第46話 お香襲来
『パパ、パパにお願いがあるんだ』
『お願いとはなんだ? 高志よ』
『パパは知ってる? 高城城の悪霊が除霊されたのを』
『当然だ。高城市付近を選挙区にしている政治家には献金をくれてやっているのだからな。まあ、菅木議員は別だが……』
『あいつは偉大なる戸高家の敵だものね。僕、いいアイデアを思いついたんだ』
『聞こう』
『また竜神会の連中が出張って来て、今度は高城城を手に入れたんだよ。なんかムカつくじゃん。だから、うちで貰っちゃおうよ。永らく立ち入り禁止だったお城だから、いい観光資源になると思うんだ』
『修理が必要だろう。長年手つかずだったんだから』
『修繕しても元は取れるよ。だって、今はお城ブームだって聞いたからさ。パパ、お願い』
『まあ、よかろう』
『やったぁーーー! ありがとう、パパ』
やはり持つべきは優しいパパだね。
これで、竜神会と菅木のジジイと広瀬裕を出し抜ける。
あいつら、また除霊した城を無料で獲得しようとしているようだけど、そうは問屋が卸さない。
戸高不動産で入手して、これを観光資源にすれば儲かるはずなんだ。
元々高城城は国の所有だけど、厄介な悪霊が解放された以上、誰かが有効活用しなければならない。
ならば、それに一番ふさわしいのはこの僕、戸高高志というわけさ。
あれほどのお城だ。
貧乏神官でしかいない竜神会でなく、この地の支配者となる戸高家の次期当主、つまり僕が持つに相応しいお城だよ。
小癪にも、除霊したのはまた広瀬裕だったけど、パパに頼めば高城城の入手なんて簡単だ。
この城は、殿様たる僕に相応しい。
広瀬裕。
成り上がり者はこの世の仕組みをその身で理解し、無駄働きになったことを精々悔しがればいいさ。
少しくらい除霊師として優れているからといって調子に乗りやがって。
城などというものは、高貴な生まれである僕のために用意されたものなのだから。
まあ、修繕した高城城を下々の連中に見せてあげるくらいの配慮は、大器である僕も拒まないさ。
精々羨むがいい。
どうだい?
広瀬裕
庶民でしかないお前が少しくらい除霊師として優れていても、結局一番美味しいところは高貴な生まれの僕が持っていく。
お前は、その生まれに相応しい謙虚さを身につけるがいいさ。
「僕のお城ぉーーー!」
命がけの除霊なんて生まれが卑しい広瀬裕たちに任せ、僕は高所から下々を支配する。
これこそが、その生まれに相応しい生き方なのだから。
「で……結局、高城神社以外は全部戸高不動産が掻っ攫っていったと?」
「すまんとしか言えない」
「菅木議員! 安倍一族との契約はどうなっているのです?」
「そういう契約だったんだが、高城城は国の所有であって、安倍一族の所有ではないのでな。契約も秘密の裏契約なわけで、そこを戸高高臣に突かれた。高城市選出の議員と組んでな。あそこの議員は野党選出なんだ」
「無能ね」
「無能よ」
「小娘三人に言い返せない自分が悔しいわ」
本来の契約では、高城神社を含む高城城や立ち入り禁止となっていたその周辺の土地は竜神会に譲渡される予定であった。
ここを竜神会が修繕して観光地化し、ゼロ物件から解除して納税してくれるようになれば、国も高城市も得をする。
という話で、安倍一族も岩谷彦摩呂のおバカな行動の後始末料込みで政治家などへの働きかけをする予定だったのだが、ここであの男が動いた。
究極のバカである戸高高志が偉そうにしていられる最大の要因。
