第12話 重要秘匿情報

「みんな、今日は転入生を紹介するぞ」


「えっ、今頃? まだ入学式から一か月も経っていないけど……」


「急遽そういうことになったんだ。清水、入って来い」


「はい」




 安倍一族が戸高ハイムの除霊に失敗した二日後、俺たちが公休明けに登校すると、HRで担任の中村先生が転入生を紹介するという。

 入学式から一か月と経っていないこの時期に珍しいなと思ったクラスメイトたちであったが、俺はその転入生を見て驚きを隠せなかった。


「清水涼子と申します」


「ええっ!」


 なんと、向こうの世界で一緒に死霊王デスリンガーを退治した仲間だったからだ。

 いや、正確には違うか。

 この世界の清水涼子と、俺と一緒に向こうの世界で戦った清水涼子は、別の世界の人間で別人であったからだ。


 だが、見た目や声はまったく同じなので、俺が動揺しても不思議ではないと思う。

 きっと誰にも理解してもらえないだろうけど。


「どうした? 広瀬。知り合いか?」


 俺が驚く様子を見て、中村先生がその理由を訪ねてきた。

 清水涼子も、俺を見て不思議そうな顔をしている。


「いえ……以前に会った人によく似ているなと……同一人物のはずはないんですけど」


「なんだ、広瀬。新手のナンパか?」


「「「「「「「「「「はははっ」」」」」」」」」」


 同級生の指摘で、教室中に笑い声が広がった。

 どうやらクラスメイトたちから、俺が知っている人に似ているという口実で清水涼子に声をかけ、彼女をナンパしようとしているのだと思われたようだ。


「ナンパじゃないんだけどなぁ」


 似ているというか、別世界の同一人物と知り合いだったんだが、それを言っても信じてもらえないのは明白であった。

 ふと清水涼子の方を見ると、彼女はクスっと笑っていた。

 どうも彼女の俺に対する第一印象は、軽薄なナンパ野郎という評価に落ち着いてしまうようだ。

 それでも別に問題はないか。

 結局彼女は、向こうの世界で共に命を賭けて戦った清水涼子とは別人なのだから。


「そういえば、清水も除霊師だったよな? その線で知り合いなんじゃないのか?」


「いえ、その線でもないです」


 なんと、清水涼子は俺たちと同じ除霊師だそうだ。

 確かに彼女の才能なら、優秀な除霊師になれるはず。

 別の世界ではお嬢様だと聞いていた彼女だが、この世界の清水涼子は除霊師だったというわけだ。


「清水は優秀な除霊師で、この若さでB級だそうだ」


「へえ、凄いんですね」


 十代でB級になれるということは、才能があるという証拠だ。

 きっと、向こうの世界で修行していなかったら、俺なんてずっとC級のままであろうから。


「あら、あなたたちも除霊師なの?」


「あははっ、私たちはC級だけど」


「ということは、一昨日の事件でも?」


「二人で、日本除霊師協会から指示されたエリアの監視をしていました。大騒ぎになりましたけど」


「そうね。特に安倍一族は大騒ぎよ」


「安倍一族に詳しいの? 清水さんは?」


「ええと……あなたは?」


「俺は広瀬裕で、彼女が相川久美子です」


「よろしくね、広瀬君、相川さん。安倍一族は、最悪の結果とタイミングで当主を失ったから……」


 現在、戸高ハイムは安倍一族が派遣した新手の除霊師たちによって封鎖されていた。

 万が一にも戸高ハイム内にいる悪霊たちが外に出て人間に害を加えたら、安倍一族の評判は地に落ちてしまう。

 それを防ぐためらしい。


「(それだけじゃないけど……教室で話す内容じゃないな)」


