第79話 13-3.


 観艦式査閲艦隊が定刻通り正午ぴったりに予定海域に到着すると、そこにはウィリアム・チェンバレン二等艦将、直接地球防衛第2艦隊司令長官直率の第1航空戦隊の空母2杯『F011グローリアス』『F010サラトガ』と、軽巡『C013グロムイコ』を戦隊旗艦とする第1戦隊の駆逐艦4隻、『D0911イズムルード』『D1141若葉』『D1447銀遠』『D0783マクロード』の計7杯から成る受閲艦隊が遊弋していた。

 CS02ウインザーのトップに翻る国連事務総長旗や国連防衛機構事務局長旗、統合幕僚本部長旗等のUNDASN高官乗艦サイン、それに国家元首級の外来者乗艦サインに敬意を表して、第一警戒航行序列、即ち単縦陣で査閲艦隊と反航しつつ、IC2の各艦は順番にロイヤル・サリュート21を轟かせていく。

 そのまま遠ざかるように見えたグローリアスは、長一声の汽笛を鳴らしながらマストトップに戦闘旗であるUNDASN旗を揚げて、『英国新国王即位奉祝特別観艦式』を開始した。

 IC2各艦の海上分裂行進を皮きりに、無線自動操縦標的機UAVを使った標的射撃訓練、第三警戒航行序列~いわゆる輪形陣だ~への急速展開の後、空母二杯から発進した合計200機の艦載機によるアクロバット飛行とグローリアスvsサラトガの模擬空中戦に、第1戦隊各艦のAAAによる防空戦闘演習、各種艦載ミサイルのデモ演習と、サービス満点のメニューを2時間に渡って披露した。

 チャールズ15世を始めとするロイヤル・ファミリーや来賓は、滅多に見ることの出来ない~それはそうだろう、戦線は遥かに太陽系を遠ざかっているとは言え、地球は今、いつ終わるとも知れない異星文明との大戦争の真っ最中であり、式典なんぞに貴重な装備や人員、なにより資金を浪費するわけにはいかないのだから、実際UNDASNの観艦式実施は、第二次戦役開戦後、7年ぶり2回目である~実戦さながらの演習を、どうやら心ゆくまで満喫してくれたようだった。

「ご満足頂けたようで、良かったわ」

 来賓達の笑顔を眺めながら、涼子が隣にいるマズアに囁くと、彼は珍しくも「ぷっ! 」と吹き出した。

「あれ? どうしたの? 」

 振り返ると、マズアが笑いを堪えるような表情をしていた。

「いや、一番満喫されたのは、1課長じゃないかな、そう思いまして。なあ? 」

 マズアの隣にいるリザや銀環も笑いを堪えるのに苦労しながら、うんうんと頷いた。

「室長代行、凄く大きな声、あげてられましたわよ」

「そうそう! 身振り手振りも凄かったです! 」

 涼子は思わず両手で顔を覆う。

 指の隙間、銀環の向こうで、彼が呆れたように肩を竦めるのが見えた。


 グローリアスとサラトガ、それぞれの飛行長が操縦する艦載戦闘機F09ゼロファイターがウィンザーの左右両舷50mまで接近、高度僅か50mを派手にフレアを撒き散らしながら同時にエルロンロールで通過~所謂、ビクトリーロールと呼ばれる、勝利の舞だ~することで全ての予定を終了し、受閲、査閲部隊の全艦が艦首をサザンプトン軍港に巡らせた後、入港までの45分間、来賓やUNDASN幹部達は士官食堂に再び集合し、昼食をとった。

 所謂、戦闘配食と呼ばれるもので、今日のメニューはグローリアス主計班の誇る焼き立てバターロールにレーションBと呼ばれるフィッシュ&チップス、それにレーションD1「チーズケーキ」にストレート・ティだ。それだけではいかにも体験入隊の感が拭えないと、特別にアルコールが解禁されていた。

 ぺろっと昼食を平らげた涼子は、フネの上、演習終了、艦はホームスピードで具合の良いピッチングとヨーイング、おまけに久々の戦闘配食コンバットレーションと、どこか感覚がズレていたのだろう、思わず大声で「ボーイ! ビールお願い! 」と叫んでいた。

