第13話 4-4.
コリンズの話を纏めれば、こうなる。
話は、2年程前に遡る。
全世界の新聞やテレビ報道は、第5作戦域~ニワダニル恒星系争奪戦~最後のミクニー拠点、ハーベスト陥落によるニワダニル恒星系完全占領の勝報で飾られた。
ハーベスト星攻略は、敵艦隊約150隻が強力な防衛線を敷く中を正面攻撃で引きつけておき、その防衛線を迂回、成らずば断固中央突破してでもハーベスト星に直接強襲揚陸艦で侵入し敵前上陸、敵総司令部を陸上総群約5個師団で一挙占領、敵艦隊の補給を絶って戦闘を一挙に勝利へ導く、というかなり投機的な際どい作戦だったのだが、これが見事に成功したのだ。
外幕艦総の第3艦隊、第12艦隊、第2遊撃機動艦隊、第11航空艦隊等を中心とする正面作戦艦隊と敵艦隊との会敵、戦闘開始5時間後、隙を突いて上陸部隊を含む突入部隊が時間のかかる迂回策を捨てて敵防衛戦の中央を強行突破、敵前上陸開始、そして上陸後46時間で敵総司令部を降伏させるという遭遇戦並の短期決戦で勝負がついて、作戦当局の予想戦果を遥かに上回る成果を上げたのだった。
この敵前上陸部隊の第1~3揚陸艦隊の直援を行ったのが第7航空艦隊と第15、35艦隊であり、涼子は7航艦2航戦の空母翔鶴艦長兼2航戦司令官として戦闘に参加、獅子奮迅の大活躍、最後には乗艦を敵司令部地上構造物にぶつける様に接地させ、翔鶴主砲である550m/m電磁砲6門の
そして、行きがかり上、敵降伏使節の停戦協定申し入れの最初の窓口として、ミクニー使節団と握手を交す涼子の姿を、翔鶴乗り組みのAP通信の契約従軍カメラマンが撮影して戦勝第一報として地球に送り、それが全世界の新聞、テレビのトップニュースを飾った。
涼子としては、あくまで自分は窓口であるとし、氏名公表を伏せさせた為、誰も彼女の名前を知らず(もちろん、UNDASNとしては各艦艦長氏名は秘密にしていたわけではなく、きっちりと人事異動の度に官報告示をしているのだが、それ以外、特に積極的に公表してもいない。ミリタリー・マニアの一部では名前は知られていたのだが)、写真も軍基幹通信系の空いたパケットに無理矢理割り込んだせいで、電送状態は最悪で粒子が粗く、綺麗に顔形までわかるほどの写真でもなかった。
ただ、全世界の人々には”勇敢にも敵司令部に艦ごと突入した大胆不敵なヒーローもしくはヒロイン~ショートヘアにヘルメットをアミダにかぶり、ボディアーマーを着込んだ第三種陸戦軍装で翔鶴左舷前甲板ラダー下まで使節を迎え出た涼子の写真は、男か女かも判り辛いものだったし、勿論、ラダーを降りる際に、ステップを踏み外して5段程転がり落ちた挙句『痛いよぅ』とまるで幼女のようにメソメソと泣きじゃくり随行していた航海長にあやされた事も報道されていない~”と認識されたにすぎない。
……ここまでなら、よくある話ではあるし、軍歴以外の意味を涼子の生活にもたらすものではなかったのだ。
だが、事は起こった。
ハーベスト陥落報道の翌々日、涼子の小学校時代の担任だった教師で、涼子が翔鶴艦長である事を偶然知っていた女性が、ある有名女性月刊誌の編集者の友人との雑談交じりに、その写真の英雄は実はヒロインであり、その名前は石動涼子、中学校はどこの学校、そう言えばあの頃はあんな事やこんな事でとても軍人になるだなんて想像も出来なかった、と雑談の間に間に語った事が発端だった。
その話を聞いた編集者は、いつか埋め草程度の記事として使えるかも、程度の興味を持って取材を開始した。
その”ヒロイン”、彼女は19歳、二等艦尉の時に、UNDASN将兵募集ポスターのモデルになっている。
それだけなら、別に毎年デザインが変わるものでもあり、現役の将兵がそのモデルになることもありふれた事で、珍しくもない。
ないのだが。
