第23話 6-2.


 まわる。

 円を描いて、廻り続ける。

 小さな円がいくつも、くるくる、くるくると。

 たくさんの小さな円は、自ら廻りながら、更に大きな円を描く。

 音楽に合わせて。

 くるくる、くるくると。

 マヤは大きな円を描く、ひとつの小さな円を担当しながら、ぼんやりと考える。

 この円運動は、つい数時間前、国連大会議場で私が230以上の国と地域を代表する人々の前で発表し、拍手を浴びた、第二次ミクニー戦役勝利完遂の為の全世界の支援と協力を呼び掛けるステートメントと、いったい、どんな繋がりがあるのだろう。

 この音楽に合わせて微笑みを貼り付けながら描く円運動は、私のこの閉塞したような、1ミリすらもぶれることのない直線的な人生にとって、どんなゆらぎを与えてくれるのだろう。

”いえ、そもそも”

 私の人生は、どんな激しい回転を加えようと、ゆらぐようなものではないのだ、とマヤは吐息を密かに零しながら首を振る。

 パートナーには気付かれないように。

 チラ、と相手の表情を伺う。

 良かった、気付かれてはいない。

 今日の3曲目、チャイコフスキーの”花のワルツ”のお相手は、ポルトガルの国連大使だ。

 名前は、ええと。

 マヤは思い出す努力を1秒を待たずに放棄する。

 思い出せなくたって構わない。

 どうせ彼は、ただ今夜の舞踏会の主賓であるマヤとダンスを踊ったという事実を持って本国へ国連外交で中心的な活躍をしているとアピールしたいだけだろうし、彼の頭の中はと言えば、ポルトガルとスペインの間で2年前から係争中の地中海沖で発見されたレアアース鉱床の発掘権に関して、ECOSOCにどう仲介してもらおうか、そんな事だろうから。

 私が読み上げたステートメントが彼と彼の本国の運命にこれっぽっちも影響を及ぼさないのは確かだろうし、ましてや読み上げた本人であるマヤの人生にすら、これっぽっちの影響があろう筈もない。だって自分は外務省国連担当の顔も名も知らぬ官僚が書き上げたものを咬まずに読んだだけのことだ。

 とにかく、早く、一刻も早く。

 このパーティ会場を抜け出したい。

 息が詰まるような宮殿、豪奢な檻を抜け出して漸く手に入れた束の間の自由の天地、ニューヨーク、ビッグ・アップル・シティ。

 私にとって、自由は無限ではないのだ、時間が惜しい。

 今日は大学も休んでしまったし~カーラ達が、大学の近所にできたチャイニーズ・レストランに行こうと言ってたっけ、美味しかったのかしら、私も行きたかったな~、この時間だ、遊びにも行けないだろう。

 カーラ達大学の友人には、そんな物語でしかお目にかかれないパーティなんて夢みたい、素敵だわ、と羨ましがられたけれど、この豪華で美しく広いパーティ会場は、本国の宮殿と同じ、煌びやかな地獄だ。

 せめて、領事館の自室へ帰って、昨日メリルがサーバにアップしてくれた人気ドラマ『マンハッタン・キス』第2シーズンをダウンロードして、のんびり鑑賞したいものだ。

 それだって、どうせ私の人生に何のインパクトも与えはしない。大学だって、大学の友人だって、友人達と行くクラブや素敵なカフェ・レストラン、ライブハウスだってそうだ。

 だけど、王族という表看板、望んだわけでもないのに生れ落ちたその時から背負わされている重い看板を、漸く下ろすことが出来たこの留学先で、一時的に、たった1日とは雖も再び背負い直さなければならない今日と言う日は、ニューヨークに来てから楽しい日々が続いていただけに、殊更きつく感じられて仕方がないのだ。

