第69話 12-2.


 サザンプトン港は昔から英国随一の巨大港として、そして、かのタイタニック号が処女航海に出発した港として有名だ。

 UNDASNがここに艦政本部直轄の造艦基地を築いたのが第一次ミクニー戦役開戦後15年目、この時代、英国海軍は主要基地であるポーツマスがミクニー爆撃により壊滅的被害を受けた事で、サザンプトンを代替オルタネート基地としていたが、ここへUNDASNが間借りを行ない、以来、由緒正しいロイヤル・ネイビーのホワイト・エンサインを横目に、ゆっくりとUNDASN軍港エリアは拡張していき、停戦の頃にはすっかりサザンプトンは『UNDASN軍港の街』になっていた。

 そのUNDASN軍港中央区画、一号バースに繋留されているのが、太陽系内幕僚部艦隊総群直接地球防衛第2艦隊旗艦、長距離巡航型攻撃空母F011グローリアスだ。

 第二次大戦中の英国海軍の空母の名を冠していることからも判る通り、イギリス供出艦であり、乗員の7割以上がイギリス又はイギリス連邦に国籍を持つこの艦は、新国王即位の奉祝ムードで、今回の特別観艦式で旗艦を務めると決まった昨年秋から、まるでお祭り騒ぎのような陽気な雰囲気に包まれていた。

 だが、今夜。

 いよいよ太陽が昇れば待ちに待った晴れの日、特別観艦式当日だというのに、この艦の最終耐爆区画内にある第2ブリーフィング・ルームは重苦しい沈黙の帳が下りていた。

 室内にいるのは、マクラガン、ハッティエン、ボールドウィン、そして会議の提唱者である小野寺の4名だけ。副官も秘書官もいないし、グローリアス側の通信担当員達も会議環境設定を終えて、とっくに退室している。

 ブリーフィング・ルームの正面大スクリーンは4面に分割されていて、1面はケープケネディの医療本部臨床医学研究センター精神・神経科研究室とのライブ、もう1面は駐英武官事務所の機密通信ルーム、そしてもう1面には統幕人事局の基本人事データベースの最上級機密ファイルの記録が表示されていて、残り1面は「NoSignal」のメッセージが今は表示されていた。

 重苦しい空気は何も、このブリーフィング・ルームにいる4名だけのことではなく、ライブで中継されている他の2箇所も同じだった。

 そんな沈黙を、駐英武官事務所にいるマズアが気まずそうな表情を浮かべて破った。

「……以上が、2月14日マルフタヒトヨン15日ヒトゴーの、石動室長代行が遭遇された事件の概要です。時系列順にまとめましたのでご覧下さい」

 NoSignalの文字が消え、テキストが表示される。


1.14日、2346時フタサンヨンロク:ヒースロー空港:第1の襲撃、サブマシンガンにより撃退。

2.15日、1138時ヒトヒトサンハチ時:ウエストミンスター寺院:第2の襲撃、守衛を装った犯人を制圧。

3.15日、1324時ヒトサンフタヨン:ウエストミンスター寺院:第3の襲撃、近衛兵を装った犯人を制圧。

4.15日、1907時ヒトキューマルナナ:バッキンガム宮殿:第4の襲撃、侍女を装った犯人を制圧。

5.15日、2129時フタヒトフタキュー:英国外務省:第5の襲撃、マスコミを装った犯人を制圧。

6.15日、2315時フタサンヒトゴー:聖ジョーンズ病院:第6の襲撃、看護師を装った犯人を制圧。


 小野寺が立ち上がり、スクリーンの横に立ってマクラガン達を見渡した。

「ここに、各事件現場で石動の周囲にいた方々の証言……、つまり、その時の石動の様子を重ねてみます」

 小野寺は、手元の端末機を操作し、マズアが表示した時系列順資料に並べて、別のテキストを表示させた。番号はマズアの振った事件の番号に準拠させる。


1.石動の発言

「私を殺そうとしてる人はみんな、死んじゃうんだよ? 」

「だって、私が殺しちゃうから」

「私が殺しちゃうもん」

「死んじゃえ。みんな、死んじゃえ」

「次はアンタ? 」

  石動の行動

 サブマシンガンを乱射、その後、失神

2.石動の発言

「私に意地悪したら、死ぬよ? 」

  石動の行動

 犯人の口腔へ拳銃のマズルを挿入

3.石動の発言

「気持ち悪いよ」

「駄目だよ。コイツは涼子が殺すんだもん」

「駄目。殺しちゃう」

「涼子に意地悪するひとは、涼子が殺しちゃう」

  石動の行動

 拳銃弾5発を威嚇発射

4.石動の発言

 特に目立った発言なし

  石動の行動 

 居合わせた駐英武官事務所所属隊員と協力して制圧

5.石動の発言

 特に目立った発言なし

  石動の行動

 居合わせた副官と協力し拳銃弾発射により制圧

6.石動の発言

「涼子を苛めるひとは、みんな死んじゃうんだよ」

「だって涼子がみんな殺しちゃう」

  石動の行動

 無力化された犯人に拳銃弾を発射、後、失神


 マクラガンは食い入る様に画面をみつめていたが、ふいに身体を椅子の背凭れに預けると、小野寺に向かって言った。

「私は、このうち、1、2、3、5の現場に居合わせたが、確かに、5のケースを除いて普段の彼女の言動とは正反対の、まるで別人格とも言える不自然さを感じたのを覚えている」

 ハッティエンが、苦々しげな表情を浮かべながら、口を開く。

「私は1、2、3と立ち会って、2と3の現場では石動に対し、本部長と同じような感じを受けた。なんというか、その……、妖しい魔女のような、というか悪魔と言った方が良いのか……」

 口篭るハッティエンの方をチラ、と見て、ボールドウィンが吐き出すように言った。

「残酷な仕打ちを受けて震える弱者を見て楽しんでいる、もしくは残酷な仕打ちをすること自体が楽しくてたまらない……、だろう? 」

 不機嫌さを隠そうともせず、ハッティエンはボールドウィンに言葉に答えず、そっぽを向く。

 マクラガンは両局長の様子を横目で眺めながら、太く短い溜息をつくと、小野寺に訊ねた。

「君が言いたいのは、こう言う事かね? つまり石動君は、自分自身に肉体的な危険を感じる、若しくは直接的な攻撃を受けると、人格が変わる、と? 」

 ハッティエンが横から割り込む。

「しかし、この資料によるとだな。……ええと、4と5は特に変わった言動は見られていない、とあるが? 」

 噛み付くようなハッティエンの口調を、小野寺は受け流す。

「これは私個人の想像でしかありませんが、4では駐英武官事務所の艦士長が一時的に人質になっていました。5では、石動の援護カバーに入った彼女の副官2名が一時的に危険な状況に陥っています。つまり」

 小野寺は視線をマクラガンに向けて言葉を継ぐ。

「危害を加えようとするベクトルが、石動だけに向けられた訳ではない、と言う事です。言い換えれば、親しい誰かが危機に陥っていた、とも言えます。もちろん、全ての切欠は、統幕本部長へ向かうベクトルだった訳ですが、4、5以外では結果的にそのベクトルは全て、彼女一人に向けられていた訳です」

 むう、とハッティエンが太い息を吐く。

 ボールドウィンは、視線で穴を開けようとしているかのように、スクリーンを睨み付けている。

「なるほど、な。そこのところは、石動君らしいな」

 小野寺はゆっくりと頷き、そして付け加えた。

「そしてもう一点。これは私が、5の事件発生後、直接本人と会話して判明した事です」

 出席者の顔を見渡す。皆が皆、まだあるのかとでも言いたげな、疲れた表情を浮かべていた。

「どうやら彼女は、これらの言動を記憶していない」

 全員が、驚いたような表情で小野寺に視線を向けた。

「完全に、と言う訳ではなく、『何かが起きた』ことは認識しながら、それが他人事のようで、ディティールを記憶していない、と言うのが正確な彼女の言葉でしたが」

「それは確かに不思議だが、それが」

 マクラガンが代表して、口を開いた。

 指が3番目の分割ウィンドウの機密人事情報ファイルを指していた。

「彼女の過去と、どのように関係していると言いたいのかね? 」

 小野寺は無言で頷き、手元の端末を操作しながら言った。

「これから石動の病歴を含む人事機密情報を公開します。が、当然の事ながら、一切極秘でお願いします。この情報を知っているのは、部内でも、教育局教育研究部3課の班長クラス以上、彼女が生徒当時の幹部学校シドニー校校長と分隊監事、そして卒配艦の艦長だった私、その艦医だったこちらのワイズマン三将、人事局人事管理課の管理職クラス以上、それだけです。そしてこれを個人情報倫理規定に則って機密指定にしたのは、私です」

 マクラガンが低い声で先を促す。

「了解した、小野寺君。先を進めてくれ」

 言われて初めて、小野寺は躊躇いを感じる。

 いいのか?

 いくら状況はレッドに急速に近付きつつあると言いながら、どうしても躊躇う。

 愛する女性の、暗部を曝け出すことに。

”いや、違う”

 本当は、自分自身が、目を背けたがっている、それだけの事なのだ。

 だから躊躇うのだ。

 立ち竦む彼を見て、会議が始まってから終始無言だった画面の中のサマンサが、無愛想な口調で声をかけた。

「軍務部長。私から説明しましょうか? 」

 言われて、小野寺は漸く覚悟を決める。

 サマンサは、背中を押してくれたのだ。

 小野寺は、画面の中の彼女に首を振って見せると、全員をゆっくり見渡して口を開いた。

「石動は卒配で、当時私が艦長を務めていたC0194五十鈴に配置されました。一見、普通の新人士官に見えましたが、どうも対人恐怖症気味と言うか、自分一人で行なう任務はそつなくこなすが、一方、他者、他部門と連携したり、部下を指揮して行なう任務では、その連携部分でよく失敗していた。優秀なのは判るんですが、それが不思議で、よくよく観察してみると、どうやら連携相手が男性の場合に、その傾向が特に顕著になるように思えたんです」

 話し始めると、思ったよりはスムースに言葉が流れ出る。

「そこで、当時の幹部学校関係者に探りを入れてみました。結果、どうやら中学時代、養父に性的嫌がらせを受けていた事が判明しました。そのせいで、養父母は離婚。それも心の負担になっていたらしく、結局それがトラウマだろうと考えました。それについては今更対処のしようもない、ですから私は、ともかく何とか石動を、せめて人並のUNDASN士官に育ててやろう、そう考えました。当時、五十鈴の艦医だったサ……、ワイズマン三将にも相談しながら、メンタルケアも充分にしつつ、その上で厳しく鍛えて行こうと当面の方針を立てました。……そんなある日のことです」

 小野寺は、あの日の情景を思い出し、口の中に苦いものが湧いてくるのを禁じえなかった。

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