03

「アレサちゃん! なんでこんなことするの⁉ これ以上、トモくんをいじめないでよ!」


 トモをかばうように、両手を広げて立つウィリア。

 アレサはあまりの驚きで、それまで作っていた厳しい表情を、少しだけ崩してしまう。ウィリアがここに現れるのは、アレサにとっては全くの予想外の出来事だった。


 数時間前、アレサからの呼び出し状を受け取ったトモがこっそりと宿を抜け出したとき。実はその近くには、彼に会うためにやってきていたウィリアがいた。彼女はトモが森へと向かうのに気付き、ここまでつけてきてしまったのだ。

 彼女が自分たちの決闘のことを知れば確実に邪魔をするだろうということは、アレサも分かっていた。だから、なるべく彼女には知られないように計画をたてたつもりだったのだが、その思惑は外れてしまったわけだ。


「……ウィリア、そこをどきなさい」

 しかし、もはや決闘をやめることはできない。再び真剣な表情に戻ったアレサが、命令をするように冷酷に言った。

 トモも、

「ウィリア……あぶねーから、ちっと下がってろよ。この場は、俺がなんとかおさめるからよ」

 と彼女に言い聞かせる。

 しかし、ウィリアはブンブンと首を振って、それらを拒絶した。

「ダメだよ! 私が止めないと、アレサちゃんは、またトモくんをいじめるもん! そんなの私、もう見たくないんだよ!」

 駄々をこねるようにウィリアは叫ぶ。

「そこを、どきなさいと言っているのよ!」

「やだっ! 絶対にやだよ!」

「全く、聞き分けのない子ね!」

「アレサちゃんこそ、わからず屋だよ! 私がこんなに嫌がってるのに、どうしていつもトモくんにちょっかい出すの⁉ どうして私たちを、放っておいてくれないの⁉

 どうせアレサちゃんは、私がトモくんのことが好きなのが、気に入らないんでしょ⁉ そんなの、ただの嫉妬だよっ! そんなことするアレサちゃんなんて、大っ嫌いだよ!」

「おい、ウィリア……」

「……っ!」

 ウィリアは、激しい感情をあらわにしてアレサを睨み付ける。アレサは、そんな彼女を見たのは初めてだった。自分の想い人に目の前でここまで明確な嫌悪感を向けられるというのは、どんな攻撃よりも心に響くことだ。

 しかし、それでもアレサは折れなかった。

 彼女のウィリアへの愛情は、相変わらず度が過ぎるくらいに強い。しかし今の彼女は、それ以上にもっと強い力に動かされていた。「自分だけの感情」よりも大切なものに、思考と行動を支配されていた。

 だから、ウィリアに何を言われても、アレサは怯むはずがなかったのだ。


「ウィリア、早くどきなさい! さもないと……」

「やだよ! どうしてもトモくんをいじめたいって言うなら……先に私を倒してからにしてよ! そんなこと出来ないでしょ⁉ だってアレサちゃんは、私のことが好きなんだから!」

 アレサの自分への想いを知っているウィリアは、まさか彼女が自分のことを攻撃するはずがないと思っていた。トモも、ウィリアにこう言われればアレサは攻撃をやめるしかないと思っていた。


 だから、対応が遅れてしまった。


「……なら、そうするわ」

 そうつぶやくと、アレサは何の迷いもなく、金属杖を思いっきり横に凪ぎはらう。その杖は、トモの前に立ちはだかっていたウィリアの無防備な横腹に、クリーンヒットした。

「きゃあっ!」

 杖の攻撃をまともに食らったウィリアは、体が浮くほどのすさまじい勢いで、二人から離れた距離まで飛ばされてしまった。

「お、おいっ⁉」

 信じられない、という表情で目を見開くトモ。

 国王ギリアムのそばにいた紫のローブの一人が、慌てて吹き飛ばされたウィリアを介抱しに向かう。飛ばされた先で木にぶつかって顔や腕から出血していたが、命には別状はなさそうだった。

