04

 そのとき、そのパーティー会場の入り口から、別の人間の声が聞こえてきた。

「は、は、は。これはこれは……なんとも仲の良いことだな」

「⁉」

 空気と文脈を読まないその笑い声の方向に、誰もが顔を向ける。そこにいたのは……。

 パチ、パチ、パチと優雅に手を叩く、凛々しい顔つきの中年男性だった。


 輝くほどまばゆい金色の鎧に、無数の宝石があしらわれた長剣を腰に差している。上等で丁寧な作りだが、一見しただけでも、それらが実用性のない飾りものだと分かる。食堂の外まではみ出すほどに無数の側近とボディーガードのような者たちを従えていることからも、彼がただ者ではないことは間違いない。

 ……いや、少なくともその場にいた者たちにとっては、そんな付属品などがなくとも、その男の正体は明らかだったはずだ。彼は、そのくらい誰もが知るような「有名人」だったのだから。


「ちょっ……マ、マジっ⁉」

「わー、びっくりなのー!」

 今まで浮かれて誕生会を楽しんでいた少年少女たちは、その男に気付いた者から順に、慌ててその場にひざまづいていく。主賓であるウィリアはもちろん、アレサもその例外ではなかった。「この国で最も高い身分」に対しては、そうするのが礼儀だったからだ。

 唯一、プライドの高いエルフの少女だけが、その中年男性を出迎えようと彼のそばに近づいていった。

「あ、あ、あ、あの……。よ、よ、ようこしょ、おいでくだしゃいました! わ、私は、この学園の一クラスを任されている、が、学級委員長の…………はうっ!」

 だが、緊張で口がうまく回らず、歩き方もぎこちなかったため、不審者と思われてあっという間に側近の戦士に取りおさえられてしまった。


 黄金の鎧の男はそんな周囲の態度にも慣れた様子で、特に関心を示したりはしない。ひざまづく少年少女たちを無視してしばらくの間、側近と関係のない雑談をしていたが……やがて、面倒臭そうに「もうよい、頭を上げるがよい」と言った。


「はい……」

 その男が用があるのが自分だということを感じ取っていたアレサは、小さく返事をする。そして、ゆっくりと顔を上げ、これまでに見たこともないような優雅な表情と動きで、

「ご無沙汰しております、国王陛下……」

 と言った。


 そう。たった今、アレサたちの前に現れたその男こそ、このアレサたちの国でもっとも身分の高い男……壱数名エルナリの、国王ギリアムその人だった。


「うむ。サウスレッドの令嬢に会うのも、久方ぶりだな。あれは確か……我輩が第六婦人を迎えたときの式典以来ではなかったかな? あのときはまだ、何も知らない愚かでいたいけなだだの幼子だったはずだが……時が過ぎるのは早いな。今はもう、その面影はどこにもない。見事に、一流の淑女として成長したようだ」

「いえ、まだまだ勉強中の身でございます」

「ふははは、謙遜は不要だぞ? その活躍の噂は、確かに我が城までとどろいているのだからな? 数年前から母君ははぎみの学園経営に口を出し、実質的な理事長職を担っているとさえ言われているのを、我輩が知らないとでも思っているのか?」

「陛下にお気にかけていただき、光栄の極みでございます。これからも、サウスレッド家にご贔屓のほどを……」

 国王に受け答えするアレサは、いつもの彼女に比べるとまるで別人のようだ。そこには、いつもの残念お嬢様の姿は微塵もない。彼の言葉通り、完璧な淑女としての本来のお嬢様の姿がそこにあった。


 ギリアムは、そんなアレサを見下しながら、言葉を続ける。

「ふ……先程は、隣の娘とずいぶん仲が良さそうだったな。ソレは、アレサ嬢の友人か?」

「……いいえ」

 冷静だったアレサの表情が、そこでほんの一瞬崩れる。

 眉間にシワをよせたあと、それを隠すように、ギリアムから目を反らして言った。

弐数名ツヴァイナリのわたくしが、この参数名ドゥライナリの娘と友人だなんて、あるわけありませんわ。陛下も冗談がお上手ですわね。彼女は、ただのクラスメイトですわよ……うふふふ」

 もちろんそれは、アレサの本心ではない。彼女の精神はいつものまま。過剰なほどにウィリアを愛する、残念お嬢様のままだ。


 そもそも、弐数名ツヴァイナリ参数名ドゥライナリのような身分を口に出すこと自体が、普段のアレサにしてはあり得ないことだった。以前メイがトモに語ったように、全ての生き物の幸福を願っていた究極の博愛主義者である彼女は、名数令アリアという身分制度を否定していたのだから。

 だからこそ彼女は、理事長である母親の権限を使って、自分の通う学園に身分で他人を差別することを禁止する校則を作っていた。本来は上位の身分のはずのアレサを生徒たちが「残念お嬢様」としてバカにしてこれたのも、アレサが自らそう扱うようにと働きかけていたお陰なのだ。


