05

「素晴らしい! まことに、素晴らしい考えではないか⁉ 異世界からやって来たばかりだと言うのに、この世界の人間のためにそこまで考えるとは、見上げた心意気だ! 我輩は、そんなあやつの考えにいたく感動し、その願いをどうにか叶えてやりたいと思ったのだ!」

「ちっ……余計なことを……」

 話の途中で、アレサは思わず舌打ちをしてしまっていた。そのくらい、国王が語ったトモの行動は、アレサをイラつかせるものだった。


「ト、トモくん……」

 一方ウィリアは、不安そうに話を聞いていた。そのときの彼女が気にしていたのは、国王やアレサがトモのことをどう思っているかなどではない。そんなことはどうでもよく、今の彼女の気掛かりはただひとつ、「現在のトモの行方ゆくえ」だけだった。

 ギリアムは、どこかわざとらしいような深刻な口調で、その答えに繋がる話を続けた。

「しかしな……名数令アリアはいまや、この国の全てに関わる基本的なルールだ。あやつがどれだけ強く願おうとも、そう簡単になくすことはできん。

 もしもそれが無くなれば、今まで優遇されていた弐数名ツヴァイナリたちが反発して、クーデターを起こすかもしれん。反対に、今まで迫害されてきた奴隷階級の雑名称フィアレットたちは、自由になったことで今までの復讐を始めるかもしれん。さすがの我輩でも、『その瞬間』に何が起こるかは、正確には想像できん。

 ただどんなことが起こるにしろ、この国が今まで例を見ないほどの混乱に見舞われるということだけは、確実に言える。それはそうだ。国の法律から、社会ルール、隣人との付き合いにいたるまで……名数令アリアは、この国に住む者の心の中に深く刻まれている、基本概念なのだ。もはやそれはこの国にとっての『普通』であり、それがないことなど、誰も想像したことのないはずなのだからな」

「その、通りですわ……」

 辛うじて、国王の言葉を肯定するアレサ。

「突然名数令アリアがなくなるということは、わたくしたちにとっては空気や水のようなライフラインを失うに等しい。混乱は避けられません。仮にそこを、この国と敵対している『魔王軍』にでも襲われたりすれば……言葉に出すのもはばかれるような、甚大な被害となることでしょう。だから、わたくしも……」

「……ふ」

 そこでギリアムは、ニヤリと微笑んだ。

 それは、これまでの嫌な感じのするほほえみを更に深めた……「邪悪」と言ってもよいような表情だった。

「だから我輩も最初は、トモの願い出を退けようと思ったのだ。国王として、国や国民をいたずらに危険にさらすわけにはいかんからな。しかし、」

「え……?」

「しかし同時に、我輩は考えた。

 名数令がなくなると混乱を避けられないということは……それは逆に言えば、『わが国が混乱に耐えられるだけの強固な状況であるならば、名数令アリアをやめることも可能』だと言うことになる。

 ふふ……だから我輩は、あやつの言葉を否定する代わりに、こう言ったのだ。『もしも、この国の名数令アリアを撤廃できるときが来るとすれば……それは、長年にわたってこの国を攻め続けてる魔王軍がいなくなり、国内のことに集中できるようになったときだけ』……たとえば、『やつらのリーダーである魔王をお前が倒してくれたなら、考えてやらんこともない』とな……。そしてやつは、それを見事に成し遂げた……」

「な、なんですって⁉」

 その言葉を聞いた瞬間、アレサは声をあげずにはいられなかった。それまで黙っていた周囲の少年少女たちも、一斉に驚きの顔になっていた。


「ふははは! 全く、たいしたやつだな。あの、トモという男は! たった一人で、たった一週間で、我輩たちが散々手を焼いていた魔王を打ち倒し、そのついでで魔王軍まで壊滅させてしまったのだからな!

 まさに英雄! あるいは、伝説の勇者とでも言ってやるべきか! あやつは、この世界の歴史にその名を刻んだのだ!」

「ま、まさか……まさか、そんな……」

「だから我輩も、その労力には応えてやらねばならん。あやつとの約束通り、名数令アリアは廃止する!

 今日この時をもって、この国の人間は全て平等だ! これからは、弐数名ツヴァイナリ参数名ドゥライナリが仲良くしようが結ばれようが、いっこうに構わん!」

「えぇぇぇーっ!」

 周囲から、叫び声のような歓声が上がる。国王に対する礼儀などすっかり忘れて、ザワザワとアレサのクラスメイトたちが騒ぎ始める。

「そ……そんな……」

 そんな中アレサだけは、体を震わせて、さっきからうわ言のようなものをつぶやくばかりだった。



 バァーンっ! バァーンっ!


 外からは、勢いよく花火が上がる音が聞こえてくる。合わせて、そこかしこから歓声も上がる。声の主は老若男女様々だが、そのほとんどが、「自由」を喜んでいるような口振りだった。恐らく名数令アリアがなくなったということは、何らかの形で城下街の人々にも伝えられているのだろう。

 それは、とりもなおさず、国王が先ほど告げた言葉が全て真実だったという証明でもあった。


「これをアレサ嬢に伝えることも含めて、トモとの約束だったのでな。わざわざ我輩直々に、ここまでやってきてやったというわけだ。

 どうだ? この学園を隠れミノに、今まで名数令アリアをないがしろにしてきたアレサ嬢にとっては、念願が叶ったというところではないか? 勇者を友人に持ったことを、感謝するのだな……ふふ……」

「そ、そんな……こんなことって……。そんな……」

 思わせぶりに笑みを浮かべる国王ギリアム。しかし、やはりアレサはうわ言ばかりで何も答えられない。

 いてもたってもいられなくなったウィリアが、彼に尋ねる。

「そ、それで……彼は⁉ トモくんは、今どこに⁉」

「……あ?」

 自分の取り巻きの兵士以外の貧乏人ドゥライナリたちと話すことなど今まで滅多になかったギリアムは、明らかに不快そうな顔をつくって、ウィリアを無視しようとした。だが、さっき自分で「身分制度を廃止した」と言ったばかりなのを思い出したのか、結局、億劫そうに答えた。


「……ああ、トモか? やつならば、今は城の近くの魔導病院で療養中だ。さすがに一人で魔王軍を壊滅させるほどの大仕事を成し遂げたのだからな。城に帰ってきたときは全身傷だらけで、辛うじて生きているような状態だったのだ。

 ……まあ、我輩が手配した一流の病院で優秀な医療魔術師たちの治療を受ければ、万にひとつも死ぬことはないだろうがな」

「そ、そんなっ⁉ トモくんっ!」

 その言葉を聞くなり、ウィリアは学生寮の食堂を飛び出していた。

 国王が手配するほどの一流病院となれば、この国にそう多くあるものでもない。その場所に見当がついた彼女は、負傷したトモのもとへと向かったのだろう。

「さて、と……」

 それをきっかけにするように、国王ギリアムも、近くの者たちに合図を送る。

「もう、トモとの約束は果たしたな? ……さあて、我輩もやつの様子を見に行ってやるかな?」

 そんなことをうそぶくと、側近たちを引き連れて、来たときときと同じように勝手に寮を出ていってしまった。



「ど、どうする? アタシらも……?」

「まあ、今さらここにいてもしょうがないわね。学級委員長として、彼の容態も気になるし……」

「トモトモに、会いに行くなのー!」

 ウィリアの誕生日に集まっていたクラスメイトたちも、ウィリアに遅れて次々とその場を立ち去り始めている。


 最後まで残ったのは、呆然と立ち尽くす、アレサ一人だった。

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