第21話 5-6.


 私は次の日から、艦長室通いを再開した。

 艦長室のドアをノックするたび、胸に痛みを感じたけれど、だけど、次の瞬間、艦長の顔を見るたび、声を聞くたびに、そんな痛みなんか忘れてしまえるほどの、喜びを感じることが出来た。

 時折、艦長室でワイズマン先生と鉢合わせすることもあったけれど、そしてその都度、先生は『女の顔』をし、私は切なさで鼻の奥がつんと痛くなったけれど、だけど、鈍感なのか、なにも隠そうともせず、気付いてもいない、艦長の普段通りの態度が、却って私を救ってくれた。

 尤も、ワイズマン先生はそんな艦長の態度が、少し不満そうだったけど。

 何れにせよ私は、艦長に想いを打ち明けるつもりはなかった。

 永遠に胸に仕舞い込むことは到底出来そうになかったけれど、今はまだ、これでいい、この日常が幸せだからこれでいい、半ば本気でそう思っていた。

 自分では、諦めた訳じゃない。

 ただ、今は刹那の幸せに浸っていたかっただけ。

 そして私の胸にあるこの想いは、腐らせるのではなく、もう少しだけ、ここで眠っていてもらおう。

 私が、もう少し強くなれるまで。

 先生を瞳に映している艦長、貴方を、私が先生ごと守ってあげられるようになるまで。


 私がC0194五十鈴に着任してから1年後。

 何故か私は二等艦尉に昇進し~本当に、何故私なんかが最短1年で昇進できたのだろうか? 未だに謎だ~、F315キティホークへの配置転換を命ぜられて、五十鈴を去る事になった。

 艦長は、五十鈴を立つ前夜、私に航空母艦の操艦の特殊性や留意点を記録したメモリを餞別にと渡し、言った。

「いいか、石動。名を惜しむな、命を惜しめ。前にも言ったかも知れんが、いい艦乗りってのは、何があっても生きて戻ってくるヤツのことを言うんだ。自分を守れ。それがなにより、周囲の皆を守ることに繋がる。その為に強くなれ。必要以上の強さは、生き残る為には邪魔になるが、最低限の強さを身に付けろ」