彼の父親である戸高高臣が裏で動き、高城神社以外は戸高不動産の、要するに戸高高志のものとなってしまったのだ。
戸高高臣からすれば、まず失敗しないであろう高城城の観光地化を、選挙に出る予定である戸高高志の功績にしたかったのであろう。
そんなわけで、戸高高臣に出し抜かれた菅木の爺さんは、久美子たちに責められながら珍しく落ち込んでいた。
「高城神社は取られなかったんだ」
「戸高高臣も、神社の経営は専門外というわけだ。あとは……」
「竜神会を敵に回したくないわけだ」
「そんなところであろうな。高城神社まで得たはいいが、どうしようかわからずに荒廃させたら、彼の評判も落ちる。それに、高城神社は高城家が建立したものだからな。戸高家の人間としては必要ないのであろう。心情的にも」
これまでの経緯から、戸高家と高城家の仲は悪かった。
高城弥之助で絶えた高城家本家ではあったが、傍流が幕府から旗本に任じられて生き残っており、彼らとはやはりとても仲が悪いのだそうだ。
数百年もいがみ合って大変だなとは思うが、向こうの世界でもそんな貴族珍しくなかったからな。
人間とは、そういう生き物なのであろう。
「ただ、安倍一族にはペナルティーを払わせた」
そう言うと、菅木の爺さんは一枚に小切手を俺に見せた。
その小切手には、なんと三十億円の金額が書かれていた。
「高城城の土地代込みか」
「あと、岩谷彦摩呂のアホぶりへの慰謝料でもあるな」
「ああ、ある意味羨ましい性格をしているよな。あいつ」
あのあと、意識を失っていた岩谷彦摩呂とその信奉者たちは安倍一族により救助されたそうだが、なんと彼は高城弥之助を除霊したのは自分だと思っているらしい。
真実を知っていて、あえてそういう風に動いているのならまだ理解できるが、彼は本心で自分が高城弥之助の悪霊を除霊したと思ってるというから、ある意味最強かもしれないな。
「裕ちゃん、どうしてそういうことになるの?」
「勘違いする理由はあるんだ。あいつらは、実際に強くなっているから」
この世界の除霊師は、俺、久美子、涼子、里奈以外はレベルアップしないが、除霊を続けていれば非効率ながら、少しずつ強くなっていく。
今回の場合、彼らは高城弥之助に捕らえられ、操られた。
「悪霊に操られるということは、その人物の霊体、霊力をその悪霊に押さえつけられるわけだ。一種のトレーニング状態となる」
「でも、普通は廃人になるか死ぬよね?」
「そこが、岩谷彦摩呂の『持っている』部分なんだろうな。彼とその信奉者たちは生き残り、しかも霊力も上がっている。強い悪霊を倒すと、除霊師は強くなるから」
レベルは上がらないので、百の霊力が百二十になったとかが限界だろうけど。
それでも二割もアップすれば、除霊師本人は強くなったことを自覚できる。
強くなったということは、自分は悪霊を除霊したんだと勘違いしてもおかしくはないのだ。
「安倍一族の対応もまずいのよね。なまじプライドが高いから、高城城の除霊の功績も安倍一族のものにしようとした」
安倍一族は、日本で一番優れた除霊師一族である。
この評判を守るため、俺たちの功績を金で買う契約をしていたのも悪かった。
現当主や長老会は、岩谷彦摩呂に『お前は悪霊に捕らえられていただけだろうが!』と言えなくなってしまったのだ。
彼らが高城城に行った以上、高城弥之助の悪霊を除霊したのは岩谷彦摩呂と安倍一族の若手除霊師たちということにしなければ、話の辻褄が合わなくなってしまう。