 久美子や日本除霊師協会戸高支部に所属する除霊師たちで気がついている者はいないようだが、俺は気がついていた。

 向こうの世界での修業が功を成したというわけだ。


 どんな内容かは、ここでは言えないけど。


「清水さんは、お仕事でここに?」


「ええ、長引きそうだけど」


 そしてその日の放課後、俺と久美子は一昨日の警備の報酬を貰うために日本除霊師協会へと向かう。

 するとそこには、清水さんの姿もあった。

 戸高市で活動する以上、地元の除霊協会への挨拶は常識なので当たり前とも言えたが。


「あら、広瀬君と相川さんじゃないの。どうしてここに?」


「一昨日の警備の報酬を貰いにね。結局、朝まで拘束されたからなぁ」


「ごめんなさいね」


「どうして清水さんが謝る必要あるのかな?」


「実は私、安倍一族の人間だもの。分家筋で苗字は違うというか、あの一族では元から安倍の姓を名乗れるのは一人だけだけど」


 向こうの世界では古い家のお嬢様だと聞いていた清水さんだが、まさか安倍晴明の血を引く家系だったとは。

 この世界だと、優秀な安倍分家筋の除霊師というわけか。

 どおりで向こうの世界で活躍できたわけだ。


「広瀬君、相川さん。一昨日の報酬ですよ」


 早速受付のお姉さんから警備の報酬を貰うが、当初の金額よりもかなり多くのお金が入っていた。


「これはどういう?」


「安倍一族の方からの提供です」


 なるほど。

 本当なら数時間で終わる警備が朝方まで伸びてしまったので、報酬の増加分を安倍一族が負担したというわけか。


「迷惑をかけたのはこちらだから。と、長老会の方々は言っているわ」


「長老会ねぇ……」


 そんなものがあるなんて、さすがは安倍家というべきか。


「一族に家臣筋の家系、他の協力者たちも合わせると、安倍一族は巨大組織なの。到底当主だけじゃ回せないわ」


 安倍家の当主は、あくまでも除霊師として一番優秀な者がなる決まりなので、組織管理者としても優れている保証がない。

 安倍一族は企業なども経営しているので、当主候補から外れた一族や功績のあった家臣たちが長老会を形成して実務に当たっているそうだ。


「その長老会が、今機能停止中でね。戸高ハイムの封印は続けるけど、いつ戸高備後守の除霊を再開するかは未定よ」


 一番力がある当主が殺されたからなぁ。

 かといって、このまま戸高備後守の悪霊をのさばらせておけば、安倍一族の面子にも関わる。

 できないなら最初から引き受けなければよかったが、引き受けて一度失敗した以上、なにがなんでも戸高備後守の除霊は行わなければいけないというわけだ。


 古い一族だからこそ、メンツに拘るというわけだな。


 なにより痛いのが、当主の死亡であろう。

 安倍家の当主は、日本で一番優れた除霊師でなければならないのだから。


「そうしないと、これまで培ってきた評判と実績はガタ落ち。このまま没落コースもあり得ると?」


「そんなところね。安倍家の当主で、悪霊に殺された人なんて初めてですもの」


 悪霊との戦いで死んだ当主は初めてなのか。

 なら、余計に関係の深い政財官への影響力を落とさないようにするためには、新しい当主が戸高備後守の悪霊を除霊しなければいけないわけだ。


「その人事で揉めているのか」


「広瀬君は鋭いわね。そういうことよ」


 清水さんによると、長老会には亡くなった前当主との争いに敗れた者が大半なのだそうだ。

 自分たちよりも優れた当主を殺してしまう戸高備後守の悪霊に、長老会に所属する除霊師や、若い世代でまだ未熟な除霊師を急遽当主にしても、戸高備後守には勝てないと見ているわけだ。


