第114話 顛末

「裕ちゃん、映画面白かったね」


「最後のドンデン返しが、あれでいいのかなって思うけど」


「キョンシー軍団とゾンビ軍団とバタリアン軍団が白熱した戦いをしていたら、最後にタイトルにも出ていなかったのに〇〇に全部薙ぎ払われたな。面白かったけど」


「夕食は、清水さんたちが用意してあるって言っていたから帰ろう」


「そうだな。なにが出てくるんだろう」


「最近、上手になったんだよ」


「久美子が教えていたからな」




 週末、朝から久美子とデートして夕方に家に戻ったら、そこに菅木の爺さんがいた。

 なにか用事かな?


「裕、やってくれたな」


「えーーーーっ、それを期待して情報をくれたんじゃないの?」


「実はそうだがな」


「で、どうなったの?」


 涼子たちの作った夕食はカレーだったので、特に失敗もなく美味しかった。

 菅木の爺さんもカレーを食べながら、俺が密かにおこなった仕返しの途中経過を教えてくれた。


「土御門家は、公職からほぼ追放される」


「これから土御門家は、民間の荒波の中で除霊師として実力本位の勝負ができるな。正当な競争ってやつだ」


 いいことだよ。

 安倍一族だって、近年はガタガタになりながらもなんとか民間で活動しているんだから。

 ここは有名な大物除霊師一族として、ライバルの安部一族に負けないようにしないと。


「急に公職から追放ですか」


 それはまた急だなと、涼子は驚きの表情を浮かべた。


「この国はな。役人が大きな力を持っているのだ。退職しても影響を及ぼす老害も多いがな」


「自己紹介乙」


「言われると思った……。天下り先で鼻をほじりながら新聞を読んで時間を潰し、気に入らない若者を怒鳴り散らし、セクハラをしている奴よりワシはマシだと思うがな。そういう連中で、今回の霊風騒動で土御門家が除霊に失敗したあと、事実の隠蔽に走ったシンパたちの自宅が軒並み悪霊に占拠されてな。彼らは、普段から手を貸している土御門家が速やかに除霊してくれると思ったらしい」


「無理よね?」


「無理だな」


 菅木の爺さんは、里奈の問いに即答する。


「そもそも、土御門家も本宅が厄介な悪霊に占拠されているのだ。国家権力とつるむことで除霊師としての実力低下に目を瞑ってきた土御門家に対処などできないさ。除霊師一族としては大恥もいいところだ」


 この国の上層部にいる人たちからすれば、除霊師として役所に一族を送り出してきた土御門家が、自宅を占拠した悪霊を除霊できないなんて、ではこれまでなんのために優遇してきたのだという話になったわけだ。


「役人どもは、OBも含めてネチっこいからな。蓄財して建てた豪邸を悪霊たちに占拠され、土御門家から除霊できませんと言われたらキレるだろう。そんなわけで今、ありとあらゆる役所や官庁から、土御門家及びその関係者は追放されつつある。勿論報道などされないがな」


「それ、大丈夫なんですか?」


「これで役人どもも、土御門家に人材の多くを頼る危険を理解しただろう。土御門家以外から、どこかの一族や派閥に偏らず除霊師を採用するそうだ。除霊師でもないのに、土御門一族というだけで役所に就職していた無能よりも、中途で人を採れば済む話なのでな」


「それで、大量の厄介な除霊依頼があるわけだ。除霊費用は五億円から十億円。あいつらは高級住宅地や億ションに住んでいるから放置などできない。それこそ、この国の上流階級から睨まれてしまう」


 高級役人となって蓄財を重ね、なんとか上流階級入りしたい彼らからすれば、過疎地ならともかく都市部にある自宅を悪霊の巣のままにしておくなどできないわけだ。

 たとえどんなに大金を使っても除霊しなければならない。


「チョロイ仕事だな」


「お前が仕掛けておいてよく言う」


「ええっ? 証拠もないのに、罪の擦りつけはどうかと思うな」


「確かに証拠はないな。発言を訂正しよう」


「裕ちゃん? 先週出かけてたのって?」


「久美子は気にしなくていいぞ。今日のデートのためのアルバイトだったから」


「裕ちゃん、私のために……」


「でも、あいつら除霊で損した分を、さらに天下り先に居座ったりして補填しようとしないかしら? うちの生臭ジジイとかがやりそう」


 随分と孫娘からの評価が低い会長だが、彼の場合、お互いに利があるとわかれば話はわかる方だからな。


「あいつらも天下り先を辞めさせられるし、二度と就職などできないぞ」


「どうしてだ? 役所が文句を言わないのか?」


「あのな、裕。企業や社団法人、NPO団体などはどうして天下りを引き受けると思う?」


「しないと睨まれるから?」


「それもあるが、そうすることで得するからだ。でなければいくら大半が東大出でも、エリート風だけ吹かす終わった老人たちに多額の給料など支払わん。土御門家を庇護して来た役人どもを天下り先として引き受ければ、もし霊的なトラブルがあった場合、すぐに格安で土御門家の助けを得ることができる。だから連中は受け入れられていた。だが土御門家は役に立たないことが判明し、官庁から土御門一族は追い出され、彼らのシンパである役人とOBたちは冷や飯食いに転落した。役所があいつらをもう天下り先に推薦しないのだ」