「仕方なしにそうしても、あいつら余計増長するだけじゃない?」
「そうね。現当主と長老会が与えた功績で岩谷彦摩呂の安倍一族内での支持は大幅に上がり、彼らとその信奉者はますます反現当主・長老会の姿勢を強めるでしょうね」
もう一つ皮肉なのは、今回の事件で岩谷彦摩呂は涼子を除く安倍一族の中で一番霊力が高い除霊師になってしまったかもしれないということだ。
あの時現当主と長老会が見捨てていればよかった……しかし、将来有望な若手除霊師二十名近くを見捨てれば安倍一族は衰退してしまっただろう。
「同じく、悪霊に捕らえられていた若手除霊師たちも霊力が上がったわ。彼らは岩谷彦摩呂に感謝して、彼の親衛隊のような立場になりつつある。他の若手除霊師たちも、彼について行けば安心だと支持が伸びている状態ね」
「皮肉にもほどがあるわね」
歴史のある除霊師一族ってのも色々と大変なんだな。
あちらを立てればこちらが立たずなのだから。
「でも、岩谷彦摩呂の悪運ってどこまで続くのかね?」
なんか、ちょっと興味が出てきた。
彼が危うい綱渡りをどこまで続けられるのか。
「岩谷彦摩呂のことは安倍一族の責任として、問題は戸高高志じゃないかしら?」
「ああ、高城城ね。最悪な決定をしたな。戸高高志の父親は」
彼は除霊師ではないから、長年悪霊に占拠されていた土地や建物にすぐ手を出すリスクを知らなかったのであろう。
「商売人にとってスピードは武器なのではないかしら?」
「普通の商売はね。でも、涼子もあの時見ただろう? 高城弥之助の過去を」
「ええ」
「だからさ。確かに彼は優れた商売人だけど、霊的な問題、人間の心について甘く見ている。高城城は、もうひと波乱ある可能性が高い物件なんだよ」
竜神会が高城城を得ていれば、それに容易に対応できた。
俺が再び除霊すればいいからだ。
「ところが、高城城はすでに戸高不動産が獲得してしまった。ならば、高城城になにかあった場合、それをなんとかするのは戸高不動産の役割ということになる。俺も安倍一族も知らないなぁ。金を積むしかないよね。当然相場の」
「裕、あの高城城に再び悪霊が来るというのか? 誰の?」
「高城弥之助を好きだった人」
本来彼が継ぐはずだった道場の娘、お香という名の少女。
彼女は悪霊化している可能性が高い。
しかも、当時は高城城内にいなかったので、どこかに潜んでいる可能性が高いわけだ。
「他の悪霊の時と違って、どうしてあの時、俺たちの脳裏に高城弥之助の過去が見えたと思う? あいつは知っていたんだ。お香という少女が外で悪霊化しているのを。彼女は恋焦がれていた弥之助に合流しようとした。だが、弥之助は他の悪霊を霊団化するのではなく、吸収してしまう悪霊。あいつは、お香の悪霊を吸収したくなかったから、彼女を拒絶したのだと思う」
そして今、高城弥之助の悪霊が除霊されたので、彼女は弥之助を求めて高城城にやってくるであろう。
彼と同じく厄介な悪霊である彼女は、確実に再び高城城を再占拠してしまうはず。
つまり、結果的に菅木の爺さんは間違っていなかったということになるわけだ。
「お香なんて女性の話、ワシは聞いていなかったぞ」
「言う必要なかったかなって」
もし高城城が竜神会のものになるのであれば、お香の悪霊が来ても俺が対応できたからだ。
安倍一族や戸高家の連中に教えてやる義理?
