4.情報

第10話 4-1.


「今から……、そうですな、ざっと12時間ほど前、情報1課のエージェントがフランス、カレー港の保税倉庫に情報を得て踏み込みました」

 コリンズの言葉に、小野寺は独り言のように反応する。

「例の、NATO闇流出武器がテロリストに流れている、という件だな」

「そうです、軍務部長。NATOから米軍が徐々に手を引き始めている隙をついて、余剰火器がマフィアやテロリスト、反UN国家に流れているという情報は、数年前から我々情報部の重要調査案件だったことは部長もご存知でしょうが、今回は駐仏武官事務所にタレコミがあったのがことの発端です」

 小野寺は軍務局軍務部長、部は違うが情報部も軍務局管下である。小野寺とコリンズは顔馴染みのようで、小野寺が入室するなり「コリンズ二佐、詳細を聴こう」と言うと、コリンズは無言で頷いて素直に話し始めた。

「おそらく、撤退任務を負う米海軍の内部情報が意図的にリークされたものと思われます。国際部米州室で分析中かと思いますが、たぶん、ホワイトハウス内の大統領エグゼクティヴ寄り・レジデンスかと」

「民主党でも、副大統領行政府旧館はともかく、大統領に近い筋ウエスト・ウィングCIAラングレー国防総省ペンタゴンを敵視していますからね」

 隣でマズアが更に補足する。

「そこら辺は後で石動が戻って来てから聞くとして、だ。……で、一歩遅かった、と」

 コリンズが頷きながら答える。

「イエッサー、仰る通りです」

 コリンズの口調が、さすがにアドミラル相手だと軍人らしくなる。

「倉庫内は、何者かが侵入し荒らされた形跡が発見されましたが、犯人は逃走した後だったらしく、一歩遅かったかと倉庫から外へ出たところで、流出武器を積んだと思われるVTOLが内陸部へ向かって飛び去るところを、エージェントが目撃しました」

「盗られたのは武器弾薬か? まさか携行式ミサイルやら重機やら、物騒なものを奴等に渡しちまったんじゃないだろうな? 」

 小野寺の迷惑極まりない、と言った表情をコリンズは苦笑で抑えた。

「判明している盗難品は、そこまでの重火器ではありません。7.62m/m分隊支援機関銃と5.56m/m機関銃が各1丁、後はハンドガンが15丁とアーミーナイフが数本、そしてそれぞれの弾薬、機関銃を除くとダンボール箱1箱か2箱、ってところのようです」

「……なんだそりゃ? コソ泥のレベルじゃないか」

 呆れたような小野寺の言葉に、コリンズは無表情で頷いた。

「仰る通りです。どうにも手口や段取りが素人臭い。重火器は倉庫内の別セキュリティを仕掛けた保管エリア内にあったらしくて、手が出せなかったようです。ロック機構周辺に破壊を試みた形跡があったらしいですから。盗まれたブツは、入庫直後、または出庫直前で、整理や準備のためにこのセキュリティエリアから出されていたものばかりのようですね」

「そのVTOLが、今から2時間ほど前に英国の排他的経済水域EEZ付近で発見された、ということだな。盗品は持ち出されていて未だ発見に至らず、と」

 マズアの言葉にコリンズが頷いた。これはついさっき、マズアがもたらした追加情報であった。

「そこで、昨年暮れのICPO情報のリアリティが増した、という訳です」

「昨年11月、UNDA事務局長狙撃事件のフォックス派犯行グループをウィーンで一斉検挙しようとした件です、軍務部長」

 マズアが小野寺に顔を向け、補足した。

 昨年11月のウィーン事件の顛末を、である。

 ICPOが欧州刑事警察機構ユーロポールと合同で、情報によりウィーン市郊外の倉庫街のアジトへ踏み込んだときの事だ。

 銃撃戦になり、結局主要メンバーは殆ど取り逃がしたという締まらないオチがついた事件だったのだが、腹にライフル弾を数発喰らったメンバーの一人が、息絶える瞬間に洩らした一言、『マクラガンの運命も、あと……、天罰……、ロンドン……』と言う断片的な単語を聞き取ったICPOの捜査員の証言情報は、当初信憑性が疑われていたのだが~この時点では統幕本部長訪英はUNとUNDA以外には極秘事項として伏せられていた~、今ここへ来て、ぐっと信憑性が上がった訳だ。