 ボーイとは因みに一般で言う従兵の事で、一佐艦長には3名、二佐、三佐艦長には2名、一尉艦長でも1名がつけられる。

 その場にいた全員が一斉に、口に含んでいた紅茶やらビールやらを一斉にブッと吹き出すシーンを見て、涼子は初めて自分の失敗に気付いた。

「あっ! 」

 思わず口を手で押さえるが、既に後の祭りだ。

「石動欧州室長代行! 各国来賓の御前だぞ! 」

 コルシチョフの怒声に、涼子は慌てて立ち上がり腰を折った。

「も、申し訳ありません! 失礼いたしました! 」

 と、マクドナルドがまあまあ、と割って入る。

「国際部長、まあ、いいじゃないかね。いや、私は彼女の政務局スタイルしか見た事がなかったが、今の態度を見ると、なるほどこれが噂の『戦闘妖精』か、と惚れ惚れしたよ」

「全く同感ですな、マクドナルド事務総長」

 チャールズ15世も口を挟む。

「私も、昨夜のパーティの様なドレスアップシーンしか拝見した事がなかったのですが、いや、これはいい! 軍人とはこうあるべきだ。その上、それがかように美しい御婦人であれば尚の事です」

「ほう! 国王陛下もそうお考えですか。いや、これは全く意見が合います」

 マクドナルドとチャールズ15世は互いに顔を見合わせて笑い合う。

「いや、私などは、先程宮殿でお目にかかった時に、それとなくプロポーズしたのですが、見事に振られてしまいました」

 涼子は耐え切れず、両手を振り回して二人の会話に割り込んだ。

「なな、なんてことを、陛下! マクドナルド閣下も、もうおやめ下さい! 」

 マクドナルドはチラッと涼子を見て、悪戯を思いついた子供のような笑顔を浮かべてチャールズ15世に言った。

「いえ、陛下。彼女は名うての難物でございまして。実は、私もこれまでに何度も振らておりますよ」

「そうでしょう閣下! しかし、私は諦めるつもりはないのですよ。実は、後でこの話を皇太子にいたしますと、こうです。『父上、かような事で諦めてはなりません! 私もキャプテン・イスルギなら母上になって頂きたいと考えています。大英帝国の王たる父上は、何度でもチャレンジしなければなりません』」

 食堂がどっと笑いに包まれる。

「お願いー! お止め下さいー! 」

 穴があったら入りたい、と涼子は半ば真剣に床に視線を彷徨わしてしまった程だった。

”艦長、助けて! ”

 耐え切れず、思わず涼子は彼の姿を探す。

 が、彼は知らぬ振りして一人黙ってビールを飲んでいた。

”ず、するいよ、艦長! 私がビール頼んでこうなったってのに、自分は美味そうに飲んでるなんて! ”

 筋の通らぬ怒りに突き上げられ、その場で地団太を踏むが、今は如何ともしがたい。

 と、そこへ10歳になる王位継承権第1位、チャールズ15世の長男であるジョージが、涼子の元に駈けて来て、突然腰だめに抱きついた。

「母上! 」

「きゃあっ! で、殿下、な、何を! 」

 10歳とは言え、さすがに英国皇太子だけあってそこはかとない気品が漂っている。

 しかも、父国王と、美女と評判だった亡き母妃の血を受け継いで、なかなかの男前でもあり、体格もとても小学生とは思えない程に立派だ。

 涼子は、勢いに押されて、思わずよろめき、トスン、と椅子に腰を下ろしてしまった。

「痛いっ! 」

 その涼子の姿で、食堂内は一層笑いの渦が溢れる。

「母上か! これはいい! 」

「ははははっ! 石動君、よく似合ってるよ! 」

「さすが陛下のご長男。女性の扱いがお上手だ! 」

 黙って見ていたマクラガンまでがマクドナルドと顔を見合わせて大笑いしている。

 チラッと見ると彼までが机を叩いて大喜びしている。

”もう駄目だ”

