05

「うあぁぁぁぁーっ!」

 あまりの苦痛に、頭を押さえてのたうち回るトモ。もはや剣もどこかに放ってしまっている。

 今度こそ、正真正銘この決闘は決着したようだ。



「トモくんっ!」

 ウィリアが、ほとんど悲鳴のような声をあげる。

「バ、バカなっ⁉ トモが……魔王を倒した勇者が、こんな女ごときに負けるはずがっ⁉」

 ギリアムも、信じられないという表情で、思わず本音をこぼす。

「ああぁぁぁぁーっ!」

 しかし、トモの絶叫はそんな外野たちの声など書き消してしまうほどに騒がしく、すさまじいものだった。

「い、いっでぇぇぇーっ! うあああぁぁぁーっ!」

「……っ」

 アレサはそんな痛々しいトモの姿に思わず眉間にシワを寄せて、苦悶の表情を浮かべてしまう。だが、自分にはまだやるべきことがあると思い出したのか、再び冷酷な表情に戻す。

 そして、いまだ激痛でのたうち回っている彼のそばまでやって来ると……、

「……ぐぅっ!」

 蹴りつけるように乱暴に、彼の口に自分の右足を突っ込んだ。

「あがっ! うごがっ!」

 頭の激痛と、口を封じられたことによる息苦しさで、更に暴れまわるトモ。しかしアレサは足で踏みつける力を強めて、そんな彼の動きを押さえつけてしまった。



 この世界では、魔法を使うには「口に出して呪文を唱える」必要がある。だからアレサは今、トモの口をふさいで、彼に回復魔法を使わせないようにしたのだった。

「ア、アレサちゃん! もう、やめてよっ! それ以上やったら、トモくんが……トモくんが、本当に……」

「も、もう勝負は終わりだ、アレサ・サウスレッドよ! 今すぐトモを解放するんだ! 吾輩は……いや、この国は、ここでそいつを失うことわけにはいかんのだっ! 早くやめろっ! さ、さもないと、家族もろとも貴様を、この国から追放してやるぞっ⁉」

 怒りに任せて乱暴に叫ぶギリアム。

 そんな彼を、周囲のローブの男たちがなだめる。

「し、しかし国王様……これは、国の法律にのっとって遂行されている、正式な決闘裁判です! その裁判の原告であるアレサ殿には、被告のナバタメ・トモ・ヒトを殺害することのできる、正当な権利があります! ま、ましてや今の貴方は、今回の裁判の見届け人ですから、裁判をやめさせるなど、できるはずが……」

「ああ、うるさいっ! そんなことは、吾輩だって百も分かっておる! だが、ここでトモを失うことがこの国にとってどれだけの損失となるか、お前には分からんのかっ⁉

 トモは、あの魔王さえ倒すことのできるような最強の軍事力だぞ⁉ やつを保有している限り、この国は無敵だ! 誰にも恐れることはないんだ! これから、トモに次々と他国を落とさせ、この世界をわが国が支配するはずだったのだぞ⁉

