第1話 

 薄暗がりの中、青白い光を溢すモニターに、一人の少女が大きく映し出される。


「こんそらです。アビスリウム所属のバーチャルアイドル、星海ヨゾラです! 今日は私の二十万人記念放送に来てくれてありがとうございますっ! わわっ、最初からもうこんなにスパチャが……あんまり飛ばしすぎないでね? 今日は見どころいっぱいだよ?」


 ヨゾラがあざとく言ってウインクすると、


『大丈夫、投げ続ける!』

『まだ今月カード止まってないから平気』

『ここで投げずにいつ投げる!』


とむしろ怒涛のように高額な投げ銭がコメント欄を色鮮やかに染める。


 意図せぬ展開に、前髪の両サイドだけを金髪に染めたロングの黒髪と翡翠色の双眸が困惑に揺れる。

 ラノベの挿絵に近い可愛らしい少女が、画面の中でまるで生きてるみたいにコロコロとその表情を変える。

 彼女の名前は『星海ほしうみヨゾラ』。俺、望月仁もちづき じんが世界で一番愛している最推しの『Vtuber』だ。


「二十万人おめでとう、今日も可愛いぞヨゾラ……と」


 俺もその流れに乗るべくコメントを打ち込み、『スパチャ』――スーパーチャットという、お金を払う事でコメントを目立つように表示するYouTubeの機能――で、とりあえず二千円を投げる。

 スパチャは条件にも寄るが、基本的には七割がヨゾラの収入になる。投げれば投げるほど、彼女の活動を応援できるのだ。


「言ってる傍からむしろ増えてるし……けど、そんな星の子たちがいてくれたから、今年の目標だった二十万人を半年で達成出来ちゃった。……ありがと、ね? ……あー! こういうのは最後に言おうと思ってたのに。皆がいっぱいお祝いしてくれるから、感傷的になっちゃったじゃん! はい! もうこの話は終わり! もう来てる人いるし、凸待ち始めるよ?」


 ヨゾラは甘くとろけるような声で可愛く言って、チャンネル登録者二十万人記念の凸待ち配信を元気よくスタートした。


 ……そして、二時間後。


「じゃあ皆、今日はありがとう! これからも星海ヨゾラをよろしくお願いしますっ……それじゃ、おつそら!」


 お決まりの挨拶で配信を締めるとヨゾラは画面から姿を消し、エンディング映像が流れる。

 

「ふぅ、今日もヨゾラは最高だったな……」

 

 余韻に浸る事三分。

 デビューから約半年。怒涛の勢いで人気を増していくヨゾラの今日までの軌跡を思い返すと胸の奥がじんと疼き、思わず泣きそうになる。


「ほんと、星の子の一人として今日まで支えてこれた事を誇りにすら思うよ」


 『星の子』とは、ヨゾラのファンの呼び名だ。ただリスナーと呼ぶ場合もあるが、大抵のVtuberは自分のファンの呼び方を持っている。その方が愛着が湧きやすいからだ。


「……さて、始めるか」


 まだ感動の余韻は残っているが、俺にはやらなければならないことがある。

 どこか格好を付けつつ呟くと……


 俺はもう一度、さっきまでリアルタイムで見ていたヨゾラの配信の録画を再生した。


「えーっと、とりあえず同期との感動回は必須で、後はミッチー先輩との絡みと、はなびちゃんとのお泊りの時の暴露合戦の部分と……」


 俺は動画編集ソフトを起動すると、手元のメモを頼りに面白いと思ったシーンだけを次々に抜粋していく。

 そして一つ一つのシーンに分かりやすくテロップや効果音を入れ、時に初めての人でも見やすいように関係性などに補足説明を入れ、大体三分以内になるようにまとめて、YouTubeにアップする。

 そう、俺が作っているのはいわゆる『切り抜き動画』というやつだ。

 『切り抜き動画』とは、Vtuberの配信での面白い部分をまとめた動画のことだ。

 平気で二、三時間を超える配信でも、これを見るだけで見どころをばっちり抑えられる優れものである。

 俺はヨゾラの魅力をより多くの人に知ってもらうため、少し前からこの活動をしている。

 因みにチャンネル名は『ヨゾラ広報部』だ。分かり易くていいだろう?

 それにしても、今日の配信は最高だった。いつもなら一~二シーン程度しか切り抜かないが、今日は五シーンも切り抜いてしまった。

 そんなわけだから、当然と言えば当然なのだろうが、


 ――気付いたら、カーテンの隙間から白い光が覗いていた。


「……やっちまった」


 今日から新学期だっていうのに、ついつい夜更かしをし過ぎた。

 時計を見れば朝の五時。もう、今から寝る時間はない。今寝れば起きれないだろうから、確実に遅刻だ。

 新学期から遅刻なんてすれば教師から目を付けられてしまう。そんなリスクは冒せない。


「……仕方ない。時間もあるし、溜まってる未編集分の切り抜きを上げてしまおう」


 押し寄せる眠気に抗う為、俺は寝ぼけ眼をこすって再び編集画面を開いたのだった。



***



「……ダメだ。眠すぎる」


始業式も中頃。

いい感じに穏やかな気候と学年主任のどうでもいい注意喚起が眠気を誘う。

昨日十分な睡眠を取れなかった影響は大きいみたいで、俺はもう何度も船を漕いでいた。

 

(教師ってのはある種話すのが仕事だろうに、もう少し面白い話し方が出来ないもんかね)


 同じような中身のない話をするんでも、政治家や塾のカリスマ講師の方が百倍上手い。

 もう少し求心力のある喋り方を身に付けてくれれば、こうも退屈せずに済むだろうに。


(……話しているのがヨゾラなら、同じ話だろうがいくらでも聞いていられるんだけどなぁ)


 現に俺は昨晩同じ配信を三回見たが、ちっとも飽きなかった。

 しかし、その代償は大きい。……こんなに辛いなら朝少しでも寝ておくんだったかな。


 何とか眠気に耐え、始業式を終え教室に戻る。

 初めて入るクラスには緊張が漂っていて、皆自分の立ち位置を見定めているらしい。

 去年までなら俺も一年間を快適に過ごす為にその探り合いに参加していた。だが、あいにくと今年はそんな無駄なことをするつもりはない。迫り来る眠気への対処が最重要問題だ。

 俺はさっさと黒板に張り出された座席表を見て、自分の席へ向かう。

 席は窓側から二列目の一番後ろ。中々の好立地だ。ここなら教師に頻繁に当てられることもないし、しばらくは平和に過ごせるだろう。


「そんな平和の第一歩……っと」


 席に着くなり無意識に呟き、さっさと寝てしまおうと机に突っ伏す。

 元々限界を超えていたのだ。若干体が痛い寝方なのも気ならず、すぐに周囲の喧騒も遠くなる。

 ――直後、俺は一瞬で深い眠りへと堕ちて行った。

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