8.成就

第42話 8-1.


「まだいるか? コリンズ二佐」

 ボールドウィン軍務局長が、ティー・カップを傾けながらソファから声をかけた。

 リザは、紅茶のカップをイボーヌと銀環に渡しながら、ボールドウィンの言葉に窓際を振り返った。

 ここは、A倉庫。所謂、通称UNビル、駐英武官事務所の第2応接室。

 非常事態の際は、A倉庫に一旦集合、と決めていたのは、涼子達現地スタッフが予めリスク・アセスメントの時に決めていた手順のうちのひとつだ。

 基地や駐屯地と違い、心許ない程度の防衛設備しかない~ガラスが防弾、というくらいだ、どちらかと言うと防諜方面に特化した改造が成されている~、殆ど一般のビルでしかなく、防御力はゼロに等しいが、フォックス派もこんな街中で人数を集めて正面攻撃が出来るわけでもないだろう、狙撃ならここが一番守り易いという涼子の判断が基礎になっていた。

 コリンズと呼ばれた背広の男~情報部のエージェントらしい~は、窓と窓の間の柱に背をつけて、ミラーをかざして外を見ながら答えた。

「ええ……。本格的に監視するつもりのようですな……」

 そう言ってコリンズは、窓を離れ、部屋の隅の電話に向いながら続けた。

「それにしてはいかにも、監視方法や尾行技術が素人くさいのが気になるんですが……。あ、ああ、コリンズだ。……どうだ、判ったか? ……うん。……うん……」

 駐英武官補佐官のヒギンズが、横目でコリンズの電話を気にする様子で、紅茶をすすっている彼の直属上官、マズア駐英武官に言った。

「どう考えても、さっきの襲撃方法と、あの監視、尾行の遣り口は、しっくりきませんね」

「だな……。しかし、我々が統幕本部長や両局長をここまでお連れする間は、他に尾行された気配はないし」

「自分が外務省まで審議官達をお連れした時も、そんな気配はありませんでした」

 マズアは、ソファに座って煙草を吹かしている小野寺に向き直った。

「やはり、軍務部長や欧州室長代行のお車を追ってきたと考えて間違いないようですな」

 軍務部長はソファで腕組みしたまま、ボソッと話し始めた。

「俺は空港を出て高速に乗ったところで気付いたんだが……。最初から俺達の乗った車をマークしていた様に感じたな」

 イボーヌが顎に手をやりながら口を挟む。

「あの混乱の中で、統幕本部長のお車を見逃すことはあっても」

「30分も経ってから現場を出発した車に、統幕本部長が乗っていないなんてことは一目瞭然でしょう」

 イボーヌの言葉をリザは途中で奪う。黙って聞いていても、不安感が増すだけだし、それに。

 別にイボーヌとは同じ副官仲間で、仲が悪いわけではないのだけれど、なんとなく、小野寺と涼子の仲を応援しているように思える彼女には、意地悪をしたくなる。

「軍務部長を統幕本部長と間違えた可能性は? 」

 銀環が左右を見ながら問う。

「失礼だな、欧州室の後任」

小野寺の言葉にマクラガンが苦笑を浮かべた。

「小野寺君、君もだろう」

「は、それはどうも」

 全く表情も口調も変えずに答える小野寺を見て、イボーヌは笑いを堪えるのに苦労しているようだった。本当にこの娘はよく笑う。

「そう言えば、逃走した装甲車、結局失尾したのか? 」

 マズアの問い掛けに、電話を終えていたコリンズが苦々しげな口調で答えた。

「ああ。こっちが上空監視のために飛ばしていたVTOLで追跡させたかったんだがな。迷ったんだが、結局本部長の車列直衛に回したから……。英国側の非常線も間に合わなかったようだ。監視衛星の方も軌道投入直後の微調整中だったとのことで位置が悪かったらしく、捕捉できていない」

「まあ、止むを得ん。そっちは引き続き英国側に任すしかないだろう」

「今の電話での情報では、奴等が襲撃に使用した装甲車は、使用期限切れでスクラップになる予定の廃車だったらしいですね。スコットランドヤード指定業者の解体屋のヤードから3日ほど前に持ち去られた模様です。本来なら旧式のシルエットだからすぐに不審に思われたでしょうが、今回の戴冠式警備シフトで装備不足の状況が続いていて、旧式でも動くものは一旦引き上げて各所に再配置させていたらしく、それが敵に幸いしたようです」

