第5話
「ただいまー」
「おかえりー……じゃないよ! 今までどこをほっつき歩いてたのさ⁉」
「どこって……お前が牛丼食べたいって言うから近くのスーパーに……ほら」
と言って二人前の牛丼をレジ袋から取り出す。
喜ぶ顔が見たいのに少女は俯いたまま顔を上げてくれない。
「大丈夫だって。誰にも――」
「バカァ!」
激昂し俺に掴みかかる少女。
その衝撃で牛丼が床にぶちまけられる。
「お前何するんだ!」
「それはこっちのセリフだよ! 君はおばあちゃんが助からなくてもいいの⁉」
気楽に行こうって言ったのはこいつのはずなのに。
そのことを突っ込めないくらいにロリエルの表情は切迫していた。
「……すまん」
「誰かと話した?」
「いいや、誰とも話して無い」
「そう……そうか。それならまだ大丈夫かも……うん」
その言葉に俺の方も安堵する。
というか、無駄に怒られた気がする。
「とにかくもう二度と勝手な真似はしないでよね」
「わかった。金曜日が終わるまでは大人しくする……でいいんだろ?」
「ああ。金曜日をすぎればきっと運気が向いてくるはずだからさ」
そしてついに金曜日の夜を迎えた。
コン、コン、コン、コン。
扉を叩く音で目が覚めた。
窓の外を見ると月明かりが目に痛い真夜中。
「なんだこんな時間に……」
そして上の階が何やら騒がしい。
そんな中でもロリエルは爆睡している。
――そう言えばこいつ一日中ゲームしてたな。
コン、コン、コン、コン。
「すみませーん」
おっとりとした若い女性の声だ。つい癖で、
“はーい、今開けますよー”
と言いそうになってとっさに口を押える。
返してもらったスマホで時間を確認すると0時を回ったところだった。
金曜日が終わるまでは大人しく、という事は逆に言うと0時を過ぎて土曜日になったからもうこそこそする必要なないはず。
それでも慎重に慎重を期して返事はせずに、扉の前まで足音を殺して近づき聞き耳を立てようとした。が、不意に扉に触れてしまいガタと音が鳴った。
するとその女性は小さな声で、
「私、上の階の上野っていいます。夜分にすいません。今友達と飲み会をしてて……その……うるさかったら静かにするようにお願いしますので……」
おっとりした感じが心地よく、そしてどこか懐かしを感じる声。
――まさか⁉
「上野って……もしかして、上野
つい声に出してしまった。
「そう……ですが。あ、もしかして一条ってあの一条奉助くん?」
どうやら表札を見て察してくれたようだ。
これは完全に奇跡としか言いようがない。
上野結花は俺が高校生の時に密かに片思いしていた同級生だ。
異性と話すのが苦手だった俺でも人懐っこい性格の彼女だけは話しやすく、あの笑顔になんど救われた事だろう。
――会いたい。顔を突き合わせて彼女と話がしたい。
“金曜日を過ぎればきっと運気が向いてくるはずだからさ”
ロリエルは確かにそう言っていた。
つまりこの奇跡的な再開は魔の金曜日が終わった事を示しているはず。
――ならっ!
俺はドアのカギを開けて、扉を内側に引いたその瞬間だった。
「開けちゃダメだぁぁぁあああああ!」
時間が引き延ばされた感覚だった。
叫びながら全速力で突っ込んでくる少女。
俺はドアノブを引いたまま反射的に体を逸らし、つんのめった彼女はそのまま扉の外に放り出され、宙で一回転しながら上野の脇をかすめ、手すりで盛大に背中を打ち付け地面に倒れ伏した。
激しい痛みに悶絶するロリエルに、
「だいじょうぶか?」「だいじょうぶですか?」
と俺と上野が同時に声をかけるとロリエルはハッとして飛び起き、俺を部屋の中に蹴り飛ばすと、有無を言わせずドアを閉めてカギをかけた。
「一条君、ここを開けて! ねえ、その子大丈夫?」
答えてやりたいが、扉の前に仁王立ちしてねめつける少女に気圧されて声が出せない。
そのうち上野は諦めて自分の部屋に戻っていった。
俺はまずこいつに怒られるのではないかと構えた。しかし、
「ああ、ああ……どうしよう⁉ 僕はもうこの世界から消されちゃうよぉぉぉ……」
その場に崩れ落ち、青ざめた顔でガタガタと体を震わせる少女。
「おい……どうしてそんなに怯えてるんだ? 世界から消されるって? お前神様なんだろ?」
「僕は……僕は神様だけど神様じゃないんだ」
「またそれか……。分かるように説明してくれ」
「僕は神さまでも非正規の神様なんだ」
「非正規の神様?」
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