第11話 4-2.


 マズアは、コリンズが示した携帯端末の画面を覗き込んだ。

「今画面上に表示されているそれは代表的な……、所謂”石動涼子ファン・サイト”のURLです」

「”石動涼子ファン・サイト”……、だと? 」

 マズアは驚いて問い返す。

「なんだ、それ? 」

「言った通りの意味だよ、アーネスト」

 コリンズの言葉の端に、嫌悪感が僅かに滲んでいるのが判った。

「UNDASN統幕政務局国際部欧州室長代行、一等艦佐にして代将、石動涼子のファンを標榜する連中のホームページやブログ、SNSやそのまとめサイトだ」

 さすがに小野寺も驚いた様子で、掠れた声で問うた。

「これ……、全部か? 」

「イエッサ。しかも、”代表的な”です……。たくさんあるコンテンツに、まあ、人畜無害そうな情報が少し載っている、ってサイトまで含めたら、その100倍はあるらしい」

 コリンズは、画面を延々とスクロールさせながら続ける。

「そいつは、全世界の石動涼子ファンから”教祖サマ”と呼ばれている代表的なサイトのアドレスです。……余談ですが、石動一佐は全世界数千万人にも上ると言われるファン達から、『涼子様』、『涼子お姉さま』、『涼子タン』とか呼ばれ敬われているそうですが」

「……最後のは、敬われているのか? 」

 混ぜ返しながらも小野寺の表情は、だんだん強張ってきている。

「全UNDASNのクライアント、携帯端末は当然、UNネットワーク上の全端末からも、これらのコンテンツは勿論見る事は出来ませんが。”石動涼子”をキーワードに検索エンジンでサーチしたら、軍務部長、何件ヒットすると思いますか? ……これは、軍務局調査部3課と総務局広報部5課が共同で調査したらしいんですがね。単純なヒット件数なら地球上の全地域で7,500万件だそうです」

 彼は画面から視線を上げる。

「7,500万? 」

「ええ、当然テキスト検索ですから、重複するサイトもありますし、石動室長代行の職掌上、報道メディアに名前の上がらない日はありませんからね。そんな純粋な報道記事を省き、ざっと個人管理のサイトだけ絞り込んでも、サイト数で約1,000万サイトだそうです。……ええと、数件サイトを閲覧してみましょう」

 コリンズはそう言いながら、すでにメモリへダウンロードしておいたらしいホームページを手際良くパラパラと開いて見せた。

 どのサイトにも、涼子の写真や動画が大量にアップされていて~しかも、マスコミ報道が出処とは思えない、私服姿やオフィスでの執務姿まである~、まるで涼子の秘書や副官の手帳や会議議事録が手元にでもあるかのような、膨大な情報がそこには掲載されているのだった。

「しかし、すごい情報量だな……。石動のプライバシー侵害、肖像権侵害は勿論、ざっと見て、殆どが真偽不明の怪しい情報だが、中には正確な行動や発言も採録されているようだし、しかもなぜか軍機にまで触れている記事もある。当然、UNDASN機密情報保護条約違反だな。内部漏洩の可能性があるんじゃないのか? 」

 小野寺の言葉に、コリンズは更に別のホームページを画面上に開きながら答えた。

「事態を重く見た軍務局長は、研究部6課に命じてサイト内の掲載情報の分析をさせましてね。その結果、軍務部長のご指摘の通り、残念ながら内部情報漏洩の可能性が高いと判断し、総務局システム管理部のシステム開発室、運用保守室、電通本部の電算局ソフトウェア開発部の協同プロジェクトを立ち上げて、今年の初めから、フォルト・トレランスの、通称”セイブ・ザ・R”サーバ……、まあ、石動涼子保護サーバとでも言うんでしょうか、ファンサイトへのアクセス監視とアクセス防止をさせてます。勿論、非公式、非公開ですが」

 マズアは額に浮かんだ汗をハンカチで拭いながら、顔を画面から上げた。

「ジャック、貴様はその石動課長関連の情報漏洩と今回の統幕本部長暗殺計画が関連があると考えているのか? 」

 コリンズはマズアの言葉に首を横に振る。

「結論から言えば、関係ないように、思う。いやまあ、何の証拠もないんだが」

 そして携帯端末の画面を指差して、言葉を継いだ。

「それより、心配なことがあります」

 開かれた画面を覗き込んだマズアは、思わず目を見開いた。顔に血が上ってくるのが、判る。

「……なんだ、こりゃ」

 マズアは、両手で顔をごしごしこすりながら、今度こそ嫌悪感を隠そうともせずに答えた。

「最初にお見せしたホームページは、いわゆる”全年齢向け”です。その意味では、語弊はあるでしょうが、健全な、純粋な意味でのファン心理の表れですよ。まるで芸能人、アイドルのファンと同じような、ね。漏洩している内部情報にしても、本当に純粋に室長代行個人の動きや発言に関するものばかりで、作戦情報や政務情報、技術情報といった普段我々が警戒している防諜対象情報に焦点が合わされていない。まあ、それこそが事態の発覚が遅れた理由でもあるんですが。……そして、私が問題にしているのは、今見て頂いている種類のサイトです」

