第3話



「お前ぇえええ! 俺のスマホをどこにやったぁぁあああ!」


「どこでもあるけどどこでもないところだよ♡」



 朝から慌ただしさ全開。

 いや、正確に言えば昼からだ。


「お前が俺のスマホをどっかにやったせいで目覚ましが聞こえなくて大寝坊だ!」


 とりあえず会社に一報入れようとさっきから部屋中を探し回っているのだが、マジでどこにも見つからない。


 スマホは一旦諦めて大急ぎで支度をはじめる。


「奉助は何をそんなに焦ってるんだい?」


「今日は土曜日だ! 確かにお子様はお休みだろうが、社会人のしかもブラック企業で勤める俺の休みは日曜日だけなんだよ!」


「だからさ、焦る必要はないんだって」


「は?」



「だって今日は“日曜日”なんだから」



「お前何を言って……」


「嘘だと思うならテレビをつけてみなよ」


 何を馬鹿なと思いつつも俺は床に転がるリモコンをひっつかんで電源をオン。


 すると――


「は? 日曜日? しかも……先週の⁉」


「ね? 君の望み通り時間を戻してあげたんだよ? まあ、正確に言うと僕の力じゃないけど、君の記憶を保持したのは僕だから僕の力と言ってもあながち間違いじゃないよね」


「マジでこんな事が……はっ⁉ まてよ……先週の日曜日ってことは!」


 俺は重大な事を想い出した。

 俺がなぜ時間の巻き戻しを願ったのか。


「今ならまだ間に合うはずだ!」


 俺はネクタイをだらりと首にぶら下げたまま家を飛びだそうとした。が――


「お前……何のつもりだ!」


 神と思しき少女が両手を広げてドアの前に立っていた。


「残念だけど、ここを通すことはできないんだ」


「俺には今すぐに会いに行かなきゃいけない人がいるんだ!」


「なんで会いに行かなきゃいけないの?」


「……俺が物心ついたころ両親は二人とも事故で亡くなってた」


「……」


「それで、親代わりになって育ててくれたのがばあちゃんで、俺が大学生の頃に認知症で施設に入って……それで俺は入居費用を稼ぐために大学を中退して就職してここまで来たんだ。そのばあちゃんが……俺をたった一人で育ててくれたばあちゃんが……今日、死んじまうんだよ! 施設を抜け出したところで車に轢かれて……。だから俺が助けに――」


「知ってるよ。全部知ってる。だからここは通せないんだ」


「はあ⁉ じゃあお前は何のために時間を戻した⁉」


「君の気持ちはわかる。だけどそれじゃあ、助けられるけど助けられないんだ」


「何をわけのわからないことを……もういい! そこをどけ!」


 俺は少女の肩を掴み左へ押し倒した。



 軽かった。

 神様なんていうから、力いっぱい突き飛ばしてしまった。



 シンクの角に額を酷く打ち付けて流血する少女。


「うう……」


 さっきまでの威勢が嘘のように弱弱しく呻く少女を俺は見下ろしていた。


 俺は迷った挙句、彼女を見捨ててドアの内カギを摘まんで――



「なんで……お前は……」



 弱弱しくも確かな感触を左の足首に感じて俺はその手を止めざるを得なかった。


「そこから出ちゃだめだ。お願いだから……僕を……信じてよ……」


「なんで、お前はそこまでして……」


「言っただろ? 僕は君の願いを可能な限り叶えてやるって……」


 俺が体中の強張りを解いたのを確認したのか、少女は安心したようにすっと瞼を閉じた。


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