 役に立たない元役人の老人に給料出すほど、企業も甘くはないか。

 元居た役所でかなりの地位まで登りつめたからこそいい天下り先を紹介してもらえたのに、ちょっとした情勢の変化で、無職になってしまう。


 人生とは、思わぬことが起こるものだ。


「高級物件を失いたくないがために除霊で蓄財を失い、二度と就職できない状態でその高級物件を無理に維持しようとする……」


 たまにニュースで見る、老後破産というやつだ。

 特に、久美子を逮捕すると脅したクソ元警視総監。

 せいぜいふんだっくってやるから、破産して草でも食べて生きて行け。

 もっとも年金はあるから、普通に暮らせば破産なんてしないか。


「裕、人間とはな。一度上げた生活を落とすのは難しいのだ。彼らは大半が東大を出ていて、激しい競争を経て官庁に入り、そこでの出世競争にも勝利した。だが、そんな彼らでもお金の使い方がわからずに破産する奴は一定数いる。『頭がいいのにどうして?』と思うであろうが……」


「そんなものかね」


「だから高校卒業までは、裕はお小遣い制なのだ。これも親心だな」


 その割には、この前お袋は高級ブランド製のバッグを購入していたけど。


「一つくらい、親孝行だと思って大目に見てやれ。あとな、裕。非常に機密を要する仕事があってな。その分報酬がいいぞ」


「それはどんな仕事だ?」


「土御門本家も含む、土御門一族の連中の家屋敷の除霊だ。自分たちでできないからな。秘密を保てば報酬はとてもいいぞ」


「毎度あり」


 そういえばちょうど夏休み期間中だったので、俺は菅木の爺さんから紹介を受けた家屋敷、高級マンションの除霊を梯子した。

 かなりの件数だったが、その中でも歴史ある佇まいの土御門本家はとても豪華だった。

 せっかく偉大な除霊師であったご先祖様たちが建てた屋敷に居ついた悪霊を、その子孫たちが除霊できないのはどうかと思ったけど。


 安倍一族なんて、まだマシな部類だったんだな。


「補佐役にご指名いただき感謝すればいいか? しかし俺は必要か?」


「霊筒の運搬には慎重を期するので」


「その場で除霊しないで、閉じ込めた悪霊もいるのか。全部じゃないな」


「仲間に除霊してもらって実戦経験を積んでもらおうかと思って」


「誰も人が来ない山中に放たなければいいと思うぞ」


 例の元管師と共に、俺たちは都内を中心に除霊を続ける。

 そして、最後にあの男。

 元警視総監である岩城健吾の邸宅へと到着した。


「毎度、除霊師です」


「遅いぞ! 俺を誰だと思っているんだ!」


 除霊に来てやったのに、いきなり怒鳴りつけるとは。

 噂どおりの老害ってわけか。


「では、除霊代金をいただきます」


「お前のような若造を信用できるか! 先に除霊しろ!」


 先払いを要求したら、先に除霊しろと言ってくる。

 菅木の爺さんの言うとおりだな。

 こいつら官僚は基本的にセコイ人間が多いので、先に除霊すると厭らしく値引き交渉を仕掛けてきたり、最悪支払わないそうなので、俺たちは先払いしなければ除霊をおこなわないようにしていた。


「無料奉仕は嫌なので。ちなみに、俺のこれまでの除霊成功率は百パーセントです」


 この世界に戻って来てから、俺は除霊に失敗したことがないからな。

 嘘偽りのない戦績である。


「貴様ぁ! 俺が警察を呼べば、貴様などどんな罪状でもでっちあげて逮捕できるんだぞ! 前科者になりたくなければ、今すぐ無料で除霊するんだ」


「(これは極めつけだな)」


「(もう二度と天下れないから、ケチになったみたいだ)」


 土御門家に近いから、すでに退官していたこともあって、警視庁に見捨てられただけだ。

 途中で梯子を外されて不幸なおっさんだが、これでも東大法学部出なのは凄いと思う。

 きっと、加齢で知力を落としてしまったんだな。


「支払えない? では他の除霊師をお探しください」


「若造が! 除霊で十億だと! 高すぎる!」


「嫌だねぇ……土御門のシンパのくせに、除霊の報酬基準もわからないなんて。じゃあな、おバカさん」


「他に除霊師などいくらでもおるわ! なにしろこの俺は、元警視総監の岩城健吾なのだからな」


 根拠のない自信に満ち溢れる老害を放置して、俺たちは除霊行脚を終了させたのであった。

 それとこのおっさんの末路だが、自分の人脈とコネを過信していたため、次々と格安で除霊すると言ってきた詐欺師に引っかかり、大金を失ってしまった。

 ここで諦めて俺に頼めばいいのに、今度は屋敷を抵当に入れてまで詐欺除霊師に金を注ぎ続け、結局除霊はできず、ついに奥さんにも見放されて離婚。

 子供たちからも縁を切られ、離婚時に奥さんと分割した年金だけでは除霊で作った借金を返せず、自慢の屋敷は銀行に取り上げられてしまった。

 最後はボロアパートで酒浸りとなり、孤独死したそうだ。

 定年退職前の地位からは想像もできない最期。

 俺は人を殺さないが、俺および俺の大切な人に手を出そうとした奴には、ちゃんと復讐する。


 むしろ、俺に殺されていた方が幸せだったかもな。

 霊力が落ちるから、俺は人殺しはしないけどな。




「借金も返せたし、ひと財産築けた。俺はフリーの除霊師に戻るよ」


 今回の仕返しと除霊に協力してくれた元管師に謝礼を渡し、これにて土御門家、霊風に関する騒動の幕を下ろすことに成功したのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る