第19話 除霊終了後

「裕よ。戸高豊後守と安倍清明の除霊は成功したのか?」


「わかるだろう? 菅木の爺さんは」


「あの安倍一族が返り討ちにされた戸高備後守に加え、悪霊化した安倍清明以下数名の除霊師たちまで完全に除霊するとはな。葛山刑部の悪霊の件と合わせて、裕は剛以上の除霊師だな」


「急に褒めてなんだ? 実は明日死ぬとか?」


「お前のそういうところは、剛によく似てるな。ワシはあと四半世紀は死なない予定なのでな」





 久美子と手を繋ぎながら戸高ハイムの入り口まで降りると、まだ菅木の爺さんは待っていたようだ。

 政治家で忙しいだろうから、もう帰っていると思っていた。

 意外と、律儀な部分もある爺さんのようだ。


「嘘をつくな! 我ら安倍一族以外の除霊師が、あのような凶悪な悪霊を退治できるわけがないのだ!」


「帰るわけなかろう。このようなわからんちんがいるのだから」


「確かに……」


 というか、こいつら除霊師なんだから、悪霊の気配ぐらい探ってくれと思う。

 C級だとできない奴も多いけどな。


「誰がわからんちんだ! 我々を誰だと思っているのだ!」


「我らは、安倍一族に属する除霊師だぞ!」


「本来、己の実力のみが評価されるはずの除霊師という仕事で、寄らば大樹の陰とは嘆かわしい」


「除霊師でも大企業病ってあるんだな」


「人間が逃れられぬ業だな」 


 菅木の爺さんが、ちゃんと俺たちを待っていたわけだ。

 戸高ハイムの封印に参加していた安倍一族に所属する除霊師たちが、俺たちに食ってかかってきた。

 除霊で当主を死なせてしまい、自分たちでは封印するしか手がない悪霊を、俺のような若造が除霊できるわけがないと本気で思っているのだ。


 俺たちに食ってかからないわけがない、というわけだな。


「やれやれ、気配でわからぬのか。安倍一族の除霊師も質が落ちたものだな」


「なんだと! そんなわけが……そうだ! 一緒に戸高ハイムに入って行ったうちの清水涼子がいるではないか! 彼女が除霊したんだ!」


「そうだ! 彼女は安倍清明の娘だからな」


 なるほど。

 人間は切羽詰まると、自分の都合のいいようにしか考えられなくなるのか。

 最悪、こいつらが口裏を合わせて竜神会に除霊費用を請求するかもしれず、それを防ぐために菅木の爺さんがいるわけだな。


「そんなわけがあるか。彼女には才能があっても、いまだ安倍清明に遠く及ばずの状態だった。彼女に倒せるわけがない」


「そうね」


「「「涼子か!」」」


 とそこに、安倍清明愛用の霊器である槍を持った清水さんも降りてきた。

 どうやら無事に、父親との最期の別れを済ませられたようだ。


「戸高備後守の悪霊も、安倍清明も、除霊したのは広瀬君よ。私は、消える安倍清明からこの槍『髪穴』を託されただけ」


「霊器『髪穴』をか?」


「そういえば変わった名前だね。どうして槍なのに、『髪穴』なのかな?」


 久美子は、先ほど聞けなかった『髪穴』の由来を清水さんに尋ねていた。


「ええ、その鋭い突きで、髪の毛にも穴を開けられるって意味らしいわ。広瀬君には効果なかったみたいだけど」


「食らっていたら、髪どころか顔に穴が開いていたな」


 霊器は普通の武器でもあるので、ヤクモと違って物理的なダメージも与えられる。

 元は名工の作った槍であろうから……数打ちの量産品が霊器になるわけないので当たり前だが……ちゃんと生物にもダメージは与えられた。

 その分、ヤクモほど怨体や悪霊への効果はないようだが、もしこの槍で顔でも突かれていたら、俺は最悪死んでいたかもしれない。


「清水さんに託されたわけか」


「ええ。まだ使えないけど。持てるだけマシなのかもね」


