003 失う者

「それではこれより、トマト国、色井いろい路有ろある総理大臣の緊急会見を行います。」


内閣支持率がかなり低下していたタイミングでの会見だったため、報道機関では速報を打つ準備がされていた。しかし、総理の口から発表された内容は驚くべきものだった。


「現在、世界12の国で、原因不明の現象が確認されています。症状は意識の消失であり、生命への影響は確認されていません。この症状は、少なくとも1万人規模で確認されたということです。政府は緊急対策本部を設置するとともに、国際医療機関をはじめ関係各国と緊密に連携し、情報収集に努めてまいります。


現在わが国での発症は確認されておりませんが、なんらかの感染症である可能性も考慮し、国家緊急事態エマージェンシー法第19条の2第4項の規定に基づき、国境を封鎖することを決定いたしました。


詳細は医療省の久富ひさとみ大臣よりご説明申し上げます。」


この会見を受けて、さまざまな説がネット上で展開された。ハルカこと吉田よしだ遥香はるかの本業は医療系の研究者であるため、研究室へ向かった。いろいろと調べてみるらしい。ココロはピンとこない様子で、根拠のない楽観視をしていた。


しかし、現実はおそろしいものだった。会見から1週間、原因不明の症状には失われし者ロストという名称がつけられていた。感染者、といってよいかどうかはわからないが、発症者は100万人を超えた。しかも誰一人として回復者が現れない。


さらに状況は悪化する。トマト国と同じようにでも発症が確認されてしまった。


「総理、もはや一刻の猶予もなりません。例のプランを実施すべきです。」


「与党の賛成も取り付けました。法的問題はクリアです。後は総理のご決断のみです。」


官僚は走り回る。大臣は総理に決断を求める。もはや戦場と化した緊急対策本部では、突飛なプランが検討されていた。というよりも、既定路線である。奇跡の対策か、天下の愚策か、誰にもわからない。10分前に届いた真偽不明の情報によれば、発症者の完全隔離も無意味だったとされている。ありとあらゆる治療薬が効かない。そもそも原因がウイルスなのかすら、わからない。そして最後通告のような情報が本部に入る。


「隣国で3人の発症者が確認されました。」


読み上げられた報告に、一瞬の静寂が訪れた。総理大臣は最後の決断を下した。

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