第4話


「さっきは本当にすまなかった」



 俺は推定十以上も年下の少女に深々と頭を下げた。



「気にしてないからいいよ。それより僕との約束守ってくれるよね?」


「ああ。それは分かってる」



 自称神様が祖母を助けるために出した条件。それは――



“少なくとも今日一日は外に出てはいけない。また外部と連絡をとってもいけない”



 まあ、連絡をとろうにもスマホが取り上げられてしまっているわけだが。



「それにしても、お前本当に神様だったんだな」


「ようやく信じてくれたようで僕は嬉しいよ!」


「なあ、ところで今何時ぐらいだ?」


「15時47分54秒をお知らせするよ」


 何も見ずにやけに細かく時間を刻むロリエル。

 そこに突っ込むのはとりあえずやめにして、


「本来ならもうばあちゃんが事故に遭ってるはずだ。安否を確認する方法はないのか?」


「施設に電話すればわかるだろうね。でも今日はリスクが高すぎる」


「そうか……」


 しばし沈黙。


「なあ、腹減ってないか?」


「今日は絶対に出ちゃダメだからね⁉」


「わ……わかってる。けど、外の様子が分からないってこんなにも怖くて落ち着かないものなんだな」


「まあね。でも僕にはだいたい分かってるから、僕を信じて。辛かったら眠るといいよ。膝枕してあげよっか? 僕君の彼女だし」


「その設定まだ続いてたんだな」


「設定って言わないでよ。心外だなぁ~……あっ! さては照れ隠しだろ? ほらほら素直になっちゃえよ。ほらぁ~体が勝手にぃ~少女の股に吸い込まれるぅ~」


「変な言い方するな! もう、寝る!」


「ふふ。それがいいよ」



 そして俺は布団で横になったが、不安や空腹やらで寝れるわけもなかった。




 翌日の朝。




「さあ、もういいだろう。スマホを返すから施設に電話してみなよ」


 そう言って彼女は股の間から俺のスマホを取り出した。

 心なしかホカホカ、ベトベトしている気がする。


「あ、念のために非通知で電話して。あと偽名でね」


 俺は言われたとおりの手順を踏んで祖母の安否を確認する。



「どうだった?」


「生きてた……。ばあちゃん生きてるって……」


 自分の声が震えているのが分かった。


「良かった。それを聞いて僕も安心したよ」


「その様子だと確信はなかったみたいだな」


「そんなことはないさ。僕の計算では成功確率98%だったからね。でもやっぱり成功すると嬉しいものだよ」


「はは……ありがとな、一緒に喜んでくれて」


「ん? ま……まあね」


「それはそうと、どうして引きこもってるだけでうまく行ったんだ?」


「一から十まで説明するとややこしいんだけど、一言で言えばバタフライエフェクトだよ」


「バタフライエフェクト……。一見無関係に思えるような事が巡り巡って人の運命を変えてしまうってやつか」


「そんな感じ。まあ助けても助けられない理由は別にあるんだけどね」


「それが良くわからないんだが」


「今は気にしなくていいよ。それより安心するのはまだはやい」


「どういうことだ?」


「とにかく金曜日が終わるまで引きこもり生活を続けないといけないんだ」


「そういうもんなのか?」


「うん」


「しかし、金曜日までとなると五日分の食料はどうするんだ? 例によって家に備蓄はないぞ?」


「それなら大丈夫。昨日よりも条件は緩いから。僕がいいと言った時だけは出前をとってもいいし外に出てもいい。ただし、誰とも話しちゃいけないよ?」


「それもバタフライエフェクトを考慮してってことだな? わかった。言うとおりにする」




 それから月、火、水と怠惰な日々が続いた。

 ちなみに仕事は神の力で(あのトイレでごそごそやるやつで)有給休暇にしてくれた。


 そして木曜日。


「外に出られないのがこんなに辛いとはな……」


「そう? 楽でいいじゃないか。通販で買ったゲームもまだまだこんなにあるし」


 ロリエルが爆買いしたゲームの箱が不安定な塔を成している。

 コントローラーを握りしめ、画面を食い入るように見る彼女を俺は横になって見ていた。


「なんかこう平日にだらだらしてるのも落ち着かないっていうかさ」


「社畜の性だね。まあ確かに三食出前っていうのも悪くないけど味が濃すぎて、飽きてきちゃったのはそうかも。あの薄味の牛丼が恋しいよ」


「あんなので良ければまた買ってきてやるよ」


「約束だよ?」


「ああ、まかせとけ」


「とにかく悶々してても心に毒だからもう少し気楽にいこうよ!」


「そうだな」


「と、いうわけでゴミ捨てお願いね」


「なんかうまい事乗せられた気が……」


「そんな事ないって。あと人に会っても――」


「絶対に話しちゃいけない、だろ?」


「そうそう。僕はこれからボス戦で忙しいから、よろしくね!」


 まず玄関で聞き耳を立てて、通路に人がいない事を確認。音を立てないようにゆっくりと扉を開ける。

 通販や出前の置き配を受け取る時も必ずこの手順を踏んでおり、もうすっかり身に染みついていた。

 

 あいつは絶対に外に出ようとしない。

 どうしてなのか理由は説明してくれないが、神様というわりには随分不自由なんだと思った。


 そして誰とも会わずに無事アパートのゴミ捨て場に到着。

 

 贅沢ぜいたく残骸ざんがい達に別れを告げて踵を返した時、ふと良い事を思いついた。



 ――そう言えばあいつスーパーの牛丼が食べたいって言ってたな。誰とも話さなければいいんだし……。よし!



 俺は久しぶりの外の空気をいっぱいに吸いながら意気揚々と歩き出した。


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