「宇宙統一教会、フォックス派か……」

 呟くように言った小野寺の言葉に、コリンズが反応した。

「フォックス派は、通常犯行予告や犯行声明を出しません。その意味から、今回事前に計画の存在をこれほどの精度の高さで知る事ができたのは、不幸中の幸いと言えますな」

 小野寺はコリンズの言葉に苦笑を浮かべ、マズアの出したコーヒーのカップを持ち上げながら言った。

「しかし、よりにもよってこの時期にフォックス派とは……。イスラム系にせよ過激環境保護団体にせよ、その旗印は何であれ実際のところ交渉やバーターの足掛かりはあるもんだが、あそこは、なぁ」

 溜息混じりの彼の言葉に、全員が沈黙を持って同意を示す。

 今や、地球上で最後に残った真の狂信的反UN宗教団体。

 それが、フォックス派なのだ。


 宇宙統一協会。

 22世紀末にアメリカ東部で起こった、所謂、世紀末型新興宗教である。

 最初は、UFO研究会的なマニアックな団体だったらしいのだが、23世紀の後半、3代目の教祖が書いたペーパーバック『宇宙より救世主、現る』の一節、23世紀末に地球人類は遂に異星文明とのファースト・コンタクトを果たす、との予言的な記述が、ミクニー星人の太陽系来訪によって”的中”したことにより、この胡散臭い宗教団体は一躍、時流に乗ることになった。

 その当時の教義と言えば、大まかに以下の様なものだった。

①地球は他の異星文明から狙われている。

②ミクニー星人は、この宇宙で唯一、地球の味方となる、平和を司る神である。

③我々は、ミクニー星人を救世主として崇め奉り、ミクニーの力を借りて他の侵略異星人を倒し、宇宙を統一して平和をもたらさねばならない。

 そして当時の教団開祖にして最高幹部~大司教、と呼ばれる神の第一の使い、なのだそうだ~は、言った。

 我々宇宙統一教会の信徒は、まさに宇宙の救世主、神に選ばれし光の戦士なのだ、と。

④過去、その神は幾度となく地球の危機を、時にはイエス・キリストとして、ある時はブッダとして、そしてある時はアッラーとして救ってくれた。

⑤そして今やミクニーは、異星文明人類として我々の前に現れた。未だ神としての姿を我々の前に見せてはいないが、それはやがて宇宙の悪意の来襲の際に、初めて降臨する。

⑥その時こそ、我々は、神と共に闘い、宇宙を神の名の下に統一し、平和をもたらす為の戦闘を開始する。

 実に判りやすい、勧善懲悪ストーリーである。

 このパターンの”物語”は、全米で、ウケにウケた~もちろん、それが『米国』だったから、だろうが~。

 全米で150万人、全世界でも200万人が信徒となった~もちろん教会側の公式発表だ~とき。

 第一次ミクニー戦役が勃発した。

 彼等に言わせれば、『国連を初めとする各国は、何をトチ狂ったのか、神であるミクニー星人に刃を向けた』となる。

 つまりはこうだ。

 ミクニーの地球本星爆撃は、地球人類の中に巣食う”裏切り者”、早い話が”神なるミクニーに仇為す悪のエイリアンに魂を売り払った”人間を懲らしめる行為であり、地球人類は首を垂れて畏まらなければならないところを、神に逆らった、となる訳である。

『国連初め各国首脳は、既に地球を裏切り、悪のエイリアンの手先となっていたのだ! 目覚めよ、人類! 』

 それから、彼等は国連やUNDASNに対してのテロ攻撃を開始した。

 そして、24世紀半ば。

 第一次ミクニー戦役を地球側優勢で停戦に持ち込んだ結果を見て、宇宙統一協会はミクニーを神としたのは間違いだった、神は未だ降臨しあらず、ただ、宇宙の平和は守らねばならない、と消極的非戦論を改めて教義としてテロ戦略を捨て、そして教団主流派は衰退していった。