 腕を軽く手前に引かれて、マヤは我に帰る。

 曲はチャイコフスキーらしい、派手な明るいハーモニーのロングトーン。

 ポーズを決めて、暫し、静止。

 拍手が沸き起こり、マヤは、パートナーに膝を折って挨拶した。

「マヤ殿下、お見事でした。殿下のお相手を務めさせて頂けました事、嬉しく思います」

 パートナーがにこやかに謝辞を述べるのに、マヤも、半ば脊髄反射的な営業用の笑顔を浮かべて応える。

「フランコ大使閣下こそ、お見事なステップでございました。今宵はいい思い出が出来ましたわ、感謝いたします」

 都合よく名前を思い出せたことにホッとしつつも、そんな王族家業が板についてしまっている自分がなんとも滑稽な存在に思えて、マヤは泣きたくなってしまった。

 ワルツは聞く分には嫌いではない。

 まあ、お国柄、ウィンナ・ワルツの卸元であるオーストリアと関係が深いせいもあるだろうが、純粋に音楽として、好きだ。

 けれど、今日の演奏はどうだろうか、とマヤは会場正面ステージにチラ、と視線を飛ばす。

 ここは国連本部ビル最上階にある大会議場『水晶の間』だ。

 ステージにはUNブルーの国連旗が吊るされ、その旗の下では、ニューヨーク・フィルの管弦アンサンブルが4曲目を用意している。

「姫、お疲れ様でございました。お見事でしたな」

 フランコ国連大使にエスコートされて席に戻ると、侍従長がニコニコと笑顔で出迎えてくれた。

「それにしても、ニューヨーク・フィルではチャイコフスキーのワルツはまだしも、やはりウィンナ・ワルツは少々物足りませんね」

 マヤの言葉に侍従長は重々しく頷く。

「やはり、あの二拍目と三拍目の躊躇うような間は、ウィーン・フィルでなければ風情がありません」

「まあ、仕方のないことです」

 あの独特のゆらぎは、オーストリアの風土と伝統で染め上げられた、抜け出しようのない血のようなものなのだ。

 そう、自分の出自と同様に。

 マヤはメインテーブルの自席へ腰を下ろした。

 少し疲れた。4曲目は休憩させてもらおう。

「マヤ殿下、お飲み物は如何ですかな? 」

 隣から、声をかけてきたのは今年事務総長に選ばれ就任した、ジョージ・マクドナルドだ。

「では」

 マティーニを、と言い掛けて、隣に喧し屋の侍従長がいることを思い出す。

「オレンジ・ジュースを」

 微妙に温い、甘過ぎて顔を顰めてしまいそうになるオレンジジュースが入ったグラスをぼんやり眺めていると、マクドナルドが、まるで独り言のように話しかけてきた。

「それにしても、今日のステートメントはたいへん素晴らしゅうございました。あれは内容は勿論のこと、マヤ殿下が読み上げられたことで、余計に効果が上がったかも知れませんな」

「まあ! 事務総長閣下ったらお上手ですこと」

 とんでもない、本当のことです。

 そんな定型の答えが返ってくるかと思っていたマヤに、マクドナルドの言葉は新鮮な驚きを与えてくれた。

「……や、まあ、慣れないお世辞など言うものではないかも知れない」

 マヤの座るメインテーブルに並んだお歴々も、予想外の彼の言葉に驚いている様子でお喋りをやめて顔をこちらに向けていた。

「お世辞、だったのですか? 」

 マヤの言葉に、マクドナルドは苦笑を浮かべて頷いた。

「白状しますよ、殿下。私は、国際外交界で人気の高い殿下を利用したのです」

 マクドナルドは、シャンパンを一口飲むと、甘酸っぱそうな表情を浮かべて言葉を継いだ。

「ご承知の通り、長すぎる惑星間戦争に対する地球市民の厭戦の声は日に日に増しておりましてな。彼等の言いたいことは良く判る。何せ、私の妻でさえ帰宅する度私に早く戦争が終わらないかしらと愚痴を零すくらいですからな。しかし、UN、そして私個人としても今ここで戦いをやめる訳にはいかん。やめれば、ミクニーはまたぞろ太陽系へ、地球へと懲りずに触手を伸ばしてくるでしょう。その為には今、UNDASN3,500万の将兵達が命を賭して遂行している第一段作戦を勝利で完遂し、速やかに第二段作戦に着手する必要があります。それを国連加盟の全世界へ訴える強力なパフォーマー、言ってみればあの名画『民衆を導く自由の女神』でドラクロワが描いたマリアンヌの役回りを、私は殿下に期待した、という訳です」

