飛び込んでく、泉の中、何も迷わずに(承)

 さて、その日以降は、時折実花さんからメッセージが送られてきて時折返信する程度で、宝探しに参加するその日まで、サークルの方々はおろか沢辺さんとも接点がなかった。我ながら、本当に人と話をしたり会ったりしないなと思う。

 織羽くんを巻き込もうかと誘ってみたのだが、その日だけは都合が悪いということで、彼を宝探しに参加させることはできなかった。

「さすがに、卒業論文の中間発表会の日を蹴飛ばすことはできないな。俺は自分の悲運を呪うよ。河童場くんが山になんか行ったら、絶対事件が起きるだろうに」

 その時は笑っていたが、まさか本当に人が死ぬとは思わなかったので、さぞ織羽くんは悔しがっているだろう。


 というわけで、僕は沢辺さんという友人がいれども、それ以外はほとんど初対面のような人たちばかりと宝探しをすることになってしまった。雨でも降らないかなと祈ってみたことはあるが、残念ながら当日は快晴。むしろ、晴れすぎていたような気さえする。

 山なんていうもんだから、結構な遠出をするのだろうと思っていたが、そうでもなかった。大学近くのバス停から、よくわからない方向へ30分ほど揺られてみると、大学周辺とは打って変わって、もっさりとした山々に囲まれた地域に辿り着く。農作業に勤しむ高齢者の方々が見られる。舗装された細長い道路が山に向かって伸びており、途中で、まるで迷子になったかのように道路も見えなくなった。

「さあ、絶好の山登り日和だね!」

 例によってテンションが高いのは、椎谷くんだ。時刻は朝の10時頃。そこまでテンションが高くなる時間でもないだろう。むしろだんだんと目が覚めてきて、エンジンがかかってきた時間じゃなかろうか。その時間に、彼は最高速度を記録しているのだ。……いや、もしかすると最初から最高速度まで加速しているのかもしれない。もはや、加速ですらないじゃないか。

 僕と沢辺さんは、余裕をもって待ち合わせ場所(と、いわれていたバス停)まで一緒に乗ってきたのだが、待っていたのは彼だけだった。

「他の人たちは……?」

 僕が尋ねると、椎谷くんは伸びをしながら答える。朝の山が似合う爽やかさだ。

「黒府さんと実花さんは、最終確認のためにひと足早く山に入っているけど、直にここまで戻ってくる予定だよ。お互い秘密にしてる仕掛けがあるようだから、ふたりもドキドキしながら宝探しに参加することができそうだ。良知くんは、バンドのメンバーたちが揃ったから向かうって言ってたし、数分もすれば来ると思うよ」

 やはり、バンドマンだったのか。

 僕はあたりを見回す。

「椎谷くんの、知り合いは?」

「いやぁ、僕も色んな人に声をかけてみたんだけどね。休日までお前の光に当たりたくないという、よくわからないことを言われてフラれてしまったよ」

 朗らかに笑っているが、なかなか酷いことを言われてるんじゃないのか、それ。

「遅れてすまんな」

 聞き覚えのある声に振り返ると、まだ寒くないのに、やたらと黒い服装で固めた男たちの中に、声の主である良知氏の姿があった。派手に染められた髪の毛や、さらりと伸びた髪の毛。ヒールのある靴。楽器こそ持っていないが、一目見ただけでバンドマンであろうことが想像できる。

 良知氏以外に4人の男性の姿があって、全員僕と同い年くらいであろうが、なぜか女の子が1人ずつ付き添っていた。パートナーがいないのは、良知氏ぐらいである。

「今日は宝探しをしに来たはずなんだけど? ナンパか何かと勘違いしてない?」

 沢辺さんが嫌味を言う。すかさず、良知氏が言い返した。

「おいおい、嫉妬か、沢辺? この女たちは参加者だぞ。黒府と実花の知り合いだそうだ。バスを待っている間に意気投合したんだ。そこらで引っかけた、無関係な女ってわけじゃない」