 ヒギンズが溜息混じりでぼやいた。

「まったく……。貧乏臭い事をするから」

「まあ、そう言ってやるな。英国政府の懐事情は貴様も知ってるだろう? 今回の戴冠式関連の特別予算措置だって、与党はヒヤヒヤの綱渡りでどうにか昨年の国会を乗り切ったんだから」

 マズアは苦笑交じりにヒギンズを宥めると、ふ、と声を硬くして続けた。

「しかし、その話だと、やっぱりVTOLで渡英してきた連中以外に、英国内でのシンパ、若しくは手引き者がいるのも確実だろうな」

 コリンズは頷きながら、手に持ったメモへと視線を落とした。

「襲撃に使用された装甲車は、ロールスロイス社製の48式AGT59bと呼ばれるタイプで、定員は4名。旧式だけあって車内が狭くてスコットランドヤードじゃ通常3名で運用していたらしい。さっきの襲撃シフトを思い返すと、車外に監視兼誘導者1乃至2名、襲撃に使用されたのはM60軽機関銃だとしてガンナー1名、後はスポッター、ドライバー……。微妙に車体を動かしながら射撃していたから、車外誘導者と連絡を取りつつ指揮していた指揮官役が1名、車内には4名ってところだろうな」

 コリンズの言葉に、室内の一同は皆、ふ、と黙り込んだ。

 微かに携帯電話のバイブ音がリザの耳に届いた。

 徐にポケットから携帯を取り出し、皆に背を向けて低い声で会話をし始めたコリンズをぼんやり眺めながらリザは考える。

 きっと、この重苦しい沈黙も、誰もが自分と同じような事を考えているからだろう。

 確かに、コリンズ情報によるVTOLでの生体痕やシチュエーション、計画的な匂いからして妥当なところだ。

 となると。

 もしも英国側があの装甲車をこのまま取り逃がしたとしたら。

 一撃必殺を狙って仕掛けた第一撃をかわされた連中は、次からはどう仕掛けてくる? 

 まさか、個別に波状攻撃でも? 

「それよりも今は、あの謎のタクシーの方が気になりますね……」

 沈黙に耐え切れなかったのか、イボーヌの発した言葉に、全員がどことなくホッとしたように力を抜いたようにリザには感じられた。もちろん、自分もそうだったのだけれど。

 ヒギンズが、イボーヌの誘いに乗って口を開いた。

「とにかく、軍務部長または室長代行を狙うという理由が不明ですね……。コリンズ二佐の推測通り車外に仲間がいたのなら、見失うことなく統幕本部長の車を追尾できたでしょう? 」

 彼はそこで一旦息をついで、少しだけ声を落とした。

「だとすると、ひょっとして、フォックス派とは別のテロリストとか? 」

「そんな情報は入ってないし、あれほど秘密主義のフォックス派の犯行計画さえ割れてるんだ、他にあるなら、ジャックの情報部ところで何らかのシッポくらい掴んでいるだろう」

 ヒギンズの言葉をマズアがバサリと切り捨てる。

 そこで会話が途切れたと同時に、コリンズが携帯電話をポケットに戻しながら皆のいる席へ戻って来た。

「車のナンバー、車種、営業認可番号、運転免許の顔写真と事業許可内容。全て割れましたが……、完璧に本物のブラック・キャブですな」

 コリンズは会議テーブルの椅子を応接セットに引き寄せて座り、紅茶を一口啜った後、話を続けた。

「しかも、あのタクシーは事件発生直後にスコットランドヤードが張った非常線検問にいちいち馬鹿丁寧に応対し、その都度全ての確認を受けてます。勿論、結果は問題なしで、警察は放免……。おまけに、うち1ヶ所の検問担当の巡査部長が、ドライバーと顔見知りだとかで、世間話などを交したらしくて……。こりゃあ、タクシーの線は、単に客の指示で追跡した、と言うところでチョン、ですな」

 黙ってコリンズの話を聞いていた小野寺が、ボソリと訊いた。

「客を乗せてたのか? 」

 コリンズは手帳を見ながら答える。

「ええ、これも各検問の警官からの証言がありましてね。10代後半から20代前半の女性、黒髪、黒い瞳、東洋人か白人かまでは判別できず……。普通の中流階級の学生という風体で、ロンドン市内で拾ってヒースローまで乗せ、誰かを出迎えてその車で戻るつもりだったのが、この襲撃事件で相手に会えずロンドンへ戻るところだ、と答えたと。各検問ともそれで放免したそうです」