 私は今にも決壊しそうな心の堤防を、必死になって両手で押さえながら、訊ねた。

「最低限の、強さ、って? 」

「どんなに辛いことがあっても、どんな哀しいことを経験しても」

 艦長は、微かに口の端だけで笑って、予想外の優しい声で教えてくれた。

「一晩明けたら、能天気に笑える。その程度で、いいんだ」

 だから私は、翌日笑って五十鈴を退艦した。

 ……たぶん、笑えていただろう、と思う。


 キティホークに着任したその日から私は、胸に抱いた艦長への想いを、放置しておくことにした。

 ひょっとしたら、また別に好きなひとが出来るかも知れない。

 別に好きな人が出来なくても、忘れてしまえるかも知れない。

 いつまでも忘れられず、想いは膨らみ続けて、苦しくて切なくて逢いたくて哀しくて、気が狂ってしまうかもしれない。

 どうなったって、いい、そう思ったのだ。

 開き直った訳じゃない。

 ただ、諦めさえしなければいい、そう思えた。

 こんなに熱い、私の胸を内側から突き破る程の激しい想い。

 堰き止めようとして堰き止め切れず、滂沱の涙と共に溢れる想い。

 切なくて哀しくて、本当に胸の痛みを覚えてしまう、鋭い想い。

 全ては、艦長が教えてくれた、本当の私だから。

 全ては、私が私であることの証明であり、私が生きていることの証だから。

 だから、諦めさえしなければ、それでいい。

 熱い想いは届かず、切ない希みは叶わないかも知れないけれど。

 それでも、諦めさえしなければ、想いは腐らない。

 そう信じて、今は、私の出来ることをきちんとやろう。

 最低限の強さを、身に付けよう。

 何処にいても、艦長はきっと、守ってくれる。

 だから私は、何処にいたって、頑張って自分を守ろう。

 そして、何処にいたって、艦長を守れるように成長しよう。

 そのうち、きっと。

 想いを届けられる機会は、やってくる。

 笑って想いを打ち明ける日が、やってくる。

 生きてさえ、いれば。

 きっと、想いの欠片だけでも届けられる、筈。


 それから昨年4月、艦長のいるヒューストンへ異動してくるまでの約12年の間。

 私は、未だにあの日、明確に意識したこの想いを胸に抱えたままだ。

 結局、私の想いは、育ちこそすれ、小さくなることはなかった。

 何度か同じ艦に乗ったり、乗艦は違っても同じ部隊だったり、違う部隊でも協同したり港で会ったりと、告白しようと思えばできる機会は何度かあったけれど、結局、私は未だに、腕白に育って私の胸を痛めるこの想いをひっそりと抱いている。

 でも、それも今日まで。

 私は、艦長に、胸に秘め続けた想いを、今日、告げる。

 ……つもり。

 そう。

 この12年間で、いつしか私は、私の想いを、艦長に届けたい、心の底よりそう思えるようになっていた。

 12年、か。

 私って、気が長いのかな? 

 確かに、周りの人達からは、のんびりやさん、とか言われるけれど。

 よく、判らない。

 でも、12年目に、私が艦長に、想いを届けたい、届けようと決心した理由は、判っている。

 ひょっとしたら、私。

 死んじゃうのかも知れない。

 そんな、予感がしたから。

 艦長への想いを胸に抱いたまま、死んじゃうのは、嫌だったから。

 美香先輩が言ってくれたように、想いを腐らせるのは嫌だったから。

 私と一緒に、この胸の奥で疼く想いを死なせちゃうのは、嫌だったから。

 だから、今日、想いを届けよう。

 そう、思った。

 だって、今日の艦長は、あの日の艦長みたいに、『柄じゃない』事を、私唯一人だけの為に、してくれたんだもの。

 艦長の届けてくれた想い~今はまだ、はっきりとは判らないから、ちょっぴり、怖いけれど~に、私はちゃんと応えたい。

 もしもオッケーって言ってくれたらどうしよう? 

 嬉しくって嬉しくって、泣いちゃうかも、いや、死んじゃうかも知れない。

 ……あ。

 だけど、オッケーって言って貰えたのに、死んじゃったら……。

 嫌だな。

 これまで、私が必死で、掴んで離さなかった、艦長の片手。

 恐る恐る、少しだけ開いたバリアの隙間に、差し伸べてくれた艦長の、片手。

 本当は、両手を繋ぎたかったけど。

 私が死んじゃったら、両手とも離れちゃうよね、やっぱり。

 艦長、泣いてくれるかな? 