 既にカップルというか、男女の組み合わせができてしまったわけだが、これは大丈夫なんだろうか。

 ちらりと椎谷くんを見る。肩をすくめてやれやれという顔をしているが、その表情はあまり困っているように見えない。

「良知くん、今回のゲームは個人戦だよ。ツーマンセルはやめてもらわないと、企画者たちが困っちゃうよ?」

 良知氏が鼻で笑う。

「もちろん、ゲームが始まったらバラバラになるさ。だが、始まる前と終わった後くらいは自由にさせてやれよ」

 そう言いって、話し相手の女の子がいない良知氏は、山の方を眺めながらタバコに火をつけた。性格や物言いはさておき、なかなか様になっている。ミュージックビデオを撮影しに来たミュージシャンに見えなくもない。

 大自然の中のタバコは、おいしいのだろうか。そんなどうでもいいことまで考えを巡らしていたとき、山の方から黒府さんと実花さんがやって来た。普段着よりも、幾分か動きやすそうな格好をしている。しかし虫刺されなどへの対策からか、長袖や長ズボンを履いていた。それは沢辺さんについても同様だが、彼女の方はタイトめのジーンズで、虫対策はさておき、動きやすさについては微妙なところだろう。

「おかえりなさい、ふたりとも。準備はオーケーかい?」

「ええ、大丈夫よ」

 椎谷くんが聞き、実花さんが答える。黒府さんは頷いていたが、少しだけ元気がなさそうにも見えた。沢辺さんが彼女に駆け寄って声をかけるが、黒府さんは手を振っている。口の動きから、大丈夫、みたいなことを言っているのがわかった。

 タバコに火をつけていた良知氏が、黒府さんたちの方をじっと見つめている。僕と目が合うと、彼は視線を逸らした。女の子たちが実花さんたちのところに行ってしまうと、バンド仲間たちは自分たちだけで話し始める。ひそひそと女の子たちの方を見ているので、おそらくはロクな会話じゃないのだろう。

「なんてこったい!」

 突然に椎谷くんが叫ぶので、僕たち全員は彼の方を振り返った。こだまが聞こえそうな気がする。

 椎谷くんは、スマートフォンを見ながら耳の後ろを掻く。

「芽方が体調を崩したようだ。よくなったら来るとは言っているけど、いかんせんゲームが始まるとどうしようもなくなるからね……。今日はしっかり休んでもらうことにしよう。ひとり減ってしまったけれど、彼の分も僕たちで楽しもうか」

 良知氏は、そのニュースを気にもしない様子だったが、その目線の先にいる黒府さんは、より一層不安そうな表情を浮かべていた。実花さんは、呼んできた友達と良知氏の知り合いたちに挨拶をして、楽しそうに話をしている。大人しそうに見えたが、コミュニケーション能力はかなり高いのだろう。僕だったら、身動きが取れなくなる。椎谷くんは途中でそこに混ざり、タイプの違いそうなバンドマンたちと盛り上がっていた。沢辺さんだけは、僕のところに戻ってくる。バンドマンたちを親指で示して、意地の悪い笑顔を浮かべた。

「さあ、友達を増やすチャンスよ、河童場くん」

「無茶言わないでください」

 ただ気まずくなるだけならまだしも、僕は良知氏にすら名探偵として知られていたので、彼の友人にもそこをいじられる可能性がある。そうなると、いよいよ苦痛でしかない。間違っても、今日この日に事件なんか起きないでくれよ。どうにかしろよ名探偵! とか何とか言われるに違いない。それだけは避けたかった。僕は別に、人から脚光を浴びたいわけではない。今の僕の願いは、ただ乱歩を読み、穏やかに卒業論文を書き進めることなのだ。宝探しなんかしている場合ではない。あれ? どうして宝探しなんかしてるんだっけ?

