第4話 無色透明と、歩く。

 次の日、僕たちは河原でポチ太郎の葬式を挙げた。


「終理くんに聞いてほしいことがあるんだ」

「なに?」

「私、新しい犬を飼おうと思ってるの」


 手作りの墓の前にしゃがんで手を合わせた彼女は言った。墓石の前には、先程花屋で買った小さな花束が供えられている。


「まだ家族にも話してないし決まっても無いけどね」


 神立はそう自虐気味に笑う。


「……いいの?」


 僕の確認に彼女は頷く。


「いいの。昨日一晩考えて出した結論だから。そりゃポチ太郎に申し訳ないなって気持ちもあるよ? そんなにさっぱり乗り換えんのかよ、って思われそうだし。そういうわけじゃないんだけどさ。でもこのままじゃ駄目かなって」


 多分このままじゃ私、動けなくなりそうで。

 神立は呟くようにそう言った。


「ほら片思いとかでも言うでしょ。告白するか、次の恋を見つけるまで、今の気持ちは忘れられないって。だから私、前を向こうと思ってさ」

「そんなもんかな」

「そんなもんだよ」


 でも一つだけ違うのは、と彼女は立ち上がる。


「ポチ太郎のことは忘れないよ」


 黒いショートボブが風に揺れる。

 川面に乱反射する太陽が彼女の表情を明るく照らす。

 その顔は、まだちゃんと笑えていない。

 

 思い出を全部抱えて前を向く。

 それは止まない雨の中、傘を差して歩いていくことに似ている。

 歩きやすい道ではないけれど、それでも歩くことを彼女は決めた。


「……応援するよ」


 そのとても美しい決断を。

 今日傘を開いた君を、僕は一生忘れないと思う。


「うん、ありがと」


 ――そしてきっと。



 彼女が差すその傘の色は、雨が降っているのを忘れないように無色透明だ。



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