〜追加執筆分〜

「ユリって雑草だよね─if─」 ぬくぬく版

 ※作者より

 幾人かの読者様から『本文のユリとアキトが可哀想』というご意見を頂き、ifルートとして『もし悲劇が起きなかったら?』の世界を書いてみました。


 こちらは何の捻りも無い、若い男女の淡い恋物語です。

 こちらを読んで「リア充爆発しろ」と心が荒んでしまった方は、本文を再度読み直す事で『可哀想、救ってあげたい』と思って頂き、本稿を更に読み直して頂く、というエンドレス構成になっておりますw


 下部の『───』部分までは本文とほぼ同一内容なので、本文を読まれた方は、どうぞその下からお読み下さい。


 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


「ねぇ、百合ゆりって雑草だよね…?」

 休日、昼下がりの公園のベンチ、俺の隣に座るユリがぽつりと呟いた。


「…何だって?」

 唐突な振りに対応できずに固まる俺。


「百合の花ってさ、今ぐらいの… んと夏から秋にかけて道端で咲いてたりするじゃん、道で振り向いたら大きい花があって驚いた、みたいな。あれって誰かが植えたものじゃなくて自力で生えてきた雑草だよね? っていう話」


「あぁ、そういう事か…」

 何かの謎掛けかと勘違いして身構えていた俺はユリの説明に緊張を解く。


「誰の力も借りる事無く、気高くキリッと直立して、真っ白で美しい花を咲かせる。同じ『ゆり』としてそういうパンクな生き方に憧れるんだよね」


 確かに街角の花壇でも何でも無い所に1、2輪の百合の花が咲いている場面は何度か見た事がある。


 …でも待てよ? 確かユリ科って球根で増えるんじゃなかったっけ? 小学生の頃のうろ覚え知識で、俺は手元の携帯電話スマートフォンで検索をかける。ユリも「何してんの?」と俺の手元を覗き込んできた。


「あぁ、なるほど。『高砂たかさご百合ゆり』っていう台湾由来の品種があって、それは球根じゃなくて種でも増えるんだな」


 検索結果画面の出た携帯電話をユリに渡す。彼女は興味深そうに、しばらくその記事を読みふけっていた。


「…へぇ、『連作障害が出やすく、一時的に根付き拡がっても数年後には姿を消す場合が多い。種子は新たな原野へ風に乗って各地に拡がり、辿り着いたその地で生育して勢力を拡げ、時に群生して大きな花を咲かせるも、数年経つとまた他の地へ旅立つように去ってゆく』だってさ。なんかミステリアスでロマンチックだねぇ」


 気が済んだらしいユリは俺に携帯電話を返してくる。


「植物のバイタリティって時々感心するよね。アスファルトの道路をぶち抜いて根を張ったタンポポとかあるんでしょ?」


「…まぁ詳しくは知らねぇけどあるんじゃないの? ほれ、休憩終わり。オリエンテーション再開すんぞ!」



 …………俺とユリとの関係は何だろう…?


 元々の始まりはただのクラスメイトだった。それからたまたま同じ『ロードサイクリング部』に入って、たまたま新人歓迎オリエンテーションで相棒バディとしてペアを組んで、それが切っ掛けでよく話をするようになって、部活帰りに一緒にファーストフード店に行ってダベる様になって、学校への行き帰りを一緒にする様になって、休みの日にちょこちょこユリの買い物に付き合ったり、話題の映画を見に行ったり、2人で自転車に乗りながら少しだけ遠出をしてユリの作った弁当を食べたりする様な関係だ。


 そして今日は自主練を兼ねた長距離サイクリングデート(?)みたいな感じで、2人して走っている訳だ。


 ユリは女相手に虚勢を張る事も無く、男相手に身構えたり媚びを売る事も無い性格で、男女共に受けの良いキャラクターだ。

 その取っ付きやすさで友人は多いが、それでも常に俺を気にかけて、隣に来て話題を振ってくれる。


 これって何なんだろう? 俺もユリもお互い告白などはしていないので『恋人』では無いだろう。しかし、単なる『友達』と言うには俺達の距離は近すぎると思う。


 ユリは「アキトはバディだからね」と言いながら、俺に始終構いに来るし、俺と一緒に居る時は、いつも何かを言いたげにニヤニヤしているかの様な楽しげな表情を見せる。

 これを以て「俺はユリに惚れられている」と、豪語できるほど俺は世間知らずでは無い。しかし、「ただ良い様に遊ばれているだけ」とも思いたくは無い、複雑な男心が存在しているのも確かだ……。


 正直「嫌われてはないないな」とは実感できるが、「愛されているか?」と考えると『?マーク』が俺の周りに無数に浮かんでくる。

 そもそも母親以外の女性に愛された経験数が少なすぎて、ユリの言動が女性の愛情表現としてどの程度のレベルなのか比較対象が存在していない為に、俺の頭脳は回答を保留している。