 芽方くんが来れなくなったことで、参加者全員が揃うことになった。実花さんが何か紙を全員に1枚ずつ配り、黒府さんは深呼吸を小さくしてから、ルールの説明を始める。

「今みなさんにお配りしたのが、今回の宝探しの地図です。少しややこしいのですが、青い丸がついている範囲は、宝の場所を示した地図を表示するQRコードが隠されている場所です。

 みなさんはまず、今持っている地図からQRコードの位置を探し出して、次に探し出したコードを読み込み、宝の場所をさらに絞り込む必要があります。QRコードから読み取れる画像データは宝の場所を詳細に示していますが、その分エリアの一部分をかなり拡大しているので、それ単体だとどこなのか判別しにくくなっています。つまり、QRコードから読み込んだ地図がどこの範囲を表しているのか、紙の地図を頼りにしながら歩く必要があるのです。なお、宝の場所とQRコードの場所は、必ずしも近くにあるというわけではありません。

 さて、宝というのは色つきのビー玉で、赤・青・黄色・緑・紫の5色があります。参加者は15人の予定だったので、そのビー玉が15個ずつ、そのスポットに隠されています。とはいっても、ビー玉が15個入っている缶がどこかに隠されているというのが正しいのですけれど。

 さて、ビー玉には1から15までの数字が書いてあります。これがそのまま点数になりますので、早い者勝ちで大きな数字のビー玉を回収してください。つまり、5色のビー玉を全て、誰よりも早く回収できた場合、15点が5個で、75点を獲得することになります。当然ですが、所持できるビー玉は1色につき1個までです。15個全てのビー玉を回収したら、それだけで120点になってしまいますから。もし同じ色のビー玉を2個以上持っていた場合、得点はゼロになりますので注意してください。

 終了時刻は12時ちょうど。探索可能時間は、1時間30分ということになります。ゴールはここです。早く戻ってくる分には問題ありませんが、もし12時までに戻ってきていない場合、得点は半分にさせていただきます。各自の時計には差があると思いますが、今回は私のスマートフォンの時計を標準時にさせていただきます。みなさんの端末や腕時計との誤差がどれくらいあるのか、今のうちに確認してください」

 話し終えると、黒府さんは自分のスマートフォンを時計の画面にして、僕たち全員に見せた。僕たちは一斉に、自分の時計とのズレを確認する。僕のスマホとのズレはほとんどないので、時間に余裕をもっていれば得点が半分になることはないだろう。

 実花さんが補足をするべく、小さく手をあげながら言った。

「なお、地図上の赤いバツがついている場所は、立ち入り禁止スペースです。そこには5色のビー玉はありません。椎谷くんの親戚が、今回の会場の持ち主です。本日は外出されているのですが、無理を言って借りています。不必要に自然を傷つけることのないようにしてください。

 また、私が赤・青・黄色のビー玉を、黒府が緑・紫のビー玉を隠しました。そうなると、私たちは隠し場所がわかっているので、不当に有利になります。そのため、自分が隠したビー玉を回収できるのは開始から30分が経過してからというルールを、私たち自身に課すことにいたします。私たちが自分で隠した分を回収しに回ったとき、ほとんど取り尽されていることを期待します。

 それと、地図に記載されている範囲から外に出ると、そこは他の人の土地かもしれないので、くれぐれも行き過ぎることのないように」

 僕は、地図上の赤いバツのついたエリアを確認する。大きな水たまり。湖か泉かはわからないが、ともかくそのあたりには近づかないようにしよう。

 もしビー玉の回収が15人のうちで最後になっても、芽方くんが来れなくなったということは最低でも2点のビー玉を回収できる。スマホと紙の地図を交互に見ながらの探索で、かなり骨が折れそうだが、なるほど、なかなか面白そうだ。たまにはこういう、アクティブな遊びもいいかもしれない。自分の趣味にしようとは、思えないけど。




 1時間30分という制限時間に対して、最初は長すぎるのではないか? というような気持ちがあったのだが、想像していたよりも宝の在り処が推測できず、困っている。3時間あっても足りないような気がしてきた。

