06
さまざまな計器や魔導具が並ぶ、病院の病室。床に魔法陣が書かれたその部屋の中央のベッドに、頭に包帯をまいたトモが横になっている。
そのそばには、たくさんの医療魔術師と、目を赤くしたウィリアがいた。
「へへ……ちっと、油断しすぎちまったな……」
「トモくん……本当に、無事で良かった……。あたし、トモくんに何かあったらって思ったら、いてもたってもいられなくて……」
「ばーか……こんなの、かすり傷だゼ……。それより、国王さんは……俺との約束、守ってくれたかな……? あの、バカみたいな身分制度は、やめてくれたかな……?」
「それなら大丈夫だよ! さっき国王様があたしたちのところに来て、
「そっか……良かった……。じゃあこれで、ウィリアはおじょー様と、もっと仲良く……できるンだな……」
「そんな……そんなこと、どうでもいいよ! 私はただ、トモくんが無事でいてくれれば……それだけで……」
「ははは……『そんなこと』とか、言うなよ……。あのおじょー様に、怒られる……ゼ……? ああ、悪りい。まだ疲れが残ってるみたいだ……。もう少し、眠らせてもらうわ……」
「トモくん……ありがとう……。大好きだよ……」
※
一方そのころ。
アレサは屋敷への帰り道を、とぼとぼと帰っていた。
伝説の結びの花を集めるのに予想よりも時間がかかってしまい、ウィリアの誕生日パーティーに間に合わせるためには、服を着替える暇さえもなかった。そのせいで、彼女はいつものドレスのような格好ではなく薄汚れたボロボロのローブで、トレードマークのツインテールもボサボサだった。
それが、今の彼女の惨めさを更に強調しているようだった。
『えと、あのー……』
いつものようにいつのまにか、彼女の隣には女神のヌル子がやってきていた。
『それで……さっきの勝負は、どうなったんです? どちらがウィリアさんに喜ばれるプレゼントを贈れるか対決の、結果は……?』
空気の読めないところも、相変わらずいつも通りだ。
『あ、あれですよね? トモくんはウィリアさんにプレゼントをあげるどころか、パーティー会場にもこなかったわけですから……今回は、アレサさんの不戦勝ってことですよね……?
わー! やったー! アレサさん、おめでとうござ……』
「……いいえ」
『え?』
「完敗よ。わたくしのね……」
力なく呟くアレサ。
そこでようやくヌル子は、彼女が落ち込んでいるということに気付いた。
「わたくしが『結びの花』を……『物』をプレゼントして満足している間に、彼は、もっと大きなことを考えていた……。
自分が、ウィリアと自分のことのみを考えて行動していたときに、トモはもっと大きなことを考えていた。自分との勝負などハナから放棄し、この国をより良くするために何ができるかを考えていた。
今まで、本当の意味での『全員が平等で幸福な世界』を作ることに尽力していたアレサだったからこそ。そんなトモの考えを評価せざるを得なかった。自分の敗北を、認めざるを得なかったのだ。
「まあ、そのやり方がベストだったとは、お世辞にも言えないけれど…………いいえ、今さら何を言っても、ただの負け惜しみね。彼の行動はあまりにもぶしつけで野蛮だったけれど……確実に、多くの人にとっての幸福に繋がったことは事実だわ。
どちらが素晴らしいプレゼントだったかなんて……どちらがよりウィリアを喜ばせることができたかなんて……本人に聞くまでもない。わたくしは、負けたのよ。勝負でも、それ以外でもね」
そのときの彼女は、これまで誰にも見せたことのないほどに暗く、生気がなく、切ないほほえみを浮かべていた。
いつも、うっとおしいくらいに明るくて元気いっぱいだったアレサのそんな顔は、あまりにも痛々しい。ヌル子は、できることならば彼女のために何かしてあげたいと思った。
だが、もちろん。この世界を統べる女神であり、全ての生き物を等しく加護しなければいけないヌル子には、どんなに情がわいてもアレサ一人を贔屓することはできなかった。まして、彼女は一度トモのことで失敗してしまっている。どうしても、これ以上不用意に下界に干渉するわけにはいかない。
結局今のヌル子には、無意味な励ましの言葉をかけることくらいしかできないのだった。
『つ、次はきっと、うまく行きますよ⁉ アレサさんだって、今までずっと、この世界のことを考えて行動してくれてたじゃないですか⁉ スケールなら、アレサさんだって負けてませんよ!
そ、それに、ウィリアさんを想う気持ちなら、アレサさんは誰にも負けないんですよね⁉ だったら次こそは、トモくんにも勝てますよ! 次の勝負こそトモくんに圧勝して、アレサさんの本気の気持ちを、ウィリアさんに知ってもらいましょうよ!』
しかし、そんな中身のない励ましに、アレサはやる気なく答える。
「次なんて、ないわよ」
『え……』
「もう、分かったのよ。どちらがウィリアに相応しいのか。どちらが本当に、ウィリアを幸せにできるのか……」
『ア、アレサさん?』
「たとえ彼が異世界からの転生者で、女性に好かれるチートの持ち主だとしても……チートだってなんだって、今現在ウィリアに好かれてるのは紛れもない事実だわ。
ウィリアは確かに彼を……トモのことを愛している。そしてそのトモも、少なくとも悪い人間ではない。だったら、ウィリアにとっては彼と一緒になることこそが一番の幸せなのよ。
さっき、彼がいる病院に駆けていくときの、ウィリアを見たでしょう? わたくしは今まで、ウィリアのあんな必死な顔を見たことはなかった……。ウィリアは一度も、わたくしのためにあんな顔をしてくれたことはなかったわ……。あれが、全ての答えよ。
わたくしでは、どうしたってトモには勝てない……。だからもうわたくしは、ウィリアを諦めますわ」
それは、アレサの本心だった。
勝負に負けて卑屈になったわけでも、ヤケクソになったわけでもない。そのときの彼女は、不思議なほど冷静な感情で、そう思っていたのだ。
それはあまりにも悲しく、それでいて決定的な、敗北宣言だった。
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