上等の信念を持っているかどうか、怪しいものだ。

 だから、フォックス派については、それでも良い。

 けれど。

 口を開こうとした刹那、一瞬早く駐英武官が小野寺の台詞を横取りした。

「じゃあ、ストーカーの方はどうなんだ? あっちは、未だに1課長を狙っている事に変わりない。貴様、まさかあの襲撃予告状の存在を忘れた訳じゃないだろうな? 」

 小野寺の言いたいことをマズアは余さず伝えてくれたが、対してコリンズは、全く表情を変えずに、たぶん予め用意されていただろう答えを淡々と返してきた。

「それこそ、これまでの手口を思い返せば判るだろう? ヤツは室長代行をジワジワと追い詰めて、弱る姿を陰から眺めて興奮しているタイプの変態野郎だ。人目のある中、ましてや同行者までいるシチュエーションで強硬手段に及ぶような乱暴者じゃない」

 見えてきた、コリンズの企てが。

 そう思って、小野寺は素直にコリンズの言葉を肯定する。

「確かに、な。奴の狙いは、涼子の心を折る事だ。ここへきていきなり強硬手段に出るような、危ない橋は渡らんだろうな」

 小野寺の言葉にコリンズは頷き、クラスメイトのほうを向き直って執り成すように言った。

「まあ、せいぜいしっかりガードしてやろうや、我々で」

 不承不承頷くマズアを横目に見ながら、小野寺はコリンズの耳元で囁いた。

「それだけじゃないだろう? 」

 コリンズが惚けた表情で振り返る。

「と、言いますと? 」

 挑むような口調だ。

「R.I.シンドロームの、餌にするつもりじゃないのか? 部内にいる可能性の高いストーカーを引き摺り出すための」

 コリンズは相変わらず無表情だったが、小野寺には判った。

「君の推理じゃあ、ストーカーは部内、しかも涼子に近い位置にいる人間だ。この夜のデートで強硬手段に出る可能性はないだろうが、突然ブレイクした半ばプライベートのイベントの存在を知る者、知らない者をここで明確に線引きし、絞り込みを行いたいんじゃないか? 」

 彼の問いに答えないコリンズを眺めて、小野寺はますます確信した。

 涼子を囮に使う気だ。

 そして彼は、それに罪悪感を覚えながらも、最終的な涼子の安全の為には、それが最善だと信じている。

 何故、判ったか?

 自分と同じように、彼の瞳が揺れていたからだ。

 已むを得ん、と小野寺は腹を括る。

 そして彼にとっても辛い決断を下したのだろう部下を援護することにした。

「駐英武官。今夜の件、君が指揮して情報管制を敷け。我々三名と涼子の副官二名、SPの指揮官と同行するSP以外には欧州室長代行の行動が知られる事のないように」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る