 ……なんか、あんまり期待しない方が、いいかも知れない。

「せっかくだったのに、残念だったな」

 そんなこと言いながら、いつも通りの無愛想な顔で、私の肩をポン、って叩くかも知れな……。


 ポン。

「ふぁあっ! 」

 刹那、本当に肩を叩かれ、涼子は思わず大声を出してシートから飛び上がってしまった。

「室長代行」

 声のする方を見ると、リザだった。

「リ、リザ……」

「手がお留守になってますよ、室長代行? 」

「ご、ごめんなさい」

 リザの冷たい瞳に耐えかねて逸らした視線は窓の外、流れる景色は既に郊外を走るハイウェイのそれだ。

 ヒースロー空港までは、後20分程だろう。

「さ、お仕事おしごとっ! 」

リザの冷たい視線を感じながら、アタッシュを開き、書類を掻き回していると、パサ、と何かが床へ転がり落ちた。

「室長代行、何か落ちましたよ? 」

 リザが床から拾い上げたものは厚みが3cm程に膨らんだ、モスグリーンが美しい、しかし飾り気のない封筒だった。

「あー、武官事務所に届いたバレンタインのプレゼントですねぇ。書類を詰め込む時に混じっちゃったんだわ」

「えー。なんだろ、チョコかな? 」

 リザから何気なく封筒を受け取って、涼子は気付いた。

「あれ? ドイツ語? ……あ、これシャバからだ」

 消印は東欧、イブーキ王国の首都、ネルフシュタイン。

 欧州室長代行と言う配置役職柄、就任後1年でEU加盟国、非加盟国合わせて欧州管轄内殆どの国に一度は訪れたことのある涼子だが、イブーキ王国を訪れた事は未だない。

”ええと、EU未加盟だったわよね……。行った事ないし、知り合いもいないよな、ん……。確かオーストリアとスロバキアの間だったか……? ”

 もちろん国連加盟、防衛機構加盟国であり、欧州室の管轄なのだが、欧州室長の涼子でさえこの程度の知識しか持っていない程の小国なのである。

 差出人の欄には、簡単にファーストネームなのか愛称なのか、”マヤ”と書かれている。

「んー……。やっぱ、心当たりないなぁ」

 刹那、眉間の辺りに鋭い、刺す様な痛みを感じる。

”……あ、駄目だ”

 これは、思い出すな、忘れたままでいろ、という警告だ、と感じる。

 理性は記憶をサルベージしようとするのだが、涼子の本能がそれを激しく拒否している。

 何かが、心の奥底に沈んでいるのだ。

 それが何かは、判らない。

 判らないというよりも、判りたくない、と言った方が良いだろうか。

 なにか、とてつもなく暗い思い出に繋がっているような気がしてならない。

 そう。

 例えば、今日もケンブリッジで感じた、死が近付くような、そんな不吉な予感と同じ匂いのする、暗い思い出と。

 暫く涼子はモスグリーンの封筒を捻くり回していたが、やがて溜息を吐きつつ、アタッシュに封筒を戻した。

「仕事しよ」


 前方を走るジャガーのテールランプをぼんやり見つめていると、隣に座るマズアが声をかけてきた。

「なあ、コリンズ」

「ん? 」

 顔を向けると、マズアは沈鬱そうな表情を、窓の外に向けていた。

 まあ、昔から真面目一方、常日頃テキストやサブテキスト、そうでなければ図書室から借り出してきた戦術戦略論文やら何やらを読んでいる優等生で、思い返せば彼の笑った表情など、幹部学校の任官式~俗にいう、卒業式だ~で制帽を放り投げた瞬間くらいしか見たことがなかった。

 まあ、俺も偉そうに他人ヒトの顔を云々できる訳じゃないんだが~コリンズ自身も、クラスメイトからは『ジャック・スカル・コリンズ』と呼ばれていた~、と思わず苦笑を浮かべた。

「貴様、1課長のことは……」

 少しの間をおいて、マズアは彼の方へ顔を向け、けれど視線をあちらこちらへ彷徨わせながら、言葉を継いだ。

「さっきの話だ。情報部のオフィスで初対面した時。その時に、一目惚れ、したのか? 」

「はぁっ? 」

 素っ頓狂な声の主は、5号車のハンドルを握る武官補佐官だった。

 ルームミラーには、驚きに見開かれた彼の両目が映っている。

「いいから前見て運転しろ! 」

 低い声でマズアに怒鳴られて、補佐官はそれでもリアシートに並ぶ中年二人を気にし続けていた。

 それはそうだろう、駐英武官事務所でのマズアの勤務ぶりなどコリンズは知る由もないが、それでも想像くらいできる。

 真面目、堅物の上官が、古い友人とは言え、スカル・フェイスの情報部エージェントに投げかける質問がこれだとは。

 あまりにも予想外だったのだろう。気持ちは判る。

 怒鳴られ損だな、可哀そうにとルームミラーへ同情を籠めた視線を投げかけておいて、コリンズは改めてクラスメイトの顔を見た。

「スパイが一目惚れするのは、流石にマズいかね? 」

「じゃ、じゃあやっぱり貴様」

「まあ待て貴様」

 食いついて身を乗り出すマズアを手で押さえ、コリンズは宥める様に言った。

「いや、一目惚れというのは違うな、うん」

 情報部エージェントがその任務遂行のため、ターゲットとなる人物を罠に嵌めることは多々あるが、その中にハニー・トラップがある。所謂色仕掛け、なのだが、イメージ的には女性が男性に迫って情報を引き出す、というのが一般的だ。

