第2話山田良政兄との交信のために秘術「言葉だまり」を使いしこと

 昼間、弘前市内の探索せり。目的は革命家孫文の運動に命を捧げた山田良政の声を聞かんがためなり。

 生家のある在府町界隈、遺骨は埋められぬまでも最後の地の土を収めし菩提寺「貞昌寺」、遺志を継ぎし弟「純三郎」と兄弟が共に学びし東奥義塾の跡地弘前市立図書館周辺を探索し、最後に弘前城内外などを探索せり頃には夕刻になりたり。

 現世には言葉だまりという場所が存在することは吾らが受け継ぎしユタの世界で密かに知られおり、その秘術を使いこなせる者は少なし。すなわち冥界からの声を留めおく場所であり、また冥界に言葉を送る場所なり。いわゆる録音施設であり伝送施設なり。現代で言う留守番電話のようなものと理解すればよかろう。ある時は岩であり、ある時は建物であり、通常は樹木や草木であることが多い。今日はその言葉だまりを探すために一日を費やしたり。結果は上々なり。樹木生い茂る弘前城内のある場所に、それらしき樹木の洞を発見したり。今から、その場所に足を運ばんとし、日が暮れるの待てり。

 山田良政の声だまりなりしが、吾が良政と声を声だまりで聞き取らんと決めたるは理由は彼が父に宛てし最後の手紙にありし。良政は1900年の孫文が起こしし恵州蜂起に参加し一命を落としたり。革命に孫文から現地軍への使者として派遣され、任務を果たした後も、なおも現地軍と行動を共にし清軍に捕らえられて処刑されたと聞く。孫文が計画ししこの恵州蜂起には日本政府も深く関係しおり。当初、台湾総督の児玉源太郎や時の首相の山形狂助は最大限の支援を約束しおりしが、首相が伊藤博文に代わり、かつ山東半島から義和団事件が起こり鎮圧のため日本は西欧列国と行動を共にせざることになり、日本は孫文の支援を出来ざることになりけり。代わりに宮崎滔天などが民間団体が武器を調達し布引丸という民間汽船にて恵州の現地部隊に送らんとするを台風に布引丸は沈没し、武器は海の藻屑と消えり。布引丸沈没は当時は武器調達を担当した某代議士が使い物にならぬ武器を安価に調達し陰謀の果て船を沈没させたりする噂が広がる大事件なり。良政は現地部隊にそのことを伝えんがために孫文の使者となり走りたり。使者の役割を果たした後も彼は現地部隊と行動を共にし清国軍に捕らえられ処刑されたり。あたかもこの武器支援失敗が孫文と日本の亀裂に発展しないように赤心を示さんがために自己の命を犠牲にしたるがごとく行為なり。使者に出た彼の行方は長く消息は不明のままなり。明らかになるのは18年後の1918年のことなり。良政は33歳の若さなり。前年の11月には新妻もおりしが、共に生活した記録は乏しく、すべて中国の動乱が治まりし後にと死の間際に父に宛てし一通の手紙が多くを書けり。その手紙が遺書になりしが、吾はその手紙にあまりに感動的な故に冥界との交信を、秘術「声だまり」と言う方法に頼らんと思い付きたり。冥界と現世の距離はアインシュタインが相対性理論理論で言う光速でも表現できぬ距離なり。なれど吾ら一族は特別な秘伝をもって、その距離を飛び越えることに成功せりが、やはり直ちにという訳にはいかず。数時間、相手が発信せぬ場合は更に遅れることもあり。吾は、その間、図書館にて「孫文を助けた山田良政兄弟を巡る旅」(岡井禮子著)という本を読みて霊感を養いたり。  結果は、明日以降、整理し公表せんと思いぬ。  小雨なりし。  吾、黒い雨傘をさし、声だまりの古木に向かへり。  大木なり、古木にして大きな洞あり。  しかれども吾も齢、六十歳を超えて物覚えも悪く、認知症になりしか不安に思うことあり。読者諸君、後日、弘前城のどの樹木が「言葉だまり」なりしかなどと野暮なことの質問は厳に謹んで頂きたい。   やはり聞こえたり。しかも昼間より大きく明瞭なり。もちろん霊能力神通力に乏しき通常の人には雨音や風音にしか聞こえまい。先祖伝来の記憶を受け継ぎ、また生まれし後も勉学を続け霊感を研ぎ澄ましし者のみしか聞こえぬ声なり。モールス信号のようなものなり。冥界からの手紙は、万が一、吾が汝らを昨夜、聞き取りし樹木の洞に案内しても聞き取るしか出来ない声であることを読者諸君は理解されたし。 「牛飼い儀助と呼ばれし、笹森儀助翁と話せし能者よ」と呼びかけあり、返事を待たず、すぐに本文に至れり。

