最終章 Life is beautiful
01
城下街の郊外を離れ、アレサがトモと初めて出会った公園を更に奥に進むと、「迷いの森」と呼ばれる森にたどり着く。
かつてはその名の通り、一歩足を踏み入れればすぐに帰り道を見失ってしまい、森に住む恐ろしいモンスターたちに命を奪われると言い伝えられていたそこも、今では随分と様変わりした。
いつからか、モンスターを相手に商売をする闇の武器商人や、人間の法を外れた怪しげな研究をする錬金術師たちが次々とその森に入るようになり、それに伴って次第に道が整備され、森全体が開拓されていった。
森を進む道には、数キロ間隔で野営用のキャンプサイトのような場所が作られ、モンスターを退ける結界や、先人が残していった宝箱なども随所に見られる。近くの商店では森の地図も販売しており、モンスターの巣や出現地域もそれを見れば詳細に把握できる。
もはやそこは人々の畏怖の対象ではなく、夏休みに子供たちが肝試しで潜り込む程度の、身近な存在へと変わっていたのだ。
その森を、公園から続く道なりに一時間ほど進むと、ポッカリと木々が開けた広場のような空間が現れる。
半径十メートルほどの円形のその場所の歴史は古く、迷いの森ができたのと同じくらいには、すでにその形で存在していたらしい。もともとは森に住むオークが集会を開くために作ったとか、ダークエルフが怪しげな儀式を行っていたのを見た者がいるなどと、まことしやかにささやかれていたが……本当のところは定かではない。
もはやその場所の由来を知るものはどこにもいなくなり、今は、前述のキャンプサイトの一つとして扱われていた。
その広場のちょうど中心に、一人の少女が立っている。
輝くように鮮やかな赤い髪。そして、真剣な眼差しで広場の入り口を見つめる、同じ色の「右の瞳」。アレサ・サウスレッドだ。
本来ならば、彼女の瞳には両方とも宝石のように美しく赤い輝きがともっているはずだが……今は、彼女の左目には、武骨な黒い眼帯がはめていた。先日メイメイに魔法で攻撃されたときの傷がまだ残っており、それを隠していたのだ。
適切な魔法治療を施せば、あのくらいの傷は、あとかたもなく完治させることもできただろう。だが、彼女はあえてそうしなかった。メイメイのことを体に刻み付けるためか、最低限の消毒だけしたあとは、自然治癒に任せていたのだ。
整った顔の中で痛烈に違和感を放っているそれは、今の彼女の「決意」の強さを物語っているようだった。
やがてその広場に、トモが現れる。
ウィリアの誕生日からは数日が経過しているため、彼のほうはもうすっかり魔王討伐のときの傷が癒えていた。
「へへ、何だよ、おじょー様。こんなとことに呼び出したりしてさ。……あ! もしかして、また何かの勝負しよーっての?」
両手を頭の後ろにまわして、ニヤニヤと笑みを浮かべるトモ。対するアレサのほうは、真剣な表情のままだ。
「おー、いいゼ、やろーゼ勝負! だって俺、だんだんおじょー様と勝負すんの楽しくなってきちったンだよね! ほら、だっておじょー様って、俺が本気出せる数少ない人間じゃん? 他のやつらじゃあ、弱すぎて相手にならなくて、つまんねーンだもん。俺とまともに戦えるのなんて、人間じゃおじょー様ぐらいじゃねーの?
んで? 今度は何の勝負すんの?」
アレサは何も答えず、軽く右手を上げた。
するとそれを合図に、森の奥から、頭からすっぽりと紫色のローブをかぶった数人の男たちが現れた。
その男たちのうち、中心の一人がフードを外す。
それは……国王のギリアムだった。
「えっ? なになに? 国王さんまでいんの? そんな大袈裟なの、今度の勝負って?」
「……」
やはりギリアムも彼の問いには答えない。
ただ、隣のローブの男から数枚の書類を受けとって、おごそかな態度でそれを読み上げ始めた。
「被告人ナバタメ・トモ・ヒトは、原告人アレサ・サウスレッド嬢の呼び掛けに応じ、確かにこの日、この時間、この場所にやって来た。
その行動をもって、アレサ嬢の申し入れは受け入れられたものと見なす……」
「へ?」
「よってこれより……神の名のもとに、二人の決闘裁判を開廷する!」
「えっとぉー……? え? この国王さん、今、何て言ったの?
俺の聞き間違いじゃなきゃ、原告とか被告とか、裁判がどうのとか、言ってなかった? いやいやいや……全然意味わかんねーンだけど? もうちっと、俺に分かるように説明してよ?」
彼は、半笑いでアレサに尋ねる。
しかし相変わらず彼女のほうでは全くそれを意に介す様子がない。無言のまま、トモのことをにらみつけている。
ようやくギリアムが、トモに簡単な説明をしてくれた。
「……トモよ。これからお前は、目の前にいるアレサ・サウスレッド嬢と戦うのだ。己にかけられた、容疑を晴らすためにな」
「は、はあ? 容疑ぃ? だーかーらー……そもそも、それが何のことだっつー話だよ! おじょー様と勝負すんのは別にいいけどさ、俺が被告とか容疑とか……そういうの、意味わかんねーってば!」
ギリアムは少しうつむいて、邪悪なほほえみを浮かべる。
「ふ……なあに、何も気にすることなどないさ。お前は、この前もやっていたように、普通にアレサ嬢と戦えばよいのだ。
容疑は、あくまでも容疑だからな。まさか誰も、お前が本当に罪を犯したなどと思っておるわけではない。それは、アレサ嬢から今回の決闘裁判の見届け人を頼まれた、この我輩でさえもそうだ。
だからお前は、安心してこの戦いに勝利し、自分の疑いを晴らすがよい。アレサ嬢の家のメイドを殺害したという疑いを……」
その言葉を聞いた瞬間、トモの顔色が変わる。余裕のあった表情に、焦りが見えはじめる。
「ちょ、ちょっと待てよ……。あ、あんた、いきなり何言ってンだよ……?
