第2話 晴れのち雨の日の邂逅

「透明なビニール傘は、バリアみたいだよね」

 

 弱まる気配のない雨。

 新品のビニール傘を差して歩く神立は言った。


「バチバチって音しながら雨跳ね返してるの見えるでしょ。うわあ、私守られてるーってなるよね」


 そう言いながら、白いシャツにデニムを合わせた彼女はくるくると傘を回す。

 彼女のバリアから飛散する水滴が僕の傘にぶつかる。うわあ、僕守られてるー。


「てか終理くんは最近元気してた?」

「この前も会ったけどな。まあ普通だよ」

「高校の時から全然変わんないよね」

「そうかな。神立は変わったの?」

「そりゃ人は変わるよ。雨は止むのと同じように当たり前にさ。ほらほら、すごく大人っぽくなったでしょ?」


 そう言って今度は彼女自身がくるりと回る。


 神立とは同じ高校に通っており、家も近いため結構仲良くしていた。

 僕は昔からあまり他人に興味が持てず一日の大半は単独行動だったが、それに対して彼女の周りにはいつも人が集まっていた。


 他人との繋がりに興味のない僕。

 他人との繋がりを尊重する彼女。


 そんな性格が真逆すぎる僕たちは、一周回って歯車が合ったようだった。

 

 しかし卒業後は別々の大学に進んだため、顔を合わせることも少なくなった。

 ただやはり生活範囲は似通っていて、今でもたまにコンビニや道端でばったり会うことがある。


 特に朝は晴れていて午後から雨予報の日は、家に傘を忘れた彼女がコンビニの前で、傘を買うか雨が止むのに賭けるかで悩む姿をよく見かける。


「てか神立の家の犬は元気?」

「何で急に犬の話になった? 話逸らすにしても、せめて私のこと訊いてよ」

「君が元気なのは見てればわかるからさ。名前なんだったっけ。ポチだっけ、太郎だっけ」

「いやいやそんなありきたりな名前じゃないから。神立家のネーミングセンス馬鹿にしないで」

「じゃあなに」

「ポチ太郎」

「…………」


 僕は言葉を失った。ありきたりじゃなければいいのか?


「ポチ太郎」

「二回も言うな。じわじわくる」

「そういうの、じわるって言うんだよ」


 彼女が笑ったところで、僕たちは十字路に差し掛かった。

 この十字路を僕は真っ直ぐ進み、彼女は左に曲がるのだ。


「じゃ、またいつか」


 次いつ会えるかもわからないが、そんな風に軽く言って彼女は帰っていった。



〇◎●



「雨って嫌だよねえ。何が嫌って、玄関に傘が増えてくのが嫌だよね」

「普通はそうならないはずだけどな」


 二日後。

 僕たちはまたコンビニの前で出会った。再会が早すぎる。


「あとここのコンビニ人手不足で、いっつもレジおんなじ人なのも嫌」

「それ雨関係ないだろ」

「でもここの経営の雲行きは怪しそうよ」

「うまいこと言ってないで早く傘買ってこい」


 彼女はまだ文句がありそうな顔でしぶしぶ店内に入っていった。


「あーあ、また買っちまった。からあげサンも買っちまった」


 神立は紙カップに入った唐揚げを爪楊枝で食べながら傘越しの空にぼやいた。


「レジ前にあると急に食べたくなるよね」

「そうなのよ。全然買う予定なかったんだけど、一目見た瞬間に今まで食べたからあげサンの味とか香りとか口に入れた瞬間の満たされた気持ちとかが全部フラッシュバックしてきて買わざるを得なかったんだよ」


 もうこれ麻薬みたいなもんでしょ、と彼女は二個目を一口で食べて「うまあ」と幸せそうにする。


「にしても雨の日は歩きにくくてやだねえ。この辺の道路ぼこぼこしてるから水溜りも多いし」

「長靴でもあれば違うんだろうけどね」

「確かに。長靴は最強だったなあ。そういえば子供の頃は、雨そんなに嫌いじゃなかったかも」


 彼女は水溜りを跳び越えて笑った。


「じゃ、またいつか」


 十字路の真ん中で僕たちは別れ。

 そして、またすぐに早すぎる再会を果たすことになる。


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