第161話 呪術師災厄

「ううむ……。また同じような大怪我をして入院ですか? 彼らはいったいどうなっているんです?」


「ああ、それについては 戸高市民病院の安城先生が事情を説明してくださるから、君たちも聞きたまえ。これも勉強のうちさ」


「戸高市民病院の安城先生ですか? 市民病院の先生なのに?」


「実は彼は、心霊案件のプロだからね」





 長年医者をやっていると、科学や医学だけでは理解できない現象に見舞われることがある。

 絶対に助からないと思った人が治ってしまったり、当然その逆もあるわけで。

 その原因の一つに心霊的な理由があるのだと、私も徐々に理解できるようになってきた。

 医者として多くの患者を見てきて経験を積んだから……年を取ったからとも言えるな。

 この病院の若い医師たちもそうだけど、私も若い頃は医学は万能だと思っていた。

 もちろん医学は徐々に進歩しつつあるが、まだ医学だけでは治せない、理解できない症例というものが実際に存在するのだ。

 現に今私の病院には、十数名にも及ぶ謎の入院患者たちがいる。

 あまり声を大にして言えないが、私の病院は少し脛に傷があるというか……密かに裏稼業に属していた患者の治療を行なっている。

 無保険で金払いもよかったのでいいお金になったが、そのおかげでこの病院の設備はとてもよく、病気や怪我に苦しむ多くの患者たちを治療できる。

 物事とは、そう簡単に善悪で判断できるものではないのだ。

 ただ、現在では暴対法の関係で反社会勢力に属する人たちを密かに治療することができなくなった。

 その代わりというか、以前からの客なんだが、私の病院では呪術師の治療を行う。

 呪術師とはその名のとおり、依頼を受けて対象者の心身にダメージを与えたり、呪い殺す仕事だ。

 だが、呪術師の仕事はとても難しいと聞く。

 呪詛返しを食らって負傷したり、死ぬ者も多いそうだ。

 厳密に言うと彼らは犯罪者なのだけど、他人を呪い殺しても警察は動かないので、脱法的な連中とも言える。

 なにより、この手の呪術関連の依頼は国の上にいる人たちが頼むことが多く、これまでに呪術師が逮捕された話を聞いたことがない。

 別の罪状で捕まる、素行の悪い呪術師はゼロではないけれど。

 だが同時に、呪詛返しで負傷した呪術師はのん気に保険証を持って病院に行くことなどできない。

 呪詛返しによる負傷は、一般の医者からすれば理解できないような症例が多く、なによりいくら呪術師が警察に捕まらないにしても、密かに治療した方がいいに決まってる。

 そんなわけで、私の病院は呪術師も受け入れているのだけど、この数日で合計十六名の呪術師が入院した。

 しかも全員が、全身の骨が骨折したり砕けてしまって重傷だ。

 リハビリも合わせると、現役復帰には一年以上かかるだろう。

 そして、呪術師の治療は無保険が基本で、当然こちらとしても危ない橋を渡っているので、治療費はかなりの割り増しとなる。

 残念ながら、彼らが引き受けた依頼は完全に失敗に終わったはず。

 可哀想だが、呪術師たちは完全に大赤字だな。

 私の病院の若い医者たちが彼らの奇妙な負傷の仕方に首を傾げているので、今日は同じく心霊的な怪我や病気に詳しい、戸高市民病院の安城先生に助っ人を頼み、説明もお願いしたというわけだ。


「安城先生、これは呪い返しでしょうか?」


 私は若い医師たちを代表して、安城先生に質問をした。

 彼らはどうしてこうなってしまったのかと。


「結果的に呪い返しになっていますが、今の状況は呪術師からしたら屈辱でしょうね」


「はあ……」


 確かに入院した呪術師の中には、『もう引退する!』と泣き叫んでいる者たちもいたのを思い出した。

 仕事に失敗したのは明白だが、同時に大恥をかいたようだ。


「屈辱の内容はよくわかりませんが、これだけの重傷を負えば、仕事がトラウマになる人も多いでしょうね」


「彼らは依頼者から呪殺の依頼を受け、それに負傷しただけでなく、見事に失敗して入院していますからね。恐怖で二度と呪術師の仕事ができなくなる人もいるでしょう。自分が出した呪虫を、上下から潰されたということは、指で摘ままれて潰されたんですね。呪虫は虫に見えますけど、呪術師の代わりに標的を呪う分身みたいなものなので、もし除霊師が発見したとしても、指で押し潰せるようなものではありません。私も、見つけた呪虫を指で押しつぶす除霊師なんて初めて聞きました。とてつもない霊力と身体能力の持ち主でしょうね」


「呪虫を指で潰した? 普通に考えたらあり得ないですよね」


 呪術師の受け入れをしているので、私も多少呪術師についての知識があったのだ。


「まずあり得ませんが、入院している呪術師たちのカルテを見ると、そうとしか思えません」


 呪虫は虫の形と大きさをしているが、出した呪術師の分身のような存在である。

 それを人間が、指で上下から押し潰せるわけがない。

 私が、指で他の人間を潰せないと同じ理由だ。

 私は除霊師ではないので直接呪虫を見たことはなく、あくまでも自分で調べた情報のみを基に話をしているが。


「しかしながら岩井先生、これだけの呪術師を治療したら大儲けでしょうな。私はしがない市民病院の雇われですから、収入なんてたかが知れているんですよ」


「前金でそこそこいただきましたけど、一年以上失業する呪術師から正規の治療代が取れるかどうか、ちょっとわかりませんね。最終的にはトントンになればマシなのでは?」


 あの呪術師たちには依頼者から貰った前金があるので、どうにか赤字にはならないはず。

 それにしても、十数名の呪術師たちに前金を払った依頼者は大損だな。

 彼らの様子を見れば、依頼に失敗したことは一目瞭然だからだ。

 それでいて、契約により前金は一円も戻ってこないのだから。


「一人の人間を呪殺するために、一億円以上も支払ったのか……」


 どれだけ、その人を恨んでいるのか。

 しかも、大金を失った上に失敗してしまって……。


「彼らが、同じ人を標的にして失敗したって話を聞いたのですか?」


「安城先生、それこそまさかですよ。私たちが呪術師たちを治療した件に口を噤むのと同じで、彼らもたとえ治療してくれた医者でも、仕事の話なんかしません」


「それは確かにそうだ。十数名の呪術師たちの怪我の仕方や度合いが驚くほど似通っているので、それで気づかれたのでしょうね」


「そうです、彼らは変な骨折の仕方をしていますからね。前金は頂いたのでちゃんと治療はしますし、後遺症もないとは思いますが……」


「とはいえ、身体的な後遺症がなくても、二度と呪術師の仕事ができなくなる患者も多いでしょう」


 また呪虫を潰されたら、同じように一年以上を病院で過ごすことになってしまうからな。

 いくら大金で呪殺を頼まれても命あっての物種と考え、除霊師の仕事を引き受けなくなる可能性が高かった。


「しかし呪い返しとは……。私は初めてこういった症例を見ますけど、原因はともかく症状は全身の骨折ですからね。なにか心霊的な治療方法を用いる必要はないので難易度は低いです」


 基本、呪術師たちの治療は普通の医師でも大丈夫なので、彼らが残りの治療代を踏み倒さなければ大儲けなんだが……。

 彼らは無保険なので名前すら知らないし、呪術師なんて胡散臭い仕事をしているのでそれを尋ねるのはご法度。

 闇医者は儲かるなどと、ネットの書き込みやアングラ系の雑誌の記事などには書いてあるが、言うほど儲かるわけではない。

 儲かるように経営する必要があるということだな。


「ところで、安城先生。 彼らをこんな風にしてしまった人間に心当たりはありますか?」


「それを聞いてどうするのですか?」


「個人的な興味ですが、心当たりがないのでしたら答えていただく必要はありませんよ」


 どうやら安城先生は、呪術師たちをこんな風にした人物に心当たりあるようだな。

 その人物についてあえて聞こうと思うほどの間抜けではないので、私は真面目に職務に邁進するとしよう。





「ムキィーーー! 十五名の呪術師に頼んで一人も成功しないってどういうことなのよ? 一億五千万円も無駄にしてしまったじゃない!」


「ママ、呪術師に頼むのなら、殺し屋にでも頼んだ方が早かったんじゃないの?」


「……。私が涼子の呪殺を依頼した十五名は、日本でも指折りの呪術師たちだって触れ込みだったのに……。こうなったら上手く足がつかないように、そういう連中に直接依頼するしかないかもしれないわね」


「その方が早いって。そうしなよ、ママ」


「そうね」


 呪術師なんて、除霊師になれなかった無能の行きつく先だから、こんなものだってわけね。

 これまでに大分あの人の遺産を使ってしまったけど、ようは涼子を殺せればいいのよ。

 清次の言うとおり、ここは足がつかないように裏社会の人間に依頼するしかないわね。


「足がつかないようにするため、資金を惜しんでいる場合じゃないわ」


 お金は厳しくなるけど、涼子を殺して、広瀬裕を水穂と結婚させることができれば、その数十倍、数百倍にもなって戻ってくるのだから。


「でもさ、下手にそういうところに頼もうとすると、柊隆一にバレるんじゃないのか?」


「確かに、それはあるわね」


 柊隆一。

 執行部長などと名乗って、安倍一族を独裁的に支配しているとんでもない悪人。

 元々、自分の父親のせいで安倍一族が凋落したというのに、その責任も取らずに名門安倍一族をここまで衰退させた戦犯でしかない。

 私が安倍一族を差配するようになったら、必ず報いをくれてやるわ。

 でも今の柊隆一は、安倍一族内で大きな力を持っている。

 反社勢力に涼子の暗殺を頼むと危険ね。


「ママ、俺の先輩に半グレと仲がいい人がいるんだ。彼を仲介して、涼子を殺させよう。殺す前に好きにしていいって言ったら、依頼料も大分値引きできるんじゃない? 風俗代得したってさ」