 涼子が一刻も早く食堂を抜け出そうと、腰を浮かせた刹那、腰に纏わりついていたジョージが、甘えた声で言った。

「母上、艦内を案内して下さい! 」

「え、し、しかし殿下、私、あの」

「ほらあ、母上、はやくう! 」

 言うが早いがジョージは、見た目に似合わぬ強い力で涼子の腕を引っ張って駆け出した。

「で、殿下、お、お待ちを! お待ち下さいませ! 」

 抵抗する訳にも行かず、よく考えればこのいじられっぱなしの場から脱出するいい機会だと、涼子はそのまま食堂を走り出た。


「で、殿下! 危のうございますよっ! 」

 涼子の呼びかけも無視し、ジョージは無言のまま、一心に前だけを見て駆け続ける。

「? 」

 彼の態度に引っ掛かる何かを感じ、涼子は黙ってついていくことにした。

 狭い艦内だ、キープアウトエリアは気密扉が閉鎖中、その他艦内は何処だってセキュリティが働いているんだし、然程危険はないだろう。

 ジョージはとうとう、迷いながらもウインザーの艦首上甲板へと出た。

 ハッチを出た途端、吹き付ける強風に思わずよろめくジョージを、涼子は背後から抱きついて支える。

「ほら、殿下! 危のうございます! 」

 原速30ノット、ホームスピードだから32ノットは出ているだろうか、だとしたら艦首から吹き付ける風は、巨大台風並みの風速50mを優に超える。今は対誘導兵器対策も兼ねたナノマシン群を艦体周囲へ展開させているから風速は10m程だろうが、それでも子供一人くらい、簡単に転ばせることができる。