「な、なんで……?」

 驚きよりも、恐怖を感じてしまっているウィリア。寒さで凍えるように、ブルブルと震えている。

 アレサはそんな彼女をチラリと一瞥だけすると、すぐに興味を失って、視線をトモに戻す。そして、再び杖を構えて臨戦態勢をとった。

「これで、邪魔者はいなくなったわね」

「あんた、マジかよ……」


 そのときのアレサの右目には、罪悪感や焦りなどは、みじんもなかった。ただ、強い決意を込めた氷のように鋭い眼差しがあるだけだ。

 そんなアレサの態度に、とうとうトモも覚悟を決めた。

「……どうやらあんた、マジでおかしくなっちまったンだな。本当は女の子にこんなことしたくねーんだけど……仕方ねーよな。ちっと、痛い目みてもらうゼ?」

 そう言って、アレサに対して剣を構えた。


 そのとたん、彼の周囲を青白いオーラのようなものが取り囲んだ。

「……うっ!」

 それは、一般人が武術の達人を前にしたときに感じる、気迫や覇気。あるいは、圧倒的なまでの実力差が見せる、エネルギーの蜃気楼現象のようなものだ。

 チートによって強化されていたトモは、文字通りこの世界で最強の存在だ。そんな彼が本気を出せば、ただの気迫でさえ光を屈折させ、存在しない像を視界に見せるのだ。さすがのアレサも、人間離れしたそんなトモの本気には少しひるんでしまった。


「なるべく、一撃で決めてやるよ……」

 しかしそんな実力差がありながらも、トモは油断したりしない。彼は気迫でアレサを圧倒しながら、同時に彼女を入念に『観察』していた。

(……これ以上、このおじょー様に何を言っても意味ねー。この場をおさめるためには、国王さんのいう通り、どっちかがどちらかを倒す以外にはなさそーだゼ。でも、だからって俺に、おじょー様を殺すことなんてできるわけがねーし。だったら……)

 彼は今、どこを攻めればアレサをなるべく傷つけずに戦闘不能にすることが出来るかを、調べていたのだ。『ステータス確認』の能力のおかげで、トモにはアレサの状態や弱味が手に取るように分かっていたのだから。

(このおじょー様、さっきからずっと、自分の体の右側を中心にして動いてるな……。全部の攻撃で右肩を前にしてるし、今だって、俺に対して少し体を右側に傾けてる。それって多分、眼帯のせいで左目が見えなくなってるからだ。意識的か無意識的かわかんねーけど、見えない左側を守ろうとして体を斜めにしちまってるんだ。

 その証拠に、今のおじょー様の物理回避率は、右側からの攻撃に対しては80パーもあるのに、左側からの攻撃は40%しかねー。俺の物理命中率と合わせると、右からだと半々くらいの確率で回避されるけど、左からなら80%以上でヒットする。それに加えて、もしも正面じゃなく背後から攻めることができれば、命中率はほとんど100%だ……)

 そんなふうに。

 ほとんど一瞬のうちに、彼は現在のアレサの弱点をついた戦略プランをたててしまった。

「そんじゃ……いくゼ!」

 そして、すぐさま長剣を振りかぶり、アレサのもとへと斬りかかってきた。


 アレサはそれに対抗するために、以前武力勝負のときにやったように、タイミングよく金属杖を蹴って彼の手元からブロードソードを弾き飛ばそうとする。

「くっ!」

 しかし、今回は彼もそれを予測していたらしく、素早く剣から片手を離して、アレサの杖を空振りさせてしまう。杖を蹴りあげたことで出来たアレサの一瞬の隙に、トモは素早く剣を振り下ろす。

 アレサはヒラリと体を翻して、その攻撃を紙一重のところでかわす。さらにその動きを利用して蹴りあげた杖を手元に引き寄せ、そのままトモを斜めに切りつけた。

「おっととっ!」

 そのアレサの攻撃を、トモは剣のツカで受け止めて防ぐ。

「ちっ!」

 アレサは、そこから更に息つく暇もなく、上下左右からの縦横無尽な連撃を繰り出す。しかし、トモはそれらに圧倒されることなく、全ての攻撃を防いだ。


 どちらも絶え間なく攻めながら、同時に相手の攻撃を確実に防いでいる。

 どちらかがミスをしたときが、すなわち決着のときとなるだろうが、今のところはそうそうお互いに油断したりはしない。ともするとそれは、互角の戦いにも見える。

 しかしその実、戦局は完全にトモが握っていた。


 実は彼は、一見アレサと互角の攻防を繰り返しているように見せながら、二人の体勢や位置関係が自分の狙い通りの状態になるように誘導していたのだ。

 もちろんアレサも、確実に自分よりも格上の力をもつトモが、何も考えていないとは思ってはいなかった。だが今の彼女には、それに対策するほどの余裕がなかったのだ。彼女は、トモの攻撃を防ぐことで――更には、彼に決定的な攻撃をさせないために、防がれると分かっていながらも自分も攻撃し続けることで――、精一杯だった。

 だから、相手が何かをたくらんでいると分かっていても、その思惑に対抗する余裕がなかったのだ。


 そして、トモが狙っていたその瞬間は、すぐにやって来た。

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