「それはいいわね、清次。彼に涼子の暗殺を依頼しましょう」


 あの泥棒猫の娘の末路に相応しいわ。

 とにかく、涼子がいると水穂と広瀬裕をくっつけにくいから、とっとと始末するに限るわね。

 涼子、あなたは生まれてこなければよかったのよ。




『ふっ、標的の女を発見したぜ。 急いで真横につけろ! いいか、素早く車に押し込んで人気のない場所に向かうんだ』


『そこで楽しんでから、バラすんですね』


『へへへっ、ちょっと胸はないけどいい女じゃないか。 こいつを殺す前に自由にできて、さらに一億円貰えるなんてラッキーじゃんか』


『俺たちは未成年だから、死刑にはならないしな。もし捕まっても問題ないさ』


『さあ、行くぞ!』


 半グレ組織ドラゴンヘッドの木崎さんに頼まれて、女を一人バラすことになった。

 バラす前に好きにしていいって言っていたから、早く人気のない山中に連れていかないと。

 楽しんでから、山に埋めればいいだろう。

 車は仲間が盗んできたやつだから、まずアシがつくこともない。

 こんなんで一億円貰えるなんて得しちゃったな。


『岩城、ちゃんと真横につけろよ』


『郷田、俺は車の運転が上手なんだぜ。無免許だけどよ』


『ならいいが。田所も正田も、素早く標的を車内に引き込むんだ。タイミングをしくじって、無駄な時間をかけるなよ』


『わかってるって』


『一億円のために頑張るさ』


 四人で分けるが、一億円は大金だ。

 しばらく遊んで暮らせる。

 この仕事は必ず成功させないとな。

 標的の女は不幸なことだが、運が悪かったと思って諦めてくれ。





「涼子、こいつらに見覚えは?」


「ないわね。少なくとも除霊師の関係者じゃないわ」


「見てすぐにわかるくらい、頭とガラが悪い連中だな」


「なんだと! このガキが!」


「お前は黙ってろ。これ以上喋ると、悪霊の巣に放り込むぞ」



 涼子の護衛をちゃんとしていて正解だった。

 まさか市街地で、涼子を車に連れ込んで拉致しようとする連中が現れるとは……。

 ただこいつらは、ガラはとても悪いが、全然強そうに見えない。

 道を歩いていた涼子の横に車をつけ、そのまま車内に引きずり込もうとしたら、レベルアップの影響で身体能力に優れた彼女に『ヒョイ』とかわされてしまった。

 焦った襲撃犯たちは全員車から降りて涼子を攫おうとしたけど、簡単に俺によって無力化されてしまう。

 あまりに弱すぎて、かなり手加減しないと怪我をさせてしまうので、無傷のまま捕らえる方が難しかったくらいだ。


「それで、誰の指示で涼子を攫おうとしたんだ?」


「誰の指示でもない。俺たちが勝手にやったことだ」


「そうなんだ」


 そんなわけないけど、俺は尋問のプロじゃないからな。

 今呼んでいる、プロの方々に任せることにしよう。

 などと考えていたら、すぐに菅木の爺さんと目方警部と木村刑事がやってきた。


「警察か?」


「当たり前だろうが。お前らは誘拐未遂という犯罪を犯したんだから。まさか俺が拷問して黒幕を聞き出すわけにいかないので、プロである目方警部と木村刑事に任せるってわけさ」


「ふん」


「裕君、感じ悪いわね」


「どうせ自分は未成年だから、このぐらいのことでは逮捕されないと思っているんじゃないのかな?」


「俺たちは未成年だし、罪状は誘拐未遂だ。なにより、 俺たちはただ道を聞いただけなのによぉ。 すぐに釈放されるから、あとで覚えておけよ」


 犯人たちは、随分と余裕みたいだ。

 確かに、未成年であるこいつらが未遂事件を起こしたくらいでは、ケースによってはすぐに釈放されてしまうかもしれない。

 だがな。

 頭の悪いお前らは地元選出の国会議員なんて知らないだろうが、隣に菅木議員がいる理由を理解した方が……できるわけがないか。


「頭の悪いお前らには理解できないだろうが、ワシらはお前らの黒幕に大いに興味があるのだ。必ず黒幕の存在を吐いてもらうし、未遂でも誘拐は重罪じゃぞ。必ず少年刑務所にぶち込んでやるから覚悟しておけ」


 安倍文子が、呪術師を雇ったりして暴走を始めたらしい。

 柊隆一から情報を得た菅木の爺さんは、彼女たちの存在が竜神会の足を引っ張ると判断し、すぐに出張ってきた。

 ということは、こいつらの黒幕はほぼ安倍文子で間違いないのか。

 呪術師を潰しすぎたら、今度はチンピラを動員するとは……。

 安倍文子は、頭が悪そうだな。


「ジジイ! 俺には暴力団の知り合いがいるんだぞ!」


「夜道には気をつけろよ!」


「お前ら、本当にバカだな。今の世で、暴力団の名前を出すことがどれだけ不利になるか。少年刑務所で思い知るがいい。なあ、目方警部と木村刑事」


「とにかく、 これからお前らを逮捕して取り調べするから」


「しばらくはシャバに出られないことを覚悟しておくんだね」


 その後は到着したパトカーに乗せられ、襲撃犯たちは警察署へと連行されていた。


「菅木の爺さん、これも安倍文子の仕業なのか?」


「そうだ。安倍文子は呪術師を大量に雇い、全員を一年以上も使えなくしてしまった。挙句に大金も失い、清水の嬢ちゃんをさらに怨んでいるというわけだ。逆恨みも甚だしいと思うが……」


「向こうにそれを説いても無駄でしょうね。きっと私が死ねば気が晴れるのでしょうが、それはできない相談だから」


「涼子……」


 涼子の方は、安倍文子親子と極力関わらないようにしてきたのに、向こうは彼女の存在すら許せず、呪術師やチンピラを雇って殺そうとするなんて……。

 あまりに可哀想なので、つい彼女の肩をそっと抱いてしまった。

 嫌がられるかと思ったが、涼子は俺の肩にそっと頭を乗せてくる。


「私はあの人たちなんてどうでもいいし、髪穴はお父様の形見だから渡せないけど、同等の霊器を提供してもいいと思っていた。でも、安倍文子も清次も水穂も、私がこの世から消えないと気が済まないようね」


「そんなものは、向こうの勝手な言い分だ。復讐はなにも生まないと言うが、ここは激しく報復しないと、何度でも涼子の命を狙うだろうな」


「そうね」


 こうなったら、少なくとも安倍文子、清次、水穂の三人を除霊師業界から追放し、社会的に抹殺しなければ。

 悪霊相手ならともかく、悪意ある人間との争いというのは本当に疲れる。

 早く終わらせることにしよう。

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