第43話 8-2.
まさに、“戦闘妖精”の二つ名を頂く涼子らしい、奇襲攻撃だった。
「いや、駄目です。それは、あまりにも危険です! 」
ヒギンズが叫ぶ。
先を越されたリザは、ただ虚しく口をパクパクさせるだけだった。
しかし当の涼子は相変わらずの笑顔で、暢気な事この上ない。
「うーん。大丈夫だと思うけど。それに、今はフォックス派かそうじゃないのか、その見極めの方が重要だと思うんだよね」
「それはそうなんだが」
ボールドウィンもさすがに眉根に皺を寄せる。
「あのタクシーのターゲットが本部長ではなかった、フォックス派とは考え難い、と仮定して、だ。君達二人が
怒った様な表情のハッティエンの言葉に、涼子はあっさりと答えを出した。
「私はこのまま、宿舎にしているヒルトンホテルへ戻ります。で、軍務部長はそのまま車でここへ戻られる。これで、どっちを尾行してるか判るでしょ? 」
ね? と小首を傾げる姿にリザは思わず見惚れてしまいそうになるが、慌てて首が千切れるほど振って理性を呼び戻す。
「そ、それこそ危険です、室長代行!」
誰でも良い、私の主張に続け、と言うリザの願いはしかし、あっさりと打ち砕かれた。UNDASNで唯一の存在であるシックス・アンカーズ・アドミラル、最高の階級を持つ人物に。
「私は賛成だが、どうかね、軍務部長。もう一人のデコイ役候補としては」
マクラガンの問い掛けに、小野寺もまた、ポーカーフェイスながら暢気な事この上ない答えを返した。
「大丈夫でしょう、たぶん」
「たぶん、ってそんなっ! 」
リザが再び抗議の声を上げると、小野寺の隣で涼子が一瞬、哀しそうな表情を浮かべたのが見えた。
思わずリザは後に続く言葉を飲み込んでしまう。
その隙をつくように、小野寺が落ち着いた口調で理由を提示した。
「まあ、欧州室先任副官の指摘通り、別に理由がある訳じゃない。が、どうやら敵は素人臭いし、それならSP数人つければなんとかなるんじゃないか、と思ってな」
涼子がうんうんと嬉しそうに横で頷いているのを見ては、リザはもう何も言えない。
けれど、言いたくて言いたくて仕方がない。
素人臭いだと?
そんなあやふやな、直感だけの判断なんてアテになるものか!
貴様の下らぬ勘に頼って、愛しい女性を危険なデコイに差し出すなどナンセンス!
ああ、誰か!
あの胡散臭い中年男の世迷言を看破して!
「どう思う、ジャック? 」
マズアが苦虫を噛み潰したような表情で傍らのコリンズに問い掛けた。
「貴様がもたらした第一報では、ロンドン沖で発見された奴等の足、VTOLから発見された生体痕は最大6名。これは整備員や直前のフライトでの利用客もカウントされるから正確ではないだろうが、それでも今はMAXで見積もるべきだ。加えて英国側での手引き者若しくはシンパの存在を加えると7名から8名。そしてさっきのヒースロー襲撃で使用された警察装甲車。貴様の推測では4名乗車だろうとの事だな? 件の装甲車は今も逃走中で行方不明だから、それでもあれに乗っていなかった残り4名のうちの一人が、あのタクシーの乗客ではないと言い切れるか? 」
駐英武官にリザはありたっけの期待を込めて、質問を投げかけられたエージェントの方をみつめた。
「うむ。ついさっきのポジティブレポートで新しい情報も入った事だし、ここで事象を整理してみましょう」
コリンズはそれまでじっと目を瞑って話を聞いているだけだったが、やがて眼を開き、周囲を見渡して言った。
「まずはさっきのレポートの内容です。カレーの保税倉庫に忍び込み装備を盗んだ連中に関して、現地警察当局の監察結果が手に入りました。賊は、監視カメラやセンサーには引っ掛からなかったものの、盗難発生前後に複数回、付近住民達に目撃されていました。普段街では見掛けないストラスブールナンバーのレンタカーらしきワンボックスが保税倉庫付近でうろついていたらしく、情報を総合すると乗車していたのは男女合わせて4名」
ストラスブールといえばアルザス地方だ。確かに英仏海峡を臨む街、カレーでは珍しいだろうし、観光客、ドライブなどなら目撃情報などには乗ってこないだろう。
