02

 その声と共に、トモめがけてアレサが飛び出す。

「ああぁぁーっ!」

 大きく上段に振り上げた金属杖を、トモの脳天めがけて力いっぱい振り下ろす。

「ちょ、ちょっと待てって!」

 いまだ頭が混乱していて状況を把握しきれていないトモ。だが、素早く腰に差していた護身用の長剣を引抜き、見事にそれを受け止めた。


 ガキィーンっ!


 激しい金属音がら辺りに響き渡る。

 耳をつんざくようなその音に、ひるむ間もなく。アレサはそこから体を翻しつつ、今度は横に凪ぎ払うような第二撃を繰り出した。

 しかし、トモはそれも剣で受け止めてしまう。

「お、おいっ! 命をかけるとか、殺し合いって……何のことだよっ⁉ っつーか、メイメイさんのこと、マジで本当なのかよっ⁉」

「問答無用よ!」

「ああ、もう! 何もかも、意味がわかンねーよっ!」


 次々と、流れるような動きで連撃を繰り出すアレサ。

 しかしそれも、チートによって剣の達人になっていたトモには、全く通用しなかった。いったんアレサは、トモから距離を取る。

「はあ、はあ、はあ……」


 普段は、相手の攻撃の勢いを利用して受け流すことを専門としていたアレサにとって、自分から相手に攻め続けるというのは、慣れない行動だった。

 相手が、完全に自分より格上の実力を持つトモということもあって、一瞬の油断も許されない。アレサは、一気に疲弊してしまっていた。

「はあ、はあ…………」

「な、なあ、おじょー様? ちょっと、落ち着こうゼ?」

 対するトモは、まだまだ余裕があるようだ。

 いまだにこれが、アレサの仕組んだ冗談だという可能性を捨てきれておらず、薄ら笑いを浮かべながら彼女に話しかける。

「ウィリアのことで、あんたが俺に対してムカついてるっつーのは、さすがに分かってたつもりだけどさ……。

 だからって、いくらなんでもこんなのは、趣味が悪すぎるゼ? 俺がメイメイさんを殺したとか、そのせいで俺たちが命をかけて戦うとか。そんな訳わかんねー冗談は、いい加減……」


 シュッ!


 そのとき、話しているトモの顔の横を、超高速の小さな金属の塊が飛んでいった。

 偶然その瞬間トモは首を傾げていたので、直撃は免れた。だが、そうでなければ今ごろは間違いなく、トモの顔にその金属片が突き刺さっていただろう。

 通りすぎた金属片は、トモの後ろの広場を囲う木の一本にぶつかり、その太い幹を貫通して反対側から顔をのぞかせた状態でようやく静止した。太い木の幹でそんなことになるのだから、もしもそのままトモの顔に当たっていたなら、さすがの彼でも顔の形が変わるほどの大ケガ……どころではなかっただろう。

 トモが、その凶悪な射撃の発射地点を視線でたどると、そこには……金属杖の先端をトモのほうに向けているアレサの姿があった。


「くっ……外したわ!」


 それは、アレサの持つ金属杖の、唯一にして最強の攻撃技だった。

 実はその金属杖は中が空洞になっていて、その中に針のように尖った金属の矢を隠すことができる。アレサが杖の一部を押すと、あらかじめ込められている魔力によってその矢が発射されるのだ。さながら、魔力仕掛けの吹き矢とでもいうところだろうか。

 受け流しのみではどうすることもできなくなったときの、最後の奥の手。当たった相手に大ダメージを与える、アレサの必殺技だった。

「往生際が悪いのよ! さっさと死になさいよ!」

「マ、マジかよ……」


 その攻撃によってようやく、今のこの状況は冗談でもなんでもなく、アレサが本気で自分を殺しにきているとトモは理解した。がく然として、その場に立ち尽くしてしまう。

 広場の場外から、二人の決闘を見物していたギリアムの、嫌味たらしい声が聞こえてくる。

「トモよ。だから言ったであろう? これは決闘裁判なのだ。

 被告人は自分の無実を。原告人は自分の主張の正しさをかけて、戦いあう。これが終わるのは、どちらかがどちらかを殺害したときだけだ。お前は自分の無実を証明するために、アレサ嬢を殺さなくてはいけないのだよ」