 開始から25分。僕のポケットには、13と書かれた赤いビー玉がひとつだけ入っている。他の人たちの進捗はわからない。バンドマンと参加者の女の子たちは、個人プレーだと言われていたのを無視してしばらくペアで散策をしていたが、次第に手分けして探そうということになり、ついにはバラバラになって本気で探し始めた。最初から全力で挑んでいなかった分、かなり出遅れた形になる。全力で探しても、僕は25分で13点しか得点できていないのだ。

 一応、QRコード自体は5ヶ所全て読み込んでいるのだが、赤以外のビー玉の在り処が全くわからない。さっきから紙の地図を睨んでいるが、いったいどこの場所を示しているか推測することができず、僕はどっかりと山道に座りこむ。

 じゃりっと足音がして、顔をあげる。鼻だけで呼吸をして余裕を感じさせるものの、通常よりも不機嫌そうに眉をひそめた良知氏が立っていた。

「よう、名探偵。鉢合わせるなんて奇遇だな」

 彼はさぞ蒸れるであろう長い髪の中に右手を突っ込んで、苛立ちか何かを誤魔化すように頭を掻く。

「今、何点取った?」

 僕は右手で1を、左手で3をつくって、彼に見せる。彼はそのジェスチャーを見て、こくりと頷いた。

 人に点を聞いておいて、自分の点は話そうとしなかったので、僕はできるだけ軽快な調子で聞いてみる。

「良知くんは、今どれくらいですか?」

 良知氏は、毛先をくるくるといじってから答えた。

「赤と緑の15点で、30点だな」

「赤の15点ですか! 僕が13だったんですよ。いやぁ、すごいですね」

 褒めてみたのだが、良知氏は特に喜ぶ様子もなく、それどころか口元に手を当てて何かを考えてしまう。しばらくしてから、ため息混じりに、考えを整理するように話し始めた。

「そうなると、14は沢辺だろうな。椎谷は他のやつらにできるだけ点を取らせようとするだろうし、実花と黒府は体力的にまだ何も見つけてない可能性さえある。他のやつらはようやく動き出したようなもんだ」

 あくまでも彼の推測だが、僕は沢辺さんに先を越されていたわけだ。動きにくそうなタイトジーンズは、もしかするとストレッチが効いていて、むしろ動きやすかったのかもしれない。

「そろそろ、実花と黒府が自分の隠したビー玉を取りに行くだろう。赤と緑の15点は俺が持っているとはいえ、沢辺が手をつけていなければ、実花が30点、黒府が15点取ることになっちまう」

「良知くんと実花さんの点が並ぶってことですね」

「何なら、こんな話をしてる間に、沢辺がビー玉を見つけてるかもしれない」

 こんな話って、あなたが話しかけてきたんじゃないですか。僕は言葉を飲み込む。

「1発逆転の、100点ビー玉とかないですかね」

 下手くそな愛想笑いと共にそんなことを言ってみたのだが、彼は例によって笑ってくれず、自分のスマートフォンをじっくりと眺めてしまった。この間も見た、丸っこいアクセサリー。彼と出会って間もないが、彼の趣味に合ってそうとは思えない。

「珍しいですね、スマホにアクセサリーって」

 間を持たせるべく、僕はそれについて触れてみる。彼の目線は画面に注がれていたが、僕の言葉を受けて、指で少しアクセサリーを隠すような動きをした。

「もらったのさ」

「恋人ですか?」

「いや……」

 良知氏は少しだけ言葉を溜める。

「これから俺のものにするんだ」


 宝の在り処を知っている黒府さんや実花さんを見つけて追いかければ、まだ手に入れていない他のビー玉を獲得できたのだろうが、木の生い茂る山の中で、彼女たちを見つけるのは困難である。僕も彼女たちも山の中を絶えず動き回っているので、そもそも良知氏と遭遇できたのが奇跡と言えるだろう。それに、今僕たちが挑んでいるのは宝探しであって、特定の人物を探すことじゃない。宝の隠し場所を知っている人物を追いかけるのは、戦略的には合っているだろうが……。