 指導者の一人、フォックス・マルモンという青年を除いて。

 フォックスは、非戦論を展開し始めた主流派に対し、命惜しさに主流派は悪のエイリアンに魂を売った、と糾弾し、ミクニーはやはり神の一族なのだ、国連にはテロを、宇宙には平和を! と叫びつつ地下へ潜り、従う少数の信者達を指導してテロ戦略を一層活発化させた。

 第二次戦役勃発までの20年の停戦期間は、UNDASNにとっては地球本星内での、見方によってはより悲惨な”不正規戦”に振り回される結果となった。

 しかし、UNDASNや各国治安機間の永年の努力により、地下へ潜ったフォックス派も徐々にその勢力を弱めて行った。

 だが、根絶やしにする事はできていない。

 今でも地球上で、UNDASN各施設や装備人員に対して、年間20件以上のテロが加えられ、人的被害はUNDASN関係者や巻添えも含め、ここ10年の犠牲者数は400名を下らない。

 フォックス派とは、未だにUNDASN情報部や警務部にとっては、最重要テロ組織なのだ。

「石動室長代行が内務省に根回しをしてくれたお陰で、MCA(英国海事沿岸警備庁、イギリス沿岸警備隊の実行組織)とスコットランド・ヤードからスムーズに情報を入手できました」

 こいつは、1課長のこととなると、どうも情報部員らしからぬ口調になるな、と頭の隅で思いつつ、マズアは質問をコリンズに投げかけた。

「それにしても、VTOLなんて目立つ移動手段でフランスから英国入りしたってのに、なんで英国当局は探知できなかったんだ? フランス側はともかく、英国はそれこそこの時期、超が付くほどの厳戒態勢を敷いている筈だろう? 」

「いやまあ、そうなんだが。フランスの航空当局の言い分は、地元の管制区に個人所有機のVFRによる練習飛行のフライトプランが提出されていてそのままクリアランス、保税倉庫近くで盗品と犯人積み込みのため違法着陸した際に警告を出したらしいがエンジントラブルとの無線を鵜呑みにしたらしい。そのまま提出されていたフライトプランに復帰したのを確認した時点でレーダー監視からは外れてそのままドーヴァーへ出たのは見逃したようだ。英国側の防空警戒網には引っ掛からなかったらしい。どうやら防空警戒網手前で着水し、そのまま水上航走でEEZ境界線付近まで進んだようだ。MCAの検証じゃ水上用の姿勢制御ノズルがかなり負荷が掛かった状態だったらしい。沿岸警備隊管轄のロンドン・マーチスでは観光用遊漁船がロンドン港を出港、丁度VTOLが着水、水上航走を開始したと思われるあたりまで出て帰港しているのを自動船舶識別装置AISで確認している。AISの受信範囲から外れてからの航跡は推定でしかないが、これがVTOLの乗員と積み荷をピックアップしてロンドン上陸ってのはほぼ間違いないだろうな」

 コリンズの説明に大きな溜息で答えた小野寺は、コーヒーを一口飲んでから、気を取り直したように言った。

「で、どうなんだ? 暗殺グループはもうロンドン市内に入ったのか? 」

 小野寺の問い掛けに、コリンズはス、と顔から表情を消し去って頷いて見せた。

「フランスの航空当局がフライトプランから外れて戻らないVTOLがあることに気付きレーダーログを確認して海へ墜落した可能性が高いと英国側へ連絡、救助要請を出しました。これを受けてMCAの警備艇が捜索開始、海流で領海付近まで流されていた乗り捨てられた無人の水上発着仕様のUH101Gを発見。状況からみて海中転落等の可能性が低く、密入国の可能性が高いとして内務省の警備本部へ連絡、発覚したというのが経緯です。発見した機体を港まで曳航後、スコットランド・ヤードの鑑識が入っていたのですが、さっき第一次監察報告を送ってきました」

 コリンズは手に持っていた手帳を開き、紙面に視線を落とす。

「VTOL機内の生体痕跡検査の結果では、4名以上6名以内が搭乗していたようです。遺留品は今のところ発見されていません。ちなみに遊漁船の方は半年前までは普通に営業していたらしいのですが、新型船にリプレースしてからは港に係留されたままで売りに出されていました。今回の事件発生で船主も初めて盗難に気付いたとのことで、こちらはシロでしょう」

