03

「おーほっほっほ! お待たせしましたわね、ウィリア! 今日もこのわたくしが、貴女のもとにやって来ましたわよ⁉

 昨日は思わぬ邪魔が入ってしまって、わたくしの気持ちを言えなかったけれど……今、ここでその続きを言うわ! わたくし、実は貴女のことが……」


 アレサは教室の他の生徒たちや、授業を開始している教師のことなどお構い無しで、教室に入るなりいきなり愛の告白をしようとした。しかし……。

 幸いなことに、と言えばいいのか。

 そのときのアレサの奇行を気にする者は一人もいなかった。そのとき教室にいた者たちは、文字通りアレサのことなど眼中になかったのだ。



「ねーねー? トモトモが来た世界ってー、どんなだったなのー? あたちに教えろなのー」

 幼い子供のような見た目の、ノームの少女が……。


「ふぅーん……キミ、割とイケてんじゃん? 今日さ、アタシのウチに遊び来なよ? 二人きりで、い・い・こ・と……してあげる♥」

 娼婦をやっていると噂のある、スタイルのいいクラスメイトが……。


「ちょ、ちょっとあなたっ! 転校初日から女子生徒とこんなにくっついたりして……汚らわしいわよっ! は、離れなさぁーいっ!」

 ツンデレな、エルフの学級委員長が……。


 さらに、それ以外のたくさんの女子生徒たちが……昨日まで空席だったはずの席の周囲に集まっていた。

「な、なんだよ、お前ら⁉ あ、あんま、ベタベタくっつくンじゃねーよ! これじゃ授業になんねーだろ!」

 そこには、転生者のトモがいたのだ。



「な、な、な……」

 トモを指差し、ワナワナと肩と歯を震わせるアレサ。

「な、なんであなたが……こ、ここに……? この、わたくしとウィリアの、愛の巣に……?」

「ん?」

 彼女の気も知らず、トモはのんきな調子で彼女に手を振る。

「おー、誰かと思ったら、昨日夜の公園にいたおじょー様じゃん! あんたも、ここの生徒だったんだなー?」

「なんなのー? トモトモってー、アレサの知り合いなのー? じゃあじゃあー、あたちとアレサ、どっちが好きなのー?」

「へー……キミ、昨日の夜にオジョーサマと公園で会ってたんだ? 初対面のオジョーサマといきなり屋外で……なんて。見た目によらず、意外とアブノーマルなプレイが好きなんだね……。じゃあ今夜は、アタシがもっとヤバイやつを……♥♥️」

「だ、だからあなたたち、もっと離れなさいってばーっ! 学生同士でいやらしいことするなんて、委員長である私が許さないわよ⁉ この転校生は、私が責任をもって管理するんだから……」

「あー、だからどいつもこいつも、勝手なこと言ってンじゃねーって! ほら、おじょー様もそんなとこで突っ立ってないで、こいつらになんとか言ってくれよっ⁉」

 言い寄る少女たちと、そんな彼女たちにタジタジのトモ。

 しかし、そうはいっても全力で抵抗していないところを見ると、やはり嬉しいという気持ちもあるようだ。元の世界で恋人ができなかった彼にしてみれば、それは当然と言えば当然のことだろう。


 ただアレサは、そんなふうにトモが普通に学園にいること自体が、かなりのショックだったようだ。

「い、いや、だから……。なんであなたが……この学園にいるのよ……? そ、そんなの、おかしいでしょうが……。こ、ここは……関係者以外は立ち入り禁止で……」

「え? ああ。そのことなら、大したことじゃねーよ」

 相変わらずアレサの様子に気付いていないトモは、のんきに返す。

「今朝俺が、おじょー様が手配してくれた宿を出て街をブラついてたら、道端でスリにあってるオバサンがいたンだよ。で、俺そういうの見て見ぬ振りとかできないからさ。スッたやつ捕まえて、そのオバサンの前に突きだしてやったンだよね。

 そしたら、なんかそのオバサン、たまたまこのガッコーの理事長だったらしくってさ。俺が『この世界のこと何も分かんないンすよねー』って言ったら、『じゃあ私が学校に行かせてあげる』なんつって。さっそく今日から転校生として、ここに通うことになったってわけ!」

「理事長のオバサンって……そ、それ、わたくしのお母様じゃないのよ……」

「あ、そうなの? へー、それってすげー偶然じゃん」

「な、何てことなの……。あ、あなた、ウィリアだけでは飽き足らず、他の女やわたくしのお母様にまで手を出すなんて……」

「ん? なんかよくわかんねーけど、あんたも同じクラスなンだな? じゃあ、今日からはクラスメイトつーことだな! あらためて、よろしくな!」

 そんなことを言って、トモはまた昨日のように爽やかに親指を立てる。アレサは今にも卒倒しそうで、それにリアクションを返すことさえできなかった。


 そして、そんなアレサにトドメを差したのは……やはりウィリアだ。


「あ、あの……トモくん……」

 積極的に言い寄る少女たちとは対照的に、控えめにトモの服の袖を引くウィリア。

「おう、どうしたウィリア?」

 自分を取り囲む少女たちの間から顔を出し、そんなウィリアに笑顔を向けるトモ。


 そんな二人の様子に、アレサは更なるショックを受ける。

(こ、こ、こんのエロ猿ぅぅぅ! いつの間にウィリアのことを、呼び捨てにしてやがってますのよっ! その名前はこの宇宙で一番神聖で、一番気高くて、一番尊くて……あなたなんかが、気軽に呼んでいいようなものじゃないんですわよっ⁉)


 ウィリアは、しばらくの間は恥ずかしそうに何かを言いあぐねていたが……。

「あ、あの……これ! よ、良かったら、後で読んで下さい……!」

「⁉」

 やがて、トモにピンク色の封筒を渡した。

「あ? 何だよこれ? ウィリア、おーい?」

 ウィリアからもらった手紙を、さして価値のないもののように、顔の前でヒラヒラと振るトモ。アレサはそんな彼のもとに素早く駆け寄り、その手紙を奪い取った。

「ん? おじょー様まで、何だよ突然? その手紙、何が書いてあるか知ってんのか?」

「……」


 無言のアレサ。だがもちろん彼女は、その手紙の中身を知っていた。

 それはおそらく、アレサが何よりも欲しかったもの。これまで何度となく渇望し、それが叶わなかったもの。

 ウィリアの愛がこもった……ラブレターだ。


(そ、それを、こんな男に……。その価値も分からない、他の女に言い寄られてヘラヘラしているような、こんな男に……。

 もう、我慢の限界ですわっ!)


 そう思ったら、アレサは勝手に動いてしまっていたのだった。



「……ナバタメ・トモ・ヒト!」

 背すじを伸ばして、ビシィっとトモに人差し指を突きつけるアレサ。

「え?」

「あ、アレサちゃん?」

 トモ本人も、他の少女も、ウィリアも、みんなキョトンとしている。

 しかし彼女は気にせずに、

「わたくしと、勝負なさいっ! ウィリアを賭けて、あなたに一対一の勝負を申し込みますわっ!」

 と続けた。



「は?」

「へ?」

「えー……」


 それは、アレサの「残念お嬢様伝説」に、新しい一ページが刻まれた瞬間だった。

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