そんなものはないな。
「さて、戸高高臣は再び高城城が悪霊に占拠された場合、どう対応するかな?」
普通に考えれば安倍一族に除霊を依頼すればいいわけだが、先日の事件の混乱も完全に収拾できていないようだし、除霊費用を支払えば、高城城の観光地化で黒字化するのも大分先になる。
四百年以上も放置されていたのだから、当然大規模な修復が必要だからだ。
「やれやれ、とんだ悪たれ小僧だな。裕は」
「信じてもらえるかどうかは知らないけど、向こうの世界でも戸高高志みたいな奴はいたからな」
己が利益を得ようと俺を出し抜く際、同じ除霊師としてのフィールドで戦わず、他のルール……政治、人脈、経済などで俺を圧倒しようとするわけだ。
それで何度か損をしたこともあるけど、俺が仕返しでその分野に手を出しても、門外漢なので余計に損害が広がる。
結局自分の得意な分野を利用して、そいつを出し抜き返すしかないわけだ。
「そういうわけだから、暫くは様子見だな。その前に、高城神社の防衛が必要になるけど」
お香も悪霊化しているので、本能で弥之助を求めた結果、高城神社まで占拠しようとするかもしれない。
ここは、五芒星の結界を事前に張っておいた方がいいというわけだ。
「神社も修繕しないとな」
高城神社も、高城城みたいに四百年以上も放置されてきたのだ。
傷みは激しく、修繕しないと参拝客を入れるわけにいかなかった。
「裕ちゃん、修繕は私も手伝うよ」
「頼む、久美子」
そのあと、俺と久美子で高城神社に五芒星の結界を張り、夜に治癒魔法で神社の修繕を行った。
「昔のままの神社で趣があるわね。でも、いきなり神社が直って変だと思われないかしら?」
「大丈夫さ」
ここは、国や高城市によって立ち入り禁止にされていたから、みんなも正確な神社の状態なんてよく知らないのだから。
突貫工事で、見た目だけ綺麗にしたとか言っておけばいいだろう。
「裕、お香の悪霊っていつ来るの?」
「弥之助の霊的な圧力が消えたことは確認しているだろうから、最悪、今すぐにでも……来た!」
「裕ちゃん、お香さんの悪霊って……」
「弥之助が去って、お香が来たって感じね」
「元の木阿弥よね」
「ヤノスケサマハドコォーーー!」
これまで弥之助の悪霊によりこの地に近づけなかったお香は、長年鬱憤を溜めていたのであろう。
周囲に禍々しいまでの霊力をひけらかしながら、高城城へと入って行った。
「化け物だぁーーー!」
「逃げろ!」
「こらっ! 僕のために一日でも早くこの城の修復をしろよ!」
「無理ですよ! 若様も逃げて!」
「ヤノスケサマジャナイ! コンナダルマ、ヤノスケサマジャナイ!」
「誰がダルマだ! 戸高家の次期当主たる僕に向かって、いくら悪霊でも失礼な物言いは許さないぞ!」
「ヤノスケサマハドコォーーー?」
「一時撤退だ!」
高城城で修復の打ち合わせをしていた戸高高志一行と建設会社の社員たちは、突如現れたお香の悪霊に恐れ戦き、その場から逃げるように城から出てきた。
「戸高高志の悪運も大概よね」
「ああ」
あの状況なら、お香の悪霊に呪い殺されても不思議ではなかったのだけど……。
とにかく、高城城が再びお香の悪霊によって占拠されたことにより、状況は完全に振り出しに戻ってしまったのであった。
『再び高城城除霊? 私は君みたいな下種な男の依頼など受けない』
『なんだと! 少しばかりいい大学を出ているからって威張りやがって!』
『少しばかり? 聞いたこともない大学に、入試で名前だけ書いて合格した、自称名門戸高家の次期当主様よりは圧倒的にマシだと思うけどね。私は君のような下種な人間とは関わり合いたくないのさ』
『悪霊が怖いだけのくせに!』
『では、君が自分で除霊すればいい。口だけの若様がね』
『表面上のスペックばかりの雑魚が!』
『その表面上のスペックもなく、ただ親の七光りを自分の能力だと勘違いしている君に言われたくないね。さあ、出口はあそこだよ』
『言うに事欠きやがって! いつか吠え面かかせてやる!』
『できるといいね、親の七光りの君が』
「という罵り合いののち、戸高高志による安倍一族への除霊依頼交渉は決裂したそうよ」
「戸高高志と岩谷彦摩呂って、相性が最悪だったんだね」
「表面上のスペックはともかく、似た者同士の印象があるけどね」
高城弥之助を求めるお香の悪霊により、高城城は再び占拠されてしまった。
一日でも早く高城城を観光地化したい戸高高志にとっては大打撃であり、彼は安倍一族に再び除霊を依頼しに向かったわけだが、応対した公的には高城弥之助の悪霊を除霊したことになっている岩谷彦摩呂とは相性が悪かったようだ。
交渉は決裂。
お互いに罵り合いを続けたのち、除霊を安倍一族に頼むことはできなくなってしまった。
この二人、実は俺は似た者同士だと思っていたんだが、意外と相性が悪かった。
表面上のスペックはいいけど、意識高い系で自意識過剰で無責任な善意の塊である岩谷彦摩呂と、表面上のスペックは最悪で中身もクズだが、親の七光りで根拠のない自信に満ち溢れている戸高高志。
相性が悪くて当然なのか?
