第3章 お嬢様 is stressful

01

 次の日。


 トモの最強魔法によってアレサが倒されたというニュースは、瞬く間に学園中に広がっていた。


 残念お嬢様としてその名がとどろいていたアレサだが、実はそれと同じくらいに、武術の腕についても有名だった。

 確かに、彼女自身の性格やキャラクターにはいろいろと問題はあるのだが……それを補うほどに、代々受け継がれてきた剣術、及びそれを発展させた杖術は文句のつけようのない本物だ。だから、少しでも腕に覚えのある者ならば、サウスレッド家のアレサお嬢様が受け流しパリィ技術の達人であるということは、常識だったのだ。

 そのアレサに、戦って勝った転校生がいる。しかもなんとその男は、異世界からやって来た転生者で、女神から武器と魔法の技術を与えられているらしい……。

 そんな噂を聞き付けて、朝からずっとひっきりなしで、学園中の生徒や教師がトモのもとへと集まってきていた。


 ざわざわ……わーわー……。ざわざわ……わーわー……。

 きゃーきゃー……。きゃーきゃー……。がやがや……。


「ちょっ、ちょっとみんな、待ってくれよっ⁉ そんなに一気に詰めかけられても、困るっつーの!」

 しかしトモ本人は、そんなふうに一流芸能人のごとく自分を好意的に思う人々に囲まれている状態に、まだ慣れていないようだ。

「い、いや、昨日俺が勝てたのは、たまたまだって! あのおじょー様だって、すげー強かったンだゼっ⁉

 ……え? だ、だから、謙遜じゃねーって! 本当に、俺なんか別に大したことねーから……」

 困り顔半分、嬉しさ半分のような表情で、自分を取り囲む彼ら、彼女らに対応していた。



 そんな彼を、アレサが少し離れたところから悔しそうな顔で見ている。

「ったく……一回わたくしに勝ったぐらいで、いい気になってんじゃないわよ!」

 隕石によるダメージは、トモの回復魔法のお陰で完全になくなっている。ただ、圧倒的な大差でトモに負けてしまったという事実は、彼女の心に少しの変化をもたらしていた。

「い、今に見てなさいよね! 二度とあんなふざけたことができないように、思い知らせてやるわっ!」


 当初は、ウィリアに関わらない限りはトモのことなど相手にする気がなかったはずの彼女が、今はかなり彼を意識していた。いや、意識という言葉では生ぬるい。

 もはや彼のことを、完全にライバル視していたのだ。


『もぉう! なにやってるんですかぁ、アレサさぁん!』

 いつものようにどこからともなく現れたヌル子が、アレサにしか聞こえない声で叫ぶ。

『トモくんを、こんなに活躍させてみんなの人気者にしちゃったら、ダメじゃないですかぁ!

 トモくんが人気者の有名人になっちゃったら、たちまち彼のチート能力が世界中の人に知られちゃいますぅ! そうしたら、世界中の女の子が彼のことを知って、彼に夢中になっちゃうんですよぉ⁉ 彼のせいで世界がなくなっちゃったら、怒られるのは私なんですからねぇー⁉』

 自分も昨日はトモに夢中になっていたくせに、ちゃっかりそれを棚にあげているヌル子。

 アレサは、苛立たしそうに応える。

「うるっさいわね……そんなの、わたくしだって分かってますわよ!」

『だ、だったら、もっとしっかりしてくださいよぉー! 昨日も言いましたけど、アレサさんは、現時点でトモくんの魅了チャームが効かない唯一の女性なんですよぉー⁉ だから、トモくんのことをなんとかできるのは、アレサさんだけなわけでぇ……』

「というか……よくよく考えたんだけど、それ……別にわたくしじゃなくってもよくないかしら?」

『えぇ?』

「別に、わざわざ女のわたくしがあいつと戦わなくったって……誰か、他の男の人がやればいいんじゃない? 男ならあいつの魅了チャームはきかないわけだし。ちゃんと事情を話せば、貴女に協力してくれる人だって……」

『ええぇー、でもぉ……』

 体をくねらせてる女神ヌル子。

「な、何よ? 何が、『ええぇー、でもぉ』なのよ……?」

『アレサさん以外の人に昨日みたいなお願いをするってことはぁ……その人にも、私がいろいろとお手伝いしてあげなくちゃでしょうしぃ……。そうしたら私は、なるべくその人のそばにもいてあげないといけなくなるわけじゃないですかぁ……? でもでもぉ……』