 そんな最強の兵器であるトモを、こんな世間知らずの愚か者に、殺させてたまるかっ!」

「で、ですが……!」

 ちらりとアレサのほうを見る側近の男。

 トモの返り血で真っ赤に染まったアレサの姿は、彼の目にはどんなモンスターよりも恐ろしく映った。

「い、今のアレサ殿は……自分の邪魔をする者はどんなものでも躊躇なく手にかける可能性があります。国王の貴方ですら、その例外ではないかと……」

「……くそっ! なんてことだっ!」

 もはや手の打ちようがないと気付いた国王ギリアムは、いらだだしそうに森の木を蹴った。

 それから、

「き、貴様! こんなことをして、ただですむと思うなよ⁉ この償いは、必ず受けてもらうからなっ⁉」

 という捨てゼリフを残し、広場の外に向かって行ってしまった。あわてて、二人のローブの男たちもそのあとを追ってその場を去っていく。

 その場には、アレサとトモ、そして、ウィリアだけが残された。


「トモ……これで、終わりよ。貴方は、ここで死ぬのよ」

 トモの顔を踏みつけながら、冷酷に金属杖を突き付けるアレサ。

「……! ……!」

 トモは、何かを訴えるように懸命に表情を動かす。

 しかし、アレサの足はしっかりと彼を拘束していて、彼の意志は誰にも届かない。

 ウィリアが、泣き言のように話しかける。

「ア、アレサちゃん……何でトモくんに、こんなヒドイことするの……? ヒドイよ……。こんなの、いくらトモくんが嫌いだからって、ヒドすぎるよ……」

「いい加減、目を覚ましなさい!」

 そこでようやくアレサは、ウィリアに応えた。

「こんな男の魅了チャーム能力なんかに、いつまでも惑わされてるんじゃないわよ!」

「……え? 魅了……能力……って……?」

「この男は、剣の腕や魔法の技術と同じように、女神から女性を魅了する能力も与えられているのよ。だから、貴女たちがこの男のことを好きだという気持ちは、その能力が引き起こす幻……ニセモノってことよ!」

「えっ⁉」「……!」

 言葉を失うウィリア。口をふさがれているトモも、「そんなはずがない」と主張するように激しく首を振る。

 二人とも、その魅了能力のことは知らなかったので、その反応は無理もないものだった。


「貴女たちだって、不思議に思っていたんじゃない? 理由もないのに、突然目の前に現れた男のことを自分が好きになっていることを……。それは、彼に魅了能力があったからこそなのよ」

「う、嘘だよっ!」

 激しく動揺しながら、ウィリアは叫ぶ。

「ア、アレサちゃんはトモくんが嫌いなんでしょ⁉ あたしがアレサちゃんじゃなくトモくんを好きなことが、気に入らないんでしょっ⁉ だ、だから、そんなこと言うんだよっ! そんな、ありえない嘘を……!」

「いいえ、これは嘘じゃあないわ」

「あ、あたしは、トモくんのことがほんとに好きなんだもん! この気持ちは、ニセモノなんかじゃないもんっ!

 だ、だって彼は、すごく優しくて、カッコよくて……ア、アレサちゃんだって知ってるでしょ⁉ 彼が、あたしたちをドラゴンから助けてくれたことを! あのときからあたしは、彼のことが……!」

「ウィリア、そもそもそれが違うのよ。……あれは、そんな単純な話じゃないのよ」

「ち、違うって、何が……」

 ゆっくりと首を振り、アレサはウィリアを黙らせる。

 それから、静かに語り始めた。



「確かに……。

 わたくしたちが彼に初めて会った日……彼は暴走して街に危害をくわえようとしたドラゴンを、あっという間に倒してくれたわ。そのこと自体は、嘘ではない。そういう意味では、彼はわたくしたちを助けてくれた、ということになるのかもしれない……でもね。

 そもそもあのときの状況自体が、おかしかったのよ。

 ドラゴンなんていう賢い種族が、突然自分たちのナワバリを抜け出して、わたくしたち人間の前に現れたこと。しかもその上、わたくしたちに向かって問答無用で襲いかかってきたこと。街の被害を顧みずに、魔法を使おうとしたこと。そんなこと、本来ならありないことなのよ。

 彼らには、ちゃんと自分たちと、自分たち以外の種族のことを考えるだけの、良識がある。だから、滅多なことでは他種族の領地や命を脅かしたりはしないし、あんな乱暴な真似もするはずがないの。

 そりゃあ……かつてはこの世界でも、無理解から彼らを魔物なんて呼んで忌み嫌っていたこともあった。人間とは相容あいいれない存在として、わたくしたちと対立していた時代もあったわ。

