03

 そしてとうとう、約束の日の、当日になった。



「ウィリア、おめでとうー!」

 色紙や花などでデコレーションされた学園の寮の食堂に、たくさんの人が集まっている。その誰もが、声を揃えて祝福の言葉を送っている。

「わ、わあー! ありがとおー!」

 大きなケーキののったテーブルの前にいるウィリアも、そんな友人たちに感謝の言葉を返す。

「みんな、私のために集まってくれて、こんな素敵なパーティーまで開いてくれて、ホントにホントに……どうもありがとおー!」

 そこでは今まさに、ウィリアの誕生日パーティーが行われている真っ最中だった。


「べ、別に、感謝なんてしなくていいのよ! クラスメイトの誕生日をお祝いするのは、学級委員長としては当然のことなんだからね!」

「そーそー、気にすることないってー。アタシら単に、なんか理由つけて騒ぎたいだけだからさ」

「あたちは、ケーキが食べれれば何でもいいなのー。早くケーキを食わせろなのー!」

 口々に、そんな遠慮のない言葉を言うクラスメイトたち。

 しかし表向きはそんなことを言いながらも、ちゃんとそれぞれが、この日のために考え抜いたウィリアへのプレゼントを持ってきているところを見ると、それはただのポーズなのだろう。彼女たちも、大事な友人のウィリアの誕生日を祝うことが出来て嬉しいのだ。

 ウィリアもそれが分かっているからか、表情は満面の笑顔だった。


「……」

 ただ、そんな彼女の内心では、実はずっと気掛かりにしていることがあった。

 さっきからときどき周囲を見回しては、誰にも気付かれないような小さなため息をつく彼女。彼女は、「今日、一番この場にいて欲しい人」がいないことを、ずっと気にしていたのだ。


 バァン!


 そこで、勢いよく音を立てて食堂の扉が開かれる。

「あ……!」

 先程とは比べ物にならないくらいの喜びと興奮と期待を込めた表情で、扉を開いた「誰か」のほうを振り向くウィリア。

 しかし、

「ウィリア! 待たせたわね! 約束通り、貴女へのとっておきのプレゼントを、持ってきたわよ!」

 そこにいるのがヨレヨレボロボロのローブを着たアレサだと気付くと、ウィリアの期待や興奮はあっさりと消えてしまって、あとには自虐的な、乾いた微笑みしか残らなくなった。

「あ、ああ、アレサちゃん……か」

 もちろん、アレサが誕生日会に来てくれたことが嫌だったわけではない。だが、本能は何よりも正直だ。ウィリアは扉が開かれたとき無意識のうちに、そこに「最もいて欲しい人物」を期待していた。そしてそれが、アレサではなかったというだけなのだ。


「ど、どうしたのー? そんな、ボロボロのカッコしてー?」

 気を取り直して、ウィリアはまた表面的な笑顔を取り繕う。

「もしかして、またトモくんと勝負して負けちゃったのー?」

 しかし、アレサはそれには答えず、無言でずんずんとウィリアのほうへと向かってくる。そして、彼女の目の前までやって来たところで、しゃがんで片ひざをついた。

「ウィリア」

「え? え? ……え?」

 それはまるで、紳士がお姫様にダンスでも申し込むようなポーズだ。

 訳がわからないウィリアは、ただただ目を丸くしている。周囲のクラスメイトたちも、何事かと様子をうかがうばかりだ。


 やがてアレサは、背中に背負っていたカゴに手を伸ばすと、

「お誕生日おめでとう」

 という言葉とともに、無数の真っ赤な花の束を差し出した。


「え……う、うそ? こ、これって、もしかして……」

 一瞬にして、周囲の人間がざわつき始める。

「ちょっ、マジ⁉ あ、あれってもしかして、伝説の『結びの花』ってヤツ? アレサオジョーサマってば、『魔の山』登って、ウィリアのためにあの花を取ってきたってこと⁉」

「ま、まさかっ⁉ そ、そんなわけないでしょ⁉ もうちょっと、考えてものを喋りなさいよ! だ、だって、伝説の『結びの花』っていったら……採集レベルマックスの超レアアイテムよ⁉ 昔、物好きなハイエルフの王女が、大陸中の風の精霊をかき集めて探しまわって、結局見つけられなかったって話だってあるくらいなのよ? それを、一人間のアレサさんが、あんなにたくさん持ってこれるわけがないわよ! お、おおかた、よく似た別の花でしょっ⁉ この学級委員長の私の目は、誤魔化せないんだから!」

「ううんー。ちがうなのー。あれ、本物なのー。あたち、前に長老様に見せてもらったことあるから、分かるなのー。あの形とか色とかオーラとかは、間違いなく人間どもが『結びの花』って呼んでる花なのー。

 でも……さすがにあんなにたくさんなんて、見たことないなのー。アレサ、すげーなのー……」

 ウィリアも含めて、その花が何なのか。そして、それが「赤いまま差し出された」ということがどんな意味を持つのかを、知らない者はいなかった。

 少女たちにとってその花は、本当に伝説のような存在だったのだ。


「ウィリア。これが、わたくしの貴女への気持ちよ……」

「す、すごい……アレサちゃん……。この花を、こんなにたくさん、真っ赤のままで……? わ、私のために……?」

 ウルウルと、瞳を潤ませるウィリア。

「素敵……こんな素敵な誕生日プレゼント、初めてだよ……」

 優しく、ウィリアの手を取るアレサ。

 そして彼女は、以前言えなかった言葉をあっさりと言った。

「ウィリア、貴女のこと、大好きよ。愛してるわ」 

「…………うん」

 ウィリアが大きく瞳を見開いた表情になる。それは、驚きと喜びが入り交じった、「感動」と呼ぶべき表情だ。周囲のクラスメイトたちは、小さく「わぁ……」という喚声をあげ、静かに二人の様子を見守っている。


「わ、私…………」

 ドキマギと、落ち着きなく顔を動かすウィリア。

 なかなか次の言葉が出てこない。


 一見すると、何を言うべきか迷って、困っているようにも見えるが……きっとそうではないだろう。さすがに彼女だって、自分に対するあからさまなまでのアレサの気持ちには、とっくに気づいていた。いついかなるときでも感情がダダ漏れだったアレサが自分に対して特別な想いを抱いていることは、理解していたのだ。

 だからこそ、彼女の心は、実は既に決まっていた。いつかはくると思っていたこのときのための「自分の答え」は、既に、彼女の心の中で出来上がっていたのだ。

 やがて彼女は、覚悟を決めたようにアレサと視線を合わせる。


 ゴクリと、周囲にも音が聞こえるくらいに大きな音で、ツバを飲み込むアレサ。そのときの彼女には、ウィリアの次の言葉を待つ時間が、永遠にも思えるほど長く感じた。

 そしてウィリアは、アレサのその「愛の告白」に対して、返事を返した……。


「わ、私……アレサちゃんのこと……」

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