「こういう場合、自分が当主になりたいって大勢が手を挙げて争いになるんだと思っていた」


「これが普通の会社とかなら、相川さんの言ったとおりになると思うけど、安倍家当主の座って重たいのよ。弱い人がなってもすぐに死んでしまうから」


 未熟な一族の除霊師が無理して当主になっても、当主への除霊依頼は難易度が高いものばかりだから、すぐに死んでしまう可能性が高い。

 実力もないのに無理に手を挙げる人はいないわけか。


「手を挙げる者がいないのか」


「今の若い世代がどう成長するかといった感じね。取りあえず長老会から当主代理を選出して、他の除霊師たちと組んで除霊作戦を継続するって方向性で話し合っているわ」


 その当主代理ですら、手を挙げる人がいないわけか。

 亡くなった前当主に比べ、自分が除霊師としての力量に劣っているとわかっているのに、いくら当主代理でも前線に出たくないわけだ。

 なにしろ、戸高備後守の悪霊は前当主を殺してしまったのだから。


「それでも、あと数日待てば大丈夫。応援も沢山来ているから」


 安倍一族は大所帯なので、なかなか物事が決まらないこともあるけど、長年日本の除霊師たちを引っ張ってきたので心配する必要はない。

 清水さんの説明を聞いて、受付のお姉さんも安堵の表情を浮かべた。


「(それにしても、世界は違えど涼子さん……いや清水さんは賢いな)」


 最初に悪い情報を出しておいて、すぐにそれ以上の良い情報を上書きして相手を安心させてしまう。

 どうして彼女がこういうことをするのかといえば、日本除霊師協会戸高支部の除霊師の中で俺しか気がついていないあの事実であろう。


 清水さんは、日本除霊師協会戸高支部の人たちを騙しているのだ。

 本人がそうしたいからではなく、間違いなく安倍一族からの指示であろうが。


「将来、清水さんが新しい安倍家当主になったりして」


「候補ではあるけど、何人か私よりも圧倒的に実力が上の人がいるから、候補のままで終わると思うわ」


 向こうの世界の清水さんなら、ぶっちぎりで当主になれる実力があると思うのだが、やはりレベルアップできない弊害というわけか。


「凄い世界だね。亡くなった当主さんは、それ以上の実力というわけか」


「はい。凄い方でした」


「なるほど。完全に違う世界のお話だな。そんな凄い人が、悪霊になって実は戸高備後守の悪霊まで従えてしまったとは。それは、封印して外に出ないようにするよな」


「広瀬君……あなた……」


「こんな重要な情報を戸高支部にまで内緒にして、もし不慮の事態が起こって、戸高支部所属の木っ端除霊師が死んだとしても、安倍一族にはまったく関係ないってことかな?」


「清水さん! 虚偽の報告をしたのですか? 安倍一族からの使いで来たあなたが!」


 珍しくというか、受付のお姉さんが怒るのを初めて見たな。

 そう。

 実は、戸高備後守の悪霊はとんでもないことをしてしまったのだ。

 安倍清明クラスの除霊師に無念が残るような殺し方をしてしまうなんて……さらに、彼と一緒に作戦に参加していた除霊師たちも殺してしまった。

 安倍清明の他に、B級が四名、C級が十一名と聞いている。

 合計十六名の悪霊化した集団に戸高備後守は屈してしまい、今、戸高ハイムを占拠している悪霊集団のボスは安倍清明に変わっていた。

 安倍一族としては、なにがなんでも秘密にしておかなければいけない事実というわけだ。

 

「戸高備後守の悪霊が外に出ないよう、安倍一族が派遣した除霊師たちが封印をしている。一見納得できる事情だけど、首塚の封印を解かれた戸高備後守の悪霊は、そんなことをしなくても安倍清明が来るまで戸高ハイムから出なかった」


 古い悪霊ほど、居続けた土地に縛られやすくなる。 

 ましてや、戸高ハイムには自分の首塚があったのだから余計に動かないはずだ

 逆に、悪霊になったばかりの安倍清明たちの方が動く可能性が高かったので、監視と封印は彼らのためだとしか思えなかった。


「安倍清明が死んで悪霊になった途端、彼の悪霊の方が強くなった。もし安倍清明の悪霊が戸高ハイムから動こうとした場合、戸高備後守の悪霊や彼が率いている霊団まで動いてしまう可能性が高い。封印は、安倍清明の悪霊に備えてとしか思えない。違うか?」