ある種の近親憎悪?
共に、悪運が強いという共通性はあるけど。
「それでどうするんだ? 戸高不動産は」
高城弥之助の悪霊が除霊された時点で、ゼロ物件条件は解除されてしまったからな。
再認定するには時間もかかるし、元々高城城を観光地化して収益を出し、ちゃんと納税するからという理由で戸高不動産が割り込んだというのに、この様では戸高高臣もダメージを受けてしまう。
さて、敏腕経営者である彼はどうするのかな?
「でも、このままだと神社に誰も参拝客が来ないよね」
結局、高城城の再占拠のせいで、高城神社も立ち入り禁止の処置が解けていないからな。
正確には、俺たち関係者のみが出入りして整備を進めていたわけだけど、このままだと一般人は入れないままだ。
「裕、あんたなにかあてでもあるの?」
「あてというか、戸高高臣は優秀な経営者だ。優秀な経営者でも時には失敗はするが、そんな時に優秀な経営者は、早々に損切をして損失を抑えることができるというわけだ」
「裕は、戸高高臣が損切りをすると?」
「話に聞く限りにおいては、戸高高臣は優秀な経営者だからな」
事実上、没落していた戸高家を与野党の大物政治家たちが気を使うまでの大きさにしたのだから。
それに、あのおバカな戸高高志の尻を拭い続けながら大きくなり、多額の金を稼いでいる点も凄いと思う。
あいつがいなければ、戸高高臣はもっと会社の規模を大きくしていたはずなのだから。
それなのに戸高高志を切り捨てないのは……彼も人の親なのであろう。
そんな彼が、もうマイナスしか生まない高城城に拘るわけがないと思うのだ。
「そうかな? ああいう大物企業経営者って、妙に自分に自信があってプライドが高い人が多いから、失敗は認めたくないんじゃないかな?」
里奈は、メジャーアイドル時代にそんな経営者とばかり顔を合わせていたわけか。
大企業のサラリーマン経営者だと、自分で会社を一から立ち上げたわけではなく、優秀な社員からの成り上がりで、大半が高学歴のエリートだからそうかもしれないな。
だが、戸高高臣は一から成り上がった男だ。
俺は確実に損切りをすると思っていた。
「裕、ここにいたか? 戸高高臣から裕に伝言がある。『今回はお前にしてやられたようだな。だが私は、高志を必ず政治家にしてみせる。戸高市の実質上の殿様にしてみせるぞ』だそうだ」
「とんだ風評被害だな。俺がわざと、戸高高臣に高城城を押しつけたみたいじゃないか」
自分が先に手を回して入手したくせに、これだからアクの強い起業家は嫌なんだ。
性根が下劣なんだよな。
あと、あのアホ息子をどうにかしろ。
「裕ちゃん、どういうこと?」
「つまり、高城城は竜神会に無料で譲渡するので、あとはお好きにというわけさ。そうだろう? 爺さん」
「そうだ。よくわかったな」
これ以上意地を張って高城城に拘っても、いつ除霊が終わるかわからないからな。
なにしろ、肝心の戸高不動産のトップである戸高高志が岩谷彦摩呂と喧嘩してしまったのだから。
採算を度外視してでも、高城城の観光地化を成し遂げ、選挙の宣伝に使おうとする作戦すらできなくなってしまった。
潔く手放すのが賢いというわけだ。
「戸高高臣は、どうしてバカな息子に拘るんだろうな?」
「優秀な起業家・経営者でも、親としてはイマイチ。そんな奴、珍しくもなかろう?」
別に金がないわけではないのだから、適当に金を与えて飼い殺しにするという手もあるのに、随分と胡乱な手を使うんだな。