 しかし、男性が女性に対してハニー・トラップを仕掛ける、という世間一般のイメージの逆を行く場合も、結構多い。

 そしてハニー・トラップを含む情報を引き出すための罠というのは、こちらが仕掛ける以上に仕掛けられる~潜入した敵工作員の炙り出し、防諜、欺瞞情報を掴ませて相手を思うように躍らせる、逆に情報を引き出す、等々、目的は様々だ~ことに注意しなければならない。

 これは情報部エージェントにとっては、基本中の基本である。

 それが、いくら明確に味方だと判っている相手だからと言って、そうそう簡単に一目惚れなんぞする訳にはいかず、そして一目惚れするほどに沸点は低くない。

「初対面時に、よし一丁やってやるか、と思わされたのは確かだよ。あの時の俺は、確かに……、うん、まあ、正直拗ねていた」

 日向を歩く制服組に対して、裏街道を歩く我々情報部員の日陰の寒さと暗さを引き比べ、そしてそこすら追い出されようとしている我が身の惨めさが、ますます思考が卑屈になっていた。

 そんな時、出会った、彼女。

 よくよく考えれば、彼女は自分を引退させる為の仕掛けそのものであり、元凶ともいえる。

 加えて、30歳になるかどうかという若さで、既に階級は自分を追い越し、しかも統幕本部というエリート集団の一員で、その中でも特に花形部門である国際三部門期待のエースだ。

 そんな女性を、ただ外見が見目麗しいから、そんな軽々しい理由で惚れたりはしない。

 いや、どちらかと言うと、気に食わんなこんなエリートを守る任務などヤル気が起きん、と妬み、嫉み、偏見の色眼鏡で見てしまう、そちらの方が人間的な、情緒的な反応、というものだろう~それこそ、実際には長年染みついた情報部エージェントとしての性分で、無理矢理抑え込んでしまう類の、プロとして唾棄すべき感情なのだが~。

 けれど。

 彼女が自分に向けた笑顔が~それこそ彼女にとって自分は、見たこともない、名前や階級すら知らぬダークスーツを着た中年男だ~。

 彼女が自分に投げた軍人同士のオフィシャルな場ではあり得ない挨拶が~例えその出会いが、互いにとってのプライベートな場所、時間だったとしても、妙齢の女性が見知らぬ中年男性に友人のような親しみを込めた挨拶をすることはないだろう~。

 そして彼女に返した自分の言葉を聞いて浮かべた嬉しそうな表情が~それは、まるで小学生が、親や教師から褒められた時に浮かべる、自慢気な、心の底から嬉しいと感じているような、純度の高い笑顔だった~。

 自分の直感に、こう言わせた。

 『このドレスブルーを着た女性は、違う』と。

 身分、階級、立場、加えてこれまで歩んできた“人生”。

 何ひとつ、貴方と私は違わない。

 何の隔たりも拘りもなく、純粋に貴方と私は、互いに思いあう、仲間なのだ。

 そう、彼女は言っているのだ、と。

 情報部エージェントは、人間を相手に、相手の腹の内を、真意を探り、その心の闇に、隙に触手を伸ばして搦め取り、欲しいものを手に入れる。

 そんなハンターだ。

 武器は、観察眼。

 その自分が持てる最強にして唯一の武器が。

 彼女を信じてもよいのだと、言ったのだ。

 後になって思う時がある。

 彼女こそが情報部員の持つ唯一最高の武器を同じように使いこなして、俺の心の隙に闇に手を入れたのではないか?