 だけど、研究者やドラゴン保護団体のたゆまぬ努力と啓蒙活動によって、そんな悲しい誤解も少しずつとけてきている。今ではわたくしたち若い世代を中心に、彼らドラゴンたちにも自分たちと同じように権利を認めて、歩み寄ろうとする動きも出始めていた。お母様にお願いして、今年から学園のカリキュラムに『竜言語』を取り入れるようにしてもらったのも、そのためよ。わたくしたちは、少しずつ分かり合えてきていたはずだったのよ。……それなのに。

 あのときの『彼』は、それをすっかり忘れてしまっているみたいだった。その辺の野生動物と同じように、わたくしたちに野蛮に襲い掛かってきていた……まるで、凶暴化バーサーク混乱コンフュージョンの魔法でもかけられていたみたいに」

「⁉」

 その瞬間、トモが大きく目を見開いた。

 すでに全てを理解していたアレサは、静かに先を続けた。

「あの日、ウィリアを家に帰してナバタメ・トモ・ヒトの宿を手配したあと、わたくしは公園に戻ってあのドラゴンの手当てをしたわ。そのときに、試しに『彼』と、なんとかコンタクトをとってみようとしたの。

 もちろん、わたくしはまだまだ竜言語については未熟だから、彼の言いたいことはあんまり理解できなかったけど……でも、これだけははっきりと分かった。あのドラゴンは、わたくしにこう訴えていたの。

 『突然目の前に人間の男が現れた』。『彼にいきなり何かの魔法をかけられて、そのあと頭が混乱して、わけがわからなくなった』……とね。

 ……おおかた、この世界に転生してきてすぐで、自分のチート能力を試してみたかったんでしょう? そんなときに目の前にドラゴンが現れたから、腕試しにちょうどいいと思ったのね。

 つまり……あのドラゴンがあんなに混乱していたのも、わたくしたちや街が危険ない目にあったのも、もとはといえば彼が、ドラゴンに魔法をかけたせいだったのよ」

「そ、そんな……トモくんが……?」

「……」

 トモはもう、首を振ろうとはしない。なぜなら、そのときアレサが言っていることは、すべて真実だったからだ。


 アレサは、軽蔑するような冷たい瞳でトモを見下しながら、更に続ける。

「彼の野蛮で軽率な行動は、わたくしたちの命を脅かした。しかもそれと同時に、あのドラゴンの尊厳をも深く傷つけてしまったわ。『彼』は、自分が混乱させられていたということに対して、とても怒っているみたいだったわ。わたくしがどれだけフォローをしても足りないくらい、人間全体に敵対心を持ってしまっていた。

 ナバタメ・トモ・ヒトはあの日、わたくしたちが積み重ねてきた人間とドラゴンの友好関係に、取り返しのつかないヒビをいれたのよ……」

 体を震わせ、ショックを隠せないトモ。もしも彼が今、喋ることができたなら、「すまない……。俺は、そんなつもりじゃなかったんだ……」と謝罪していたことだろう。しかし、口を塞がれている今の彼には、それすらもできないのだった。


 もちろん。

 あのときのトモに、人間とドラゴンの関係を壊す意図なんて、あるわけはなかった。

 ただ、自分が突然ゲームのような世界に放り込まれ、そこに、ゲームでは敵モンスターとして有名なドラゴンがいた。だから、特に深く考えることもなく、敵に攻撃されるまえに混乱の魔法で先制攻撃を仕掛けただけなのだ。

 まさか、この世界でドラゴンと人間が友好関係を結ぼうとしていたなんて、知らなかった。自分の行動が悪い結果になるなんて、思いもしなかった。むしろ、「敵」がいたのだから倒した方がこの世界のためになると思っただけだった。

 なまじ正義感の強いトモだったからこそ、彼はその行動になんの疑いも持たなかった。しかし、よかれと思ってしたことがこの世界にとってはとんでもなくひどいことであったと知らされ、トモは激しいショックに襲われていた。

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