「それよりも、一秒でも早く高城城を除霊しないと、この土地はすでにゼロ物件を解除されているのだ。税金や経費で竜神会が困るぞ」
「除霊は今すぐにでもできるさ。行こうか」
俺たちは、その足で隣の高城城へと向かうのであった。
「ヤノスケサマ? チガウーーー!」
「うわっ! おっかねえ!」
高城城の敷地に入った瞬間、俺は若い着物姿の女性に襲いかかられた。
彼女が、高城弥之助の婚約者であったお香であろう。
「裕君、いきなり除霊するの?」
「そうだけど」
「ちょっと、同じ女性として彼女が可哀想な気がして……裕君を危険にさらすわけにいかないから仕方がないとは思うのだけど……」
「そうだよね、お香さんは四百年以上も弥之助さんを探していたわけだし……」
「これまでの悪霊と同じように除霊したら、ちょっと可哀想な気はするわね」
久美子たちは、同じ女性としてお香の境遇に同情しているわけか。
お香の父親が経営していた道場を継ぎ、二人仲良く暮らすはずが、弥之助が高城家が改易されないようにと家を継ぐ決意をしたら、戸高家に暗殺されたのだから当然か。
しかも、高城家を継いで欲しいと頼んだ高城家に家臣に裏切り者までいたのだから。
以後、悪霊化した弥之助はすべてを拒絶して一人戸高家の人間を討つべく力を蓄えていて、悪霊化したお香を自分に近づけさせなかった。
その思いの強さのせいで、お香もかなり厄介な悪霊になってしまったのだから、可哀想といえば可哀想なのか。
「お香という娘は弥之助の死後、誰とも結婚せず、道場は養子にした門下生に継がせたそうだ」
「弥之助さんを待っていたのかな? お香さん」
「よほど弥之助を好きだったのね、お香さんは」
「純愛ね」
女性はこういう話が好きだなと実感する瞬間だ。
というか、霊に同情すると憑かれてしまうリスクがあるので、やってはいけない行為……それを言うと俺が悪役になってしまいそうだな。
それに、俺は無理やりお香さんを除霊しようとは思わない。
なぜなら、それは効率的ではないからだ。
「もっと穏便な方法で天に帰ってもらうから、いきなり神刀ヤクモで斬りつけはしないけど」
俺は、『お守り』から特殊な香炉とお香を取り出した。
「除霊の対象がお香なので、お香か?」
「「「「……」」」」
ここで、菅木の爺さんがしょうもないダジャレを口にしたので、俺たちの間に寒い空気が流れていった。
「これだから年寄りは……これは、『召魂香』というすでに天に昇った者を呼び出すお香だから」
「そういうのは、憑依体質を持つ除霊師の仕事だと聞くがな」
この世界だとそうであるが、向こうの世界だとこういう方法もあるというわけだ。
俺は、香炉にお香を入れてから火を炊いた。
煙が天に昇り、暫くすると香炉の上に、先日除霊した高城弥之助の霊が出現した。
「高城弥之助に迎えに来させたのか」
「正解」
無理に強い霊力を使って除霊するだけが能ではないということだ。
すべての悪霊に効果があるわけではないが、お香の悪霊ならこの方法で十分だ。
除霊とは、その相手を見て方法を変える必要がある。
「この世界の除霊師の方が、こういう方法も積極的に使うんだと思ってた」
「ここ数十年ほどで大分そういうのは減ったな。資金力がある除霊師が、高価な霊器とお札でゴリ押しする。岩谷彦摩呂を見てわかると思うが」
こういう方法の方が効率いいのに、というか代々霊力が減っているのなら工夫する必要があるのに、安倍一族でも除霊師の質は落ちたというわけか。
「ヤノスケサマ?」
「オコウ……」
「ヤノスケサマ!」