「言葉だまりに預けし我の声に耳を傾けん。我は山田良政なる人物なり。先先夜、汝を訪問しし御岩木山の牛飼いと名のりし翁は、汝が疑いたとおり笹森儀助翁なり。翁と我らは近所に住む者にて汝らの想像以上に親しく、翁のことはよく理解しおり。言い伝わるとおり翁、生来、頑固なりしが、ロシアの旅から帰りし後は人が変わりしように、頑固になりし。以前は頑固さの中にも愛情あり、ユーモアありで近づきやすくあるを、あたかも人間嫌いになりしと思われる節もありと聞けり。ところが、その翁が冥界に昨日、我にロシアに渡りし前の愛嬌ある相貌にて話してきたり。翁、吾に言うに『面白き男に会った。汝も語りたきこと多しと思ゆる。ぜひ例の名文のごとき口調で汝の声を多くの者に伝えん。翁は奄美大島の島司時代に例のごとく多くの苦難に出会いしが、一番、困りしは島司就任後の数年後にチフスが流行し大騒動になりしと言えり。その元凶なるものはユタ神という古代から伝わる信仰なりし。近代的な医術を信用せず、ひたすらニセ霊能者のニセユタにすがり暴挙を続ける島民には愛想を尽かしし。昨日は汝のような本物の霊能者に会い、救われたとも感激ひとしおなり。』と。この翁との会話をもって我が間違いなく山田良政であることを伝えんと欲す。我は周知のごとく多くの無念を残し、その世を去りし者。父や母への孝行、妻への断ち切れぬ思いは言語に尽くしがたし。しかるに父も母も妻さえも、すべて冥界にて同居する立場になりし、今は一切の恨みは消滅せり。また我が孫中山先生に対する意思は我が弟の純三郎に忠実に受け継がれたことにて何ら思い残すことはなし。しかるに無念なことは我らが命をかけし中国人民救済のための革命が未だ完成したるがごとく見えぬことなり。笹森儀助翁より伝え聞きし現在の東亜の状況にも嘆きたるが故に汝に言葉たまりを通じて無念さを伝えるものなり。弟順三郎も嘆きしように中国と日本の泥沼のような戦争も極めて残念なことなれど、耳したる最近の東亜の状況は嘆息するのみ。居ても立ってもおれぬ気持ちになりたり。孫中山先生を信奉しシナ革命を望みたる我ら本心は、アジア諸国の西欧列強からの解放なり。4億の人民の幸せを実現するためなり。しかるに未だ実現せざるばかりか、生まれ変わりし中国は軍事力を背景に、あらたな植民地政策がごとく、すでに住民が生活しし周辺諸国の領土領海を強奪せんが行為を繰り返しているがごとく聞こえり。吾らが夢は未だ実現せざる状況なりしか」  言葉だまりに預けられた言葉は、呼び出された相手の耳に届くまで半永久的に繰り返されるものであり。エンドレステープのようなものと理解されたし。  吾は、この段階をもって先の作品を「御岩木山の牛飼いの物語」というタイトルを「牛飼い儀助の物語」と変更するに決めたり。かつ彼に言葉ための洞を通じて言葉を送ることにしたり。