 マズアは窓の方を見ながらコリンズに尋ねる。

「今、外にいるのと、ジャック、貴様のその調査内容は同一なんだな? その客も乗っているのか? 」

「うむ……」

 コリンズは頭を掻きながら答える。

「俺がここから確認した限りでは、運転手は同一、車のナンバーも同一。誰かが後部座席に乗ってるのは確かなんだが、しかし顔まで判らない」

 ヒギンズが口をへの字に結んだのを見たのか、コリンズは僅かに顔を顰めて言葉を継いだ。

「どうも角度が悪い。カメラやスカウトスコープ、それとここの警衛に立っている201師団の装備の生体反応暗視装置も使ってみたんだが、どうやってもリアシートが死角になってしまう」

「誰か、私服に着替えさせて偵察に出しましょうか? 目視アイボールの方がかえって確認しやすいかも」

 ヒギンズの提案に、コリンズは苦い顔をして頷いた。

「止むを得ないな。頼めるかね、アーネスト」

「構わん」

マズアが頷き、内線をかけ始めると、小野寺が徐に口を開いた。

「これは俺の勘だが、あのタクシーはやはり、本部長襲撃テロとは無関係だろう? 素人臭い監視方法と言い、尾行技術と言い……。多分、俺達だけに狙いを絞っている様に思える。理由は」

 幸せそうに大口を開いてサンドイッチを次から次へと放り込んでいる~車の中では大人しかったもののオフィスに戻るなり、涼子が『お腹空いたー! なんか食べさせてくれなきゃ、もう動かないもん! 』と騒ぎ出し、リザが慌てて手配したものだ~涼子に視線を移し、呆れたという表情を浮かべて言葉を継いだ。

「判らんが、ね」

 小野寺の言葉で再び沈黙の帳が下りる。

 リザが順番に室内のメンバーの表情を見ていくと、全員が口元を歪めていた。

 フォックス派だけでも鬱陶しいのに、これ以上正体不明の敵を相手にさせられるのは敵わない、と言ったところだろう。

 たった一人、涼子を除いて。

 涼子はさっきから、この室内に自分一人、とでもいうような静かさで、皆の議論にも我関せずとばかりに、サンドイッチを夢中で~まるでリスやハムスターを髣髴とさせる、可愛らしい小動物ぶりだとリザは表情が緩むのを禁じ得ない~パクついている。

 ヒースローでの襲撃直後、頭痛を訴えて気を失った涼子は、運ばれたターミナルビル内の医務室で意識を取り戻し、その後武官事務所へ戻ったのだが、その頃には頭痛も収まった様子でリザは思わず安堵の溜息を大きく吐いたものだ。

 事務所に到着した時には、酷く苛立たしそうな表情をしていた涼子だったが、先ほど入ってきたスコットランドヤードからのヒースロー襲撃事件の被害報告で、ダルタン一尉を始めとして銃創を負った警務9課メンバーは全員命に別状はなく、その他警備関係者も英国側含め重傷8名を数えたが何れも生命に別状はなさそうだと聞いた途端、明るい表情を取り戻し、お腹がすいたと大騒ぎだったのだ。

 涼子は最後の一切れを口に放り込み~リザは気を利かせて、室内にいる人数の1/2を目安に手配したのだが、殆ど涼子の胃に入ったようだった~、紅茶で胃に流し込むと、満腹からくるのだろう、幸福感溢れる明るい声で言った。

「さあ、後は若い人達にお任せするとして、ね? 本部長や両局長、各部長、ご老体方はお疲れでしょうから、解散にしません? 」

 マクラガンがさも可笑しそうに口を開いた。

「おいおい、石動君、”ご老体”はひどいじゃないか、なあ、アル? 」

 ニックネームで呼ばれたボールドウィンも笑顔で答える。

「全くですな、本部長はともかく、私まで老人扱いとは、ね」

「なんだ、君まで裏切るのかね? 」

 この会話を切欠に、重苦しかった室内の空気はやっと緩んだようで、リザも肩の力を抜く。

 マズアがヒギンズを呼び寄せながら言った。

「それでは、本日は予定を変えて、本部長、両局長とそれぞれの秘書、副官の方々はここにお泊り願えますか? 荷物は後でお部屋まで届けさせますので。補佐官、総務班長と手分けして手配頼む」