「だ、だから……それが、なんなのよ⁉」

 「そもそも貴女、今わたくしの手伝いなんか、これっぽっちもしてないでしょ!」という当然のツッコミを飲み込んで、ヌル子をにらむアレサ。ヌル子は顔を赤らめて言いよどんでいたが、ようやく、

『そうしたら私、トモくん以外の男の子と、二人っきりでお話とかすることになるわけでぇ……それってちょっと、浮気みたいじゃないですかぁ? 私、こう見えても結構純情乙女なんでぇ……そういうことは自分のポリシーに反するって言うかぁ……。トモくんに悪いって言うかぁ……』

 などと口走った。


「は、はぁぁぁーっ⁉ あ、貴女ね! いい加減、自分であいつに与えた魅了チャームに惑わされてんじゃないわよ!」

 周囲が驚くほどの大声をあげるアレサ。

『うふふ……でも、ハマると結構快感なんですよ? 恋って、いいものですよね……?』

「うがぁぁ、もぉぉうっ! こ、こんの……ダ女神がぁーーーっ!」

 ヌル子のボンクラ具合にあてられて、頭がクラクラしてきたアレサ。

 自分も世間からは相当「残念」と言われているが、この女神に比べればかわいいものだ。

 もはや怒りを通り越して、この女神を信じて毎日祈りを捧げている信者たちが憐れに思えてくるほどだった。


「……と、ともかく!」

 とりあえず、話をもとに戻すアレサ。

「あいつを……ナバタメ・トモ・ヒトを、これ以上調子づかせない必要があるのは、確かですわ! それじゃあ具体的に、わたくしはどうすればいいのよ⁉」

『……はい?』

「だぁかぁらぁ……! あいつに自分の立場を思い知らせて、人気者や有名人にさせないためにはどうすればいいの、って聞いてるのよっ! 貴女、うっとおしい小言を言うためだけに、わたくしの前に現れたわけじゃないのでしょう⁉

 何か、あいつをギャフンと言わせるような方法があるのでしょう⁉」

『ええとぉ、そうですねぇ……』

 アレサの質問に、ヌル子は少しだけ考える振りをする。そして、

『……ねえ、どうしたらいいんでしょうねぇ?』

 と、笑顔で返した。


「は、は、ははは……」

 もはや怒るのもバカらしく、呆れきってしまったアレサ。

「あ、アホらし……ですわ……」

 彼女に何かを期待するのはやめにして、自分で考えることにした。


(それにしても……。ナバタメ・トモ・ヒトに、自分の立場思い知らせる方法……。あの、最強のチート異世界転生者に、わたくしが勝つ方法……そんなものが、本当に何かあるのかしら……?)

 大勢の男女に囲まれてチヤホヤされている本人を横目に見ながら、彼女は考えを巡らせる。

 それは、さっきまでバカみたいに騒いでいた彼女にしてはとても冷静で、そして、とても「公平」な思考だった。

(昨日と同じようなことをしたって、多分結果は変わらない。わたくしは、あっさりと倒されてしまうのでしょうね。

 まあ一応、わたくしを倒したあの魔法さえ使われなければ、武力勝負でもまだ勝機がないわけでもないわ。昨日あんなにわたくしに謝っていたあいつなら、威力のコントロールができないあの強力な魔法を、もう一度人間相手に使うことには躊躇していそうですしね……。

 でも……そもそも、強力な武力を持つあいつを、それよりも強い力でねじ伏せるなんて方法自体、根本的に間違っていた気がしますわ。なにより、そんなの、このわたくしらしくありませんでしたわ。

 昨日は、ウィリアがあいつにラブレターなんて渡したものだから、ついつい頭に血が上ってしまっただけですわ。わたくしはわたくしらしく、武力以外の、なにか別の方法で……)


 と、そこで。

 教室の中心で大量の取り巻きに囲まれていたトモのこんな言葉が、アレサの耳に飛び込んできた。


「あー、お前ら! いーかげん、俺を解放してくれよ!