「……」

 

 俺の問いに、清水さんは無言のままであった。

 まさか『そうです』とも言えないが、『違います』と嘘はつけない。

 だから無言なのであろう。


「こういう時、我々戸高市で活動する地元の除霊師たちにも情報を共有させるべきだ。俺たちが死んでもいいって言うのか?」


 なにより腹が立つのが、自分たち一族の不祥事を誤魔化すため、戸高支部に所属している除霊師たちに危険を知らせない点であった。

 事前に警告してあれば、突然高位の悪霊に襲われて命を落とす確率も減るというのに。


 要するに安倍一族は、俺たち地元の木っ端除霊師たちなどどうでもいいと思っているのであろう。


「そのような重要な情報、いくら安倍一族でも隠されると困ります。支部長!」


 受付のお姉さんがすかさず戸高支部の支部長を呼んだため、安倍一族による誤魔化しはすぐに露見することになった。

 ただ、結局この件が、俺と久美子以外の戸高支部所属の除霊師たちに伝えられることはなかった。


 除霊師ならそのくらいの危険は甘受して当然だという理由と、これを地元の除霊師たちに伝えたところで、では安倍清明と戸高備後守の悪霊を除霊できるのかという話になってしまうからだ。


「すまん。広瀬君に相川君。安倍一族ですら封印して対策を協議中の悪霊だからな。我々ではどうにもならんよ。確実に封印は続けると聞いているので、最悪でも安倍清明の悪霊が動けなくなるまでは封印を続けるはずだ」


 支部長としても、現時点で除霊する手立てがない以上、下手に地元除霊師たちに情報を開示した結果、余計混乱を助長してしまうのはかえって危険だと思ったようだ。


「ところで、清水さんだったね? 新しい当主は決まりそうかね?」


「……」


 清水さんは無言のままであった。

 今の時点で、安倍清明を超える一族の者が存在せず、新当主になれば最初に安倍清明の悪霊をどうにかしなければいけない。

 戸高備後守の悪霊だけでも厄介なのに、それに加えて安倍清明の悪霊まで除霊しなければいけない。

 誰も引き受けないので、今は封印を続けているとしか考えられなかった。


「戸高備後守の悪霊に殺された、安倍清明の悪霊の方が強いんだね」


「強い恨みを残して死んだ悪霊は厄介だからな」


「はい。前当主様は、強い恨みを感じて非常に厄介な悪霊になってしまわれました」


 これ以上隠しても意味がないと思ったのであろう。

 清水さんは、安倍清明が悪霊になってしまった事実を認めた。


「歴代初の悪霊に殺されるという恥をかき、みんな口には出しませんが、そんな前当主様を心の中で罵ったはず。前当主様のこれまでの苦労も知らずにです」


「最悪だな」


 向こうの世界でも、滅ぼされた国の王様や大物貴族の悪霊は厄介だった。

 霊は、自身の感情や、外部の人間から送られる気持ちの影響を受けやすい。

 殺されるまで懸命に安倍一族の当主として苦労してきたのに、死んだ途端に他の一族や家臣たち、安倍一族と関係が深かった政財官の連中も彼の不手際を強く批判したはずだ。

 それらの負の感情が集まり、安倍清明の悪霊は短期間で戸高備後守の悪霊よりも厄介な存在になってしまったのであろう。


「今、急ぎ他の高名な除霊師たちに声をかけている最中です」


 そう清水さんは言うが、どこも安倍一族に比べれば実力が劣る。

 とても安倍清明の悪霊を除霊できるとは思えない。


 実際俺の予想どおり、安倍一族による戸高ハイムの封印は暫く終わる気配を見せなかったのであった。

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