「バ、バカ言ってンじゃねーよっ!? そんなこと、できるわけねーだろ!」

「そうだな……アレサ嬢はお前の友人だものな。殺すなんて嫌だろうな。しかし、アレサ嬢はすっかりお前の有罪を確信して、殺しにかかってきているようだ。ならば、彼女を殺さなくては、お前が彼女に殺されてしまうぞ? ふふふ……」

「⁉」

 国王の言葉に耳を傾けていたトモの死角から、アレサが斬りかかる。

 油断していたトモには、今度は剣で防ぐ余裕はない。

 だが、それでもギリギリのところで、両手で金属杖を白羽取りした。

「くっそ! なんなんだよっ!」

 更に彼は、これまでの納得の出来ないあらゆることに反発するように、両手でつかんだ金属杖ごと、力づくでアレサを地面に叩き付けた。

「きゃあ!」

 あまりの勢いに、彼女の体は一度地面に当たったあと、バウンドするように空中に浮き上がる。

 しかし、アレサもただやられているだけではない。浮き上がったその反動を利用して体を回転させて姿勢を持ち直し、更にそこから、すぐさま次の攻撃をしかけようとしていた。

「……食らいなさいっ!」

 だが彼女が攻撃を繰り出したときには、既にトモは彼女の懐まで入ってきていた。

「……くっ!」

 あまりにも距離が近すぎて、杖の攻撃の軌道からは外れている。思わずひるんでしまったアレサは、動きを止めてしまった。

 トモはそんなアレサに、優しく手をさしのべる。

「……おじょー様あんた、どうしちまったンだよ? こんなの、あんたらしくないゼ? 俺は、あんたの敵じゃない。むしろ、あんたとは気が合うって思ってたンだゼ?

 ……今のあんたは、きっとメイメイさんのことで気が動転してンだよな? だから、頭の中ワケわかんなくなって、こんなことしちまってるンだよな? ……そりゃ、俺だって分かるゼ、その気持ち。だって、俺だってまだ信じらんねーンだからさ。あのメイメイさんが……死んじまったなんてさ……」

 表情に暗い影を落とすトモ。彼も今、相当にショックを受けているのは間違いない。

「……でもさ、いつものあんたはもっと気高くて、優しい人だろ? 根拠もないのに俺を殺そうとなんてしない、究極の博愛主義者なんだろ?

 これを俺に教えてくれたのは……そのメイメイさんなんだゼ? あの人は、あんたのそういう優しいとこを誰よりも理解していて、尊敬してるみたいだったゼ? だからさ、彼女のためにも……もうこんなことはやめようゼ? ……な?」

 トモは、そう言って爽やかな笑顔を作った。


 魅了チャームのチート能力を持っているトモにそんな風に笑顔を向けられれば、普通の女性だったら、イチコロだっただろう。しかし、その能力に耐性があり、強い意思を持って今の行動をとっていたアレサは、心を惑わされることはなかった。

 差し出されたトモの手を強く払いのけると、すばやく後ろにジャンプしてトモから距離をとる。

「殺してやる……絶対に、貴方を殺してやるわ……」

 そして、野獣のような激しい殺意を向けた。

 トモは、切ない表情でつぶやく。

「本当にあんた……どうしちまったんだよ……」


「うあぁぁぁーっ!」

 それから再びアレサは、トモに向かって斬りかかってきた。

「くそ……こうなったら……」

 トモも、向かい打つために剣を構える。

 そしてまた、二人は先ほどのような戦闘を繰り広げるかと思えた。


 しかし、そのとき。


「もう、やめてよ!」


 二人の間に、ウィリアが割って入った。

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