 ふと、沢辺さんが「あれはもはやスポーツよ」と言っていたのを思い出す。そう、スポーツマンシップに反するのだ。スポーツと呼ぶのは変な気がするが、この運動量はお遊びじゃない。スマートフォンで歩数を見てみる。普段の3倍くらい歩いているんじゃないだろうか。しかも山道だから、実際この歩数以上に負荷がかかっているはずだ。明日は筋肉痛だろう。

 結局僕が取れたビー玉は、赤の13に緑の12の、合計25点であった。緑の12は、開始から1時間10分ほどで見つけたものであるため、黒府さんと他にふたり――おそらくは沢辺さんと良知氏――が既に手にしていたのだろう。

 万が一遅れでもしたら、12点か13点にされてしまう。僕は余裕をもって、スタート地点に戻ることにした。しかし、地図があるとはいえ山の中では方向がわかりにくく、思ったよりも時間がかかる。せめて沢辺さんには勝ちたいところだが、この感じだとボロ負けかもしれない。途中で彼女には会わず、点数を聞けなかったため、実際のところは結果発表までわからないけど。

 待ち合わせ場所のバス停が見える。人影はふたつ。椎谷くんと沢辺さんだ。時刻を確認する。11時47分。タイムキーパーでもある黒府さんがいないが、間違いなく僕たちは間に合っているはずだ。もし黒府さんが遅れたらどうなるのだろうと考えながら、ふたりのもとへ合流する。

「おかえり、河童場くん。……どう? ただのお遊びじゃなかったでしょう?」

 沢辺さんがにやりとしながら聞いてくるので、僕は素直に、参りましたという気持ちで首を縦に振った。

「結構がんばったつもりなんですけど、25点しか取れませんでした」

 ポケットからビー玉を取り出して、ふたりに見せる。沢辺さんが僕のビー玉を見下ろして、椎谷くんの方を見ると、彼もごそごそと自分のポケットを探った。

「僕は、こんな感じかな」

 椎谷くんが、握った右手を開く。赤の10、緑の11、青の15、黄色の13、紫の14。合計63点。僕の倍以上だ。

「あ、ギリギリ」

 時間差で手を開いた沢辺さんの手には、赤の14、青の14、緑の11、黄色の12、紫の13。合計で……64点。1点差で、椎谷くんに勝っている。

「今のところは、私が暫定1位ってことね」

 沢辺さんは再度ビー玉を握って、小さくガッツポーズをつくった。椎谷くんが手を叩いたので、僕もつられて沢辺さんに拍手を送る。

「いやぁ、ブランクを感じさせないトレジャーハントだったね!」

 沢辺さんは首を振った。

「まだ、ゲームは終わってないわ。これから帰ってくる人たちが、65点以上を叩き出してくるかもしれない。なにせこの宝探しは、最大で75点取れるんだから。まあ、椎谷が青の15、私が青の14を持っているから、実際は最大73点だけどね」

 僕は、良知氏のビー玉を思い出す。

「途中で良知くんに会ったんですけど、そのとき彼は、赤と緑の15を持っていました。彼が73点を取ってくるかもしれませんよ」

 椎谷くんが驚いた表情をした。

「たしかに、今回彼は珍しく、熱心に宝を探していたからね。彼が楽しんでくれて嬉しいよ」

 実際の彼は、あまり楽しそうにはしていなかったように見えたが、それについてわざわざ伝える必要もないだろう。負けたくないという気持ちは感じられたが、それは純粋に楽しんでいるからではなく、負けると何か罰ゲームのようなものがあって、それを恐れているようでもあった。

 念のため、僕は確認をしてみる。

「宝探しでビリになったら罰ゲーム、とかはないですよね?」

 椎谷くんがきょとんとした。彼は手を思い切り左右に振って否定する。

「ないない! そんなのつくったら、ゲームを楽しもうという気持ちが弱くなってしまうからね」

 深く、考えすぎか。

 腕時計を見ながら、沢辺さんが言う。

「でも、報酬や罰って、参加者の間だけで与えられるものじゃないわよね」

 沢辺さんの時計の針は、11時55分を差している。僕と椎谷くんが首を傾げていると、沢辺さんが顔をあげた。

「小学校の頃、1位になったら何か買ってもらうとか、100点取れなかったらゲーム禁止にされる、とかなかった? 私はなかったけど、周りの男子は結構あったみたいよ、そういうの」