 危ないところだったわと、涼子は密か安堵の溜息を吐いた。

 ジョージはというと、涼子の腕の中で暫くは恥ずかしそうに身を捩っていたが、やがて首を廻らせて、ニカッと顔全体で笑ってみせた。

 涼子が初めて見た彼の、10歳らしい、可愛らしい笑顔だった。

 往路のV107機内では、緊張しているのかガチガチに固まって、言葉少なだった皇太子が初めて見せた子供らしい表情に、涼子は思わず頬を緩めてしまった。

「ごめんなさい、キャプテン・イスルギ。でも、私のおかげで、助かったでしょ? 」

 言われて初めて、涼子はジョージの意図を理解した。

 ジョージは皆にからかわれて困っている涼子を、あの場から”救出”しようと、一芝居打ってくれたのだ。

 涼子は思わずしゃがみ込み、ジョージの両の頬に軽くキスをして言った。

「本当ですわ。殿下、改めてお礼申し上げます。ありがとうございました! 」

 ジョージは涼子の口付けた跡を手で押さえて、真っ赤な顔をして呆然と涼子を見ている。

「殿下は、石動のナイトですね」

 涼子は立ち上がって再び、今度は自分から手を握り返し、言った。

「さあ、殿下。食堂は大人ばかりでご退屈でございましょう? 今度は石動が殿下をお助け申し上げる番でございます。参りましょう」

 ジョージは、今度は素直に涼子に手を引かれながら訊ねる。

「ほ、ほんとに艦内を案内してくれるのですか? キャプテン」

 涼子は振り返ってウインクしながら言う。

「殿下、キャプテンとはもう呼ばないで下さいませ。イスルギ、そう呼んで頂く方が嬉しゅうございます。あ、そうそう。母上、も禁止ですわよ? 」

 ジョージは笑顔で頷いて見せたが、暫くして言った。

「あの……、涼子様、って呼んでいい? 」

「ええ、光栄ですわ。キャプテンと母上とオバサン、以外ならなんでも結構です」

 不意に、ジョージの笑顔に、マヤの笑顔がだぶって蘇った。


 20分後、涼子とジョージは、後部艦橋の真下にあるVTOL格納庫のベンチに座り、途中兵員食堂売店PXで涼子が買ってやったソフトクリームを舐めていた。

 艦尾に向かって開け放されたシャッターから、白いウェーキと後続のグローリアスの巨大な艦首を眺めながら、二人はすっかり打ち解けて会話を弾ませていた。

「どうです? おいしゅうございましょ? 」

「うん! 宮殿で出てくるアイスクリームよりよっぽどおいしいや! 」

 ジョージはキレイにコーンまで平らげて笑う。

 すっかり寛いで涼子に笑いかけるジョージは、年齢そのままの無邪気さを隠そうともしない。

「うふふふ。失礼ながら、殿下にはそんな笑顔の方が、よっぽどお似合いですわ」

 涼子はハンカチで、ジョージの口の周りを拭いてやりながら言う。

 と、突然ジョージは涼子のハンカチを掴んで言った。

「このハンカチ、私が頂いてもいい? 涼子様」

 涼子は少し慌てる。

「い、いけませんわ、殿下。や、安物でございますし、その、石動が使いました故、汚れておりましてよ」

 ええと、使ってないハンカチあったかしらと涼子はポケットの中身を思い出しながら答える。

 するとジョージは、少し上目遣いに涼子を見て小声で言った。

「だって……。このハンカチ、母上と同じ香りがするんだもの」

 涼子は思わず、取り返そうとしていたハンカチから指を離した。

 ジョージが、母を亡くしていたことを思い出した。

 しっかりしているように見えても、やはり、寂しいのだろう。さっきの『母上』という言葉も、あながち芝居ではなかったのかも知れない。

 涼子は、自分の過去を思い出しながら、ジョージに微笑んで見せた。

「そうでしたか……。それは殿下、お辛い思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした」

 涼子は、ジョージの肩を抱いてやりながら優しく語りかけた。

「殿下? 涼子もね、子供の頃に両親を亡くしたんですよ? 」

 ジョージは驚いた様な表情を見せる。

「涼子様も? 母上だけでなく、父上も? 」

 涼子は頷く。

「はい。左様です。ですから、涼子には殿下のお気持ちが、ほんとによく解ります」

 涼子のハンカチを掴んでいたジョージの指が、微かに白くなった。

「ですから、涼子は余計に殿下のご立派さに感心してしまいましたの。大英帝国の未来を一身に担われて、本当によく頑張っていらっしゃる。……でもね? 」

 涼子は、ジョージの柔らかい金髪を手で優しく梳いてやりながら、静かに続けた。

「辛い事も、寂しいことも、たくさんございますでしょ? ……そんな時、頑張りすぎて、突っ張っては駄目。殿下の背負っていらっしゃる運命は、重くて、それは確かに避け難いものでございましょうけれど、それでも……。それでもやっぱり、殿下の未来は殿下がご自身で作り上げるものなんです。だから、手を抜く所は手を抜いて、突っ張る所は突っ張って、任せる所は任せてしまって、そして、甘えたいときには甘えればよろしいのです。殿下がおやりになりたいようにおやりになれば良いのです。これはね、殿下? 決して我侭ではないのです。これは、殿下お一人でやり遂げなければならない、殿下ご自身の為の、闘いなのですよ」

 なんだか、昔、誰かにこんな話をした覚えがある、そんなデジャヴに囚われて、涼子は首を捻る。

 思い出せそうになったその時、隣から洟を啜り上げる音が聞こえて、我に返った。

 ジョージが、涼子のハンカチを握り締め、泣いていた。

「あらあら! ……これは涼子が悪うございました、殿下を泣かせてしまいましたわね。涼子の話は、少し難しゅうございましたか? 」

 ジョージはハンカチを使わず、横殴りに腕で涙を拭き、首を左右に振ると、力強い笑顔を涼子に見せた。

 涼子の目からは、とても成功しているとは言い難かったが。

「いいえ、涼子様。よく解りました。……私は、多分無理してたんだと思う。大人ぶって、回りの人達の言う事を素直に聞いて。そうすれば、みんな誉めてくれた。でも私……、ううん、僕は苦しかった。寂しかった。だけど、こんなこと、教えてくれた人、今までいなかった」

 涼子はジョージの吐露する胸の内の想いに、思わず零れそうになる涙をウンと下腹に力を入れて堪え、笑顔で頷いてみせる。

「そうでしょうね、お苦しかったでしょう。でも、殿下の周りの皆様をお恨みになってはいけませんよ。周りの皆さんにも、それぞれのお仕事とお立場がございますものね。でも、涼子は見ていて判ります。皆様、心の底から殿下の事を愛していらっしゃいますわ。皆様、心底殿下の事を、ご心配なさっていらっしゃいますわ」