 霊器とは、霊力が一定以上ないと持つことすらできないというわけか。

 俺の神刀ヤクモと同じだな。


 さらに、霊器を使いこなすにはさらに多くの霊力が必要となる。

 清水さんが『髪穴』を使いこなせるようになるには、相当な修行が必要なはずだ。


「さて、竜神会が戸高銀行より譲渡された戸高ハイムは、こうして無事に除霊されたわけだ。そこの若いの、安倍一族の長老たちに報告して、なるべく早くここから撤収するのだな」


「……そんな……安倍一族以外の除霊師が、悪霊化した前当主まで……」


「衝撃のあまり現実逃避か……安倍一族も、ここ二~三十年で軟弱なのが増えたの……」


 人材の小粒化は、歴史が長い除霊師一族ならではの悩みというわけか。


「菅木議員、長老たちには私が報告に行きます。実際に見ていますので」


「そうか、頼むぞ」


 どうやら、安倍一族の失態で心ここにあらずな若い男性除霊師たちよりも、清水さんに伝言を頼んだ方がよさそうだ。

 菅木議員も、俺と同じ考えらしい。


「では、お嬢さんに頼もうかの」


「では、私はこれで。また会いましょう。裕君」


 最後にそう俺たちに挨拶をすると、清水さんは長老たちに今日の件を報告するためその場から去って行った。


「俺はそのようなことは信じないぞ! 封印を解くな!」


 一方、責任者と思われる男性除霊師の方は、他の除霊師たちに戸高ハイムの封印を解くなと怒鳴っていた。

 長老たちから封印解除の命令がくるまで、ここで封印を続けるのであろう。

 ちょっと探れば戸高ハイムに悪霊も怨体もいないことは明白なのだが、彼は上から言われたことを忠実にこなすことが一番大事で、事実などどうでもいいのであろう。


 組織化して力を維持し続けた安倍一族だが、どうやら大企業病のようなものにかかっているようだ。


「まあ、後始末が色々と面倒だが、これはワシがやっておく。高校生は早く寝て学校を休まないようにな」


「わかったよ」


 除霊の代金で貰った高層マンションだが、俺たちにはどう後処理すればいいかわからないからな。

 菅木の爺さんに任せた方がいいであろう。

 そういえば、この戸高ハイムには安倍清明以下殺された除霊師たちの遺体もあるはずだ。

 それの処理もあるのであろう。

 警察が絡むので、菅木の爺さんに任せた方が安心だな。


「それに、裕は言い訳を考えておいた方がいいぞ」


「言い訳? 誰に?」


「そんなの、相川の嬢ちゃんに決まっておる。なあ?」


「はい。裕ちゃん、どうして清水さんは、急に呼び方が広瀬君から裕君に変わったのかな?」


 そう言われてみると確かに、さっき去り際に清水さんは俺を『裕君』と呼んでいた。

 久美子と一緒に降りてきた俺と、父親と最期の別れをしていた清水さんとの間に、呼び方が変わるようなイベントがあるわけもなく、どうして呼び方が変わったのか? 逆に俺の方が聞きたいくらいなのだから。


「事前にそういう約束をしていた? 私のいないところで?」


「そんなわけないだろうが!」


 俺に、清水さんの心境が変化した理由なんてわかるはずがない。

 それに、だからといって俺が清水さんとつき合い始めとか、まずあり得ないのだから。


「爺さん、俺はまったく悪くないぞ!」


「それをワシに言っても無駄だな。ちゃんと本人に説明せい」


「そんな急に、裕君とかおかしいよね?」


「だから知らないって!」


 無事、戸高ハイムの除霊を成功させた俺たちであったが、理不尽な理由で久美子にヤキモチを焼かれ、翌朝学校を遅刻してしまいそうになるのであった。

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