 初めてだった。

 自分を利用しようとする人間は、多い。

 いや、自分は周囲に利用される為に生まれてきた、とも言えるとマヤは思っていた。

 思ってはいたし、実際にそうだったのだろうが、これほど率直に真意を明かしてくれた人物は、これまでいなかった。

 新鮮だった。

 利用された、という事実、それ自体は不快ではあったが、それは別に今迄通りの自分の役どころであり、それ以上に、それなら利用されてやってもいいわよ、という、開き直りとはまた違う、爽やかな風のような想いが、マヤの胸を過ぎった。

「光栄ですわ、事務総長閣下」

 マヤは、今日、初めて心の底からの笑顔を浮かべることが出来た。

「私も正直、父国王陛下より、国連特使として本会議でステートメントを発表し、私を主賓に据えたその後の舞踏会で愛想を振り撒けと言われて、心底ウンザリした気分を胸に抱いてやってきた次第ですけれど、事務総長閣下よりそのような大役を期待されていたのだとしたら、なんだか、嬉しくなってしまいました」

 驚いたようなマクドナルドの表情が、ゆっくりと柔らかい笑みに変わっていった。

「けれど、あの絵のマリアンヌのように、私はドレスの肩を肌蹴させたりはしませんわよ? 」

 あっはっは、とマクドナルドは愉快そうに大声で笑い、そして笑いながら頷いた。

「もちろん、そんなことまでリクエストしたら、隣の男爵侍従長殿に殺されてしまいます」

 隣を見ると、侍従長は顔をどす黒くして、怒ってよいのやら笑ってよいのやら、と困惑の態だった。

「今年度、貴国イブーキ王国が安保理非常任理事国に当たっていたことを心より感謝していますよ」

 マクドナルドの笑顔が、好ましく思えた。

 男性に対して、こんな柔らかな気持ちになったのは、侍従長やほんの数名の王室関係者以外、初めてだ、とマヤは思った。

「ああ、本当に今宵のパーティ、こんなに素敵な時間をすごせるなんて思ってもみませんでしたわ」

 マヤはオレンジジュースを飲み干し、笑顔をマクドナルドに向ける。

 もう、甘さにかこつけて顔を顰める必要もなかった。

「本当のことを言いますと、退屈でしたの」

 後ろで侍従長の咳払いが聞こえるが、構うものか、とマヤは言葉を継ぐ。

「せめて、今宵のパーティで、シンデレラみたいに素敵な方との夢のような出逢いでもあれば、と思っていたのですが、まさかそんな上手くいく筈もなし、と半ば諦めておりましたところでしたのよ? けれど」

 マヤは、そこで口を噤んだ。

 不意に、顔に翳が射したから。

 そして気付く。

 いままで柔らかな微笑でマヤの話を頷きながら聞いていたマクドナルドが、毀れんばかりの笑みを浮かべて顔をそちらへ向けているのを。

 マヤもまた、マクドナルドの視線の先と同じところを見つめながら、想った。

 遂に、私は、出逢ったのだ、出逢えたのだ、と。

「諦めなくて、良かった」

 思わず口をついて出た言葉は、幸い誰にも聴かれなかったようだったが。

 本音だった。

 それほど、その翳の主は、美しかった。

 マヤは知らず知らずのうちに、普段は決して取らない失礼な態度をとってしまっていた。つまりその人物を穴の開くほど見つめてしまっていた。

 白いマントを纏った伝説の騎士か、と真剣に思った。

 煌びやかで、凛々しく、その騎士は天から舞い降りてきたかのように、壮絶な美しさを周囲に撒き散らしていた。

 マヤの位置からだと逆光だと言うのに、その大きな黒い瞳はまるで銀河を詰め込んだみたいにキラキラと理知的な輝きを放ち。

 サラサラと音がしそうなくらい細く艶やかな黒髪が、まるで絹のベールのようで。

 優しげに弧を描く唇は、瑞々しくそして艶々と輝く果実のよう。

”ああ、まるでヴィーナスのような美しい女性”