 画面には、全裸で、しかもあられもない痴態を見せている涼子の姿が、何十、何百と写し出されている。

「いわゆる『成人向けサイト』、アダルト系のコンテンツを持ったサイトです。1,000万を下らない石動涼子ファンサイトの実に70%がこれらアダルト・サイトだと言われています」

「こんな、まさか……、1課長が、まさか……」

顔を真っ赤にして呻く様に、魘されたように呟くマズアに、コリンズはさすがに苦笑を浮かべて声をかける。

「心配するな、アーネスト。これらの映像は全て、『アイコラ』と呼ばれるCGの合成画像だ。本物じゃ、ない」

「あ、あた、当たり前だろう、馬鹿っ! 」

「ここにも石動涼子ファンがいたな」

 笑いながら言った小野寺の言葉に、マズアはますます顔を赤くし、コリンズもクックッと笑い声を漏らしたが、すぐに表情を消し去り、言葉を継いだ。

「これらのアダルトサイトは殆どが画像系、CG系、小説系のコンテンツらしく、その中で石動課長はこうして全世界のシチズン達の面前で、毎日毎日、”被害”に遭われている訳ですが」

「対策はないのかっ? 」

 噛み付くようなマズアの言葉に、小野寺が独り言のように答える。

「対策は……、まあ、無理だろうなあ……」

「合法的には、ね……。もともと、インターネット上の情報の取り扱いについては、法制上の取締りの難しさに加えて、表現の自由や著作権の問題等々、昔から議論され続けているのにも係らず、抜本的な対策なんて打ち出せないまま、こんな状態が4世紀以上も続いてきたんだ」

 コリンズは執り成すように言った。

「まあ、非合法ではあるんだが、UNDASNとしても情報保護の問題もあるからなあ。さっき説明した”セイブ・ザ・Rサーバ”プロジェクトが、今月からテスト的にアクセス監視で引っ掛かったサイトへの自動ハッキング、二次感染なしのウイルスアタックを仕掛けて掲載された機密情報の削除をし始めたそうです。並行して実施している内部情報漏洩の監視については、いまのところ明確に内部からの漏洩の証拠は見つかっていません」

 黙って聞いていた小野寺が口を開いた。

「で? コリンズ二佐。君が心配しているのは、なんだ? まさか、石動の痴態がCG合成とはいえインターネットで世界中に配信されているのは許せない、なんてファン心理ではないだろう? 」

「仰る通りです、軍務部長」

 コリンズは溜息混じりに答えると、ソファに凭れて低い声で話し始めた。

「実は、これらアダルト・サイト群の中で、ひとつの『噂』が昨年の暮れ辺りから実しやかに流れています」

「噂……? 」

 マズアの呟きにコリンズは頷いた。

「2月後半には、CGではない本物の石動涼子のあられもない姿が、ロンドンより配信される、と」

 コリンズは壁掛け時計をチラ、と見上げた。

 マズアが釣られて時計を見ると、涼子の帰還予定時刻まで後、10分ほどだ。

「さっきの内部情報漏洩、ストーカー的な石動室長代行への執着を含むファン心理、そして今回のそのネット上での噂を絡めて考えると、私は、犯人はUNDASN部内の人間であり、今回の統幕本部長訪英の混乱に乗じてその魔の手を石動室長代行に伸ばしてくるつもりでは、と考えています。……いや、内部の人間だとすれば今回の統幕本部長暗殺計画を知れば、それこそ絶好の機会だと利用するでしょう。まあ、そういった観点から、暗殺計画との関連性は低いと見込んでいるんですが。……話を戻すと、我が情報部ではロンドン・ウィーク発動に紛れて行われると予想される欧州室長代行拉致計画を『R事件』と呼称、これを未然で防ぐ活動を正式な作戦行動として発令。私は専従捜査を命ぜられた訳です」