 その頃より、雨は本降りになり、周囲に人影は途切れ、風も吹き街灯の明かりの中を雨粒が激しく踊り狂うようになりけり。 「今や中国は人口4億人にあらず。すでに14億人を超えたり。万里の長城を超えて満州を我が物のし、ウィグル、チベットも併合し漢民族中心の国家として一大帝国を誇れり。さらにれでは不足と南シナ海や東シナ海、太平洋の半分を自己のものとすることを世界中に宣伝し、領土領海、資源を独占とする凶暴さを露骨に宣言したり。不幸の元凶は先の戦争のせいにあらず。日本の侵略行為にあらず。先の戦争より70年を超えて混乱の原因は、ひとえに毛沢東主席時代の政策の誤りに元凶あり。ひとえに人口爆発政策なり。これは毛沢東一人のせいにあらず。毛沢東も中国人民の凶暴さにをキッシンジャなるアメリカ人に嘆いたる節もありし。人民の誤りし歴史解釈に元凶ありし。すなわち偉大な指導者の下では国は栄え人口が増えるという古代からの言い伝えに元凶あり。毛主席は偉大であり言い伝えに従い人口を増やさねばならないと言う神がかり狂信的な権力者に忠誠心を競うがごとく運動が国中を席巻したり。国や社会をあげて出産を強要したる時期なり。傍らでは貧しさで餓死者が多くを発生にするを、ひたすら産めよ増やせよと国をあげて突き進みたり。まさしく魯迅先生が指摘した中国人民の愚かさの象徴なりしが、この人口爆発政策は軍事的な人海戦術という戦略と相まって許されたり。しかるにベトナムとの国境紛争に敗れし後に急遽、国をあげて一人っ子政策なるもの転換ししが、人口爆発の後遺症は解決せず、現代に尾を引きずるものなり。中国の要求する国際法規や国境変更などの我が儘を許せば周辺諸国民は生存に大きな圧迫になることは明らかなり。軍事力を用いて他国住民の生存権を奪う時代ではないと言うことやルールに従い生きることを理解させることが重要なり。既存の国境線の中で生存する方法を追求するしかない旨を知らしめるべし。そのために吾は2020年オリンピックという絶好の機会を無駄にすべきではない思いしなり。多くの中国人民を日本国内に招き入れおもてなしをし、歓迎すべし。もちろんおもてなしは対価を受ける権利があるものなり。日本国内は日ロ戦争直後の多くの中国人留学生であふれし頃に似たる状況になるやも知れぬ。中国の動乱や体制崩壊を望むものにあらず。ただ中国人民の生き方に好影響を及ぼすことを期待するものなり。魯迅が望みし民度向上に一機会として中国人民の幸福に寄与せんとするものなり。中国人観光客を日本の法律にて歓迎することは中国人民開放軍の得意とする人海戦術なり。そのためには日本の国内の治安維持と国境警備、防疫検疫、出入国管理など多々、準備を急ぐべきと提案し続けるものなり。まず中国大陸侵略の元凶となりし陸軍の流れを強く引き継ぎし、陸上自衛隊を解体し国の危機管理や安全保障制度体制を作り替えるべきと過激な提案が重要なり。そもそも現在の中国人民軍の領土拡張熱は福島原発事故に無縁にあらずと吾は分析しおり。初度対応に陸上自衛隊に立ち向かう勇気もなきことや、それを反省して真剣に安全保障体制について考える気概なきことを見抜かれたが故にも一因がありしのように思えり。太平洋戦争で犠牲になりし多くの魂魄は長く長く日本に静穏の利益を与えし。しかるに2011年3月11日の水素爆発は一挙に静穏の利益を吹き飛ばしぬ。多くの不満も聞きしが、2020年に東京にオリンピックを強引とも言える方法で招致せざる得なき事情も同一なり。まずもって、その東京オリンピックとパラリンピックを無事に成功せしめるためにも国境警備と国内治安維持は一大事なり。まして中国は外国と紛争状態に陥った場合には当該国に滞在中の中国人に蜂起を呼びか掛ける法律を整備したり。もし日本と中国が東シナ海において交戦状態に陥った場合、自国内に残りたる親戚縁者を人質に取り、蜂起を促すことは大いに予想できることなり。日本は如何なる対応を準備したるや」

 ここまで一気に夢も希望もないことを言葉だまりに念じ入り、一息、つきたり。

 山田長政は日本人の真義と中国人民の幸福のために死地に向かいし人物なり。そのことを考え、次の言葉で念を最後を飾りたり。

「もし貴兄が吾の言葉に同意せるものなら、弘前城の木々どもすべてに呼びかけ来年の春も桜を満開にし、多くの中国人民を招き入れ、日本国民と感動を共有さすべし。また黄泉の国に去りし同志とともに、この世の親類縁者、多くの市民に呼びかけ弘前において貴兄の中国人民に対する思いを伝えるべき環境を整える整えるように働きかけるべし。吾に対する返信は一切、不要にて、ひたすら城内や城下の桜の木々に働きかけん。吾は来年の桜花の開花如何により汝の意思を確認せん」

 と吾は言葉だまりに、自らの意思を残したり。

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御岩木山に棲む牛飼い儀助 夏海惺(広瀬勝郎) @natumi-satoru

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