2.時代

第4話 2-1.


 ワープ機関とワープ航法。

 速成テラフォーミング技術の確立。

 超光速通信技術。

 重力制御技術。

 21世紀後半に日本で確立されたナノマシンと分子ロボティクス技術を起爆剤として、22世紀中に次々と実用化された『四大テクノロジー』は、23世紀を人類の『外宇宙飛躍の世紀』とした。

 地球人類と殆ど同じ生体構造~顔色が少し違う程度だ、差異なんて~を持ち、且つ同じ生命維持環境を必要とするミクニー星人、その彼等も保有する『四大テクノロジー』を地球人類が『独力』で開発し実用化に漕ぎ着けたことが、『地球人類と文明の敵、ミクニー星人』との戦いを優勢に進め、あと半世紀以内には敵本星に手が届くところまで戦況優勢へと持ち込めた要因である、と言ったのは何代前の国連事務総長だったか。

 20世紀後半にスタートした『CETI~地球外知的生命体探査計画~』は21世紀を前にして『SETI』へと消極的改組しつつも様々な深宇宙探査計画とともになんとか継続されてきたけれど、四大テクノロジーが22世紀前半までに次々と実用化されるに到って、実質的にはその役目を約200年足らずで終えることとなった。

 なにしろ、四大テクノロジーを手にした人類は、光の速度を超えて自ら宇宙の果てに赴き、人類の持つ知的好奇心とロマンティシズムを満たす事が可能となったのだから。

 だが、生憎と人類がまず触手を伸ばしたのは、自らの食い扶持を宇宙空間に求めるという、如何にも生物として原初的な本能に基づいた行動だった。

 それを責めることは、当時の人類には些か酷であろう。

 20世紀より有識者達から発せられた警告~地下埋蔵資源の枯渇、新たな資源開発に伴う地球環境の破壊による地球人類を含めた生態系の危機~が、22世紀後半にはいよいよ現実のものとなってしまうのが確実だったのだから。

 だから、実質的に『四大テクノロジー』を開発、実用化し、且つ現実に運用することが可能な日米露中EU等主要大国が、相次いで資源開発を主要目的に、太陽系はもとより太陽系外の恒星系にまで探査、開発、輸送船団を派遣することを国家的事業として立ち上げると相次いで世界に宣言したのは、当然といえば当然の成り行きであった。

 だがしかし、地球上に暮らすのはこれら大国の人々だけではない。地球上には、国連加盟しているだけで230を越す国と地域があり~この頃には、事実上全ての国家が加盟を果たしていた~、主要大国の国民を除いてもなお、60億もの人々が生きている。

 当時国連安保理に非常任理事国として参加していたボスニアの国連大使は、言った。

「一体、四大テクノロジーを独占している常任理事国の一部を含む大国は、過去数世紀に渡り母なる地球を掘り返し汚しまくり後片付けも充分にしないまま、今度は誰のものでもない宇宙空間に浮かぶ星をどうしようというのか? 星々もまた地球同様掘り返し穴を穿ち削れるだけ削り取って文字通り宇宙の塵とするつもりか? そうまでして得た貴重な資源を独占するのか? 貴国等が搾取し尽したこの地球に残る、そしてこの星から離れられぬ大部分の国家とその国民達は、将来どうなってもよいと言うのか、それとも貴国らの下僕にでも成り下がれとでも言うつもりか? 」

 21世紀半ばに常任理事国入りを果たし、環境先進大国として国際社会で特異な地位を占めつつあった日本が、ボスニアを初めとする各国の憤りを背景にして、安保理を取り纏め、そして国連総会をリードしたのは、外交下手な彼の国にしては頑張ったと言えるだろう。

 もちろん、日本やドイツの常任理事国入りと同時に、常任理事国の持つ拒否権が廃されたことも日本に味方したのは確かだが。

 危惧される、宇宙空間での『統制なき乱開発』と『宇宙空間での利権絡みの衝突~武力紛争も含めた~』を防止し、『国連主導の平和的計画的宇宙開発と成果の公平な分配』の為の新たな機関を創設すべし。