そのポスターというのが、公開され世間に掲示された途端、各所で盗難騒ぎが相次ぎ、結局半年でデザイン変更になってそれこそ新聞の埋め草記事を賑わしたという”いわくつき”のモデル、と言う事が判明した。
ポスターのデザインはと言えば、涼子が第二乙軍装で胸のボタンを大胆にはだけて、水上を疾走する戦闘艦艇の主砲砲身に腰掛けてその美脚を優雅に組み、スカートのスリットから艶めかしい太腿を大胆に露出させ、風に弄ばれる髪を微笑みながら手で押さえている、と言う通常のUNDASNポスターのプロダクション・デザインからは懸け離れた意匠だったのだが、これが10年以上経った現在でも、マニアの間では『幻の神ポスター』と呼ばれ、100万円を超えるプレミアがついて取引されているらしい、という事実も同時に判明。
これは埋め草記事には勿体無い、と更に編集者は取材の手を広げる。
予感は的中し、”いわくつき”の彼女を巡って、新たな事実が更に浮かび上がった。
涼子が25歳の時、あるフリーのカメラマンがUNDASNの女性将兵を撮影した~多分に、マニア向け(ミリタリーや制服マニア? )の高額商品として企画されたらしい~一冊の写真集が、全世界で発売された僅か1週間後に200万部突破、重版出来~大方の予想を裏切って主な購買層は若い女性達が50%を超えたそうだ~、その中の一押し人気が彼女。
次いで26歳の時、ミスUNDASN(UNDASN部内限りの催しだけれど勿論非公認、主催者や運営、審査員も不明、候補者本人すらエントリーされたことを認識していないという、正に謎に包まれたイベントだ)でミスを獲得、それがまたどういうルートかは知らないが写真とともにマスコミに流れ、社会面を賑わせる~勿論、記事は『このような催しは如何なものか!?』という批判記事の体裁を取ってはいたが~。
国連事務総長主催のパーティで、豪華なドレスを思わせる零種軍装で出席した、当時の国連本部駐在武官の任にあった彼女を、たまたま報道写真を撮影していたある通信社のカメラマンが”自分の趣味で”撮影した全身写真が、これまたどういうルートでか知らないが巷に(含むUNDASN部内)流通し始め、世界各地の報道機関に写真頒布の申し込みが殺到し、マスコミ報道を一層過熱させる。
殊茲に至り、編集者は、編集長と謀り、これまで挙げた写真に中学校入学式のセーラー服の写真まで加えた特集記事を『美しすぎる女性軍人』とのタイトルで月刊誌に発表したが、それが涼子熱を全世界的なものへと加熱する直接の原因となった。
あっ、と言う間だった。
全世界でファンクラブが乱立、インターネットを通じて瞬く内に世界的組織になり、それまでは一部のマニアの間でしか知られなかった”アングラ・アイドル”だった涼子が、一躍、世界的なメジャー・アイドルとして日の目を見るまでに、3ヶ月もかからなかった。
この時点で、『アイドル涼子』は未だ翔鶴艦長としてニワダニル星系で作戦行動中、本星の新聞雑誌TVは全て、統幕総務局広報部情報管理課の統制に則って流されているので、彼女はまったく、自分自身を巡る動きを知らない。
そして、彼女が地球に”凱旋”を果たした、昨年4月。
偶々新配置が国際部欧州室、ということで、”自らマスコミ報道の正面に姿を曝す”配置だったことが偶然カモフラージュとなり、涼子自身は自分に浴びせかけられる報道陣の眩しい照明に、そんな過熱気味のブームがあることには気付かなかったし~いわゆるイエロー・ジャーナリズム(女性週刊誌や月刊誌も含めて)に、何故か涼子は極めて冷淡だ~、そのお蔭で、未だに涼子を巡るゴシップ記事は、電波、ペーパー、ネットと媒体に拘ることなく、世界中の人々の前で踊り続けている。
いや、今年に入ってからは、ロンドン・ウィークの影響もあり、ますますその報道は過熱気味と言っても良いだろう。