「それともうひとつ。カレー市街の町外れ、海岸近くの人気のない灌木林に囲われた草叢で、件のレンタカーが発見されました。生体痕調査の結果では、直近に乗車していた人数は4名で、これは目撃情報とも一致します。そして、この草叢にはVTOLの発着痕跡が発見されました。ダウンバーストの状況から見て、ロンドン沖でMCAが発見したVTOLとほぼ同型機だろうとの事です」
「あのタイプのVTOLは、民需用なら定員6名、警察消防や軍向け仕様で確保されているカーゴスペースを潰してキャビンにしていますから、盗まれた武器弾薬類、確か段ボール3箱か4箱ですよね? それだけ乗せると定員6名を運ぶのは苦しいんじゃないでしょうか? 」
ヒギンズが航空マークらしい考察を披露して、コリンズはそれに首肯でもって肯定を示した。
「だから、パイロットが機に残っていたとして、VTOLで渡英してきたのは5名ってところが妥当だと考えられます。それに在英のフォックス派信者もしくはシンパは、恐らく1名から多くても3名を超えないでしょう。よって今回の犯行グループは最大8名」
「お待ちを。在英の支援者を1名から3名と決め付ける根拠が判りません」
イボーヌが冷静な声でコリンズの質問を遮った。
いいぞ、とリザは過去の
「いい質問だ。しかし、根拠はある」
コリンズはまるで教師のように、ウンウンと頷きながら根拠を披露した。
「フォックス派、と我々や世間では一纏めに呼称していますが、狂信的テロ集団、と雖も奴等だって組織です。様々な部署、役割を信者達に担わせ、行動しています」
そこにホワイトボードでもあれば、今にも図を描き出しそうに思えた。
「宇宙統一教会の中の最左派攻撃的派閥、大神官長と言うナンバー2の役職を持つフォックス・マルモンが取り纏める派閥をフォックス派と呼んでいますが、彼の指揮監督の下、これまで過激なテロ活動を担ってきた実行部隊は、異端審問部と呼ばれる部隊です。この部隊は、その名の通り、ミクニーという神に楯突く輩に神罰を下すと言う部隊で、中近東やアフリカ中西部辺り、カンボジア辺りの過激テロ組織や反政府ゲリラのキャンプで兵士としての戦闘訓練を受け、ひとたび指令が下るや自爆上等の無鉄砲さでテロを実行し続けてきました。こいつらは、はっきり言って、プロです。構成員こそ情報部が把握しているだけで100名前後ですが、こいつらの危険さは、欧州辺りの中規模国家正規軍がUNに反旗を翻した場合のリスクを遥かに超える危険度だと言えます」
知らぬうちにリザはコリンズの話に首肯してしまう。これまで多くの犠牲者を出してきたフォックス派テロの主犯は、まさにこの危険な狂犬達の仕業なのだ。
「じゃあ、異端審問部以外のフォックス派信者は危なくないのかと言うと、そうではありません。例えば奇跡調査部なんて部門があります。こいつ等は『ミクニーという神が引き起こした奇跡を調査、確認して教義に加え、そして人々を畏怖せしめ、信仰を広める』って役割なんですが、実際どんな事をしているかと言うと、無差別テロを引き起こし、それを神の奇跡が無信心者に罰を与えたと称しているだけだ。ただ、この部隊は異端審問部のように戦闘訓練を受けている訳じゃない。ただ、フォックス派のアピールができそうなイベントがあれば、無知な下っ端信者を唆し、火のついたダイナマイトを抱かせてイベントに飛び込ませるって程度です」
「それでも充分危険ですよ」
呆れたような銀環の声を無視して、コリンズは続けた。
「ミクニーへの信仰の下、一枚岩のように思われてきたフォックス派ですが、最近、さっき説明した異端審問部と勢力争いを繰り広げている部隊があることが調査の結果浮上してきました。御神託執行部、という部隊です」
「神はかくのたまった、平伏せよ愚民ども! とでも言うのかね? 」
呆れたようなハッティエンの呟きに、コリンズは真面目な表情で頷いた。
「イエッサー。当初はまさに、そう言った、所謂信者獲得の為の部門でした。最近ではこれに加えて、『御神託が下った』と称して、主に資金調達や武器資材調達を主任務としています」
「って事は軍で言うと実施部隊にあたる異端審問部の後方支援部隊、つまりは兵站部隊ではないのかね? それがなんで争っている? 」
ボールドウィンの質問に、コリンズが呆れたような苦笑を浮かべた。
「まったく、軍務局長のご指摘の通りなんですが……。ぶっちゃけて言えば、本来前線部隊として花形の活躍をし、ミクニー神の威光を普く世界に知らしめる為の異端審問部が、UNDASNやICPO、各国警察当局に徐々に封じ込められているとはなんと情けない、これでは後方支援部隊として地道な苦労を背負い込んでいる御神託執行部が馬鹿みたいではないか、と」
コリンズの苦笑の意味を知り、質問者である軍務局長も同じような苦笑を浮かべて頷いた。きっと自分も同じような表情だろうとリザは思った。
「本来、フォックス派にとって最大の敵は、神に対して牙を剥くUN、UNDA、そしてUNDASNです。そして最大の目的は、ミクニーへの抵抗を止め、彼等の侵略を受け容れるよう、地球全体を導くことにあります。異端審問部は、だから戦争放棄を促すためには、直接UNDASNという地球正規軍を目標にするのではなく、UNやUNDAと言ったUNDASNをコントロールする組織、そしてUNDASNの資金面や装備、人員面でのスポンサーであるUN支援国家をテロ標的としていました」
それはそうだろう、とリザは密かに首肯しながら思う。
UNDASNは軍隊だ。言いたくないし、間違ってはいると思うが、まあ、世間的な辛口イメージで言うと『軍人とは死ぬことが商売』なのである。
例え最高指揮官である統幕本部長の暗殺に成功したところで、すぐさま次の統幕本部長が指揮を執るし、例え人材難で後任がなかなか決まらなくとも、軍隊などと言う組織は、何重にもエンパワーメントのルートやルールがくどい位に設定されていて、例え1秒でもその行動が停止する事などあり得ない。
「……と、言うことは? 」
リザはそこまで考えて、思わず声を上げてしまった。
今回のテロ標的って、なんで……?
「御神託執行部の言い分はこうです。異端審問部の活動は、フォックス派の崇高な目的への行動が、単なる迷惑極まりないテロ活動だと世界人民に誤解させるだけのそれこそ愚行だ。本当のフォックス派の目的を全世界の無知蒙昧な愚民に知らしめる為には、ミクニー神に直接牙を剥くUNDASNをテロ標的としなければならない」
「それが、フォックス派内部抗争の正体か……」
マズアの疲れたような声に、コリンズはゆっくりと頷いた。
「実際、御神託執行部と異端審問部の間の内部抗争で暗殺合戦まで起っていたらしい。さすがに自分で自分の首を絞める行為だって気付いたらしく、そっちは終息しているが、それでも御神託執行部は『自分達の戦略の正当性を立証してみせる』として、異端審問部に渡すべきNATO流出闇武器を間引きし、自ら独自のテロ活動を開始した。その一環がどうやら、昨年のアムステルダムの銃撃事件だと思われる」
「例の、統幕本部長暗殺計画の一端が飛び出したって言う? 」
室内に訪れた沈黙を、さらりと、UNDASN最高指揮官が破った。
「フォックス派基礎講座はよく判った、二佐。それで、そろそろ結論を出してくれたまえ」
コリンズはさっと背筋を伸ばし、脱帽敬礼をマクラガンに送ってから、再び全員を見渡した。
「情報部2課からの最新分析レポートですが、現在確認されている異端審問部の危険度の高い構成員、正確には確認されているだけで107名、これらの所在情報を詳しく分析した結果、英国に侵入した形跡は認められません。重要監視の国際手配犯だけでも87名、これらはICPO公安局を中心に各国公安、治安機関が全力を挙げてマークしていますから、この分析結果の信頼性は高いと思います。反して、御神託執行部については、武器装備や資金源の包囲網が完成しつつあり、その活動は制限されつつある状況下で、その構成員の行動も高い確度と精度で追跡できる状態にあったのですが、ここ2ヶ月程の間で、大陸ヨーロッパで5名の地下潜伏が確認されました。英国在住構成員は全員所在把握、行動監視中で、つまり在英犯行参加者は信者ではなくシンパ……、具体的にはプロのテロ・コーディネーターではないかと推測できます。VTOLの受入、警察装甲車の手配、ヒースロー警備陣への自然な侵入。この事前準備だけが奴等の手口の素人臭さから際立ってプロらしい。武器調達部隊だったことも考えると、ブラック・マーケットに関係するその手の業者と連絡があっても不自然じゃありません」
小野寺がゆっくりと口を開いた。
「つまり、犯行グループは御神託執行部の5名、プラス、テロ・コーディネーター1名から2名程度、合わせて最大7名と考えるのが妥当だと? 」
コリンズはゆっくりと頷いて肯定を示した。
「問題は、装甲車組4名以外の3名の現在の動向だな? 」
マズアの問い掛けに、コリンズは頷いた。
「その通りだ、駐英武官。車外で指示を飛ばしていた1名とは別の人物、これがたぶん装甲車の連中の逃走支援と痕跡隠蔽、そして明日以降の第2次襲撃の準備に入っていると考えた方が良いだろう」
「じゃあ、あのタクシー乗客が、複数いるかもしれないテロ・コーディネーターのうちの1名だ。そう考えることもできる訳じゃないですかっ! 」
思わず叫んだリザだったが、振り向いて真摯な表情を見せた情報部エージェントに、まるで落ち着けと宥められたように思えて、続く言葉を飲み込んでしまった。
「テロ・コーディネーターだとしたら、まるで信者のように犯行自体に手を貸すことはしないだろう。まあ、逆に彼等に洗脳されたシンパになっているとも考えられるが、それなら、逆にテロ・コーディネーターはプロのスキルを持っている。あんな如何にも見つけてくださいと言わんばかりの尾行などしないと思うんだが、どうかね? 」
言い返せず、リザの胸の内に悔しさと情けなさが降り積もり、思わず吐息が零れ落ちてしまった。
その様子に満足したように、彼は室内にいる全員を見渡すようにして、静かな口調で言った。
「私はデコイ案に賛成です。室長代行の仰るとおり、フォックス派の襲撃予告だけとっても情報不足、グループの戦力特定さえ出来ない状況、つまり我々は出遅れたと言えます。そこにもうひとつ、正体不明の敵が加わるのは勘弁願いたい、というのが本音です。それに、軍務部長のご指摘通り、SPをつければそうそう危険な目にも遭わんでしょう。上手くすれば犯人確保だって可能かもしれない。補佐官や欧州室A副官の指摘するリスクも確かにありますが、私は、最大のリスク・ヘッジを取るためには、ここはひとつ、レベル2程度のリスクなら敢えて踏んでみるべきだと考えます」
リザは無力感を覚えて自分の足元に視線を落とす。
反論が出来ない。いや、反論したいし、反論できるけれども、それを軍人である自分が、やはり軍人である相手や、そして愛する女性に対して、それをする事を拒否していたから。
誰もが言葉を発しない状況を眺め渡して、マクラガンが、うんとひとつ頷いて言った。
「決まりだな。すまんが軍務部長と欧州室長代行には、デコイを務めてもらおう」
「サー、イエッサー」
まるで初級士官のように元気の良い返事をして敬礼する涼子と、無言のままラフな敬礼をする小野寺が、どことなくお似合いのカップルのように思えて、リザは耐え切れず、視線を自分の爪先に落とした。
”今日は涼子様から、バレンタインのチョコレートを戴いた記念すべき日の筈なのに……”
思わず涙が零れそうになった瞬間、ふわりと優しく肩を抱かれて、リザは顔を上げる。
いつのまにか隣に来ていた銀環が、赤く充血した眼を細めて、優しく微笑んでいた。
銀環の小さな手のひらは、皆の死角で優しく、リザの背中を叩き続けてくれている。
ああ、この娘はやっぱり優しい娘だ。
ほんの少し、気分が軽くなった気がした。
「行ったな……」
コリンズはブラインドの隙間から遠ざかるロールスロイス、そしてブラックキャブのテールを眺めながら呟いた。
「尾行者の狙いは、あのお二人でビンゴのようだ」
背後でヒギンズが尾行チームに指示を送る声が聞こえた。
「
暫くして、コリンズの視界に、UNDASNの旗を下ろしたローバー4WDがスモールランプだけをつけてタクシーの後を追う姿が映る。
「やはり、本部長襲撃とは別か……」
マズアの溜息混じりの声。クラスメイトの心境も複雑だろう、最高指揮官狙いではないと判ったものの、今度は敬愛する直属上官のリスクが跳ね上がったのだから。
「そうとは限らないでしょう? 」
ヒギンズの不満そうな口調にコリンズは振り返る。武官補佐官のプライオリティは、本部長よりも1課長にあるようだ。
「なぜ? タクシーは、ちゃんと軍務部長と室長代行の車を選んだんだぞ? 」
マズアの代わりに、コリンズはヒギンズに反問してみた。
「わざわざ、誰が乗り込む車なのか判別し易いように、地下駐車場ではなく正面エントランス前に車をつけて、ダミーも2組用意した結果、尾行者はあの二人を追ったんだ」
ヒギンズはそれでも不満を隠さず、けれどやや小声で答える。
「しかし……。しかし、軍務部長や1課長が狙われる理由がないでしょう? 」
「理由なら、考えられん事もない……」
コリンズはサーバーから紙コップに紅茶を注ぎながら言う。
「そう……、なんですか? 」
きょとんとした表情を浮かべる部下を横目に見ながら、マズアはコリンズの言葉に微かに頷きつつも、その仕草とは全く反対の台詞を口にした。
「しかし、ジャック。貴様、本気でそうだと思っているのか? 」
ストレートな友人の問いに、コリンズは思わず苦笑を浮かべてしまう。
「わからん……。いや、やるかも知れんな、マニアなら」
チラ、とヒギンズを見ると、彼の頭からはクエスチョンマークが何個も飛び出している様子だった。
どうやら武官補佐官は、気付いてはいないようだ。
何れにせよ、そろそろこの話題も打ち切り時だな、と思った瞬間、応接室のドアがノックもなく勢い良く開いた。
「駐英武官、コリンズ二佐!
涼子達をエントランスまで見送りに出ていたリザだった。彼女の背後で銀環がオロオロしている。
コリンズはマズアと顔を見合わせ、友人に対応を任せる。
「1課長かどうかは、判らん」
「そうですけど、でもっ! 」
詰め寄ろうとしたリザを、銀環が慌てて引き止める。
「先任! 言っちゃ駄目です、それはまだ判らないんだから! 」
「なに言ってんの、銀環! アンタ涼子様が今どんな危険な」
リザはそのまま、口を閉ざした。
後任副官の黒い瞳が今にも決壊しそうなほど、涙を湛えているのが、コリンズから見ても判る程だったからだろう。
「その辺にしておけ、ショートランド三佐」
コリンズは静かに言った。
「李一尉の気持ちも酌んでやれ。君は疑うかも知れんが、本当は我々だって同じ気持ちだ。正直、軍務部長のほうはどうでもいいが、ね」
ふふん、と隣でマズアが苦笑気味に笑ったのが、少々気に食わなかった。
「それはきっと、室長代行だって判ってくれるさ。なんたって、彼女は、今彼女が背負っているリスクと比べものにならない程のリスクを、統幕本部長に背負うよう要求したんだから」
「あ」
リザはすぐに気付いたようで、小さく叫ぶと、顔を真っ赤にして、唇を噛み締めた。
「も」
コリンズは、リザの言葉に被せて言った。
「良いんだ。君はただ、素直なだけだ。羨ましいよ」
隣に立つマズアが驚いたような表情をしている。
俺がそんなことを言うのが、そんなに珍しいのだろうか?
「謝罪は、君の後輩に」
リザは黙って頷き、銀環に向き直った。
「後任。申し訳ない。私、酷いこと言ったな……。ごめんなさい」
銀環は頬を赤く染めながら、首を横に振った。
「謝らないで、先任。だって私」
銀環は照れ臭そうに笑った。
「コリンズ二佐と同ンじ。素直な先任が、羨ましいもの」
「銀環……」
リザの肩が、小刻みに震え始めた。
「先任、泣かないで。駐英武官達のお言葉を信じて、今は気を楽にして待ってましょうよ。ね? 」
子供みたいに、銀環にハンカチで涙を拭かれながら、何度も頷いているリザに、コリンズは声をかけた。
「さあ、ゆっくり座って、軍務部長からの報告を待とうじゃないか」
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