 考えるに、一番しっくりくる答えは「動物になつかれている」だろう。


 結局ユリの気持ちはユリにしか分からない。当たり前の結論に落ち着いただけだった。


 一方ひるがえって、俺はユリの事が好き、なのかなぁ…? 正直なところ自分でもよく分からない。

 何かにつけて俺に絡んでくる様子は、恋人と言うよりは歳の離れた妹か、或いは飼い犬か? やっぱり感覚的に犬の方が近いな……。


 でもその嬉しそうに笑う仕草や、小柄でくるくる動く体、肩を覆うくらいある長い黒髪、ユリはその全てを使って人生を楽しんでいる様に見える。その生命力に溢れる様はとても魅力的だと感じる。


 お互い決定的な一言が無いままに、ズルズルと付き合っている様な雰囲気の俺達だが、やはりどこかでケジメを付けなければならないと思っている。

 今はまだその時ではないが、来たるべき日に俺はユリにきちんと「好きだ」と伝えられるだろうか?

 或いはどちらかが残酷な終止符を打つ言葉を告げる日が来るのだろうか…?


「アキト〜っ、ちょっと速いよー!」


 ぼんやりと考え事をしながら自転車を走らせていたら、ユリの追い付けないペースで走ってしまっていたらしい。

 スピードを落とし、ユリのペースに合わせる。振り向いてユリの様子を窺うと、こちらに『大丈夫!』と親指を立ててきた。


 俺の後ろにはいつもユリがいる。振り向くといつも彼女の笑顔がある。彼女の笑顔に後押しされて俺はまた頑張れる。彼女の風除けくらいにはなってやれる。今こうしている時間がとても愛おしい……。


 …あぁ、今はっきりと認識した。


『俺はユリが好きだ、愛している』


 …………。


 認識したは良いが、それからどうすれば良いのだろう? ユリに告白する? いやいや今更? さすがにちょっと恥ずかしいしな。でもこういう事ってやっぱり男から言ってやるのが筋って気もするが……。

 でもなぁ、やっぱり今更なぁ……。


「アキトーっ!!」


 またしても無意識に速度を上げてしまっていたらしい。俺は独り苦笑して再び自転車の速度を緩めた。



 予定のコースを回り終わってサイクリングデート(?)は終了した。小柄なユリには体力的に辛い行程だったかも知れないが、もともと今回のルートセッティングをしたのはユリ本人だ。

 時間は16時過ぎだが、まだまだ日が暮れるには早い季節だ。もう少し待てば綺麗な夕日を見られるだろう。


「ふぃ〜、もうヘトヘトだよぉ。奢るからジュース買ってきて。なんかポカリ系」

 昼過ぎに座っていた公園のベンチに、再び沈む様に座り込んだユリが、尻ポケットから小銭入れを取り出して俺に渡す。


 別に飲み物くらい俺が奢ってやっても良いのだが、それをすると『二重に借りができるからイヤだ』とユリが機嫌を悪くするのを知っているので、大人しく小銭入れを受け取る。


 飲料の自販機は公園の外にあるのだが、公園の出入り口を通るとえらく遠回りになる。なので俺は公園の外周に沿って設置されている高さ80cm程の柵を跨いでショートカットする。

 リクエストのスポーツドリンクと自分用の微糖コーヒーを買って、来た道を戻って柵を跨ぎユリのもとへ向かう。


 ユリは何やら携帯電話を弄っていたが、俺の帰還に気付くと隠す様にそそくさと携帯電話を仕舞い、俺を見て興味深げに言った。


「…男の人のそういう柵とかガードレールとか跨ぐの気持ち良さそうだよね。一度やってみたいんだけど、女だと身長的に跨げないとか、スカートだったりとか、はしたないとかで出来ないもんねぇ」


 へぇ、そういう物なのだろうか? 『柵を跨ぐ』行動の考察など今までした事が無いから、ユリの言葉に意表を突かれてしまった。

 携帯電話で何をしていたのかただすつもりだったのだが、この唐突な話題振りで意識を逸らされてしまった様だ。


 予定していたコースを完走し、ユリの疲労も濃い事もあって、本日の自主練はここで終了となった。


「おつかれさん、ユリも随分スタミナ付いたよな」


「誰かさんのスパルタに付き合ってきたからね。でももうヘトヘトだよ、早くお風呂入って汗流したい〜」


「な、なぁ、腹減ってないか? 良かったらこの後に夕飯でも…」

 ユリを好きだと自覚してしまった俺の挙動不審な誘い文句が、自分でも聞いてて痛々しい。 

 更に良ければ食事の後に大人の時間でも作って… という邪念も入っていただろうから、その痛々しさは相当な物だったろう。


 ユリは俺の顔を興味深げに観察した後、なにやらニヤニヤしながら答えてきた。

「アキトの折角のお誘いなんだけど、今回は遠慮しておく。汗臭い体でお店に入りたくないし、冗談抜きでヘトヘトなんだよ。…それにアキトの目がハンターの目になってて少し怖いし」


「な?! お、俺は別に変な事は…」

 俺の考えなんてユリには全てお見通しなんだろうな。これは負けを認めるしかないかな…?


「あははははっ! アキトってば分っかりやすいよねぇ。…また今度誘ってよ、もうちょっとお洒落してさ」

 ユリは半分嬉しそうな、半分寂しそうな顔をして微笑んだ。


「オッケー、ならせめて家まで送っていくよ」


「大丈夫だよ。むしろ汗まみれの私のフェロモンで、アキトが変な気を起こす方が怖いし…」


「な?! 起こさねーよ!」


「あははっ! それじゃまたねーっ!」


 大声で笑って楽しそうに手を振りながら、自転車に跨りユリは自宅へと走っていった。


 ────────────────────────────


 帰宅した俺は入浴と夕飯を済ませ自室に戻る。

『あれだけヘトヘトだと言っていたのだから、ユリはもう寝てしまって居るだろうか?』

 などと思いつつもLINEを立ち上げ「今日はお疲れさん。明日寝坊するなよ」とだけ打って送った。


 俺も明日の準備だけして早めに寝ようかな? と思い、立ち上がって明日使うノートやら何やらを出し始めた所でユリからの返信が来た。


「お疲れ〜。また明日ね〜」

 だそうだ。いつものユリなら「今日は○○だったねー」とか話が膨らむのだが、今日は本当にグロッキーしているようで、それ以上に何かを言ってくる事は無かった。


 5分ほどして、やるべき事を片付けて『さて寝るか』となった所で、おもむろにユリからのメールが届いた。タイトルにはシンプルに「アキトへ」とだけ書かれている。


 LINEじゃなくて電子メールとは珍しい、と思いつつ俺は何気なくメールを開こうとした。

 …瞬間にユリからの着信があった。


「もしもしアキト?! 今メール送ったと思うけど、あ、あれ違うからね、誤送信だからね! 寝ぼけてて操作間違っただけだから、絶対に中を見ないでよ?! って言うか見たら殺すからね!」

 などとエラく物騒な事を言ってきた。


「え? 何それ怖い。なんでだよ? 俺へのメッセじゃないのかよ?」


「う… いいから! 絶対見ないでよ! 明日の朝、私の目の前で消して! 良い?!」

 ユリは一瞬息をつまらせるが、勢いで何とかしようという魂胆なのだろう。どうにも挙動不審だ。


「…何だか分かんないけど、殺されたくないから分かったよ。…要件はそれだけか?」


「う、うん… じゃあホント見ないでよ…? …おやすみなさい」


 ユリとの通話はそこで終わった。

 メールを開くかどうか? とても興味の惹かれるものでもあったが、ユリと約束してしまったし、強い疲労もあったしで、結局俺も横になって『どうしたものか?』と考えているうちに、携帯電話を握りしめたまま寝入ってしまっていた。



 翌朝、体の疲れはほぼ取れたが、まだどうにも眠気が覚めない。


『結局昨夜のユリは何だったんだ…?』

 働かない頭でそんな事を考えながら、大欠伸あくびで通学路を歩く。


「アキト…」


 …ふと何かに呼ばれた気がして振り返った視線の先で、一輪のタカサゴユリを見つけた。

 アスファルトの隙間に空いた穴から力強く茎を伸ばし、そのてっぺんに誇らしげに咲いた白い花は、まるであいつの笑顔を思わせる様に、大きく開いて俺の方を向いていた……。


「…違う、そっちじゃない」


 更に視線を巡らせると、怒った様な恥ずかしがっている様な複雑な表情をしたユリが立っていた。


「よっ、おはよ…」

「昨日のメール見てないでしょうね?」


 挨拶も無しにいきなり切り込んで来た。


「全く何なんだよ? タイトルしか見てないよ。俺に何か云いたい事があるなら直接言えば良いじゃんか」


 俺がそう言うと、ユリは一瞬安心した様な顔を見せたが、すぐにまた不機嫌そうな顔になり、小声で

「言えないからメールにしてんでしょ。たとえ間違いでも来たメールは確認するもんじゃないの…? 気づけよこのバカ…」

 と呟いた。


 もう俺には???マークしか浮かばない。ユリは俺にどうして欲しいんだろう? とりあえずは聞かなかったふりが良さそうだ。


「まぁいいわ。遅刻しちゃうから早く行こ!」


「…いやホント何なんだよお前は…」

 メールの削除を確認して、何か吹っ切れたような顔をして前を歩くユリ。


 俺はユリの事が好きだと気付いてしまった。ユリの俺を見る眼差しにも優しい物が感じられる。

 多分俺達は両思いだ。だがこの『焦れったくも暖かい』関係を「好きだ」の一言で終わらせてしまうのも惜しい。急に告白してもユリを驚かせるだけだろう。


 決意や覚悟が必要な行為は後回しで構わない。今はまだこの関係を楽しんでいけば良い。


「そう言えば知ってる? 部長と副部長がさぁ…」


 さっきまでの事を何も無かったかのように、何やらゴシップ的な事を語りだしたユリの笑顔を見ながら、俺はこの騒々しいガールフレンドとの『これから』を想像して、楽しみと心配の混在した気分になっていた。


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