 大学生にもなって、親からそんなルールを提示されることもないだろうに。仕送りを止められるとかなら、死活問題になりそうだが。

「ああ、僕もやったことあるよ、そういうの。大学生になってからね」

 椎谷くんが思い出したように言った。沢辺さんがすかさず突っ込む。

「まさか、ゲーム禁止?」

 椎谷くんが笑いながら頭を振る。

「前期の成績で秀が10個以上あったら、壊れたスマホを買い替えよう、とかね」

 胸ポケットの入っているスマートフォンを指差しながら、彼は言った。

 いや、それはすぐに買い替えた方がいいんじゃないか。僕は言葉を飲み込む。年がら年中笑顔でいる椎谷くんに、あえて冗談を言う必要もあるまい。

 もちろん、僕の冗談はあまり笑ってもらえないということに、最近気づいたというのもあるけれど。


 直に黒府さんと実花さんが少しの時間差でやってきて、ギリギリ間に合った人が5人。時間を数分過ぎてから戻ってきた人が3人いた。

 良知氏の姿がなかったが、僕たちは彼を除いた13人で点数の確認をしていく。黒府さんが66点、実花さんが65点だった。それ以外の参加者は、ビー玉をひとつ回収できているかできていないかという感じで、遅れて点が半分になった人の中には、最初から0点の人もいる。彼らは、もっと最初から本気出しておけばよかったと悔しがっていたが、本気で取り組んだ途中からの時間に、満足しているようだった。

 終了時間から15分が経過しても、良知氏は戻ってこない。椎谷くんとバンドメンバーが連絡を取ってみるが、応答はなし。

「これから残りのビー玉を回収しに行くから、そのとき良知を探してみるわね」

 あまりにも連絡がつかないので、実花さんがそう切り出す。しかし椎谷くんも、未だ戻ってこないロン毛の彼を探す旅に出ることにした。

 沢辺さんから提案され、僕と彼女も良知氏を探すことになる。それ以外の8人には、一度どこかで食事をしてもらうことにした。このときの僕たちはまだ、時間が経てば良知氏が戻ってくると考えていたからだ。


 さて、1時間ほど探してみたものの、良知氏は見つからないどころか、連絡さえ返ってこなかった。どこかで寝てるんじゃないかと椎谷くんは言ったが、僕たちは良知氏に、何かアクシデントがあったのだろうと考え始める。

 バス停に5人で集まり、椎谷くんが警察に電話をかけた。その間に、僕たちは状況を整理していく。

「さっきまでの8人を含め、ゲーム中に良知に会ったのは、河童場くんだけなのよね?」

 沢辺さんの言葉に、僕は頷く。

「それが開始から25分が経った頃だから――10時55分くらいですかね。今が13時20分だから、2時間以上、誰も良知くんを見てないことになります」

「じゃあ、手がかりはないってことですか?」

 僕の言葉に、黒府さんが不安そうな声を出す。僕はゆっくりと首を振った。

「正確な時間まではわからないでしょうけれど、みなさんの記憶が手がかりになるかもしれません」

 4人は首を傾げたり、目を瞑ったりしている。僕は黒府さんと実花さんの持っている、ビー玉の缶を指差す。

「今昼食を取りに行っている参加者のビー玉は、回収してありますか?」

 実花さんが頷く。

「回収して、椎谷に預かってもらってます」

「では、改めて僕たちの持っているビー玉と合わせて、考えていきましょう。椎谷くんは、ゲストたちのビー玉を缶に返してください」

 椎谷くんが、今はどこかでランチを取っているだろうゲストの分のビー玉を缶に戻す。からんからんと、心地いい音がする。

 僕は実花さんから缶のひとつをもらうと、それをバス停のベンチの上に注意深く置いた。ひとつでも転がると、推測が困難になる。赤いビー玉。僕に倣って、他のみんなもビー玉をベンチに並べていく。