「ラージャー」

 コリンズもマズアの後を継いで言った。

「他の方は、予定の宿泊施設へ移動してください。荷物はお届けします。それと、明日の行動は、必ずこちらの迎えが行くまで控えてください」

 全員がカップを置いて立ち上がり始めると、ヒギンズがマズアの傍に歩み寄り、声を落として話しかけた。

「しかし、駐英武官。なんとも不思議な人ですねえ、石動課長って」

 リザは二人の会話を小耳に挟み、自然を装って二人にゆっくりと近付いた。

「軍人たるもの、雑談中で上官同僚部下の世評を軽々しく行うべからず」

 マズアはヒギンズに小声でそう言った後、視線を小野寺と笑顔で話している涼子に向けて口調を緩めた。

「とは言え、俺も同感だ。ある時は美しき野生の猛獣、ある時はクールで怜悧な指揮官、またある時はハードでタフなネゴシエイター、そしてまたある時は、有能でスマートな外交官」

 そこでマズアは一旦言葉を切り、苦笑を浮かべた。

「そのくせ、よく笑い、そして周囲をよく和ませる。……常に人の中心にいる、って感じだな」

 リザも同感だ。思わず頷いてしまう。

 けれどヒギンズは、納得できないような表情を浮かべたて言った。

「はあ……。でも……。それだけなんでしょうか? 」

 マズアは、ん? という表情で、自分の部下を見たが、すぐに視線を涼子に戻した。

「勿論、それだけじゃないさ、それだけじゃ……。ま、貴様もその内判るときが来るだろう」

 上官の優越感が滲む口調に、ヒギンズは何か言いたげに数度口を開閉させていたが、そこで鳴り響いた電話のコール音に、諦めたように口を閉ざした。

 リザは、手近の電話に手を伸ばし、受話器をあげた。

「第2応接……。いらっしゃる、待て」

「俺か? 」

 振り向いたマズアに、リザは受話器を差し出した。

「外線です。さきほど偵察に出た者から」

 マズアが受話器を受け取ると同時に、動こうとしていた全員が歩みを止め、彼を注目する。

 リザもまた、聞き耳を立てようとした瞬間、視界の隅に捉えた風景に血が逆流する感覚を覚えた。

 小野寺の隣に寄り添うように立っている涼子の手が、動いていた。

 だらんと下がった小野寺の手の甲を、涼子の白く嫋やかな指が、忙しなく、けれどどこか優雅なテンポを刻んで叩いている。

 それは例えるならば、涼子が操る小さな妖精の楽しげなダンスのように。

 涼子の顔は、まっすぐと前を向いているけれど、それは確実に笑顔で、まるで今にも鼻歌を歌い出しそうに楽しげで。

 対する小野寺は、いつも通りの無表情で、自分の手の甲で繰り広げられている妖精のダンスを、黙って受け容れている。

 ああ、また。

 この二人は。

 これまでに、何度も見せ付けられてきたシーンが、今もまた。

 あれは、モールス・コードだ。

 モールス・コードで、二人は、二人だけの会話を楽しんでいるのだ。

 然程モールス・コードの解読が得意ではないリザはこれまで、ふとしたシーンで繰り広げられる”衆目の中で交わされる密談”を見る度に、泣きそうになる気持ちを味わわされてきたのだ。

 日本語平文、しかも機械発信並みの通信速度のそのやりとりで、彼と彼女はどんな会話を交わしているのかは判らなかったが、その会話の後は大抵、楽しそうに笑いあう二人の姿が食堂や喫茶室、PXで目撃されたものだ。

 リザは、瞼を固く閉じる。

 もう、駄目、なのだろうか?

 私は、私の愛する彼女と憎らしいあの男の間に割り込める機会を、遂に持ち得ないのだろうか?