 ジョージは少し首を傾げて訊ねる。

「……父上も? 」

 涼子は力強く頷いてやる。

「ええ、勿論ですわ。父上も、殿下の事をすごく大切に思っていらっしゃいます。涼子にはもう父はおりませんから、それはよーく解ります。父上の事を悪く思われてはいけませんよ」

「でも……。父上は、涼子様を苦しめてらした」

 涼子は少しうろたえてしまうが、しかし何とか平静を装って、静かに首を左右に振る。

「いいえ。それは確かに、涼子は殿下にお助け頂きましたけど。あれだって、父上は殿下の為を思って仰った……、に……、そう、そうに違いありません! 」

 本当は、噂通りのプレイボーイなんじゃないかしら、と内心疑いながらも、涼子は殊更力強く断言する。

 しかし、ジョージは納得いき兼ねる様子だ。

「……そうかなあ? 僕には唯の、父上の悪いクセにしか思えないけど」

 涼子は思わずカクン、とずっこけてしまうが、なんとか持ち直す。

「えと、それはその……。そうかもしれませんけど」

 ここで、ジョージの心を乱す訳にはいかない、涼子は焦って、思いついたことを口に上す。

「で、でも、殿下、思い出してみて下さいませ? 今迄、父上がお好きになられたご婦人方。どの方も皆、殿下もお好きだったんじゃございませんか? 」

 ジョージは暫く腕組みして考えた後、やがて答えた。

「うん、そうだね。いつだって父上は、必ず、僕に紹介してくれた。それで、僕、いつもその方達とは、すぐに仲良くなったもの」

 涼子はほっとして内心胸を撫で下ろす。

「そ、そうでしょう? 父上もね。殿下がお淋しいことをちゃんと、ご存じなんですよ」

 ジョージは納得した風に呟いた。

「そうなんだ。……じゃあ、涼子様? 涼子様が、僕の母上になってくれる? 」

 刹那、涼子は後悔する。

 励ましたい、慰めたいと逸るばかりに、彼の心に何の確証もない期待を植えつけてしまった。

 唇を噛み締めて己を呪うが、しかし黙っている訳にはいかない。

 涼子は思い切って口を開く。

「……あのね、殿下? 本当に申し訳ないのですが……、実は……、その」

 ジョージは突然、ニコッと笑って言った。

「嘘! 涼子様、嘘です、言ってみただけ……。だって、涼子様には好きな人がいらっしゃるんでしょう? 」

 思わず涼子は涙ぐんでしまう。

 母のいない、しかも一般市民とは違う特殊な環境で、将来まで拘束されて生きていかねばならない少年の孤独な悩みに触れた上、話したことはけっして口先だけの綺麗事ではなかったと言えるけれど、大人ぶって説教を垂れた相手に、今更、彼の希望を打ち砕くような仕打ちしかできない自分が腹立たしかったのだ。

 涼子は流れ落ちる涙を隠すことも忘れて、少年を抱きしめた。

「殿下、ほんとうにごめんなさい! 馬鹿な涼子を、どうぞお許し下さいましね」

 ジョージはまるで、涼子よりも年上の様に、涼子の背中を撫で擦りながら、囁いた。

「泣かないで、涼子様。でも、ほんとに僕涼子様が好きだよ? これからも、時々で良いから遊んでくれる? 」

 涼子はジョージから身体を少し離し、じっとその蒼い瞳を見る。

「いいんですか、殿下? 涼子の様な嘘つきのおばちゃんで? 」

「いいの。それに涼子様は嘘つきなんかじゃない。優しすぎるだけ。僕は大好きだよ」

 その一言でまた、涼子は涙をボロボロとこぼしてしまう。

 こうなると却ってジョージの方が落ち着いて見えるのは、生まれ乍らの気品の違いなのだろうと、涼子はぼんやり考える。

「あははは! 涼子様って、軍人のクセにほんとに泣き虫だね」

 ジョージはそう言って、涼子のハンカチで頬の涙を拭ってくれた。

 ジョージのいいようにさせながら涼子は、ふと、思った。

 こんな素直な、優しい子なら、母親になってもいいかな、と。

 同時に、小野寺の不機嫌そうな顔が浮かんできたが、今だけは消えてもらうことにして、その画面だけスイッチを消した。

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