 そしてマヤは、はたと気付く。

「女性……! 」

 これは一目惚れだ、とマヤは思った。

 一目惚れなんて、テレビか映画だけの話かと思っていたけれど、本当に、あるんだ。

「ああ……」

 その美しい女性は、マヤが熱い吐息と共に零した感嘆に、驚いたような表情を一瞬だけ浮かべたが、すぐに気を取り直したように、その煌く大きな瞳を弓のように細めて、それはそれは見事な笑顔を浮かべた。

 そして徐に、優美なカーテシーをしてのけた。

 スカートの裾を両手で軽くつまんで上げ、少しだけ足を屈めて、上半身を深く前へ折りつつ、顔を伏せる。

 それは、紛うことなき、女性としての、礼だった。

「夢じゃないわ」

 熱に浮かされたように、想いが駄々漏れるマヤは、自分でも挙動不審な人物だろうと思えたが、騎士はそんなマヤの様子に頓着する様子もなく、微笑みながらその可愛らしい唇を開いた。

 心が蕩けてしまいそうになる、甘いアルトが、マヤの耳朶を擽った。

「マヤ・ハプスブルク・ゲンドー・シュテルツェン2世殿下。ご歓談中誠に失礼とは存じますが、暫しの間、マクドナルド事務総長閣下をお借りいたしたいのですが? 」

 彼女は、それはそれは見事な、ネイティヴばりのドイツ語で、しかも正確にマヤのフルネームを口にしたのだ。

 心臓を鷲掴みにされたように、胸がキュ、と鳴った。

 自分は今、まるでトマトのように真っ赤な顔をしているのだろう。

 返事を返さなければ、判ってはいるのだが、声が出なかった。

 辛うじて、首を縦に、数回振ることが出来た。

 子供みたいで、恥ずかしくて、一層顔が熱くなった。

 彼女はマヤの非礼を咎める事もなく、もう一度、眼と口を弓にした。

 無言だったが、笑顔が謝辞を述べていた。

 彼女は、マヤの隣りにいたマクドナルドの方に向き直って傍に跪き、メモを渡しながら小声で短い会話を二言三言交わした後、再びマヤに「たいへん失礼いたしました。殿下、お赦し下さいませ」と甘い声で礼を言い、優雅な足取りで立ち去った。

 立ち去ったのだ、と判ったのは、懐かしいような、甘い花の香りが鼻腔を擽ったから。

 マヤは慌てて遠ざかっていく騎士の姿を探す。

 みつけた時には、彼女はパーティ会場のエントランスを抜けて外に消えていく直前だった。

「マヤ殿下? 」

 マクドナルドの気遣わし気な声に、マヤは我に帰った。

「じ、事務総長閣下! さ、先程の、あの女性とお知り合いなのですか? 」

 口調が詰問のようになってしまった。

 その凄まじい勢いに、メインテーブルの全員が驚きの視線をマヤに向けてきたが、そんなものに構っている余裕などなかった。

「先程のUNDASN幹部……、の事ですかな? 」

 マクドナルドだけは、マヤの態度の急変を全く気にしていない様子で、優しく訊ね返す。

「UNDASNの幹部? ……あの方は将校様なのですか? 」

「いかにも。……ああ、制服がいつもと違いますからな。今のはUNDASNの女性士官用の礼装です」

 マクドナルドは一旦、そこで口を閉じ、シャンパンを一口飲んで言葉を継いだ。

「彼女は、一等艦佐……、貴国の軍制で言えば大佐に当たります。UNDASNの統合幕僚本部の高級幕僚で、国連駐在武官として、この本部に常駐しておりましてな。ですからこの宴にも同席させて頂いておるのですが」