 俺、これから今日の授業の復習してーンだよっ! この世界にきたばっかで分かんないことだらけで、全然授業についてけてねーンだからさっ!」

「ん?」

 ピクリと、野生の小動物のように聞き耳をたてるアレサ。

「えー? ふくしゅうー? そんなの、やる必要ないなのー。あたちだって、授業なんて全然意味分かってないなのー」

「そっか、授業分かんないんだ? だったらアタシが、手取り足取り教えてあげよっか? この世界の……イ・ケ・ナ・イ保健体育について♥♥♥♥」

「もう、世話が焼けるわねっ! 一体、どこが分からないっていうのよっ⁉ 委員長の仕事の合間でよければ、この私が……」

 次々とフォローをいれるクラスメイトたちに、トモは開き直るように言う。


「いや、確かに俺……元の世界でもあんま勉強できる方じゃなかったけどさ! それにしたってこのガッコーの授業って、ムズすぎじゃね⁉ 言語系の授業が『古代ルーン語』とか『エルフ語』とかまでならまだしも……『竜言語』に『ゴブリン語』、『スライム語』なんて科目まであるじゃん⁉ その上、歴史系の科目だって……『世界史』と『大陸東部史』と『大陸西部史』と『大陸南部史』と、『大陸北西部史』と『大陸北東部史』って……。

 何だよそれ、意味わかんねーよ! 絶対そんなに要らねーだろ⁉」

「ほ……ほ……ほ……」

「しかも運がわりーことに、ちょうど明日が中間テストだとか言われたし! せっかく理事長さんにこの学校紹介してもらったのに、このままじゃ俺、全教科赤点で留年になっちまうよっ!

 だから、早く勉強して、追いつかねーと……」

「おーほっほっほ! おーっほっほーっ!」

 そこで、あまりにもお嬢様然とした大きな高笑いをしたアレサ。

 それまで取り巻きから離れて大人しくしていた彼女が突然そんな大声を出したことで、トモを含めた他の者たちは、驚いてアレサの方を注視した。


「あら? あらあらあら? あらあらあらあー?」

「な、何だよ……おじょー様?」

 彼女は、イヤミったらしい表情でゆっくりとトモに近づいてくる。

「ア、アレサさん! この転校生と話したいのなら、順番を守りなさいよね⁉ 彼と話したい人はたくさんいるんだから、委員長の私が今、整理券を配っていて……」

「おどきなさい!」

 アレサの行く手を遮ろうとしたエルフの少女をどかして、アレサはトモの前までやってくる。

 そして、笑いをこらえるように口元に手を置きながら言った。


「あらあらあらぁ? あららららぁぁぁ?

 あ、あなたってもしかして……もしかして……もしかしまして……お、お、お、お勉強が、できないんですのぉー⁉ この学園の授業程度の内容が、理解できないんですのおー?」

「え? いや、それは……」

「ア、アレサちゃん。トモくんは昨日この世界に来たばっかなんだよ⁉ そんなこと、言わないであげてよ!」

 取り巻きの中からウィリアが声をあげるが、アレサは止まらない。

「あーいやですわ! もう、いやんなっちゃいますわ! お勉強ができないなんて、ちゃんちゃらおかしいですわー!」

 彼女は、自分のライバルを倒す絶好のチャンスを見つけて、それどころではなかったのだ。

「えっとぉー、結局ぅー、男の価値ってぇー、最後は頭の良さで決まるんですのよねぇー?

 どれだけ武術に優れていてもぉー、どれだけ剣や魔法がお得意だとしてもぉー……お勉強がカラッキシなんじゃあ、ぜぇーんぶ、台無しですわよねぇー⁉ 低能のお馬鹿さんなんて、ウィリアには釣り合いませんわよねぇー?」

「いや……だから俺も復習とかして、ちっとは追い付こうと思ってるわけで……ん? ていうか、何で今の話にウィリアが出てくンだよ?」

「だまらっしゃい!」

 そこで、アレサは自分で勝手にしていた話を自分で勝手に打ち切って……堂々とした仁王立ちの姿勢で宣言した。


「ナバタメ・トモ・ヒト! あなたに、再度勝負を申し込みますわ!

 テーマは学力! 明日の中間テストで、どちらがより高い総合点をとれるか! どちらが頭脳が優れているか! それで、文字通り雌雄を決めようじゃありませんのっ⁉

 この勝負に負けたものが、今度こそウィリアから手を引くんですわ!

 より頭が賢くて、ウィリアに相応しいのはどちらなのか、ハッキリクッキリ答えを出そうじゃありませんのっ!」

「……はあ?」

「言っときますけどわたくし、言語系と歴史系の科目については、入学してからずっと学年一位をキープしておりますのよ⁉ 低能なお猿さんのあなたに、こんなわたくしが倒せますかしら⁉

 いーえ、無理ですわ! 無理に決まってますわっ! おーほっほっほ! おーほっほっほーっ!」

「えー……」

 言いたいことを言い切って、満足しているアレサ。

 あきれて声が出ないトモやクラスメイトたちに背中を向け、一方的に立ち去ってしまった。



 そんなわけで、残念お嬢様伝説の第二幕が始まったのだった。

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