 缶の中身はすべて出したので、残るは各々の持っているビー玉だけになった。僕はポケットからビー玉を出してみんなに見せる。

「みなさんも、お願いします」

 他の4つの手も広げられた。なかなか奇妙な光景である。

「少しずつ、確認していきましょう。まず、赤と緑のビー玉。僕と会ったときには既に、良知くんは赤と緑の15を回収していました。その証拠に、15点の赤と緑はここにありません。そしてこれらふたつは、あまり手がかりにはなりません。

 問題は、他の色なのです。ここには良知くんが回収したもの以外のビー玉が揃っているわけですから、逆を言えばここにないビー玉が良知くんの点数になるというわけです。

 まず、青のビー玉。ここには青の11がありません。そのひとつ前、青の12はというと……黒府さんが持っていますね。青は実花さんが隠していて、その実花さんが青の13を持っているわけですから、それを黒府さんが手にしたのは、間違いなく11時以降だということになります。黒府さん、だいたいでいいので、それを回収した時間を教えてください」

 いきなり話題を振られていくらかたじろいでいたが、しばらく考えるようにしてから、黒府さんが答えた。

「たしか、青のビー玉を手に入れてから、すぐに緑のビー玉を回収しに行ったので、そのときはたぶん11時ちょっとすぎ……11時5分くらいだったと思います」

 僕は頷く。

「これで、良知くんが11時5分以降に青の11を獲得したことがわかりました。この調子で、彼が活動していたに違いない時間を探っていくのです。

 次は、黄色に絞りましょう。ここにない黄色の12が、良知くんの持っているビー玉です。黄色の13が椎谷くん、黄色の11が沢辺さんです。おふたりは、何時頃黄色を回収したか覚えてますか? 黄色の15は実花さんが持っているので、11時以降であるのは間違いないんですが……」

 まず、椎谷くんが答えた。

「記憶が正しければ、僕が黄色を手に入れたのは11時20分頃だったと思うよ。これで、11時20分よりあとに、良知くんが黄色の12を手に入れたことが確定したね」

 続いて、沢辺さん。

「私が最後に手に入れたのが、黄色だったのよね。で、そこで5色揃ったから、急いで戻らないとって時間確認したのが、11時40分かな」

 だいぶ、絞られてきた。

「紫の11がないことから、これが良知くんのビー玉だとわかります。その前の12は、実花さんが獲得しています。実花さん、それを手に入れたのが何時頃だったか、覚えていますか?」

 実花さんが、眼鏡のフレームを押さえながら考え込む。

「たぶん、11時15分くらいだったと思います」

「みなさん、ありがとうございます。結局今使えるのは、椎谷くんと沢辺さんの情報になってしまいましたが……良知くんは、11時20分から11時40分までの間に、黄色の12を獲得したのは間違いありません。青と紫のビー玉を回収したのがそれよりも前なのか後なのかは、わかりませんけど。でもたしか、青と紫のビー玉は、今いない他の8人には見つからなかったんですよね?」

 黒府さんと実花さんが頷く。

「そうなると、これ以上情報は絞り込めなくなりました。あまり役に立ってない気がしますが、ともかく、彼の消息がわからなくなってから現在まで、ギリギリ2時間経っていないということになります」

 どこか、まだ探してないところはありますか。そう聞こうとした僕の声は、パトカーの音に遮られた。

 キュイイと、不快なブレーキ音。乱暴な運転のパトカーが一台、バスが停まるべき場所に駐車する。運転席から出てきたのは、見覚えのある顔。

「まさか君もいるとはね、名探偵」

 前回とは打って変わって、しっかりと制服を着た加瀬月さんだった。


「宝探しゲームの範囲内だけを探し回った、というわけだ」

 ゲームに使用した紙の地図を見ながら、加瀬月さんが眉をひそめる。

 当たり前だが、加瀬月さんと顔見知りということで、僕がこれまでの経緯を説明することになった。良知氏を探し疲れたであろうサークルメンバーは、休憩も兼ねて一度街に出ることになり、山には僕と加瀬月さん、そして沢辺さんのみが残っている。良知氏の捜索に時間を奪われたことが腹立たしいので、1発くらい殴っておかないと気が済まない、という理由らしい。