 一気にそう喋るとコリンズは、深く長い吐息を漏らした。

「まあ、穿った推理をすれば、今回の統幕本部長暗殺のカモフラージュが、この石動一佐拉致計画だ、とも取れるのかも知れませんが、個人的にはその線は薄いと考えています」

「確かに、フォックス派の遣り口とは考え難いな。真の目的とカモフラージュのバランスが悪すぎる」

 小野寺が、溜息と一緒に投げ出すように呟いた。

「内部にいてネット上へ情報を漏洩してきた1課長の偏執的なファンが、ロンドン・ウィークの、或いはそいつが統幕本部長暗殺計画を知る立場にあるとすればチャンスとばかりにそのドサクサに紛れて……。だが、証拠も何もない、か」

 マズアは小野寺の言葉を拾い上げて話を継いだ。

「確かに、タイミング的には微妙だな。統幕本部長暗殺計画の情報入手が今朝だったことを考えると、これは偶然なんだろう。だが、石動課長がロンドンに出張る事が前提になっているらしい事を考えれば、やっぱりロンドン・ウィーク行動予定の内部情報漏洩の影響という点だけは間違いないだろうが」

 コリンズは、マズアの言葉に頷きながら、ぼやくように言った。

「ご本人に、危険だから注意して下さいとも言えない。例え言えたとしても、このロンドン・ウィークの期間中、事実上の責任者、ミッション・コマンダーである室長代行の活動を制限することなど出来ない」

「さりげなく、SPを増やしてはどうだろう? 」

 マズアの言葉に小野寺が首を横に振った。

「警務9課にしても、今回はマクラガン統幕本部長への対応で手一杯だろうし、ましてやこの暗殺計画の発覚で、そんな余裕は一層なくなる。それに第一、SPなんかつけてみろ、あの”戦闘妖精”が気付かない訳はないさ」

「1課長の副官2名に重点警護させるか? 」

 藁にも縋りたい思いで言ったマズアの言葉も、コリンズによってあっさりと否定される。

「内部情報漏洩者の特定も出来ていない現状、その情報の確度や性質から見て、現時点では副官もグレーだと見るのが賢明だよ、アーネスト」

 沈黙が三人の上に重く圧し掛かる。

 ”それにしても、いったい、何故……? ”

 ふと引っ掛かった疑問に、マズアは思わず顔を上げた。

「失礼ですが、軍務部長」

「ん? 」

 振り向いた小野寺に、マズアは疑問を投げつけた。

「何故軍務部長は、1課長に迫る危険を知っておられたのです? 先程までの口ぶりでは、どうも統幕本部長暗殺計画よりも先に、1課長の件を知っておられたように感じたのですが」

 小野寺は、なにかを吟味するような表情を浮かべて暫くの間首を捻っていたが、やがてボソッ、とまるで子供が悪戯の言い訳をするような口調で疑問に答えた。

「ボールドウィンさんが……、軍務局長が、な。ヒューストン出発時に耳打ちしてくれたんだ。『石動君の周辺がどうもキナ臭い、注意が必要だと考えている』って、な」

 ボールドウィン軍務局長が知っているのは、当たり前だろう。

 情報部にミッション・エントリを発令したのは彼なのだろうから。

 けれど、何故、それを軍務部長に伝える? 

 マズアは、苦笑を浮かべているコリンズに気付いた。

 この男もそう言えば、言っていた。

 小野寺軍務部長が来るのなら、丁度いい、と。

 いったい、何を知っている? 

 いや、それ以前に、石動1課長と小野寺軍務部長の間に、どんな関係があると言うのだろう? 

 と、さっきよりも大きな声で、まるで話題に一区切りつけたいと言う意思を感じさせるようなボリュームで、小野寺が口を開いた。

「まあ、取り敢えず、だ。適当に理由をつけて、石動には出来る限り統幕本部長と行動を共にしてもらい、SPに同時に警護させるしかないだろう。別行動の場合は、駐英武官、君とコリンズ二佐、君達二人でカバーするしかあるまい」

 仕方ない、個人的な疑問はそれこそ棚上げだ。

 それより重要なのは拉致計画への対策だが、それには確かに小野寺の言う通り、既存のSPを活用するしか手はないだろう、マズアとコリンズが同時に「イエッサー」と答えると、小野寺が、言い難そうに言葉を継いだ。

「ところで、だ。俺は昨年3月下旬にこっちへ異動してくるまで、長い間太陽系外外地にいたせいか、イマイチ判らないんだが……。なんで石動にそんな沢山のファンがいるんだ? アイツにしたって、昨年4月、俺と数週間違いでヒューストンに着任するまでは4年ほど艦隊勤務くるまひきで太陽系外の最前線だったろう? 」

 小野寺の疑問も尤もだ、とコリンズはこれまでの経緯を話す事にした。

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