 それならそれで、もう、構わないから。

 だから、お願い。

 せめて、私の前ではしないで。

 せめて、私の目の前でだけは、その美しい指で汚らしいその無愛想な中年男の身体に触れないで。

”でないと私、小野寺を殺し”

「ポジティブレポートです」

 受話器を置いて振り返ったマズアの声で、リザは我に帰る。

 見ると、涼子も内緒のモールス通信を終えたらしく、普通に小野寺の横に立ってマズアに視線を向けていた。

畜生ガッデム! おのれ、小野寺”

 歯噛みする思いだったが、とにかく小野寺への制裁発動は、偵察報告を聞いてからだ、とリザは数度深呼吸をして気を鎮める。

「私服に着替えた当事務所の女性下士官が帰宅を装い、タクシーの車内を観察したところ、運転手は先程のコリンズ情報にあった通りの人物、後部シートには若い女性客が一人、乗車していたとのことです」

「女性客……、警察の検問情報と同じか……」

 ヒギンズの独り言めいた言葉に、マズアは無言で頷きながら報告を続けた。

「年齢は10代後半から20代前半、東洋人または白人と思われるスレンダーな一見学生風とのことですが、携帯端末の暗視撮影機能による画像記録はやはり明度が低すぎて失敗。セミロングのブルネットとしか確認できませんでした」

「検問で目撃された人物と一致する、か……。駐英武官。失敗でも録画はしたんだな? 」

「ああ」

 マズアの肯定に、コリンズは頷きながら言った。

「なら、画像ファイルをこっちの端末に転送させてくれ。ヒューストンに送って、デジタル解析させよう。人相特定できるほどに補正するには少々時間がかかるだろうが」

「情報部が掴んでいる在英のフォックス派リストに該当しそうな人物はいないのか? 」

 マズアの質問に、コリンズは首を振りながら答えた。

「俺の記憶している範囲ではいないと思う。さっきの画像が上がったら調査させるが期待せんでくれ。元々、フォックス派の、特に末端信者は殆ど面が割れていないんだ」

 そんなものだろうな、とリザは吐息を零した。幹部クラスならばともかく、要監視の新興宗教に入信している一般信者など、一番市井に潜伏しやすいというのは治安行政上では常識だ。

「石動君。今の人物像に心当たりはないかね? 」

 ハッティエンが涼子を振り返って尋ねた。

 腕を組み小首を傾げた姿は愛らしかったが、組んだ腕から零れるようにどっしりと乗っかった豊満な胸の双丘がアンバランスさを強調していて、リザは妙に色っぽいなと一瞬考える。

 無言で考え込んでいる涼子の答えをハッティエンは暫くじっと待っていたが、やがて短く太い溜息を吐いて、隣に声をかけた。

「軍務部長はどうだね? 」

「私はありませんな」

 待ってましたと言わんばかりの即答に、リザは思わずこれまでの胸の鬱憤を言葉にしてしまう。

「どうだか。案外、軍務部長のオッカケかも知れませんわよ? 」

「あははははっ! 」

 最初に反応したのは、案の定涼子だった。

「リザ、それはないよ、それはぁ。艦長ってばそんな話ある訳ないじゃんっ! あはははは! 」

 小野寺はと言えば、相変わらずのポーカーフェイスのままだ。

 他のメンバーが控えめに笑いあっている中で、リザにはマズアとコリンズが、妙に引き攣った表情をしているのが気になった。

”なんだろ? ……まさか、私、図星を突いた? ”

 だとすると、いくら鬱憤が溜まっていたとは言え、少々洒落で済ませ難い状況になったと言える。

 一方では、そんな女誑しに~言い過ぎかも知れないけれど、彼にはこれくらい言っても良い、とリザは自分に許可を出す~涼子を渡す訳にいかない、そうも思う。

 反面、組織人として後で謝罪しておいた方が良いかもしれない、とチラリと考える。

 それは確かに悔しいし、だけどリザの中の優等生の部分が、さっきから五月蝿くてそれもまた煩わしい。

 今日はよくよく二人に苛立たせられる1日だ、そう思いながらも、冷静に考えればそれさえ自業自得なのだ。

”仕方ない”

 諦めの吐息を人知れず吐いた、次の瞬間。

「はいっ! 駐英武官、提案! 」

 愛すべき上官は、リザの小さな葛藤を一気に吹き飛ばすような”爆弾”を一同の真ん中に投げ込んだ。

「なんでしょう、室長代行」

 マズアが驚いた表情を隠しもせず、それでも手を差し伸べる。

「偵察結果の女性には、私も軍務部長も心当たりはないんだけど」

 涼子はにこにこ笑顔のままで続けた。

「私と軍務部長がもう1回、車で出掛けて、それを尾行したらビンゴってことになるでしょう? 」

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