 しかし、次の瞬間、笑っていた。

 笑い飛ばしていた。

 それならそれで、いいじゃないか、と。

 完敗だよ、ミスター情報部エージェント、君の負けだ。

 命と守るべき情報を奪われなかっただけ、君は救われているんだ。

「……まあ、しかし、考えようによっては、貴様の言う通り、一目惚れと言っても良いかもしれんな」

 訳が分からないと言った表情を浮かべて黙り込んだクラスメイトに、コリンズはストライク・バックをお見舞いすることにした。

「そう言えば貴様、さっきも軍務部長と室長代行の関係、気にしていたな? これ以上ライバルが増えるのは勘弁しろ、ってところか? 」

「ば、馬鹿野郎っ! そんなことじゃないっ! 」

 そっぽを向いてしまったクラスメイトの横顔を眺めながら、コリンズは拳を収めることにした。あまりにも彼の耳が赤いからだ。

「このミッションに就いてから、当然のごとく室長代行の周辺捜査や監視もやってきたさ。それこそ件のストーカーよりも熱心なくらいに、な。その結果、室長代行が卒配で乗り組んだ軽巡の艦長だった軍務部長は信頼できる、そう判断した」

 マズアは一向にこちらを見ようとはしない。

 けれど、一心に聴いている、それは確かなようだった。

「まあ、それだけだ。それ以上の何かがあるのか、そこまでは知らんし、知る必要もないからな」

 けれど、決定的に判ったことが、ひとつだけあった。

 周辺捜査を始めて暫く経った頃だ。

 日頃超がつくほど多忙な彼女は、その日、珍しくヒューストンにいた。

 ヒューストンにいると言っても、それでも1時間も自室で座席を温めているような暇がある訳でもなく、広い統幕本部内を縦横無尽に駆け回っていた彼女が、軍務部オフィスを訪ねた時のことだ。

 彼女は、たまたま出会ったらしい軍務部長とオフィスの隅で立ち話を始めた。

 軍務部長と話す彼女の表情を見て、息を呑んだ。

 彼女は、笑っていた。

 いや、彼女が笑うのはいつものことだ。嘗て、初対面の時、自分に笑いかけた美しいその笑顔を、忘れてはいない。

 しかし、違ったのだ。

 今、彼女が、軍務部長に向ける笑顔は、それまで見てきたどんな笑顔よりも、美しかった。

 軍務部長に贈る笑顔を見た後では、あの時女神かと思わせるほどの煌めきを見せた美しい笑顔が、まるでモノクロームの写真のように色褪せてしまうのだ。

 それほど彼女は、彼との出会いを、魂が震えるほどの歓喜を起爆剤として、燦然と笑顔を煌めかせていたのだ。

「あれが、まあ、答えだろう」

 微かに、マズアの首が傾いた。

 この呟きを聞いただけじゃ、確かに首を傾げてしまうのは仕方ない。

 だが、これは貴様には教えられないな、とコリンズはクラスメイトから目を離し、ゆっくりと前を向いた。

 これを教えちまったら、貴様、もっと落ち込むことになるんだぞ?

 これは友人クラスメイトを思い遣る、優しい気遣いってヤツだ。

 スパイの思い遣りなんて、有難くもなんともないだろうがな。

「しかし、気になるな」

 彼女は、武官事務所出発前、軍務部長に呼ばれて、何を話していたのだろうか。

 こちらからは生憎、彼女の表情は見えない角度ではあったが、どんな表情を浮かべていたのか?

 盗聴器でも仕掛けておけば良かったな、と考えて、すぐに否定する。

 そんな事をして、会話が、彼女の感情が、そして軍務部長の感情が明確に判ったとしたら。

 それこそ、俺は深刻なダメージを受けることになるんじゃないだろうか?

「ああ、誰か」

 クラスメイトに思い遣りを見せる優しい俺に。

「願わくば、俺にもハッピーエンドを」

 ルームミラーに映る補佐官が、首を傾げるのが見えた。

 思わず苦笑を浮かべる。

 スパイがハッピーエンドを望むなんて、それこそ引退勧告されたって仕方ないほどの緩みようじゃないか、まったく。

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