第四話 別に理由なんてなかったんだよ。

 心中。互いに納得して死に、黄泉の国への道筋を共にすること。もっぱら親しい間柄で行われれ、度々映像作品などのモチーフにもなる。

 心中をする心理状態というのは、僕は決してそうした心理学に精通しているというわけではないから、詳しくは語り得ないのだけれど、それでも僕の想像の及ぶ範囲で語らせてもらうとするならば、理解のできない辛さや絶望がそこにはあったのだろう。ロマンチックなエンディングとして語られることも多い心中だが、その実非業の死であるわけだし、周りが勝手に感動して涙するというのは本来ならお門違いもいいところだ。その幕引きを味わうのは、彼らだけの特権なのだから。

 とはいえ、心中に関してもいろいろある。

 その中でも僕がこれからさせられようとしているのは、無理心中だろう。

 心中という言葉には『情死』という言い換えもあるそうだが、無理心中の場合はそういう言葉を使うわけにもいかない。身もふたもない言い方をしてしまえば、人を殺めて同時に自殺する、それだけなのだ。無理心中というものは。結果残るのは一つの自殺遺体と他殺遺体。これから僕は何のひねりもなく殺されるのかもしれない。

 彼女の言葉をそのまま解釈するのであれば、そういうことになる。

「…ちなみに、僕の聞き間違いだとか、勘違いだとか、そういうことでは」

「ないよ」

 きっぱりと、嫌なくらい明確に断言する少女。僕としては間違っているという可能性に賭けたかったわけだけれど、そういうことも難しいらしい。

「えっと…その、僕?」

「うん」

「…あの…なんで?」

 率直な疑問だった。心中をするのであれば、少なくとも関わりのある人間を選ぶはずだ。親なり兄弟なり、恋人だったり親友だったり、対象はいろいろあるかもしれないが、基本的にこれから心中しようと思ってその辺の人間を攫ってくることはまぁまぁ考えにくい。

 ましてやインターネットの発達したこの世界だ。自殺志願なんて物騒な呼びかけでも、冗談みたいに人は集まってくるに違いないし、その方が自殺に対する価値観というのも似通っているだろう。

「…んー、なんで、だろうねぇ」

 少女は考えながらそう溢した。いや、特に理由は無いんかい、なんて軽薄なツッコミが入れられればいいのだが、自分の命がかかっている状況下で陽気に漫才をする余裕はない。

 思案に耽りながら少女は、より僕との距離を詰めてくる。彼女も流石にその恰好では寒いのか、毛布の中に潜り込んで身を震わせている。これから死ぬだなんて話をしているのに、寒さに震えて命を外気から守ろうとしている感覚が不思議だった。

「なんで…うーん、理由はないのかも。ただなんとなくってわけではないけど、それでも私が君をここに連れてきたのには、実際そんなに深い理由はないよ。ただそこに居たから、なんとなく」

「そんな理由で…」

「あはは、そうね。それもそう。そんな理由でって思うよね、だって君はもうすぐ私と一緒に死んじゃうんだし。せめて納得して死にたいよね」

 いやそもそも死にたくはない。だがこの子の発言は先ほどから常軌を逸しているというか、現実味が無さ過ぎる。現実味があった方がいいという意味ではないが、ないならないで問題があるのだ。

 傍らに潜り込んできた少女はようやくこの暖かさに満足したようで、強張っていた肩の力を抜いた。柔らかな感触と頼りない体重が左肩にのしかかる。きっと生きているはずなのに妙に安心できないというか、不安になる柔らかさ。ずっと抱きしめていないと――初対面の女の子にこんな例を出すのは大変気持ち悪い話なのだが――いつかふらっと消えてしまいそうな危うさがある。


 一方僕がそんなことを考えているだなんて思いもしていなさそうな少女は、一つ息を吐いて、こう続けた。

「強いて言えば…君を誘拐したことに関して無理やり理由をつけるとしたら、君が幸せそうだったから…んー、いや待って、違う。なんというか…うーん、そうだな、人生に苦しんでいなさそうだったから、というのが適切かな」

 まぁまぁ偏見盛りだくさんな理由だった。

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