 そこでマクドナルドは表情を少し曇らせ、マヤに問い返した。

「先程は、UNDAとEUの事務レベル協議の件での緊急連絡でしたが……。何かお気に障りましたかな? 失礼があれば、私から注意しておきますが」

 マヤは、ぷるぷると首を横に振り、彼の言葉を封じる。

「と、とんでもございません! ……いえ、あの、……あ! そうですわ、なんだか、美しい方だな、と思って。ほ、ほら、ド、ドレスも素敵でしたでしょ? 」

 マクドナルドは一瞬、不思議そうな表情を浮かべたが、すぐに元通りの穏やかな笑顔に戻り、頷きながら答えた。

「確かに、一般のご婦人方の召されるパーティ・ドレスとはデザインが違いますからな。まあ、今日の殿下のステートメントにもあった様に軍人ですから、礼装と雖もあまり華美に過ぎても、と言う事でしょう。先程の一佐も、あのように優雅に振舞っておりましたが、ああ見えて歴戦の勇士なのですよ」

「あのお美しいご婦人が、勇士……、ですって? それでは、宇宙でミクニーと戦った事も……? 」

「仰せの通りです、殿下。彼女は確か、同期でも最短の出世コースを歩む超エリートでしてね。これまでにも、巡洋艦や戦艦の艦長を勤め、勲章も沢山授与されている筈です。そうそう、昨年のイッチ=ジョーン星域のミクニーとの大会戦、覚えてらっしゃいますでしょう? あの戦いでは、重巡鳥海の艦長として、突入部隊に編入され、ミクニーの旗艦に体当たりし、移乗白兵戦を先頭に立って指揮して、ミクニー艦隊を壊滅に追い込んだ立役者です」

 意外の感に、マヤは打たれる。

 あの、美の女神ヴィーナスが降臨したかと見紛うような美しい女性が、そんな勇猛果敢な戦いを繰り広げるような戦士だとは。

 そこでマヤは思い至る。

 今日、国連特使としてミクニー戦役に関するステートメントを読んだことが、UNDASNに所属する将校たる彼女との出逢いの為には必要だったのではないか、と。

 マヤの網膜には、白い騎士の凛々しい姿が鮮明に焼き付いていた。

 本当にあの方は、私を地獄から救い出してくれる騎士なのかも知れない。

”ああ! 神様、ありがとうございます! ”

 マヤは、ホールの高い天井を一瞬だけ見上げ、普段は余り熱心ではないお祈りを捧げた。

 マクドナルドは、シャンパンを飲み干しグラスを置くと、からかう様な口調でマヤに語りかけた。

「殿下はあの女性に……、ああ、彼女は日本人で、石動いするぎ涼子と言うのですが、彼女にいたく興味がおありのようですな? 」

 マヤは図星をさされ、顔を真っ赤にし、俯き加減に、早口で、どもりながら弁解する。

「きょ、興味だなんて、そんな……。わ、私は別に、あのそのだってそれは」

 そこで、ようやく真っ赤な顔をあげて言った。

「そ、そうですの、石動涼子様とおっしゃるんですの……」

 日本人。

 その事実すらも、母の母国と一緒であると言う事ですら、マヤには奇跡の出逢いとしか思えなかった。

 そんなマヤの熱に浮かされたような思いなど当然知る由もなく、マクドナルドは、少しだけ哀しそうな表情を浮かべた。

「彼女もその意味では、民衆を導く自由の女神の一人なのかも知れませんね」

 そして、はは、と自嘲のような笑い声を立て、口調を変えた。

「いや、これは失礼……。おいぼれが言う事ですからお許し頂きたいのですが、なかなか、気持ちの良い素敵な女性ですよ。かく言う私も、そして私の妻も、何を隠そう彼女の大ファンでしてね。統幕本部長に、しつこく国連に出向させろと言っておるのですが、なかなか、向こうも手放しません」

 ぼやくように言った事務総長の表情はけれど、居心地の良い自宅のリビングで寛いでいるかのような、優しげな表情だった。

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