「ということは、暗殺グループはMAX6名か」

 マズアの言葉に、小野寺が呟くように割り込んだ。

「いや、英国内に支援がいただろう、遊漁船を盗んでお出迎えしているんだから」

「仰る通りです。英国内のフォックス派の信者またはシンパが協同しているのは確実です」

 小野寺が煙草を胸ポケットから取り出し、口に咥えながら言った。

「元々、今回の戴冠式を初めとする主要なイベントに関しては、内務省に設けられた特別警戒対策本部がスコットランド・ヤードやロンドン市警、英軍のSASやSBSと言ったカウンターテロ組織を配下に加えて、それこそ『水も漏らさぬ』厳戒態勢を取っているだろう。今更、狙撃なんぞというベタな手で挑んでくるとは思えない」

「同感です、軍務部長」

 コリンズは空になったカップを両手で玩びながら頷いた。

「同様に、時限爆弾とか事前の設備設営が必要な手段も考え難い。となると、ターゲットの周囲数キロ四方をまとめて吹っ飛ばすような荒っぽいやり方か……。もしくは、関係者に紛れて隠密接敵し、ナイフや拳銃で」

「いや、そっちの方が難しいだろう? 」

 マズアの反問にコリンズは首を横に振る。

「国王や王室の周辺関係者に紛れるのは確かに困難だろう。しかし、来賓ならまだ、隙もみつかるんじゃないのかな? 」

 小野寺はコーヒーを飲み干すと、カップを持ったまま立ち上がり、コーヒー・サーバーへ歩み寄りながら言った。

「ところでコリンズ二佐。もうひとつ、俺は気になることがあるんだが」

「は。なんでしょう? 」

 小野寺は、コーヒーをカップに注ぐとソファに戻り、壁掛け時計を見上げた。

「武官。石動の戻りは何時だ? 」

「は? え、ええと……、後、30分程かと」

 小野寺は頷くと、コリンズに顔を向けた。

「俺は直接、軍務局長から聞かされた訳ではないし、俺個人の勘で尋ねるだけだ。だから、答えられんのなら、答えんでよろしい」

 コリンズのポーカー・フェイスが、僅かに歪んだ様に、マズアには思えた。

「了解しました。……で? 」

「君は、フォックス派の今回の事件とは別に、石動の件も何か掴んでいるんじゃないのか? ……いや、関係があると思っているのではないのか? 」

「1課長の……? 」

 何の関係が、と尋ねようとして、マズアは応接テーブルの上に置いたままになっていた携帯端末とコリンズが持ち込んだメモリ・チップの存在を突然、思い出した。

「駐英武官も知っているのか? 」

 小野寺はマズアの視線に気付いたらしく、携帯端末とマズア、コリンズの顔を見比べながら言った。

 マズアが答えられずにいると、コリンズが大きな溜息を吐いた。

「軍務部長、ご慧眼です。先程、駐英武官にも話をしようと思っていたところです。この話は、貴方にも聞いて頂いた方が良いでしょう」

 コリンズはそう言うと、携帯端末を自分のほうに向け、メモリ・スティックをポートにセットしながら、ゆっくりと話し始めた。

「ご指摘のとおり、室長代行の件です。実は私の本来の任務はこちらでして、ね。ロンドン・ウィークが近付いてからは、彼女の軸足が殆どヨーロッパに置かれ始めたので、私もこちらでウロウロしておったんですが、その周辺捜査の段階で今回のフォックス派の件が引っ掛かった、というのが本当のところです」

「暗殺計画とフォックス派……、それに1課長がどう関係しているって言うんだ? 」

 返答次第では無事では済まさん、というマズアの迫力を感じ取ったらしく、コリンズは珍しく苦笑を浮かべた。

「まあ、落ち着け、貴様。石動室長代行がフォックス派と関係している訳じゃない。……というか、今から話すことは、未だ俺個人の推理、いや推理以前、想像の域を出ないってのが正直なところだ」

 無言で頷く小野寺をチラ、と見て、コリンズは覚悟が出来たかのように携帯端末の画面を二人の方に向け、話し始めた。

「まあ、順番にいきましょう」

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