07
「……さて」
それからしばらくして、突然アレサはいつも通りの明るい表情に戻った。
「いつまでも、ウジウジ落ち込んでもいられませんわよね?
わたくしはもう、ウィリアを諦めました。ウィリアのことは、あのトモに譲ることにしましたわ。でも、だからといってわたくしのウィリアへの愛が、消えたわけではありませんわよ⁉ わたくしはこれからもウィリアのことを考え、ウィリアのために自分ができることをしていくだけですわ!
とりあえず……まずは、奥手で遠慮深いあの子がトモとくっつけるように、手助けしてあげなくてはね! だってあの子ったら、いざってところで押しが弱いんですもの! このままじゃ、いつまでたってもトモと結ばれることなんてできませんわよ!
でも、喜びなさいウィリア! このわたくしが味方についたからには、もはや貴女の幸せは保証されたも同然! すぐさま貴女をトモとくっつけてあげますからね! オーホッホッホ! オーホッホッホー!」
いつものように、大声で残念な高笑いをきめるアレサ。落ち込んだ気持ちはなくなり、もうすっかり元気を取り戻した……ようにも見える。
しかし、よくよく聞いてみればその笑い声はどこか不自然で、無理をしているようにも思えた。
『アレサさん……』
「まあ、そうなると当然、他の女どもがトモとくっつかないようにする必要も出てきますわね! まさか、あの完全無欠で完璧美少女のウィリアを、チートに釣られてる他の女どもと同じハーレム要員の一人になんて、させられませんもの!
ああ、こうしちゃいられませんわ! さっきトモの病院に向かっていったクラスメイトたちは、追い返さなくては!
せっかく、寝ているトモをウィリアが献身的に看病することで、彼があの子の魅力に気付くチャンスだっていうのに。邪魔者がいては、台無しですわ!
トモに近づいていいのは、この世界でウィリアだけなのよ! あの子の幸せのために、邪魔をするやつは全員、このわたくしが実力行使で排除してやりますわ! オーホッホッホー!」
『…………』
大声でそんな独り言を言って、アレサはウィリアたちが向かった病院へと走り出す。ヌル子はもう何も言うことができず、立ち去る彼女の背中を複雑な表情で見送っていた。
やはりそのときのアレサは、どこかで無理をしていたのだろう。「本当の気持ち」を押し殺して、空元気で無理矢理笑っていたのだ。だから、注意力が散漫になってしまって……しばらく走ってからついついいつものクセで、「隣」に向かって話しかけてしまった。
「もちろん、ウィリアの邪魔者という言葉には、貴女だって入ってるんですのよ、メイメイ! 残念ですけれど、貴女がどれだけあのトモに恋心を抱いていても、その気持ちは決して…………ん?」
しかし、その言葉に返事を返す者はいない。そこにはメイドの姿はなかったのだから。
「そ、そういえば……あの子とは、四日前に山で別れたっきりだったわね。いつもそばにいてくれていたから、てっきり……」
思い返すと、さきほどの誕生日会のパーティーでも、アレサは彼女の姿を見かけることはなかった。
お嬢様付きのメイドであるメイは、基本的につねにアレサに付き添うことになっている。だから、こんなにも長い期間アレサから離れることは、とても珍しいことだった。アレサにとって彼女は、「いて当然」の存在になっていたのだ。
「もう……こんなときにあの子、いったいどこで何をやってるのかしら?」
アレサが、そんな当然の疑問に、首を傾げていたとき。
通りの向こうから、ものすごい勢いで馬車がやってくるのが見えた。その馬車は、地面の砂を巻き上げながら近づいてきて、アレサの目の前で急ブレーキでとまる。
馬車のホロや馬の飾りには、サウスレッド家の家紋である、盾のマークが入っている。どうやらそれは、アレサの家の馬車だったようだ。その証拠に、中から彼女の家のメイド長が飛び出して来た。
「ア、ア、アレサお嬢様! 大変です! た、た、た、大変なのでございますー!」
「な、何よっ?」
「と、とにかく、大変なんです! だから、早く馬車にお乗りください! 本当に、事態は一刻を争う大変な状況で……」
「だから、何が大変なのよ⁉」
「で、で、で、ですから、もうとにかく大変で大変でっ! 今はもう、それしか言えないくらいにすごくすごく大変なんですってばっ!」
メイド長の肩を抑え、揺さぶりながらアレサは言う。
「だーかーらー、意味が分からないっていってるのよっ! いいから、落ち着いて説明しなさい!」
それで、そのメイド長はようやく少し正気を取り戻したようだ。
「と、取り乱して、すいませんでした……」
と頭を下げる。
それから、こう続けた。
「ですが……本当に早くしないと、あの子が……メイが……」
「え⁉ メイメイが⁉」
そして今度は、アレサが大いに取り乱すことになった。
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