06

 それから、ほんの五分後。


「むぎゅう……」

 その勝負は、あっけなく決着していた。


「わ、わるい! おじょー様! ま、まさか、こんなことになるなんて……。ここまでやるつもりはなかったんだ!

 ただ……あんたすげーつえーから、俺も手加減できなくって……」

「な、何でこんなことにぃ……。わたくしは、誇り高きサウス・レッドの技術を受け継ぐ、一流のパリピ……ですのにぃ……」


 運動場の中央に、服や髪がボロボロの状態で倒れているアレサ。彼女がいる地面も、まるで隕石が直撃でもしたかのように円形にえぐれている。

 いや……実際に、先ほど空から隕石が落下してきて、それに直撃したアレサが一発KOされたところなのだった。



 ついさっきまでは、自分の思い通りの展開に勝負が進み、アレサは完全に勝った気になっていた。だから、まさかここまで一方的に自分が敗北することになるとは、思っていなかっただろう。

 彼女には、トモのどんな攻撃でも受け流しパリィでかわす自信があったし、魔法だって反射効果のある金属杖で跳ね返してしまえるから問題ない。いくら相手がチートを持った異世界転生者でも、自分には十分に勝機がある……そう思っていたのだ。

 だが、いかんせん相手が悪すぎた。


 アレサの実力を認め、本気を出すことにしたトモは、自分が使える中で最強の魔法――それはイコール、この世界に存在する中で最強の魔法という意味になる――である、隕石衝突メテオ・ストライクの魔法を唱えた。

 その途端、耳をつんざくような轟音と共に、直径十メートルはあるかというほどの巨大な塊が大気圏外から飛来した。空気の摩擦熱によって炎に包まれたその隕石のエネルギーたるや、昨日のドラゴンの火球の比ではない。

 もちろん、たかだか一メートル程度の金属杖でなんとかなるはずもない。受け流しや反射魔法など、そんな強力な力の前では何の意味も持たない。

 そんなわけで。

 アレサはその巨大な隕石に、なすすべもなく倒されてしまったというわけだった。


「こんなの、反則ですわぁぁ……。隕石なんか、人間がどうにか出来るわけないですわぁぁ……」

 辛うじて動かせる指で地面にくるくると渦を書きながら、アレサはずっと恨み節のようなものを呟いている。

 超強力な魔法を受けた割りにダメージが少なくて済んでいるのは、途中でやり過ぎたことに気付いたトモが、防御魔法で隕石の威力を弱めたからだ。

「マジでごめん! すぐにケガは治すから! ……治癒魔法ヒーリング! 治癒魔法ヒーリング!」

 今も彼は、アレサに謝りながら必死に回復魔法をかけ続けていた。


 ボロボロの格好でブザマに校庭に倒れているアレサと、そんな彼女をいたわる余裕さえあるトモ。

 勝負の結果は、誰の目にも明らかだった。



「さあ、見事勝利を勝ち取ったナバタメ・トモ・ヒトさんに、皆様、盛大な拍手をお送りください!」

 自分を雇う側のアレサが負けたというのに、メイドのメイはなんの忌憚きたんもなく実況を続ける。

 そこにあるのは、自分が企画したイベントで実況者を担っているということへの責任感……ではもちろんない。

「ああー! 散々転生者をあおった挙げ句、あっさりと倒された情けないお嬢様に、物を投げるのはやめてください! お気持ちは十分に分かりますが、皆様が勝手に物を投げては、片付けるのが大変になってしまいます!

 これから私が、投げる用の水性ペイントボールを皆様に配布しますので、どうぞ、そちらをご利用ください!

 ただし、ボールの配布は一人二個までとさせていただきます! 三個以上は、追加料金となりますので……」

「メイメイ……貴女は、わたくしがこんなことになってるときまでぇ……」

 実際には、そのときアレサに物を投げたりしている者など、どこにもいなかったのだが――苦笑いしている者は大勢いた――、メイドの彼女だけは、夢中で彼女をバカにしていたのだった。



 そして、そんな息も絶え絶えのアレサにトドメをさしたのは、やはり……、


『はぁ……。勝負に圧勝するトモくん、カッコいいなぁ……』

 自分の与えたチートにかかってうっとりしている、間抜けなダ女神ではなく。


「トモトモ、すごいなのー! アレサを倒しちゃうなんて、びっくりなのー!」

「あんなに大きくて固い隕石……アタシ、ハジメテだったよ。久しぶりに……ドキドキしちゃった♥️♥️♥️」

「あ、あんまり、さっきみたいな無茶なことは、しないでよね……。

 ち、違うわよっ⁉ 別に、あなたのことを心配してるわけじゃないわよっ⁉ ただ、あなたが怪我したら、委員長の私の責任になっちゃうから仕方なく……」

 口々にトモを褒め称える、クラスメイトの少女たちでもなく。


「ほ、ほんとにごめん、おじょー様! マジで俺、ここまでやるつもりじゃなくって……」

「気にしないでいいよ? トモくんは、何にも悪くないんだから」

 アレサの想い人である、ウィリアだった。


「で、でもよ、ウィリア……。俺は、もう少しでおじょー様を魔法で殺しちまうところで……」

「ううん。アレサちゃんなら、普段から鍛えてるからきっと大丈夫だよ。だいいち、この勝負を最初に言い出したのだってアレサちゃんだし。どんな目にあっても、自業自得だよ。

 それより、トモくんには怪我はない? あんなにすごい魔法を使ったから、反動もすごかったんじゃない?」

「いや、それは別に、大丈夫だけどさ……」

「ほんと? ああ、良かった……。私、トモくんのことだけが、心配で心配で……」

 彼女は、アレサのケガなど気にもかけず、トモの心配ばかりしていたのだ。その様子はもはや、『恋人を気遣う健気けなげな彼女』にしか見えない。


「あぁーん……。こんなの……泣きっ面にハチですわぁー……」

 その光景を見せつけられたアレサの心は、魔法にやられた体なんて比較にならないくらいにボロボロになっていたのだった。

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