 こうして、総会で圧倒的多数の支持を得て、『国連宇宙開発機構(UNSDA)』が創設された。

 そこまでなら、別に目新しいことのない、国際機関の新設、それだけのことであり、それは誕生の瞬間から緩やかな消滅への道を辿り始めただけに過ぎなかったであろう。

 だが、当時の国連事務総長~UN創設以来3人目の女性事務総長だった~は、これを機にひとつの賭けに出た。

 UNSDAを維持、発展させ、実効力と強制力を持たせる為に、国連史上初となる常設国連軍を創設する。

 こうして、安保理から軍事参謀委員会を引き剥がし解散させた上で、実際宇宙空間での治安維持と探査、開発、輸送全般を引き受けるとして創設されたのが『国連宇宙平和維持軍(UNSF)』だった。

 UNSDAとUNSF創設に関しては、山あり谷あり、特に環境分野で日本に遅れを取り、世界中から悪役と看做されたアメリカや中国、ロシアの非協力的態度と露骨な妨害政策には梃子摺ったが、ともあれUNSDAとUNSFは活動を開始し、徐々に体制と装備人員を充実させながら活動範囲を太陽系から太陽系外周へと広げ始めた。

 太陽系内の惑星や衛星は瞬く間にテラフォーミングが行われ、資源採掘や宇宙空間ならではのマテリアル開発の基地が続々と建設されていき、遂には太陽系外周から最近縁部にあるふたつの恒星系~ガシコー星系とリトオオ星系~にUNSFの恒久的基地設備が建設されるに至り、順調に太陽系外で得た資源が地球へ送られ始めると、最早UNへ楯突く国家や勢力は、表面上いなくなった。

 UNSFの持つ軍事力~それは四大テクノロジーをUNSDAで管理することによって得た、地球文明上最強の軍事力だった~が、一般的な意味での常設国連軍の力として、地球上の各勢力に無言の圧力を掛け始めたのだ。

 当時の国連事務総長、彼女の真の目的はこれだった。国連に強制力と実効力を持たせ、地球を力で統一する。

 彼女はその職を2期務めて辞した後、UNSDAの事務局長に収まり、人々からは『アイアン・メイデン』と呼ばれるようになった。

 堪忍袋の緒が切れたと、力を持った国連に物言いをつけたのは、嘗て『世界の警察』として地球上に君臨したアメリカだった。

 事実上米軍とイコールだった軍事参謀委員会が安保理から引き剥がされ解散の憂き目にあった時点で既に、アメリカはその強圧的な外交能力を90%以上失ったも同然だったのである。

 もちろん、アメリカの弱体化はそれだけが原因なのではなく、当時のグローバル経済を支えるハードカレンシーが、ドルからユーロと円へと切り替わりつつあったから、という背景もあるのだが、ともかく。

「国連は、地球上に専制君主として君臨するつもりか? もしもそうなら、我合衆国はその存在を賭け、UNSFの牙を折りUNの野望を打ち砕く覚悟である」

 安保理での”宣戦布告”にも等しいこのアメリカ国連大使の発言より以降、UNSFの発展的改組~言葉はどうあれ、純粋な軍事力の骨抜きが目的だ~案への賛同票獲得の米国の行動は、小国の横っ面を時には札束で撫で時にはナイフをちらつかせて恫喝する露骨なもので、やがて米国の国連脱退危機を軸に国際間緊張は高まり、瞬間的には第三次大戦勃発さえ危惧される局面も現出した。

「どうしても、地球人類は地上の争いからは逃れられないのか? 」

 人々が深い絶望を感じたその時、思いがけない救世主が現れた。

 遙か数千光年を経た、宇宙から。

 ミクニー星からのファースト・コンタクトである。

 当時、UNSFが太陽系外に置いた最重要基地のあるガシコー星に現れたミクニーからの使者は、驚いたことに『英語』で、こう言った。

「我々ミクニー惑星連邦は、惑星地球との平和的交流を希望する」

 結果的に、SETIを終息せしめた四大テクノロジーは、遂に知的生命体とのコンタクトに直接的な役割を担うことがなかった。

 だがしかし、遂に現れた地球外知的生命体は、2世紀に渡りCETI、そしてSETIが発し続けたメッセージを元に英語をマスターして、地球の位置を特定し地球人類が自分達と同程度の文明を持っていて、そして自分達と同じ生命構造を持つ事を知った上で、旅してきたのであった。

 このミクニーとのファースト・コンタクトに、地球人類は興奮した。

 彼等との交流窓口として、地球を代表し得る資格を持つのは、今では国際連合だけであり、その実行機関としてはUNSDAとUNSFしか必要充分条件を満たす組織がない事もまた確かな事実で、故に直前までの地球を二分するほどの『紛争』はまるで嘘のように、極めて短期間で沈静化した。

 こうして、地球人類の歴史上初めて~確認されている範囲では~となる地球外知的生命体との交流が始まった。

 それは、結果はともあれ、ひとつの『種』としての人類にとって、幸福な刺激であったことは間違いないのだろう。

 不幸は、ファースト・コンタクトの相手であるミクニー星人が、実は帝国主義的宇宙開発を旗印に掲げる惑星国家であったこと。

 不幸中の幸いは、彼等ミクニー星人も持っていた四大テクノロジーが、どうやら彼等の先史文明の発掘遺産をそのまま流用したらしく、応用技術・運用保守技術面で地球より劣っていたこと。

 不幸中の幸い中の不幸は、そんな略奪文明の使い手である彼等が、どうやら最初から地球文明の略奪を目的としてコンタクトしてきたこと。

 物々交換による惑星間交易がガシコー、リトオオの二ヶ所、太陽系外に場所を限定して~彼等との大使交換、本星相互交通も検討されたが、時期早尚として(それに、ミクニーは自分達の本星の正確な位置を教える事を拒んだこともあって)無期限延期された~開始されてから5年目、最初は紳士的だった彼等が、貿易不均衡を理由にして交易条約の一方的破棄を通告してきた3日後、2301年4月2日GMT00時に地球全土を奇襲爆撃したことで始まった第一次ミクニー戦だが、地球側がUNSDAを『国連防衛機構(UNDA)』、UNSFを『国連防衛機構宇宙艦隊(UNDASN)』と改組して迎え撃ち、30年かけて漸く敵を太陽系外へ追いやって停戦協定に臨んだ時には、70億の人類が35億に減っていた。

 文明略奪目的で行われた地球本星爆撃の目標が、農業生産地帯と人口密集地帯に絞られ、重工業地帯と各地域の首都や大都市が爆撃対象外であったことは必然であり、地球側にすれば残った『エネルギー・鉱物資源』と『生産設備』『科学技術研究開発設備』を元手に、地球の総軍事力を開戦当初の対ミクニー戦備比率21%(推定)の劣勢から98%(停戦時、推定)までに持ち上げることが出来たのもまた必然で、これが直接的には第一次ミクニー戦役の勝因であり、間接的にはファースト・コンタクトより以前にUNDAとUNDASNの前身であるUNSDAとUNSFが相当の活動を行っていた事が挙げられるだろう。

 もっとも、農業生産地帯を破壊された地球人類は、第一次戦役の期間の大半を『泥水すすり草を食み』状態で闘わざるを得なくなり、開戦当初の本星爆撃~炎の2日間、と呼ばれる~での死者が将兵と民間人合わせて4億人、続く第一次戦役30年間の直接戦闘による将兵の戦死者1億人弱、餓死を含む病死と食糧不足による暴動や治安騒乱等による民間人死者、14億人。

 30年間で35億も人口減少となったその差分は出生率の急激低下と乳幼児死亡率の急上昇によるものである。

 絶望的と思われた異星人との戦いを戦いつつも戦備を充実させることは全人類にとってはまさに唯一の生き残りの術であり、その為に残った全てのリソース~人、金、資源、設備~は軍備生産と食糧増産に振り向けられるまさに国家総力戦で、停戦時に生き残っていた35億の人類の平和的文化的生活が結果として21世紀中盤レベルにまで後退してしまっていたのも仕方のないことだっただろう。

 なにせ最盛期には、全世界の工業生産ラインの93%が、8年に渡り軍備増強へ振り向けられたと言うのだから。

 続く停戦期間20年~ギャラクシー・ホリデーと呼ばれる~の間に、地球はますます軍備拡張に熱意を注ぎ、非武装地帯DMZ境界線マージナルラインを警戒中の地球側警備艦がミクニーの攻撃により撃沈されたことで始まった第二次ミクニー戦役は、開戦冒頭より戦況は地球側優勢で進行し、停戦破棄より約20年が経過した現在、地球勢力圏は第一次ミクニー戦役開戦時に較べて280%増、戦線は地球から遥か300光年先へと遠ざかって、UNとUNDA、UNDASNは面目躍如、しかしその反面、戦時経済体制を必死になって維持していた地球の経済活動は、現在右肩下がり底見えずの不況に陥りつつある。

 実際に宇宙空間で日々命を遣り取りしているUNDASN将兵の、文字通り『懸命』をよそに、平和に慣れるにつれ地球上の市民達は不況とマスコミの仕入れた不正確な情報に基く『宇宙の悲劇、戦争を手放せない人類の愚行』と『これ以上の戦争継続は、貴重な資産、資源、人命の濫費』等と言った正論を盾にしたキャンペーンと言う名の政治的抗争に煽られ不満が募り、やがて厭戦気分が高まってきて、国連の標榜する『地球人類と地球文明、銀河系恒久平和の為にミクニー本星占領のその日まで、断固継戦! 』の横断幕が白眼視され始めている、それが目下のところ国連の最大の悩みだった。

 これまでの、『普通の戦争』とは違う。

 地球上の国家間の経済的な利害や主義主張、宗教上の対立、面子の張り合いではない。

 殊、第二次戦役に関しては、文字通り地球人類とその文明の生き残りを賭けた第一次戦役とは意味合いが違うのだ。

 確かに利害絡みで始まった点では『嘗て地球上の歴史に見られた普通の戦争』と大きな違いはないものの、その行き着く果てはと言えば、一般的な国家間戦争のように、勝利即ち利益がもたらされるとは限らないのだ。

 確実に言えることは、ただ、『当分の間、枕を高くして眠ることが出来る』、これだけ。

 ましてや未だ食料品や生活必需品を中心に全世界的に統制経済が敷かれているし、軍事・宇宙関連の特許権・著作権も含めた製造・運用技術は全てUNが『緊急避難行為』として独占し続けていて、地球上の全工業生産力の68%は依然として対ミクニー戦備生産に振り向けられており、一般地球市民の文明生活は3世紀前のレベルを強いられている。

 それなのに、無理をしてこの戦争を継続する必要が本当にあるのだろうか? 

 いったい、あとどれほど戦えば、地球は本当に安全になるのか? 当分の間とは、いったい何年か? 

 既に敵は太陽系から遙か遠くに去っていて、今戦いの手を休めたとしても、大きな問題はないのではないか? 

 疲弊している地球人類を救う為に、24世紀開幕初頭には確かに存在した『平和的且つ文化的な地球文明圏』の再建に、全ての力を注ぐべきではないか? 

 世界市民の声に、UNとUNDAはこう答える。

 『地球人類の生命と文化文明の安寧の為、果てしない未来を守るために、今を生きている我々がこの戦いを不退転の決意で戦い抜くことが、子孫の為の義務である』と。

 正論が第一次戦役のトラウマによるものか、それともトラウマを呼び覚ますトリガーか、それは判らないが、とにかくそれを一枚看板にして人々は苦労を呑み込む。

 妙に胃に重いそれを漸く呑み込んでも、込み上げてくる胃液は『不平不満』なのだ。

 そんな社会不安を抑え付けるには、経済回復が一番とばかりに、UNDASNは停戦期間中から贅沢な軍隊に変貌を遂げた。

 国連が貧乏なのは、WWⅡ終戦直後の設立以来変らないのに。

 金がかかる戦争を遂行するために金を湯水のように使いますます貧乏になる、それと引き換えに金のかかる戦争継続を承認してもらう。

 悪夢のようなループと判っていても尚、対ミクニー戦争をやめようとしない、やめることができない、この究極の悪循環。

 それは第一次戦役で死んでいった1億の戦友達と喪われた35億の人類同胞への鎮魂歌なのか復讐劇か、それともミクニー戦完遂完全勝利の暁に、全て一発逆転でペイできる『予想も出来ない金づるが手に入る目処があるから』か、もしもそうならそれは、地球がミクニーの立場に取って代わろうとしているということか? 

 誰もそれには言及しないし、誰も知らないと言い張り、誰も質そうとはしない。

 質そうともしないまま、誰もが疑問を感じながらも口にしない壮大な、一種ロマンティックとも言える自己欺瞞の果ての矛盾の悪循環を背中に背負って、UNDASN3,500万人将兵は総屯数1億5千万約1万杯の艦艇、350万の航空機、1,500万輌の車両を持って今日も戦い、誰かが傷付き、死んでいく。

 そして兵どもの殆ど全員が夢見ているのだ。

 明日が、今日と同じように自分にも訪れますように、と。

 第一次戦役30年間と第二次戦役開戦後18年間でのUNDASN将兵の累計戦死者数が1億1千万のオーダーを超えたのは、昨年のクリスマスのことだった。

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