 しかし。

 さすがにその身分制度を象徴するとでも言うべき国王を前にしては、その態度のままでいることはできない。どれだけ間違っているルールでも、確かに現在存在している以上は、無視することはできない。国王にたてついて処刑されてしまっては、博愛主義も何も関係なくなってしまう。

 だから今の彼女は本心を押し殺し、自分を偽っていたのだった。 



「ふん。食えぬ女だ……」

 そんなアレサの思惑を把握しているらしいギリアムは、そう呟くと、

「いやはや。それはそれは、残念なことだな」

 と、一変しておどけて見せた。


「はい……?」

「せっかくアレサ嬢のもう一人の友人が、力を尽くしてくれたというのに。どうやらそれは、徒労に終わったらしい。それを伝えるためにわざわざこんなところに出向いて来た我輩も、無駄足だったわけだ」

「もう一人の、友人……?」

 ウィリアは、ギリアムのその言葉から何かを感じ取ったらしく、顔をあげて彼に注視する。

 アレサの背中に、嫌な悪寒が走る。

「ふっ……」

 ようやく少しだけ本心を見せたアレサに、ギリアムが意地の悪い顔でほほえむ。

「その友人の名は確か……ナバタメ・トモ・ヒトと言ったかな? こことは別の世界から転生してきた、などと言っていたな」

「ト、トモくんが!?」

「……」


 無意識にギリアムに駆け寄ろうとしていたウィリアを、アレサは腕を伸ばして遮る。そして、慎重に言葉を選びながら先を促した。

「陛下は、彼にお会いになったのですね? ……彼が、何かを言っていましたか?」

「ああ。ちょうど一週間前に、初めて会ったぞ。

 ……というより、やつの方から我輩の城にやって来たのだ。衛兵たちを次々と打ち倒して、なかば強引にな。最初は、魔王軍が襲撃してきたのかと思ったわ。ふははは……」

 側近の戦士たちの何人かが、気まずそうに頭をかいている。どうやら彼らは、トモの「襲撃」に立ち向かい、見事に打ち倒されてしまった者たちのようだ。


 国王の側近といえば、国の最終防衛線に等しい。仮に、本当にトモが敵国の襲撃者だったならば、衛兵を倒された時点で国王ギリアムは撃ち取られていたということになる。

 当事者としては、とても笑いごとでは済まされないような緊急事態だったはずだが……ギリアムはなぜか愉快そうに笑っていた。


 アレサは、先ほどの嫌な予感を消すことができない。

「……彼はああ見えて、武器と魔法の達人ですわ。たとえ国王陛下直属の近衛兵たちであっても、彼を止めるのは容易ではないかと存じ上げますわ」

「ああ。あのとき我が兵を次々となぎ倒していくあやつの強さといったら、いっそ痛快なくらいだったぞ。ふはは……」

「それで……彼は陛下に何と?」

「ははは……。そうだな、」

 そこで、わざとらしい笑いをやめて、国王は答えた。

「あやつは我輩の前までやってくると、挨拶もせずに、こう言ったのだ。

 『あんたがここの一番偉い人? ちょっとお願いなんだけど、アリアって制度、もうやめてくンない?』……とな」

「な、なんて、ぶしつけな……」

 思わず考えていたことを口に出してしまうアレサ。しかし、ギリアムはやはり愉快そうなままだ。

「ふふ……ぶしつけか……。そうだな。確かに我輩も、はじめはそう思ったぞ。このトモという男は、なんとぶしつけで礼儀を知らん愚か者なのだ、とな。

 だが、よくよく話を聞いてみればなかなかどうして……。一本筋の通った、好青年ではないか? なにせ、自分が城にやってきて我輩にこんな願いをするのは、そもそもが全て自分の友人のため……アレサ嬢のためだと言うのだからな」

「わたくしのため、ですって……?」

 思いもよらないことを言われて、アレサは取り繕っていた冷静を崩してしまった。


 それからギリアムは、トモが自分の城へやってきた理由を語った。


 それによると。

 トモは最近「とある筋の情報」から、自分の友人のアレサがクラスメイトのウィリアに想いを寄せていると知ったらしい。

 そこで、自分も是非アレサを後押してやりたいと思ったのだが……色恋沙汰なんて結局最後は二人の問題だし、不器用な自分が口を出しても、どうにかなるとも思えない。じゃあ自分にできることなんてないのか? 友人の幸せに自分は貢献できないのか? と一生懸命考えを絞り出して考えついたのが……二人の間にある壁をなくしてあげるということだったのだそうだ。

 弐数名ツヴァイナリのアレサは、参数名ドゥライナリのウィリアよりも高位の身分だ。だから、そんな身分制度があるかぎり、アレサもウィリアも遠慮してしまって、本当に分かり合うことはできないだろう。身分に関係なく対等な立場としてウィリアと結ばれたいアレサにとっては、身分制度は邪魔だ。じゃあ国王様に頼んで、その制度をなくしてもらうことにしよう……ということだった。

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