「オコウ!」
お互いの姿を確認した二人は、その場で抱き合った。
四百年ぶりの再会というわけだ。
「あの世で修行し、来世で添い遂げられることを祈る」
「オコウ、マイロウ」
「ヤノスケサマガイレバ、ワタシハドコマデモ」
悪霊特有の険の表情から、婚約者との再会による喜びで笑顔を浮かべるようになったお香と、彼女と無事再会できた弥之助は、そのまま天へと昇っていく。
俺たちは、そんな二人をいつまでも見つめ続けるのであった。
「さすがは裕ね。金の力で除霊するしか能のない岩谷彦摩呂のボンクラとは大違いよ」
「ようやくあの二人は結ばれたのね。よかったわ」
「まるで将来の私と裕ちゃんみたい」
「「はあっ?」」
無事、穏便で効率がいい方法でお香の除霊に成功した俺であったが、それを見ていた久美子が爆弾を投下してしまった。
天で添い遂げるであろう二人を見て、まるで将来の俺と自分のようだと言ってしまったのだ。
これには、涼子と里奈がすぐさま異論を述べ始めた。
「相川さんはなにを言っているのかしら? 将来ああなるのは、私と裕君なのよ。幼馴染という長所しかない相川さんは、そのまま裕君と幼馴染のままで人生を終えるの」
「今さら、政略結婚とか言っている健康ヲタクお嬢様がなにか妄想を言っているわね。裕は、私と一番相性がいいのよ。だって、私は裕にストーカー霊から助けてもらったし」
「裕ちゃんは真面目に仕事をこなすから、裕ちゃんの能力に疑問を抱いていた元メジャーアイドルでも、仕方なしに相手していただけなのにね。裕ちゃんと私は幼い頃から仲良しで相性も抜群だし。弥之助さんとお香さんの関係に一番近いわね」
「どこがよ。相川さんは、お香さんみたいに健気じゃないじゃない」
「やれやれね。私がどうして健気なところを清水さんに見せなければいけないのかな?」
「今時健気とか、いつの時代の話ですかって。私と裕は、相性バッチリだから」
「「それはない(わ)」」
「なんですって!」
なぜか誰が俺と将来結婚するか言い争いを始める三人。
せっかく、ようやく再会した婚約者同士が一緒に天に昇っていく感動的なシーンなのに……。
「爺さん、こういう時はどうすれば……逃げやがったな!」
俺が助けを求めた菅木の爺さんであったが、誰にもわからないように逃げ出していた。
あの爺さん、実は除霊師としてもやっていけそうな気がするのは、俺の気のせいか?
「私は、小学校三年生まで裕ちゃんと一緒にお風呂に入っていた仲だから」
「それは可哀想ね。まな板のような胸を見せられて」
「清水さんは、今もまな板だものね」
「私は標準よ! それに、葛山さんの方が小さいし」
「そんなに変わらないでしょう! それに、私はキュートだから」
「口と態度が悪いくせに」
「私は自分に正直なのよ! 裕もこういう女の子の方が新鮮で可愛いって言うに決まっているわ」
「それは、葛山さんの妄想の類ね」
「うるさいわね! この健康ヲタク!」
「似非アイドルがどうかしたのかしら?」
「酷い言葉。やっぱり裕ちゃんには、癒し系の私が一番」
「「自分で癒し系とか言うな!」」
「……」
それから一時間ほど。
菅木の爺さんが呼んだ竜神会の人たちが現れるまで、三人はずっと言い争いを続けていたのであった。
余計な口を出すと危険だと本能で察知した俺は、その場で静かにしていた。
これも生活の知恵である。
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