第71話 少女たちの想い

『随分と悪霊の数が多いが、大丈夫か?』


「当然、私はお客さんのあしらいには慣れているもの」




 近接戦闘は不得手だし、今ナギナタを習っているけど、久美子と同じく素人の域を出ていない。

 でも、レベルアップの恩恵もあるし、今日は私に向かってくる多くの悪霊たちに新曲の披露といきましょう。

 私の歌を聞いて、感動のあまり昇天すればいいわ。

 ちょっと普通の歌よりも霊力を消費するけど、さっき裕から貰った霊力回復薬で霊力はほぼ満タンだから大丈夫。

 六連聖五方陣で弱った悪霊たちを、まとめてあの世に送ってあげるわ。


 本当は、もう一つ覚えた歌で、裕のみをメロメロにしてみたかったのだけど、これはもう少し頑張らないとあいつには効果ないかも。

 他の男たちには効果絶大なんだろうけど、裕に効果がないと意味ないのよね。


 裕は、私がトップアイドルだったことすら知らなかったし、初対面でアイドルに会うのだからちょっとは嬉しそうにすればいいのに、いつもの態度のままだったから、最初はちょっといけ好かなかった。

 でも、裕がくれた水晶のペンダントは効果絶大で、ストーカーの生霊が迫ってくることもなく、私は久々にちゃんと眠れた。


 裕は外面だけがいいへなちょこ男ではなく、ちゃんと中身がある男だったというわけね。

 くれたペンダントも、『ちょっと素朴すぎるかなぁ?』と思わなくもないけど、その方が元トップアイドルである私の美しさが引き立つし、水晶やチェーンの質はとてもよかった。

 つまり、私はとても大切にされているってわけ。


 アクセサリーの類は、あの久美子だって貰っていないからね。


 ストーカー事件のあと、トップアイドルを引退して除霊師としての修行も始めた私だけど、歌の方は小さいホールで歌えているし、私としては武道館だろうと、戸高ホールだろうと、箱の大きさはそんなに気にならない。


 なんなら、別に裕にだけ歌を聞かせる生活でも……それは難しいか。


「(順調ね)」


 私の新しい歌は、ある種の音波魔法のようなものだ。

 こちらに向かってくる足軽みたいな悪霊たちも、兵隊みたいな悪霊たちも、私の傍に辿り着くまでに溶けるように消え去ってしまった。


 裕の六連聖五方陣のおかげで、みんなかなり弱っていたようね。


「この世の土産に、この葛山里奈の歌声を聞けたのだから感謝しなさい!」


 まだ付け焼刃のナギナタを使う機会がなくてよかったわ。


『酷い元トップアイドルがいたものだな』


「あら、ごめんあそばせ。菅木議員の葬儀の席で、ちゃんとおしとやかな鎮魂の歌を歌ってあげるわ」


『ありがたくて涙が出るな』


「でしょう?」


『葛山の嬢ちゃんに向かっている悪霊はいないな。六連聖五方陣の水晶柱を守りつつ待機してくれ』


「了解」


 裕が悪霊に敗れるとは思わないから、終わったらどこかに連れて行ってほしいものだわ。




「これは、短刀を使うまでもないですね」


「クソォーーー! トラエロ!」


「無理ですよ」




 忍が、スピードで悪霊に後れを取るわけにいかない。

 世間で言う忍者とは、間諜、スパイなどの諜報関係者というイメージが強いけど、当然戦闘技能にも長けた者は多い。

 私の場合、師匠の修行と、実戦によるレベルアップで霊力、身体能力共に大幅に増えていたので、迫り来る悪霊たちを次々とクナイや手裏剣で除霊していく。

 以前の私なら絶対にできなかった芸当だけど、六連聖五方陣で弱った悪霊たちは、師匠が霊器に加工したクナイと手裏剣の前には無力だった。


「ブカタチガ……ドコニイル?」


「ここですよ」


 一体だけ、旧軍の将校と思われる高位の悪霊がいたので、私はその後ろに回って短刀でトドメを刺した。

 悪霊相手にも気配を察知されない力を得られるとは。

 さすがは師匠。

 『お前は除霊師に向いていない』と養子に出され、半ば絶望していた私を引っ張り上げてくれた、強く優しい人なのだ。


 師匠は非常に優れた除霊師であり、同時にかなりの身体能力も有している。

 普段はなるべく使わないようだけど、忍である私にはわかっていた。


 除霊師として大きな力を得て、さらに偉大な師匠の護衛を死ぬまで勤められるなんて、これ以上の幸せがあるだろうか。


「(あとは、いつ閨に呼ばれるか)」


 私は師匠の子を産み、その子も優れた除霊師兼忍者にするという夢ができた。

 相川さんがいるから正妻は難しいけど、師匠のお情けをいただければ。

 そのためにも……。


「悪霊には、すべて消えてもらいます」


「ムネン……」


 多数いた悪霊たちの最後の一体を除霊し終わり、あとは師匠が無事金富山の霊団のボスを倒し終わることを願う私であった。




「視力が上がった? まあいいわ」




 これまでずっと浄化と除霊には付き添いがあった私だけど、今日は私一人で複数の悪霊に対応しなければならない。

 これが、広瀬裕に一人前扱いされるかどうかの試験というわけだ。


 菅木議員も一番私を監視しているはず。

 無様は見せられないわね。


 ステータスの出現とレベルアップにより、私は恐ろしいほど視力がよくなったような気がする。

 遥か遠くでこちらを伺う旧軍将校らしき悪霊がいるのだけど、急ぎ矢で狙撃したら一発で命中して消滅してしまった。

 今なら、インターハイでも優勝できるかも。


 今はそんなことよりも、除霊師として腕を上げる方が大切なのだけど。


『しまったな。葛城の嬢ちゃんのところが一番多いぞ。弓で大丈夫か?』


「当然」


 弓は複数の敵に対応しきれないと思われがちだけど、それを補うのがレベルアップというわけだ。

 広瀬裕から預かったお札を矢に刺し、私に迫り来る悪霊たちの中心部に放った。

 矢が地面に突き刺さるのと同時にお札が炸裂し、青白い爆風で一度に十数体の悪霊たちが除霊され、消滅してしまった。


「名付けて『地雷矢(じらいや)』ってところね」


『古いネーミングセンスじゃな』


 菅木議員や、うちの生臭ジジイほどじゃないけどね。

 確かに数は多いけど、先日みたいに空から襲いかかってくる動物霊はいないので……菅木議員の話だといるみたいな口調だったけど、六連聖五方陣で除霊されてしまったのだと思う……その点は非常に楽だった。

 続けて『地雷矢』を放って、悪霊たちを纏めて除霊していく。

 トドメに、山腹に確認できた鎧武者の悪霊を狙撃して除霊したところで、私の周辺から悪霊の気配は消えてしまった。


『なるほどな』


「なに? 菅木議員?」


『会長の孫娘が、ここまで優秀な除霊師に成長するとはな。また利用しようとするかな?』


「冗談じゃないわ」


 私は生臭ジジイの道具ではない。

 弓は除霊師をしていれば続けられるし、今後下手に生臭ジジイと関わったら、どうせあいつのことだ。

 無間宗の腐れ坊主か、日本除霊師協会で力のある有力者の息子と結婚させられかねない。

 私は政略結婚なんてゴメンだ。

 私が気になる男性といえば……そうよね。

 今のところは広瀬裕しかいないし、私が除霊師として大成するには、生臭ジジイに関わっている暇なんてないのだから。


 それなら、広瀬裕の傍で除霊師としての修行を続けた方がいい。

 なんだかんだいって助けてくれたし、一つ年下でちょっと頼りないかもしれないけど、そこは年上の私がフォローすればいいのだから。


「生臭ジジイに会ったら、早く会長を引退したら? って言っておいて」


『それはないな。奴はああ見えて、歴代でもトップクラスの力がある会長だからな』


「ろくなもんじゃないわね」


 なら、このまま高校卒業まで広瀬裕の傍にいるわよ。

 別に一緒にいて不愉快とかそういうこともないし、一緒にいると自然というか。

 不思議な感覚もあるから、これでいいのよ。


「ところで、広瀬裕は?」


『今頃、悪霊の群れを突っ切っているはずだ』


「常識外れなことをするわね」


『あいつはそれができるのさ』


「そう、なら……」


 一つ、試してみたい技があった。

 レベルアップしたら頭に浮かんできたのだけど、放った矢が強い悪霊目掛けて飛んでいく、ホーミングミサイルみたいな技って。

 視認できない悪霊でも標的にできるそうなので、ここは一丁広瀬裕に私の成長を見せるチャンスというわけね。


 わざわざそんなものを見せる必要があるのかって?

 だって、相川さんたちと差があるなんて嫌じゃない。

 広瀬裕に戦力外扱いされると嫌……私と広瀬裕は、対等のパートナーでなければならないのだから。

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