俺が、おじょー様ンちのメイドを、殺害……? こ、殺したって……? そ、そんなわけないじゃん……。は、ははは……冗談きついって。全然、笑えないよ……」
「ちなみにその被害者の名は、アレサ嬢付きのメイドの少女、メイ・メイ・エミリア・スティワートだそうだ」
「そ、そんなっ!? メ、メイメイさんがっ!?」
そこで初めてメイのことを知ったトモ。ショックでその場に崩れ落ちる。
しかしギリアムは、そんなトモのことなど気にせず、段取りにしたがって話を進める。
「控訴事実としては……二日前の夜、アレサ嬢の屋敷の屋上から、そのメイというメイドの娘が飛び降りたそうだ。
そのメイドには今まで自殺などする素振りなどなく、しかも直前まで、『笑顔で会話をしていた』ことが多くの者に目撃されている。その点から、アレサ嬢はそやつが『何者かに魔法で操られて自殺させられた』可能性が高いと推理した。
そしてその犯人としてあげたのが……トモ、お前だということだ」
「なっ! 何言ってンだよっ!? 俺が、メイメイさんにそんなことするわけねーだろっ!」
「ああ、その通りだ。だから、さっきも言っただろう? 我輩たちは、お前の無実を信じていると。
だいいち、アレサ嬢の推理には、それを裏付けるような証拠は何ひとつもないのだ。これでは、ただの彼女の妄想と変わらん」
「あったりまえだろっ! お、おい! おじょー様、まさかマジで、俺がそんなことやったって思ってるわけじゃねーよなっ⁉ もしもそうだとしたら、いくらおじょー様だってゆるさねーぞっ⁉
俺がメイメイさんに……そんな……そんなことを……」
「ふふ……」
メイが殺害されたと聞かされたショックに加えて、いわれのない濡れ衣まで着せられているトモ。逆上し、今にもアレサにつかみかかろうかという勢いだ。
彼のそんな様子をおかしそうに、ギリアムは不敵な笑みを浮かべている。
「しかしな、トモよ……。残念なことに我輩たちには、アレサ嬢の推理が間違っていることを証明することもできんのだ。
お前は、この前の魔王討伐による名誉の重傷で、ここしばらく病院で絶対安静の状態だった。夜などは、病室で一人になることも多かったな? そのせいでお前には、メイドが飛び降りをした時刻にアリバイがないのだ。
それにお前にはチートという名の、『この世界の全ての魔法を使うことのできる能力』があるらしいではないか。ならばメイドを操って自殺させることは当然として、その証拠を完璧に隠滅することすらも容易だ。
アレサ嬢の推理を証明する証拠はないが、それを否定する積極的な証拠もない。だから、なんとも結論を決められない状態だ。このままでは、真実は闇の中に消えてしまう。
……そこで、決闘裁判という方法が選ばれたというわけだ」
そこで、それまでずっと静かにしていたアレサが動いた。
彼女は腰のサヤに差していた金属杖を、ゆっくりと引き抜く。
「トモ、お前は知らないだろうが……この国では昔から、話し合いや第三者による調査で結論のでない物事は、決闘裁判という形で当事者同士が戦って決着をつけてきたのだ。人間の力では真実が分からない事柄でも、全てを見通すことのできる神ならば分かる。だから、意見の行き違った者同士を戦わせ、勝ったほう……すなわち神が味方したほうの意見が真実であったことにする。そうやって、物事を決めてきた歴史があるのだ。
まあ……と言っても、ここ百年近くは、そんな野蛮な方法など人々の記憶から忘れさられていた。国の法律としても、抹消するのを忘れて残っていただけで、実際にその方法を選ぶ者などいなかったのだが……。
ふ……。そんな過去の遺物を、まさか、日頃から争い事を嫌っていたアレサ嬢が実行することになるとはな……。なんとも皮肉なものだ。ふ、ふははははは……」
我慢できなくなったように、吹き出すギリアム。
トモの頭は、次々と告げられる信じがたい話に頭がついていけず、怒りと悲しみがないまぜになったぐちゃぐちゃな状態だった。
そんなトモに、アレサは金属杖を構えて、戦闘体勢をとる。
「……ははは…………ん? ……ふむ。どうやらすでにアレサ嬢は、準備ができているようだな……」
それが、何かの合図にでもなっていたかのように、紫のローブの二人が広場を離れて森の中に戻っていった。ギリアムは笑うのをやめて、仰々しい態度で言った。
「それでは、始めるとしようか……。
被告人ならびに原告人よ……二人の名誉と命をかけ、神聖なる決闘裁判の……殺し合いを始めるがよい!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます