04

「あのー……なんで俺が、おじょー様と戦う流れになってンのか、いまだによく分かんないンだけど?」

「ふん! そんなの、自分の胸に聞いてみなさい!」

「トモくん……」


 学園の屋外運動場で向かい合う、アレサとトモ。周囲には、ウィリアをはじめとしたたくさんの生徒たちが、ギャラリーとして二人を取り囲んでいる。

 太陽が傾き始めた夕暮れが、そんな彼女たちの長い影を作っている。結局、アレサとトモの一対一の勝負は、その日の放課後を使って行われることになったのだ。



 今朝のように、アレサが突然突拍子もないことを言い出すのは、何も今に始まったことではなかった。むしろ彼女は、口を開けば訳の分からないことを言うと噂されて、学園中の生徒や教師から呆れられていたくらいなのだ。

 だから、いつもならば今朝の勝負の話も「あーあ、また残念お嬢様がバカなこと言ってる」なんて思われて、適当に流されてしまうことも十分にあり得たはずだった。

 だが、今回はそうはならなかった。

 その理由は……朝の後片付けを終えて登校してきた、アレサ付きのメイドだった。


「さあ! ついに始まりました。お嬢様と、異世界からの転生者の因縁の対決! 勝利をつかみとるのは、いったいどちらなのか⁉

 実況は私、サウスレッド家の美少女メイド、メイ・メイ・エミリア・スティワートがお送りします!」

 アレサの家のメイド、メイ。

 彼女が、面白がってそれをイベントとして企画し、運動場を貸し切ったり周囲に広めるなど、先導して推し進めてしまったのだ。そのせいで、二人の勝負は流されるどころか、学園全体の生徒が知るような無駄に規模の大きなものになっていたのだった。



「先手を取らせてあげるわ。好きな武器を使っていいから、どこからでもどうぞ?」

 運動場には、学園中からかき集められた剣や槍や斧などのさまざまな種類の武器が置かれていた。それらは、多くは武術演習用に作られた模造品だったが、中には整備された真剣も混じっているようだ。

 対するアレサの武器は、昨日の夜と同じ。つまり、トモがドラゴンを倒したときに使った、先端が尖っていない金属の棒だ。

 サヤに入っているときならまだかろうじて様になるが、ひとたびそこから出せば、とても武器には見えない。トモの世界で言うなら、建築工事の現場に転がっている鉄芯と言ったところか。アレサはそんなものを運動場の地面に垂直に立て、上端に右手を添えた状態で、余裕ぶっていたのだった。


「だ、だから、俺は戦うつもりなんかねーっつーか……。だ、だいたい、男の俺が女のおじょー様と戦うとか、フェアじゃないっしょ⁉」

「男とか女とか……全く、器の小さい人間ですわね! そんなの、関係ないですわよ!」

「だ、だって、おじょー様の持ってるそのレイピアって、刃がついてない飾りもんでしょ? なんか構えも全然デタラメで、隙だらけだし……。正直、勝負になンないと思うゼ? 俺も女の子をケガさせたくなんかねーし……今からでも、やめらンないかな?」

 トモは、威勢がいい割には全く驚異を感じないアレサに対して、苦笑を隠せない。しかしその様子が、更にアレサの心の火に油を注ぐ。

「きぃー! ごちゃごちゃ言ってないで、さっさと来なさいって言ってるのよっ! これは、ウィリアを賭けた真剣勝負なんですわよっ⁉

 この勝負に勝ったほうが、ウィリアの純潔を手にいれることができる! ウィリアを妻としてめとり、毎日ウィリアの作るご飯を食べることができるのよ!」

「あ、あのー、アレサちゃん……? あたし、そんな約束してないよね……?」

 勝負を申し込んだ朝から今までの間に、アレサの想像力はすっかり膨らみ切っていて、もはや原形が分からなくなるほどに独自のストーリー妄想ができあがっていた。

「勝負の勝者は、毎朝ウィリアに『いってらっしゃい』って言われて、家を送り出される! 毎晩ウィリアに『おかえりなさい』って言われて、迎えられる!

 さらには、『一緒にご飯食べる? 一緒にお風呂入る? それとも一緒に……する?』なんてことまで言われちゃったりして…………キャー! ウィリアったら大胆なんだからっ!」

「いやいやいや……」

「そういう、大事な勝負なのですわ! だから、手加減なんていらないのですわよ!」

 アレサは感情が高ぶり過ぎて、だいぶ煩悩がダダ漏れだ。ウィリアをはじめとした周囲のギャラリーも完全にドン引きで、そこかしこから悲鳴が聞こえてきていた。


 ただ、

「おーっと出ました! お嬢様お得意の、妄想トーク! これはヒドい! 転生者のトモ選手も、あまりの気持ち悪さに手が出せない模様です! ここだけの話……私も毎日お嬢様からこんな話を聞かされていて、頭がおかしくなりそうなのです!

 はっ、そうか…………ということはもしかしたらこれは、精神攻撃の一種なのでしょうか⁉ 既にトモ選手は、お嬢様の術中にはまっているということなのでしょうかっ⁉ そのあたりどう考えますか、解説のウィリアさん?」

「メイちゃん、完全に面白がってるよね……」

 メイドの少女だけは、相変わらずアレサをバカにすることに余念がないのだった。

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