現在、政治社会軍事芸能と全てのトピックスのトップで熱い注目を集めているのは、英国新国王でもUN事務総長でも先進大国の首脳でも先週発覚したシカゴの18人連続猟奇殺人事件でも不倫と薬物のダブル・スキャンダルが発覚したハリウッドのトップ・スターでもなく、間違いなくUNDASNの一課長職(代将待遇だが)でしかない三十路の女性、石動涼子なのだ。
この現象を、軍務局長と情報部の間では『R.I.シンドローム』と呼称しています、と厳かに言って、コリンズは話を締め括った。
「なるほど、なぁ」
マズアは溜息混じりに呟くと、ソファに凭れ天井を仰ぎ見た。
「アイツの
小野寺の声が聞こえてそちらを見ると、彼は苦笑を浮かべていた。
「私は直に拝見した事はありませんが、確かに写真で見ても、どこのお姫様か、というくらい煌びやかでしたね」
コリンズらしからぬ長台詞に驚いてマズアが旧友を振り返ると、彼の瞳はどこか遠くをみつめているように思え、更に驚かされた。
「ま、とにかく判った」
小野寺は口調を改めてそう言った後、ボソリと「よく判らんということが判った」と付け足して、二人の顔を見比べながら言葉を継いだ。
「内容が内容だ。石動のメンタル面を考えるとこの話はもう暫く本人に伏せておこう。それに、現時点でプライオリティが高いのは言うまでもなく、統幕本部長暗殺計画の存在への対策だ。暗殺計画の発覚が他のシチュエーションならともかく、ロンドン・ウィークの最中という国際政治上UNとUNDASNの立場が非常にセンシティヴな状況で、これを難なく取り扱う事が出来て且つコントロールできるのは残念ながら石動しかいないことを考えると、やはり、伏せておいた方が賢明だろう」
「仰る通りです。駐英武官もやはり戴冠式関連行事と、加えて暗殺計画の対応でも忙殺されるでしょうから、私が可能な限りカバーするようにします」
「あの、軍務部長」
コリンズの言葉に被せるように、マズアは口を開いた。
ついさっきの小野寺の言葉に、再び彼は引っ掛かりを感じたのだ。
「1課長のメンタル面、と仰るのは? 」
小野寺は一瞬目を閉じ、口をへの字に結んだが、すぐに素の表情に戻して答えた。
「いや、メンドクサイだろ、アイツ。知らんうちに世界中のアイドルになってるなんて知ったら、どれだけ騒ぎまくるか判らんじゃないか、想像するだに面倒くさい」
「は、はあ? 」
咄嗟に誤魔化したんだ、マズアの直感がそう叫んでいた。
「し、しかし」
「駐英武官」
被せるように呼びかけてきたのは、コリンズだった。
振り返ると、コリンズは何事もなかったかのように黙ったままだ。
「武官、そういうことだ」
小野寺の言葉にマズアは、口を閉ざして無言で頷く他なかった。
腕時計を見ると、そろそろ涼子が戻ってくる時間だった。
ソファから立ち上がり、部屋の隅にあるコーヒーサーバーへ歩み寄る小野寺の背中を睨みながら、マズアは責める様な口調でコリンズに質問した。
「おい、貴様。どこまで知ってるんだ? 石動課長に一体、何があった? メンタル面とは何だ? まさか軍務部長の言葉通りの意味じゃあるまい? いやそれより先に、軍務部長と石動課長の間にはどんな関係がある? 」
「そういっぺんに尋ねるな。取り敢えず落ち着け」
コリンズは苦笑を浮かべながら詰め寄るマズアをゆっくりと押し返してから、短い吐息を落とした。
「俺は初動捜査の段階で当然、石動室長代行の過去から入念に調査した。その結果、軍務部長にだったら話しても構わん、いや話すべきだろうと判断した。そして今し方の彼の態度と発言は、それで正解……、いやそれしかなかったろうとも、思う」
「だから」
その彼と課長の関係は。
そう続けようとしたマズアを押さえ込むように、コリンズはさっきまでの苦笑も含めて全ての表情を顔から消し去り、ボソリと言った。
「機密だ。納得しろ」
それは確かに、情報部エージェントらしい表情と台詞だった。
黙るしかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます