004 前代未聞

インテグラルの運営ルームで連絡を受けた綾瀬あやせひとし社長は、驚きを隠せなかった。まるで覚えたての言語を紡ぐように、運営プログラマーに指示を出す。


「政府が、決定した。FWの世界に、全国民を、異世界に避難する。システムの改修をしなければ。まずは住居だ。制限エリア全部開放する。」


制限エリアとは、ゲーム内の入れない建物や空間を指す。これを解放し、住居を建てられるような環境を確保しようとしているのだ。少なくともトマト国をモチーフとしているエリアについては、ほぼ完成している。イベント等に備えて制限しているのみで、細部まで既に作り込まれていた。しかしトマト国の人口は約5000万人である。およそ半数がFWに登録していることを考えても、現在数の倍である。住居が足りない。しかも何か月避難、すなわちログイン状態を維持することになるのかわからない。少しでも制限はない方が良い。堰を切ったようにのシステム改修が始まった。


「全国民のFWエフダブルへの移住、すなわち異世界への避難を決定いたしました。」


総理大臣の発表に国全体がパニックに陥った。


「ゲームの世界?」


「そんなんで助かるのかよ。」


しかし猶予はない。とんでもないスピードでVRデバイスが生産・配送されていく。ありとあらゆるゲーム情報も公開されていく。無茶苦茶な対策だ、という声も聞かれた。一方で、肯定的な意見もあった。フルダイブシステムは、意識自体がゲーム世界にある状態に等しいとされている。そうである以上、意識をという状態にはならないのではないか、そんな声も聞かれた。


ただ、どんな意見も現状の打開策とはならない。また、現実世界の様子を確認する方法が問題視されたが、総理大臣が「一定期間後に私がログアウトし、安全を確認する。私が再度ログインしなければ、それは危険が去っていないということだ。」と自己犠牲的発言したことにより、おおむね受け入れられるかたちとなった。


当初の避難日は10月10日であったが、事態は急転した。隣国での急速な拡大パンデミックを受け、5日に一斉避難と変更された。インテグラルの運営に避難の方針が伝えられたのは10月3日である。


たった2日でプログラムの大きな改修は当然に不可能である。制限エリアの開放だけで時間は過ぎ去った。大きな改修をすれば、バグ発生のリスクがある。現実世界に誰もいなくなる以上、そのままにするしかなかった。


こうして全国民は、制限エリアのが解放された異世界へ避難した。


トマト国の避難政策は全世界の知るところとなり、同様の政策が決定された。トマト国時間で7日のことであった。懐疑論者を含めた意識ある全ての人類が異世界への避難を決断した。既に発症している者については、特殊なバリア空間パーフェクトスフィア医療用ロボットドローンによる管理が行われることとなり、まさにの世界が訪れることとなった。

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