 加瀬月さんは地図の4辺をなぞるように、右手の人差し指を動かす。

「うっかり地図の外、つまり山の外に出てしまったということもありえるな。山を出てからスマホを落としたのに気づいたとすれば、連絡がつかないのも頷ける。最近はキャッシュレスなんていって、なんでもスマホひとつで金のことを済ませるから、スマホがなくなればそこで身動きがとれなくなるしな。公共交通を使って知っているところまで出ていくということもできないのかもしれん。街の捜索は他のやつらに任せてる。俺たちは山の中を調べるとするかね」

 足を踏み出して山の中に入ろうとする加瀬月さんの背中に、沢辺さんが言った。

「私たちが必死になって探したのに、あなたひとりが増えただけで見つかるんですか?」

 言葉に、トゲがある。そういえば、沢辺さんはバンドマンでもある良知氏のことを良く思っていなかった。同じようにチャラついた雰囲気のある――親しみやすさでは圧倒的に良知氏より上だが――加瀬月さんに対しても嫌悪感があるのだろう。

 それに気づいているのかいないのか、加瀬月さんは振り返り、手をひらひらさせて言った。

「ゲームで立ち入り禁止になっていた場所がある。例の青年はゲーム中にいなくなった。このことから、彼が立ち入り禁止のところに行ったわけがないと考えるのはバカバカしい。俺の経験上、行方不明になった子どもやご老人たちは、みんな予想外の場所で発見されるのさ。歩きだから遠くまで行ってないはずとか考えてると、えらい離れた場所で見つかる、とかな。まだ立ち入り禁止のゾーンは見てないんだろう? 立ち入り禁止ってことは、危険だってことだ。うっかり迷い込んだものの、死と隣り合わせなために、身動きがとれないでいるのかもしれんぞ?」

 崖っぷちのところで、ふるふると震えている良知氏。それを想像してみようとしたが、無理だった。彼はどちらかというと、そういう場面でも悪態をついているような気がする。


 いざ立ち入り禁止ゾーンに入ろうと思っても、すんなりと行けるような場所ではなかった。よくよく考えれば、QRコードの場所ですら厄介だったのだ。それじゃあ行くかと気合を入れたら辿り着けるような場所ではない。

 そんなわけで僕たちは、山を上り下りしている最中に、目的地である泉か湖のようなものをちらほらと木の隙間から見たものの、どうやって行けばいいのかとぐるぐるして、山に入り直してから1時間後、ようやく水辺に辿り着いた。

「山小屋か。まるで童話みたいだねぇ」

 泉の手前にある小さな家を見て、加瀬月さんがため息混じりに言う。さすがというか、加瀬月さんに息や姿勢の乱れはない。沢辺さんはやや呼気を荒くして、僕に至っては肩で息をしている状況であるのに。

 しかし、そういう状態だからというのもあるのだろうが、この場所の空気はかなりおいしく感じられた。喉の奥をすうっと、不純なものが混じっていない、少しひんやりした森の空気が通り抜ける。

 盆地と呼ぶほど広くはないにしても、明らかに他の場所よりも低い地形。周囲にはだんだんと高くなって行く斜面と、それに沿って並んでいる木々しか見えず、もしここに迷い込んだら、どこからどこに出れるのか見当もつけられず絶望してしまうだろう。実際この時の僕は、やっと辿り着いたばかりだというのに、どうやって戻ればいいのだろうということを考えていた。




 泉に浮かぶ、良知氏の遺体を見つけるまでは。


(転に続く)

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