04

「たぁぁーっ!」


 中距離から、トモがアレサに切りかかる。これまでにも何度かあったような流れだ。その攻撃に対するアレサの対応も、すでに何度もやって決まってきている。

 相手の太刀筋を読んで、それを紙一重でかわしてからの反撃だ。


 きっとトモは、その反撃を容易に防いでしまって、次の攻撃を繰り出してくるだろう。あるいは、わざと振り下ろしたあとの隙を見せて、アレサの攻撃を誘ってくるかもしれないが……。どちらにしろ、これまで何度もやったことには変わりはない。

 そうなれば結局また、絶え間ない攻防が続くだけだ。


 あるいは、アレサはトモの攻撃をかわすのではなく、得意とする受け流しパリィでその勢いを利用して体制を崩すこともできるかもしれない。これなら、うまくいけばその直後に確実に反撃を決めることが出来るだろう。

 しかし。

 いかんせん彼女は、トモに自分の戦闘スタイルを知られ過ぎている。以前に学園で戦ったときに、調子にのってパリィのパターンをあらかた見せてしまっていたので、彼にはとっくに見切られているだろう。相手が剣の達人である以上、相当意表をつきでもしない限り、もうアレサのパリィは成功しそうもない。

 ならば、選ぶべき選択肢は、おのずとそれら以外のものになる。それは……。


 そしてアレサは、自分に切りかかってくるトモに向かって……「自分も攻撃を仕掛けた」。


 それが、第三の選択肢。

 すなわち、相撃ち覚悟のカウンターだ。

 失敗すれば自分だけが致命傷を受け、その場で敗北が決定する。ある意味では賭けのような選択肢。それも、勝率のそんなに高くない危険な賭けだ。

 それでも、相手に自分の手の内をほとんど知られてしまっている以上、アレサはそれを選ぶしかなかった。今までの自分のスタイルにない攻撃をすることで、トモの意表をつけると思ったのだ。

 そしてアレサは、その危険な賭けに…………負けた。


「えっ⁉」


 切りかかったアレサの目の前から、突然トモが消えた。ターゲットを見失ってどうしていいか分からなくなり、アレサは一瞬動きを止めてしまう。

 次の瞬間、背後にものすごいエネルギーの高まりを感じたのに気付いたときには……既に、十分に力を貯めたトモの攻撃が繰り出されたあとだった。



 あえてアレサを追い詰め、普段自分がしないような攻撃に誘導すること。

 それこそが、トモのたてた作戦だったのだ。

 普段しないということは、そこで予想外の事態が起きたときのとっさの対応が、十分に練られていないということだ。

 つまり、その瞬間に必ず隙が出来る。

 その読み通り、トモが「切りかかると見せかけて直前でジャンプしてアレサの背後に回った」とき、アレサは隙を見せてしまった。トモの改心の攻撃を繰り出す時間を与えてしまったのだ。


「悪いな! これで終わりだ!」


 アレサの左後方から、思いっきり切りつけるトモ。

 『ステータス確認』による観察通り、左目の眼帯のせいで、彼女からはその方向は完全に死角になっている。つまり、この方向からの攻撃を回避することなど、不可能だ。

 そのすさまじいエネルギーの攻撃は、直撃すればまず間違いなく致命傷となるだろうし、たとえ防いだとしても、肋骨や内臓などの体の中がボロボロになるだろう。その瞬間に、完全にアレサの敗北が確定する。


 もちろん、それが決まったあとにトモはすぐに回復魔法をかけるつもりだったので、アレサの命まではとるつもりはなかった。だがどちらにしろ、それだけ大きなダメージを受けてしまえば、気を失うなどして戦闘不能状態になるのは避けられない。

 彼の言葉通り、これでこの勝負は終わりになる…………はずだったのだ。

 しかし次の瞬間、トモの予想だにしないことが起きた。


「……それを、待ってたのよね」


 そのときのトモは、完全にアレサの死角に位置していた。だから、トモの姿はもちろん、彼が持っている長剣の剣先すら、アレサからは見ることはできなかった。

 にもかかわらず。アレサは、トモの攻撃の軌道上に寸分たがわず金属杖を突きだしていた。

 まるで、「彼の攻撃がどの角度からくるか予知していた」かのように、トモに背中を向けたまま、金属杖でトモの攻撃を受ける。そして、水が滑るような動きでそれを移動させ、その攻撃を『受け流し』てしまったのだ。



 そう。彼女には、トモがその方向から攻撃してくることが、分かっていた。

 剣の達人であり、『ステータス確認』の能力を持つトモならば、確実に、自分の一番の弱味をついてくる。アレサが無駄に傷つかなくて済むように、眼帯で見えない死角をつくことで、勝負を最短で決着させようとする。

 そのことを、確信していたのだ。

 だから彼女は、この決闘が始まってから今までずっと、その攻撃に備えてきた。メイに負わされた左目の弱点をつくために、トモが左後方から攻撃してくることを、ずっと待っていたのだ。


 トモは、確かにチート能力によってこの世界で最強の剣の使い手になっていた。だがしかし、それには劣るとはいえ、アレサも今までずっと鍛練に鍛練を重ね、金属杖を使った「受け流し」の技術を磨いてきた達人には違いない。

 達人対達人の戦いでは、勝敗はほんの些細なことで決する。

 ほんの一瞬でも、相手よりも有利な立場に立つことが出来れば、それで十分だ。

 そして、「決着の瞬間に相手が攻撃してくる方向が事前に分かっている」という状況は、今のアレサにとっては、チートにさえ勝るほどのアドバンテージだったのだ。


 アレサはすさまじいエネルギーを込めたトモの攻撃の勢いを殺さず、むしろそのままその勢いを利用して、体を翻す。

 まさか受け流されるとは思っていなかったトモは、それに対応できない。


 そして彼女は、攻撃を受け流したパリィの勢いをそのまま活かして、トモの脳天めがけて金属杖を叩き込んだ。

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